登山界をめぐる問題のリスト
ここ12年分の知見となりますので、長くなりますが、ご容赦いただければ幸いです。
1)登山界の背景と現実 …日本の登山ブームと本格的がつく登山の衰退
日本では、アウトドア全体のブームに押され、1980年代より登山ブームが起こっています。簡略して言うと、登山というカテゴリーでは、定年退職を迎えた65歳以上の年齢層を基盤とした、”中高年登山という登山の様式” を分厚いメインの母体としています。そこへ徐々に若者層が入り、ヤマレコ、Yamapなどの登山アプリがブームを後押しする形になっています。”山ガール”などの流行語が生まれています。
一方、伝統的とされる登山様式は、衰退しています。高校山岳部、大学山岳部、社会人山岳会を基盤とした、”ロープでの確保技術が必要な本格的という形容詞がつく登山”は、衰退の一途をたどっています。佐賀県も例外ではないそうです。
その結果、山岳会が弱体化し、登山道自体の荒廃が進んでいます。これは、伝統的に、地域の山岳会などが登山道の整備などを担ってきたためです。
一方で、経験の浅い初心者の登山者は、登山ブームにより増える一方、という現象にあります。
登山道から危険を取り除く活動は弱体化したにもかかわらず、危険な場所に赴く登山者は増えたという構図にあります。
2)事故多発中
このような事情の結果が、遭難者の多発です。
統計的に見ても毎年、過去最高を上回る遭難者を記録しており、コロナ禍であっても同様にこの傾向が続いています。
これらの対策にJMSCAや労山を始め、対策をということで頑張っておりますが、有効な決め手がない、というのが現実です。
業界では多数の方が対策に励んでいますが、未然に防ぐということには誰も成功していないというのが実情です。
Yamapさんなどがココヘリ(GPS発信装置)などを貸し出したり、労山が個人加入が可能な保険などをだしたり、山行計画書を簡便に出せる仕組みをガイド組合が作ったりしていますが、どれも事故が起こってからの対応力を高める施策ということで、事故を未然に防ぐ仕組みとはなっていませんので、さらなる事故者の増加は、防止しがたいという結果になります。
3)国際基準との違い
日本の山の慣行が国際的な慣行と違うということも、大きな点で、現在JMSCAのほうで、新規に「夏山リーダー」資格を大々的に立ち上げています。日本の登山慣行が海外とは大きく違っているため、立往生している状態です。国際機関であるUIAAに準拠することが必要です。
その障害になっているのが、古い考えにあることが多いそうです。今までにやってきたことを変えたくない、ということです。
4)標準コースタイムのこと
その一つに、日本独特の登山表記で、
”標準コースタイム”
というものがあります。
これは、かつては、”35歳男性が一泊程度の荷物を担いで、特別なことをせずに歩いた場合の速度” だったそうです。現在では、単に ”平均的なペース” と書かれています。
ここで問題になるのは、もはや、
”平均的”なペースなど存在しない、
ということです。
現在のように、登山者像が、かつての”20代~30代の男性”のメイン層から、65歳以上の高齢者やアウトドア慣れしてない初心者女性、家族連れ、などへと多様化しますと、結果、平均が意味がなくなってしまいます。誰にもフィットしないからです。
逆に、この情報があることで、むしろ遭難者が増えるという現象が、すでに日本の登山の中心地である北アルプスなどでは出ています。そのため、現在の登山情報では、”標準コースタイム”そのものが大幅に改定されて、以前より大幅に長くなっています。これは、現在主流の65歳以上に合わせるのが無難であろうという配慮からです。
これら情報は、私が後立山連峰の五龍山荘に勤務して得た情報です。五龍山荘では、遭対協が夏山期間は詰め、遭難に備えてスタンバイ状態でいます。
国際機関であるUIAAの事務局長、スティーブ・ロング氏の個人的なアドバイスによれば、やはり、海外で一般的であるように、
標高差と距離
という客観的指標を示し、
そこを歩くのにどれくらいかかるか?
