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スーパーアルパイン・ツクチェピーク前衛峰(6490m)北東壁報告会 を視聴して

こんにちは。アイスクライマーのKinnyです。

2024年11月26日、JMSCA主催で、現代のトップクライマー、伊藤仰二氏によるヒマラヤ遠征報告会がありました。

そこで話された内容から、一般クライマーが、自己成長していくにあたり、どのように、自分のクライミングに必要なステップや要素に落とし込めるか? 習得の項目は?ということを考察してみます。

ひとつの参考事例として、お読みいただければと思います。現代は山岳会も高齢化が進み、指導体力がないことがほとんどですので、指導者のいないクライマーのご参考になれば。

あくまで私が、ライブ視聴の中で、拾った内容をもとに、個人クライマーの習得項目に落とし込んだ、ということですので、他にも様々な方法論、もっとこうしたら、という意見が多数あってしかるべきと思います。ご参考程度に利用されてください。

■ 全体的な取り組み姿勢

伊藤さんの報告は、従来の報告会にありがちな”熱い思い”を語らず、”具体的な解決案そのもの”を語るもの、でした。

考えてみれば、本当に困難なことであれば、”想い”だけで山に登れるわけないのかもしれません。

 何がどうできるようになるべきなのか?

が、分かりやすかったんではないだろうか?と思いました。トップクライマーの報告会から、自分の山に落とし込んで、自分には何が足りないのか?ということを想像して、つぶしていく、という活動が、よりスピーディに成長していく行動になると思います。

■ 山行計画の立て方

山行計画の立て方は、定番のGoogleアースを使い、1か月半びっちりパソコンに張り付いて壁を探したそうです。つまり、そういう探す作業ができる暇人が必要です。

また、探す際に条件を分かって、絞り込めているということも必要です。これには経験がいります。どこに取り付くことができる、未踏の壁がありそうか?ということを絞り込むためには、あらかじめヒマラヤを登っている経験が多少は必要でしょう。

(条件そのものを知りたい人は、報告書が出ると思いますので読んでみてくださいね☆)

まとめ: Googleアース、一カ月半、壁探し

■ 時期&エリア選択

12月が天候が安定しているそうです。リスクは寒さ、です。

ヒマラヤと言っても広く、エベレスト周辺はもはや手あかがついた山といえるのかもしれません。ダウラギリ周辺を選んでいます。ここにも、渋さがうかがえます。

■ 規模と難易度

6000m級 M7 AI5 1700m 5ビバーク1プッシュ

まず規模がデカいです。麓の村が標高2600m。高低差4000mもあります。長い、ということがリスクになることが、最初から分かります。

そのリスクへの対応のため、食料のデポ(4800m地点)をしているそうでした。

一日当たりの登攀距離にして、とりつきから均等割りで、400m/日くらいかな? そして、難度はM7です。それを空気の薄い6000mで行う。

これが、どれくらいの体力なのか? 

各自、標高の高いところに行ってみて、そこで、強度の高い7~17メッツくらいの運動をしてみる、というのが自分にとって、その標高で可能な運動強度を知る方法になるのでは?と思います。

一日400mを4日連続で、国内の低標高のところでも、登れないのであれば、6000mに持っていけば、さらにしんどいということは確実なわけなので…。そのようなチャレンジは、わざわざ失敗しに行くようなものではないかと思います。

まとめ: トータルの登攀距離、一日の登攀距離、標高、そして難易度
を国内リハーサルすることで、トータル困難度が分かる。

余談ですが、私も海外はインスボンでマルチピッチを登っていますが、そのマルチで一本300m程度です。一日2回行くこともありましたので、下界であれば、400mというのは、ありえない速さではない感じです。これは何難易度としては、5.9~10代、です。Mグレードへ変換するとM5~6です。それをM7(デシマル変換すると大体5.11代に相当)でやるのは、それだけ高い、オンサイト能力が必要ということになります。

