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クライミング界の単語の使用が、非特定的なために誤解と混乱を招いていることについて

■ ”クラッギング”のこと

「外岩、外岩」と言いますが、外岩クライマーのみんなが、一般的にやっているのは、海外ではクラッギング(Cragging)と言われる行為です。

この言葉は、日本では普及しておらず、日本では、”ショート”、”外岩”、あるいは、単に”クライミング”、などと言います。

クラッギングは、”ロッククライミング”の中の一形態です。

基本的には、

・車が横付けできたり、携帯電話が入るような、すぐに医療が求められる下界に近い、つまり、気軽な場所での行為

・大体、一般的には、20m前後の岩を登っては、ロープにぶら下がって、降りる(=ローワーダウン)ということを繰り返す行為

です。

この行為に、日本では特定的な名前がついていません。

”外岩リード”と言ったり、”ショート”と言ったり、単に”外岩””クライミング”と言ったりで、どれも間違っていないが、どれも、その行為だけを特定的に示す言葉になっておらず、文脈によって使い分けることになっています。

したがって発話者は分かっていても、聞く人の知識の度合いによっては、誤解が生まれる余地が大変大きいです。

■ クラッギングの具体的内容

さて、その岩場で行為は、具体的にはどのようなものか?と言いますと…

1)まず、最低単位2名以上で岩場に行きます。

2)前述のように、気軽な場所にある岩場には、すでにボルトと言われる安全器具があらかじめ打たれています。

3)そのボルトを使って、一人はリードし、一人はビレイと言われる、安全担保のための行為をします。登ったら、終了点と言われる金具にロープを掛けます。クライミングはここで終了です。

4)その後、登りながら手繰ってきた1本のロープに全体重を預け、ビレイヤーにローワーダウンしてもらいます。

以上が一連の流れです。

岩場では、”課題”ルートともいう)と言うクライミングの対象が設定されています。安全器具がすでに打たれ、難易度がつけられ、いくつも用意されています。例としては、5.7~5.12が一般的難易度です。

難易度がついているため、一般に、易しい課題から、難しい課題へ、順に登っていきますが、その途中で、能力の限界にきて、落ちることがあるため、ビレイと言う行為で、地面への激突(死や大けがを意味することが多い)を阻止します。

登れなかった場合、そこで安全器具のボルトにぶら下がります。これを”ハングドッグ”と言います。ハングドッグがやたら長いクライマーは嫌がられる傾向があります。落ちればアウト、登れれば成功、というのが、基本的なゲームルールです。

一般にクライマーたちは次々と難度を上げていくことを目的にしています。(逆から言えば、ロッククライミングに必要な技術習得は目的にしていない)

これを海外では、”クラッギング”と言いますが、日本では、この言葉は普及していません。”Cragging”とスペルします。

■ さて、この行為の中で学べることは何か?

クラッギングで学べることは、

 リードクライミング

 ビレイ

 ローワーダウン

 難易度が徐々に高くなっていくムーブ

になります。逆に言えば、それ以外は知らない、と考えるべきでしょう。

■ 同じ言葉を使っても…

一般に、昔からロッククライミングのデビューでは、懸垂下降を先に教える、ということが常識的でした。しかし、上記のクラッギングには、懸垂下降は出てきません。”クライミング”とか、”外岩”と言う同じ言葉を使っていても、現代のクライマーにとっては、

 盲点1)懸垂下降を知らないで済んでしまう

ことになります。

つまり、

”リードで登れるだけで、一人で岩場から降りる技術は知らないことになる”、

ということです。

ローワーダウン=ビレイヤーにおろしてもらう
懸垂下降=自分で降りる

の違いがあります。ローワーダウンのほうがより依存的です。ローワーダウンしか知らないと、ビレイヤーが何らかの理由で機能しなくなった場合に、なすすべがない、ということになります。逆に言えば、相手の命への責任はローワーダウンする側が握っています。