ということは、登山者が自ら判断する、ということが、今後は妥当な情報提供だろうとのことです。標準コースタイム制は、日本オリジナルで、あまり客観的でも正確でもない、です。
ちなみに一般に平均的な脚力の登山者は、標高差300mを1時間で歩くことができる体力と言われています。
これは20代、30代の若者では、ごく誰でもできることですが、65歳以上ともなれば、個人差が極めて大きく、働き盛り世代…若い女性も含めてですが、も、かなり個人差が大きいです。家族連れでは全く無理です。
ちなみに私自身は、40代女性の平均的体力と言われ、440m/時というのが経済ペースです。世界レベルのアスリートでは、1000m/時と言われています。”安全は、個々人の体力によりけりだ”ということが分かる事実です。
九州では、標高が低い山が多いため、山岳ルート内の道標は、”距離”の表記が多く、”山頂まで400m”と書いてある場合は、距離の400mという言う意味ですが、これは山の世界では、どちらかというとマイナーな表記の方です。標高〇〇mのほうが山の世界では一般的です。どちらも必要というのが実際のところですが。
5)山の難易度制定
北アルプスなどの本格的な山岳地帯では、標準コースタイム等の簡便な難易度指標で、”行っても大丈夫”、”歩ける”と、勘違いした初心者が登ってしまい、遭難となることが多く、情報提供が不十分とされたため、
山の難易度制度
を取り入れています。この分野で先進県は長野県です。
低い山=難易度が低いというのは、初心者の多くが誤解するところです。標高が低くても、険しく、落ちれば一巻の終わりという場所は、たくさんあります。
山の難易度が客観的に示されていないことで、情報との接点もない、知るよしの無い初心者の登山者が、経験者のアドバイスという接点もなく、山にふらりと登ってしまうことが、装備不足、スキル不足、体力不足と重なり、不幸にも事故になる、というケースが絶えません。
6)社会慣行の変化による駐車場問題等
古い山岳慣行では、グループでの行動が基本であったため、こうした情報等は、登山者本人が無知であっても、自然と周囲の人から、もたらされることが多かったという事情が、昔は事故を未然に防ぐ仕組みとしてありました。
しかし、現代の登山者は団体行動を基本としていません。このことがどのようなことにつながっているかというと、
駐車場の混雑
トイレ問題
キャンプ場の混雑
です。むかしは4人で登るときは、4人が一台の車に乗り合わせて一緒に出掛けていたので、駐車台数は少なく済みました。キャンプ場も同じで、4人で一つのテントに寝るという場合、4人用テント1つ分のスペースで事足りますが、現在は、4人が個人用のテントを4つ持ち込むということになっており、駐車場、キャンプ場ともにスペースの問題ができています。これらの円滑なコントロールが必要になっています。
またトイレの問題も、以前は、人気のない草むらでの野ぐそで問題が発生していなかったところが、経験者からマナーを伝えられていない登山者の野ぐそが問題化したため、予防策としてトイレ設置が必須になっております。
7)情報取得のスタイルの変化
このように、昔⇒今、という軸でみますと、団体行動⇒個人行動、の変化が及ぼした影響は、情報の取得スタイルにも見られます。
かつては、団体行動が基本だったので、必要な情報は一緒にいる経験者から自然にもたらされていましたが、現在ではネットでの情報取得がメインです。
全国レベルの山岳雑誌は衰退を極め、『岳人』『山と渓谷』『ロックアンドスノー』なども存亡の危機にあります。九州では、『のぼろ』という雑誌が九州全体をカバーしているため、逆に、『山と渓谷』等で特集されている安全対策や安全情報、注意喚起などの情報を九州の登山者がよく読んでいない、ということも昨今では起こっています。
例えば、ロープワークの技術で、クワッドアンカーというのがありますが、本州で広まったのは2016~2017年ごろで、ガイドさん達から情報がスタートして広まりましたが、2021年の今現在、クワッドアンカーを教えている山岳会は福岡県には少なくともいません。
このように東京一極集中型の情報構造では、情報の伝播が遅いという問題がありましたが、現在の登山者はネット情報で動いています。
これは逆に見るとチャンスで、各都道府県やガイドブックがきちんとした最新情報の発信元と連携を取り、公的ウェブサイトに記述することで、正しい情報をより早く、多くの登山者に伝えることが可能かもしれません。
この面に起きましても、ぜひ文登研所属などの技術的に正確な情報源と繋がっていることが大事です。
8)スポーツクライミングと登山
登山の世界も行政と同じで、縦割りの弊害が著しく出ています。分野に細分化され、一般ハイキング、本格的という形容詞がつく山登り、岩登り、沢登り、インドアのボルダリングジム、アウトドアのボルダリング、人工壁を登るスポーツクライミング、ボルトが整備された岩場で外で登るスポートルートでのフリークライミング、カムを使ってプロテクションを自ら取っていくトラッドクライミング(別名クリーンクライミング)などと細分化されています。
さらに、これにアイスクライミング、ミックスクライミング、ドライツーリング、などが加わります。
スポーツクライミングの分野では、若い人の活躍が目覚ましく、14歳で8cという世界的に見ても通用する困難度のアウトドアクライミング行っている子供もいます。
日本全体の山岳世界の最新の強みとしては、スポーツクライミングがこのように、現在努力の成果を結びつつあります。
