【ショートショート】青空の意味(*自死表現が含まれています)
空の機嫌が良すぎる。
雲がひとつもなくて、空気も澄んでいる。
季節外れの猛暑がやっと過ぎ去り、秋の適切な気温を感じる。
三鷹駅の南口は時間限定の歩行者天国と化していた。日曜日の昼時は家族連れが多く、優しい太陽の光に子供の笑顔が照らされている。
「天気いいですね、散歩日和だ」
僕は心に浮かんだ言葉をそのまま口から発する。
そこにどんなユーモアも皮肉もなくて、ただ会話をしたくて口から溢れた話題。
「そうだね、雲ひとつなくて気持ちいいね」
そう答えるのは瞳さん。
年上で背が小さくて、コーヒーが好きな女性。
持ち物はいつもシンプルで洗練されている。
彼女は近所に住んでいて、月に一度散歩して、コーヒーを飲んで解散するのが恒例となっていた。
当時多忙だった僕は日常に隙間を求めていた。
だから休日に散歩する人を探していて、その過程で出会ったのが瞳さんだった。
僕の右側を歩く彼女は、ふとこちらに顔を向けた。
「こういう日に死にてーなって思う」
彼女の表情は晴れていた。
僕から外した視線を空に向け、手のひらを空にかざした。
「天気の悪い日とか、嫌なことがあった時って別に死にたくないんだよね。ふざけんなとか、悲しいって気持ちが強くて。でも晴れてたらさ、あーもういいかもって思える。美味しいご飯食べて、散歩して、お気に入りのカフェでコーヒー飲んで、おわりーって感じでさ。」
彼女の顔は相変わらずとても穏やかで、落ち着いている。
冗談を言ってる訳でもなく、ただただ考えていることを丁寧に手渡してくれたみたいに。
僕はどんな返事をして良いかわからなくて、適当に愛想笑いをしてしまった。
「こんな話したら返事に困るよね。ごめんね。」
瞳さんは笑顔でそう言ったところで、目的のカフェに到着し話は終わった。
コーヒーを飲みながら、くだない話を数十分して店を出た。まだ空の色は変わっていない。
「今度は犬のお尻を見る散歩でもしようね。犬のお尻ってなんだかプリティーでしょ?」
別れ際に、ふざけた調子の瞳さんが楽しそうにそう言った。
「なんですかそれ。でもなんだか魅力的な散歩になりそう」
僕は、年上の女性のユーモアと笑顔に照れながら別れを告げた。
それから彼女と連絡が取れなくなった。
SNSでメッセージを送っても返信がなくなってしまった。
瞳さんと最後に会ったのは1年前。
今はどこで何をしているのかわからない。
元々彼女について知っていることが少ないことにも、今更気づいた。
年上で背が小さくて、コーヒーが好きな女性、瞳さん。持ち物はいつもシンプルで洗練されていた。そして、空が晴れた日に死にたいと思う人。
彼女は今日も空を見て命を照らしているのだろうか。
もしくは犬のお尻を見て笑っているんだろうか。
今日も1年前みたいな快晴だったけれど、夕日はいつもより早めに傾いた気がした。
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