まとめ: M7 をすいすい登れる必要がある

■ スタイル

次に、スタイルです。

・ずっとリードフォローで行きたかった

・1ピッチだけ残念ながら、荷揚げになった

・日本の屏風岩みたいな感覚で登りたかった

・トップ3kg、フォロー10kg

生活ギア込みの重量がトータル13kgとは…軽いです。軽量化してスピードをあげるクライミングが、アルパインスタイル、と呼ばれるスタイルです。

ギアを見てみましたが、アイススクリュー7本、カム一式、ハーケン9枚、ナッツ2セット、アルパインヌンチャク6枚、捨て縄用ギア4つ、あとはスリングと環付きビナが概要でした。同ルート下降の可能性もある場合、捨て縄が必要です。足りなくなると…靴ひもまで使わないといけなくなります…。

一日当たり400mちょいくらいを登ったのだとすると、60mロープで、7ピッチ~8ピッチです。

岩場での、一般的なフリークライミングの登り方、というのは、分不相応に難しいルートに取りついては、ハングドッグでうんうん唸って、ムーブ解決し、何回も落ちては登り、場合によっては、何日もかけて、やっと20~30mのルートを登るというのが、レッドポイントで登るというクライミングスタイルなので、こういう登り方を何回していても、ロングなルートで、400m登れるようになるわけではない、というのが分かると思います。

自分のオンサイト出来るグレードで、一日400mくらい登るように、訓練しておく必要があります。20mの課題なら、20本も登らないといけないですね。

今の岩場で一般的な、高難度レッドポインターではなく、オンサイトで長い距離を素早く登れる能力が必要です。

昨今、インドアジムではありますが、男子は俺5段登れる、とか言ってるんだから、若い男性なら、M7(5.11)って普通にその辺の人も登るので、ありえないグレード、つまりテクニックではありません。クライマー最弱者の私でM5くらいを登りますので。

まとめ:オンサイトグレードでM7(5.11)を400m以上/日 登れる必要がある。

■ 高所順応

5000mで2泊。一度体調悪化により、ポカラ(700m)まで降りて、4,5日の休息を取っています。これは、ClimbHigh SleepLowと言われる方法論で、標高による高度障害は、高度を下げるしか、手段がありません。

■ 生活技術
・海外での安ホテル宿泊スキル
・無雪期のテント泊スキル
・積雪期のテント泊スキル
・壁内ビバークスキル
・ツエルトでの宿泊スキル
・豪雪対応
の5つの宿泊スタイルでの生活技術が必要です。

壁内ビバークスキルは、一般的には、ビッグウォールの経験ってことになります。海外までビッグウォールを登りに行くことができない人は、人工壁や近所の岩場で壁ビバーク練習するのが良いと思います。しかも、悪天候になれておいた方が良いです。

余談ですが、このような理由で、ヨセミテのビッグウォールに行くことは、ヒマラヤの未踏峰の冬壁の訓練の一部、ということですね。

まあ、絶対に必要なのは、やはり、雪上生活経験です。これは、八ヶ岳で雪上テント泊していれば、十分。八つのほうが寒いようです。八ヶ岳だと、標高2000で、ー24度です。

6000m級でー10度くらい

までならば、高度な登攀が可能というのが、一つの水準と感じているそうでした。

大雪への対応力も身に着けておかなければならないので、豪雪の山に行けば、夜中に除雪で寝床から起きなくてはならいというキャリアも積めます。

まとめ: ヒマラヤに行く前に必要となりそうな宿泊スタイルの対応力はつけておく

■ プロテクション

当然ですが、アイスにプロテクションを取る技術、アイススクリュー設置能力は必要です。それも、べったりとしたアイスではなく、岩と氷のミックスで、岩の溝に詰まっているような氷に対しての設置です。

また、岩にプロテクションを取る技術=カムのプレイスメント。

ナッツ、ナチュラルプロテクションも、地味ですが必要です。スリングで岩の突起に掛けるような利用できるものは何でも利用するプロテクションの設置力が必要です。

■ クライミングムーブの能力

そして、オールラウンドなクライミング能力が必要になります。

フリークライミングのムーブだけではだめですね。アックスでクラックを登る技術=ミックス技術=つまり、ドライツーリングのクラックバージョン。ドライもボルトルートだけでは、だめってことです。自分でプロテクションを設置しながら登るとなると、それなりにゆとりが必要になります。