別の盲点もあります。一般にクラッギングの岩場の課題は、まっすぐであることが多いので、屈曲があるルートの対応法も知らない場合が多いです。長ぬん、と言われる、長めのクイックドローを使いますが、

 盲点2)屈曲があるルートへの対応法も知らない

も、クラッギングでは、まっすぐなルートだけを登って難易度を上げていくことも可能なので、たとえ、5.12という難度が登れたとしても、知っているだろうと期待することはできません。

このように、クラッギングでショートの課題をハングドッグし、レッドポイントと言うスタイルで登って、難易度を上げていく活動を何年繰り返していても、その活動の中には

 懸垂下降や屈曲があるルートへの対処

のニーズは、出てきません。

それ以外にも、シングルロープ以外を使う機会が全くないので、ダブルやツインの使い方は、学ぶ機会がない。したがって、屈曲したルートでは、ダブルで登るかもしくは、長ぬんを使ってロープの流れを良くしないといけない(ロープドラッグを避ける)なども、クラッギングを何年、継続したとしても、知る機会がそもそもありません。

余談ですが、そのままの知識では、懸垂下降やルートの屈曲がある、マルチピッチには当然出るべきではない、ということになります。

■ 同音異義語

クライミングは、もともとはクライミングジムなどは昔はなく、ロッククライミングでスタートし、細かなカテゴリーに分かれました。

カテゴリーとは、ボルダリングやインドアクライミングのことです。これを総称である”クライミング”の一言で表現してしまうので、誤解の温床になっているだけでなく、軋轢や、内部紛争の原因になっています。

 もともとは、皆が共有していた知識

 今も皆が共有している、という前提条件(=無意識)

が働いています。

そのため、

 ・その細分化されたシチュエーションごとに、

 ・いまだに同じ言葉が使われると、

 ・具体的アクションや意味がまったく異なる、

ということがあります。

■ 事例

例えば、”ストッパーノット(日本語では末端を結ぶという)”という言葉では、

A)クラッギング時のストッパーノット
=ローワーダウンで、確保器からロープがすっぽ抜けるのを防ぐ

B)懸垂下降時のストッパーノット
=懸垂下降で、確保器からロープがすっぽ抜けるのを防ぐ

の状況の違いがあります。

A)のストッパーノットは、相手のためです。なければ、デバイスからロープがすっぽ抜け、相手のクライマーが地面に落ちてしまいます。

B)のストッパーノットは自分のため、です。なければ、デバイスからロープがすっぽ抜け、自分が地面に落ちてしまいます。

クラッギングでは、相手の命を守る技術、と認識する必要があります。自分は、懸垂下降でストッパーノットを結ばないから知らなくてもいいということにはならず、責任は、より大きいわけです。

誤解があると、「ストッパーノット結んで」と言われても、全く違う行為をしてしまう可能性もあります。

■ 言葉が使われる文脈にまったく無頓着なクライマーが多数

特に昔からやっている人は、逆に

 経験年数があだ

になって、

 自分が理解していることが、クライマーとして全員が当然、理解すべきこと、

と勘違いしてしまいます。

現代クライミングでは、ほとんどの現代のジム上がりクライマーが、懸垂下降を学習せずに、岩場に来て、そのまま何年も過ごします。小川山でコンペの優勝者に会いましたが、懸垂下降できないそうでした。また、5.11なり、5.12をインドアジムで登れるようになってから、岩場に来ます。

すると、彼らは、自己申告では「私は5.12が登れます」と言います。これを聞いた側は、昔からやっているクライマーだと、昔の常識では、5.12を登れるような人は、各山岳会の上澄み、トップクライマーであり、当然、ベテランの人だったために、5.12が登れると言うのなら、クライミングについて大事なことの大抵のことは理解しているだろう…と想定してしまいます。