9)世界へのアピール方法
このような素晴らしい成果ですが、どこに発表するか?という問題があります。
ちなみに現在、私が翻訳者として働いている米国の登山サイト(米国版のYamapやヤマレコみたいなもの。世界で最大規模の記録サイト)には、記録を出すことが可能です。
日本の類似サイトでは、九州福岡発のベンチャーYamapさんほか、長野をベースにしているYamarecoさんもありますが、どちらも世界的な情報発信という面は、機能として備えていないので、こうしたサイトに登録するほかありません。
ちなみに外国人はこうしたサイトを見て、ハイキングルートも探していますので、もし各都道府県が、海外のハイカーを取り込みたいという意図がある場合は、自社サイト以外に、こうした世界的に著名なサイトにルート情報、ハイキング情報を掲載し、先手を打って登山者を安全に誘導するのが、大変有効です。
10)アクセス問題
山岳会の弱体化とともに、”地元民”や”市民”の窓口になる団体がいなくなったことを理由として、アクセス問題と言われる山岳の社会問題が、近年深刻化しています。
これは、自然界を利用するハイカーやクライマーが、地元の人にとって迷惑化し、その迷惑を訴え、解消する対象、つまり市民団体、がないために、問題解決が宙づり状態となり、結果、全面禁止になり、自然界が利用されなくなる、トレイルや岩場が利用されなくなる、ということです。基本的には、所有権をめぐって、許可・不許可の相をとることになります。
この問題の解決には、かつては地元の山岳会があたっていましたが、現在はあたれなくなり、全国的な組織として日本フリークライミング協会が設立されていますが、なかなか全国までは力及ばすというところです。
ハイカー向けには、各県の岳連ということになりますが、現実的には、どちらの組織も個人のボランティア活動を基盤にしていますので、ほぼ個人の力量だけに依存する形になり、掛けられる労力の問題から、真の問題解決には繋がっていないのが実情です。
登山やトレッキングの振興を、スムーズに行うには、アクセス問題(迷惑問題)が起きた時の窓口になる団体がある、ということが大きなカギになります。
いたずらに、登山者数を増やしたり、良いことだから、と大々的にプロモーションしてしまうと、地元の方たちから、苦情が来たりすることになります。
その場合、団体行動⇒個人行動という世相の変化から、駐車場問題、トイレ問題、うるさいなどの音の問題、あとは人身事故の際の対応問題、が多いです。
行政の下位機関(NPO等)などで、受益者である登山者を代表することができる団体があれば、行政は解決に動きやすいと思います。
11)多様な登山形式が発生したゆえに利害対立
アクセス問題と同様の利害対立の問題として、トレイルランニングの走者と登山者の軋轢、マウンテンバイクの走者と登山者の軋轢、も表面化しています。伝統的に多数者である登山者側が迷惑の申し立てをすることが多いです。
しかし、登山界全体としてみると、やはり、最も大きな迷惑行為を作っているのは登山者自身であることが多いというのが実状です。最も甚大な迷惑行為となるのは、遭難、そして、つぎには盗掘、踏み荒らし、環境破壊、になります。多様化した登山形態の認知を広めていき、寛容な山社会の形成が必要になってきています。
トレラン、マウンテンバイクの方たちは、大まかに大会参加者が多いので、大会主催者側にコントロールされた自然利用になっています。規模により環境へのマイナスのインパクトが懸念されますが、マナーは良いです。マナー上の問題は、通年で利用しており、かつ、いつ入山するか不明の登山者人口よりも、こうした大会利用者の方が抑制が効いているように思います。オリエンテーリングなどの参加者も同様です。
以上、長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。
わたくしも、山を知らない一般登山者として38歳で山をスタートました。道すがら、海外へ登攀に行き、UIAAの山登りの教科書を日本で発行するお手伝いをさせていただくことになりました。
初心者時代、”経験者と登れ”と言われても、それが叶うような状況には、いくつもの山岳会を訪れましたが、実現せず、結局のところ、個人的な師匠を得て、そのまま500座を越えるということになってしまいました。その間、数名の知人の死を伴う旅路でした。
正しい情報提供によって、私の歩んだような難しい道を歩まなければならない人が減り、
日本が自然と人の距離が近いライフスタイル実現の場
となることを願ってやみません。
当方のプロフィール
講習歴
八ヶ岳天狗岳等、個人での積雪期登山 宿泊まで
2013年 長野県山岳総合センターリーダーコース 受講
2013年 日赤救急救命講習(3日間) 終了
2013年 雪山のリスクマネジメント講座 終了
2014年 無名山塾 雪上訓練
2014年 第21回関東ブロック 「雪崩事故を防ぐための講習会」
2015年 東京都都岳連 岩場のレスキュー講習
2016年 キャンプインストラクター資格取得
2016年 リスクマネジメント&読図講習
2016年 上高地ネイチャーガイド資格
2016年 日赤救急救命講習(3日間) 終了
2016年 四級アマチュア無線資格取得
2017年 登山ガイドステージ2 筆記試験合格
2018年 積雪期検定 合格
累積山行数500以上、積雪期200以上、登攀200以上 年間山行数128
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