■ ナビゲーション技術

また壁に行きつくまでに、読図力が必要です。さらにどの壁を登るのが適切か?というので、ルートファインディング力…これはベテランの知恵が伝承されてほしいところです。

ゼロから作るのは、非常に難しいです。昔はこれは先輩から後輩に伝授されるようなものだったのではないでしょうか?あるいはセンスと言われる領域かもしれまません。初心者は、登っている先で、ああ~プロテクションが取れない、けど、今、手も離せない!って羽目になるのは、普通のショートのゲレンデで、5.8しか登っていなくても、よく発生します。私も、初めて瑞牆で登った日にランナウトして、カムが玉切れになりました。

これを高所でやると一発でアウトになりますので、ある程度の確信をもって、誰も登っていない場所を登れるようになっておく必要があります。

同じようなことを高所の僻地でやって、それで落ちれば、即ピンチ。というか、救急車は来ないですので、そもそも、そういう羽目にならない能力を培う必要があります。

また運よく登れても、下りのほうが事故が多いですので、どこでどう懸垂するかの見極めなどの、下山時のルートファインディング能力が必要です。危険回避能力も必要です。

大体登るより、降りるほうが難しいのが山ですが…帰りは、板状の岩が重なったところを降りるのを避け、遠回りして降りていました。

また、クライムダウンは、ロープつけてコンテで降りていました。40度だったそうです。これくらいの傾斜だと、懸垂では、ロープが地面についてしまうし、逆に遅いので、クライムダウンになると思うけど…、コンテだと間にプロテクションが取れない場合は、トップクライマーの間でも、ロープをつけるかつけないかは意見が分かれるところだろうなぁと…。片方が落ちたら、他方が巻き込まれるからです。

まとめ:読図、ルートファインディング、下山路での危険回避とルートファインディング能力、クライムダウン

■ 体力温存、軽量化が核心

長大なので、体力温存が大事だそうです。

座ってのビバークにならないために、アイスハンモック手作り。成功の要因の一つだそうです。

また、手作りのバックパックが50リットルで560gとウルトラライトでした。軽量化も核心ということですね。

■ 要点

現代のトップアルパインクライミングは、M7 AI5 1700m@標高6000m級。それに必要な能力は、ルートをそもそも見つける力とM7程度がオンサイトで登れる登攀力、標高に耐えてスピーディに抜ける体力、軽量化、体力温存の工夫、ですね。

生活技術・ロープワークなどは、下界でのクライミングでもできて当然の基本技術だ、と思いました。

全般に、いかに事前にリスクを予想し、それらを上手に避けて、楽しく登ってきたか、という報告でした。

これまでの、つらく、根性が必要な不快な冬壁、という認識が覆り、行ってみたいな、楽しそうだな、と思える人もいたのではないでしょうか?

先鋭的なアルパインクライミングの先入観を覆すという意味で、非常に良い報告会でした。

個人的意見ですが、こういう報告会が多数行われれば、いわゆる、栗城劇場みたいなのは、起らなくなるでしょう。

正確に何がどうできれば、どの山に行けるのか?ということが、周知されると思うからです。

ヒマラヤって言っても、歩くだけのトレッキングから、M7で5ビバーク、みたいな山までいろいろあります。

富士山って言っても、夏山なら、初心者の山、ただ歩くだけでしょう。

同じことです。

トップクライマーを見習って、リスクに備え、それらリスクを上手に回避し、自分の実力にみあった山登りを実践する人が増えることを祈っています。

■ 最後に…

このNOTEを書くために、再度、動画を視聴して、疑問がいくつか湧きました…

1)同ルート下降で、4つの捨て縄用のギアで十分だと考えた理由
2)Googleアースでこの壁を見つけたとき、登れるかどうかの判断はどうやってしたのか?
3)アイスハンモックを必需品と考えた、背景にはどのような経験談があるのか?
4)12月を選んだメリット(次回あるとするなら、また12月を選びたいかどうか)


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