プロ雀士スーパースター列伝 精密機械・荒正義(後編)【文・黒木真生】(無料)
【魔法のような不思議なアガリ】
普段は天然で面白い荒さんだが、卓についたら鬼になる。
私がプロ連盟に入った翌年、1998年に行われた第10期最強戦で荒さんは優勝するのだが、予選の戦いが「伝説」として残っている。
予選4回戦目で不調の荒さんは13,000点しか持っていなかった。
二三六の変則3メンチャンでテンパイしていたが、ここに対面からリーチが入った。
一発で引いた無スジの四をツモ切りすると、次巡一を持ってくる。四を通したのなら打一とするかと思いきや、荒さんは暗槓を選択。槓してしまうと待ちが三六だけになってしまうのだが、荒さんはそうしたのだった。
リンシャンから持ってきた7sも無スジだがツモ切り。カンドラは2sになった。
そして次巡5sツモで考える。
荒さんは2sを切っているので25s待ちにするとフリテンになってしまうのだが、結局打三としてフリテンに構えた。
そしてリーチ者が打2sとし、上家がそれに合わせて2sを切ると荒さんは「チー」と言って三を切った。
なんと、今度はフリテンの三六待ちに替えたのである。
ええええ。何この麻雀。
荒さんといえば、若い頃に阿佐田哲也さんから「楷書のような麻雀を打つ」と言われたぐらいに几帳面な麻雀を打つ人である。
だが、それは普段の麻雀においてであって、タイトル戦になると変わるのだ。
今の時代「できるだけ基本に忠実に、期待値や牌効率にしたがって、奇をてらわずにコツコツと作業のような麻雀に徹しよう」という考え方が流行っているが、それは現状の「プロのタイトル戦」に適さない。
生涯成績のようなものを競うのであれば「手なり打法」が適切なのだが、タイトル戦では次点で惜しくも敗れた人も最下位の人も同じである。つまり、プラス50で敗退もマイナス300で敗退も同じなのだが、ある程度「賭け」に出なければならないのだ。
荒さんの麻雀の極意は、実は「身体で打つ」ことにある。
常識やセオリーはいったん「無」にして、自分の「感性」に従って打つ時の荒さんは滅法強い。
この最強戦での謎のチーがまさにそれで、荒さんはキッチリと次巡*三をツモった。
このアガリを機に、荒さんはツキの風を吹かせ、決勝へと駒を進めたのであった。
【一番悔しかった思い出は?】
私はプロ連盟に入る前から荒さんの大ファンで、よく行動をともにさせてもらっていた。
リーグ戦の日はタクシーで迎えに来てくれて、私を拾って帝国ホテルの朝食をごちそうしてくださった。
中華粥の定食が4,500円とかでビビった上に、何がうまいのかも全然わからなかったが、荒さんの話はいつも面白かった。
竹書房の人に「最強の麻雀打ちって誰だろう?」と聞かれると、当時の私は迷わず「荒さん」と答えていた。
「現役では最強だと思います」と言うと、それがそのままキャッチになったりした。
後から、森山茂和プロに「他の人が気を悪くするから『現役最強』はやめた方が良いよ。荒ちゃんが恨みを買うかもしれない」と言われたので、それはやめてもらった。
でも、変わらず私の中では荒さんが「最強」だったのである。
最強戦での闘牌を漫画にすることになって、漫画家さんと打ち合わせをした。
「大事な対局の前にするルーティンみたいなものはありますか?」
という漫画家さんの問いに対し、荒さんは答えた。
「過去の対局の中で一番良く打てた日のことを思い出します。イメージとレーニングで、脳を『ツイている時』の状態にするんです」
漫画家さんも担当編集も、私も感心した。なるほど。
「名古屋のグランプリ戦で優勝した時の牌譜はだいたい頭に入っていて、それを再生する感じです。あの時は本当に打てていて、相手の手牌もほとんど見えていたぐらいでした」
そんな「ゾーン」に入ることってあるのか。
というか、決勝の対局の牌譜が頭に入っているというのもすごい。
それを寝ながら再生して、翌日に備えるのだそうだ。
「でも、時々ですが、うまくいかない時があるんです。どうしてもポジティブな気持ちになれなかったりして」