また、10年登ってきました、と言う言葉も同じです。内容がインドアジムや外岩クラッギングだけであれば、10年登っていても、懸垂下降は知らないで済ませられます。

その上、今日では、高校生など、5.12という難度は、初めてクライミングした、その日のうちに登ってしまいます。

この現状認識の格差のために、次のような会話になってしまいます。

現代クライマー:「今度、外岩ご一緒しましょう!」(ベテランと登れば、安心だ~) → 期待

旧世代クライマー:「いいですね!」(楽しみな若者だ~)→ 期待

現代クライマー:「Aさんはどのくらいを登るんですか?私は5.12を今やってるんですが…」(インドアジムの課題の5.12のこと)

旧世代クライマー:「12かい、それはすごいね。俺は、5.10bでやっとだよ。トップは任せたよ」(クラッギングでのオンサイトグレードのこと)

後日、岩場で…

現代クライマー:「登りまーす!」…「ローワーダウン、お願いしまーす」

   … 旧世代クライマーを見ながら …
   ”げげ!なんじゃ、あのビレイ!壁から遠い!”

   → 失望

旧世代クライマー:「了解!」(あいつ、5.12が登れるって言ってたけど、ほんとかなぁ。へっぴり腰じゃんか?10bで落ちているし…)

   → 失望

結果、互いに決裂。これは、”相手への期待値が間違っていること”に無自覚だったために起こっています。

後で…

現代クライマーの頭の中…
Aさんってベテランだって言ってたけど、壁から2mも離れたビレイだったんだけど、そんなタブーをやるなんて、ほんとにベテランなのかなぁ…

旧世代クライマーの頭の中…
Bって、5.12登るって言ったたけど、5.10bで落ちてたぞ?俺のほうが登れるって、いったい、どういうことなんだ?

ということになります。ここでは詳述しませんが、旧世代クライマーのビレイが下手なのは、昔はトップがオンサイトでしか登らず、墜落しないので、ビレイ技術を習得する必要が全くなかったためです。

つまり、話をしているときに
 
 前提になっている経験の中身

が、全く違うのです。

結局、

 ”群盲、象を評す”

みたいなことになり、結局は双方が相手を理解できず、誤解したまま、別れてしまい、平行線をたどることになります。

■ ロッククライミングやクラッギングという言葉の普及と分類が急務

このような状況なので、必要な知識の整理が、権威ある団体から発行される必要があります。

クライミング界は、皆が別々の、かなり違う内容を語っているのにも関わらず、下手したら、全部まとめて、一緒くたに同じ言葉の”クライミング”と言ったりします。

その内容は、現代では多岐にわたります。

一言で、”クライミング”と言ってしまうと、その指し示す内容が大雑把すぎて、その人の言っていることが、

 具体的にはどういう行為なのか?

があいまいになり、誤解の元、喧嘩の元、クライマー界内部の分裂の元、になっています。

クラッギングと言う言葉が、基本的には、現在最も普及している行為(岩場で20mくらいをボルトルートで登ってローワーダウンで降りるだけの行為)を最も狭義に意味している言葉です。

海外では普及しており、TheCragというヤマレコみたいなサイトもあるほどです。クラッギングには一般にはそう大きなリスクは含まれません。

以上が状況の説明でした。新人クライマーの方のご参考になれば幸いです。

■ 用語解説

・リード=自分がトップで登ること。インドアでもリードできるし、マルチピッチでもリードできる。ビレイの対比用語。リードできても、ビレイができない人も多い。余談だが、初心者は、まずは、リードではなく、ビレイを身につけなくてはいけない。

・ショート=マルチピッチとの対比で使われる場合が多く、一般的ではない。ショートと言って通じる人は、結構、クライミング歴の長い人であることが多い。

・外岩=インドアとの区別に用いられる。ボルダリングでも外岩と言うこともある。

・マルチピッチ=ショートは1ピッチ。複数ピッチ登ること。ピッチはロープの長さ一回分のこと。

・課題=登る対象のこと。”ルート”と言ったり、海外では”プロブレム”と言ったりする。日本では、”課題”ということが多い。

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