漫画家さんは身を乗り出して聞く。
「そういう場合は、どうされるんですか?」
「逆に、凄くマイナスなことを思い出します。絶対にこうはならないぞっていう風に、心を奮い立たせるんです」
なるほど。達人の話は本当に面白い。
漫画家さんはどんどん掘り下げる。
「具体的には、どのようなマイナスイメージを思い起こすんでしょうか?」
「それはたとえば、街金に追いかけまわされて、悔しい思いをしたこととか」
私は爆笑してしまった。
編集者も笑っていた。
漫画家さんは、あっけにとられている。
「人が真面目に話してんのに、すーぐこれだから」
荒さんは自分の話の何がおかしいのか分かっていないのだ。誠心誠意、取材に答えているだけなのだが、マイナスイメージが「街金に追っかけられた」って! 誰でも笑うでしょう、そんなもん。
こういうことがあるたびに、私は「この人、好きだなー」と思うのである。
【鳳凰戦での卓外戦術】
2011年度の第28期鳳凰位決定戦に進出した荒さんは、連覇中の瀬戸熊直樹鳳凰位に「卓外戦術」を仕掛けた。
荒さんは「そんなことしてない」と言うだろうが、私にはわかっている。
その仕掛けは「おむすびころりん」という題名のブログから始まった。
「ボクは時鮭を焼いていくから瀬戸ちゃんは奥様が握ったおむすびを持ってきてね」というようなメッセージを記し、瀬戸熊さんの闘争心を少しでも削ごうという魂胆である。
そして当日の朝、池袋にあったスタジオの前に来た時、近所のコンビニから荒さんと瀬戸熊さんが出てきた。
ああ、これは「やられてんな」と思った。荒さんはニコニコ笑っていて、瀬戸熊さんも笑顔だ。笑顔にさせられているのだ。
瀬戸熊さんは、試合前は一人になって「気持ちを作る」タイプだ。
池袋のスタジオは控室がなく、瀬戸熊さんはいつも廊下で鬼のような形相になってコンセントレーションを高めていた。
だが、愛想が良くて気を遣う性格の瀬戸熊さんは、スタッフに何か言われると笑顔で答えてしまう。
そうなったらもう一回やり直しである。
荒さんはそういうところが全然ない。たぶんだが、しゃべりながらタイトル戦の決勝を打つことだってできると思う。
藤崎智プロも同じタイプで、直前までペラペラと世間話をしていても、その後ちゃんと勝負に入ることができる。
こういうのは性格で、人それぞれだ。
今の夏目坂スタジオはそこそこ広く、一人になれる場所があるから良いが、この鳳凰戦の後「対局者同士は試合前にあまり話さないように」という通達が出た。
試合が始まると、徹底した瀬戸熊マークが始まった。
瀬戸熊さんがリーチを掛けたら、安全牌があるのにそれを切らず、下家のホンイツ仕掛けの3,900点の手に荒さんが放銃した。
スタッフの一人が「これヌルくないですか?」と言う。
いや、荒さんがそんなヌルい放銃をするわけがない。わざとだ。
ええ? 3,900点に差し込みますか? ただリーチ掛かっただけで? しかもまだ初日ですよ。
それだけマークしていたのだ。
時鮭まで焼いて、おむすび作らせて、コンビニで仲良く買い物して、リーチは差し込みしてでも蹴る。
とんでもなくハードボイルドな作戦である。これを聞いて「何て酷い」と思われる方もいるかもしれないが、我々や、当の瀬戸熊さんにとっては「嬉しい」ことなのだ。
あの荒さんが、下の世代の瀬戸熊さんに対して「そこまでやる」のだ。
つまり、荒さんが瀬戸熊さんのことを「チャンピオン」として認め、あらゆる手をつくしても勝つぞという意思表示をしたわけである。
そして見事、この年は荒さんが鳳凰位を獲った。
翌年は瀬戸熊さんが荒さんを4位にして鳳凰位に返り咲いた。
【閻魔の目にも涙】
サイコーに面白くて最高に強い荒さんだが、2012年に結婚して奈良の法隆寺に引っ越してから、徐々に麻雀の調子が落ちていったように見えた。
最強戦やモンドでも勝つことが少なくなった。実戦から離れすぎていて、トレーニング不足なんじゃないかと、森山さんや前原雄大プロも心配していた。
「荒ちゃん、老け込むにはまだ早いよなあ。頑張ってほしいよ、もうちょっと。能力はまだまだあるんだから」
森山さんが言うから、私は「賞金1,000万円の大会をやるってウソつきましょうよ。そしたら急にトレーニングやりますよ。それか無理やりマンション買わせて借金を背負ってもらいましょう」と言った。
「お前むちゃくちゃ言うなよ」
会長は本気で心配していたので、あまり笑わなかった。
まだ連盟の道場が四ツ谷にあった時だから2015年ぐらいだと思うが、荒さんが久しぶりに勉強会に来てくれた。
私は荒さんの上家の人の麻雀を見ていたのだが、荒さんが少し迷いながら鳴いた後、親からリーチが入った。一発で何かを引いた荒さんは、いわゆる「迷い箸」をした。こっちかな? いやこっちかな? と、指を行き来させたのである。
私は「え?」と思った。荒さんのそういう姿を見るのが初めてだったからである。
仕掛けてリーチを受けて少し考えることはあっても、その後はスパン! と小気味よく打っていくのが私が知っている荒さんだ。
私は荒さんのことを40代の頃からしか知らないが、ずっと昔から一緒だった前原さんが、荒さんの後ろで観戦していた。
私の気のせいかもしれないが、前原さんの目に涙が浮かんでいるように見えた。
もしかしたら荒正義はここで終わるのかもしれない。このまま打ち手として弱くなっていってしまうのかもしれない。
失礼ながら私はそう思ってしまった。
前原さんはどう思ったのだろうか。
後日、聞いてみると「ぜんぜん、そんなことは思ってない。涙も浮かべてないよ。でも、稽古不足なのは否めないと思った」と言った。
荒さんはついにA1リーグから初めて陥落した。そしてA2からB1へ、さらにB2リーグまで落ちてしまった。
どんな凄い選手にも引退の時はあるのだが、まさか荒さんがBリーグにまで落ちてくるとは。
ただ、少しだけ希望があったとすれば、それは荒さんがリーグ戦に出続けているという一点だった。
たぶん、帝国ホテルで朝食をとっていた頃の荒さんだったら、A2に落ちた時点でリーグ戦は引退していたと思う。
それは荒さんの問題というよりは、プロとしての環境の問題だと思う。
今は対局をスタジオで行い、多くのファンの方が楽しみにして見てくれる。
そしてその声がコメント欄やSNSで本人たちに届く。
荒さんにとってのやりがいが多少なりともあって、現役選手としての心の灯みたいなものが、まだ消えていないのだろう。
【現役最強】
今年6月19日に行われた最強戦「男子プロ歴代王者決戦」での荒さんは強かった。
久しぶりに強い荒正義を見た。
聞けば、最近は東京の家の方にいることも多く、若手プロと稽古を積んでいるという。
私は嬉しくなった。
荒さんは今年、第38期十段位になり、プロ連盟のグランドスラムを達成した初のプロとなった。鳳凰位、十段位、グランプリ、王位、マスターズの5つすべてを優勝したのは荒さんだけだ。
強い荒正義が帰ってきた。この勢いで12月のファイナルも勝てば2度目の最強位だ。
荒さんの「男子プロ歴代王者決戦」優勝を見届けた私はトイレに行ったら、荒さんが入ってきた。
これから勝利者インタビューなのだが、どうしても我慢できなかったのだろう。
実況席で日吉たちが頑張ってつないでいるはずだ。
「荒さん、おめでとうございます。でも、早く行かなきゃダメじゃないですか」
「うん。それよりさ、あの優勝賞金10万円ていうのは、今日もらえるの?」
「いえ、後日振り込みです」
「ふーん」
荒さんは急に元気がなくなった。
「あの、最強位なったら賞金300万円だよね?」
「そうですよ、それより早くインタビュー受けに行かないと、日吉も限界があります」
「わかった」
荒さんは300万円のことを想い、気を取り直してスタジオに戻っていった。
荒さんの背中は「現役最強」だった頃のように大きくなっていた。
これだ。これでいいのだ。
これこそが荒正義だ。
たぶんこの人は、高額賞金の大会が開かれている以上は、死ぬまでずっと強いんだろうな。
そう思って、安心したのであった。
(了)
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