基礎:結節性筋膜炎 nodular fasciitis
軟部腫瘍病理診断での登竜門、結節性筋膜炎について解説します。
「炎」という名称ではありますが、以前より有名かつ代表的な良性軟部腫瘍の一つとして認識されている上に、近年特徴的な遺伝子異常の存在が明らかとなり、今日では生物学的にも腫瘍(transient neoplasm一過性あるいは一時的腫瘍と表現する研究者もいる)の範疇に位置付けられる病変と解釈されています。
肉腫(悪性間葉系腫瘍)と誤認され易い病変、いわゆる「偽肉腫様病変pseudosarcomatous lesion」の代表的疾患という点でもよく知られています(理由は以下の記載参照)。
臨床上の特徴
幅広い年齢層に発生するが、特に若年者から中年にかけて多い
四肢や体幹部、頭頸部に好発する
皮下から筋膜にかけて発生するが、時に真皮や筋肉内、血管内、関節内にも発生する
病変に気づいた後に短い経過(1~2週)で受診する、あるいは急速に増大する
ほとんどが径1〜2cmの大きさであり、5cmを超えることは稀
一定の大きさに達すると成長が止まる、self-limiting(自己制限的)な病変
長期経過する間に病変が縮小することあり
切除後の再発は極めて稀(例え不完全な切除であっても)
放射線画像(MRI)では、TI強調画像で筋肉とほぼ同等、T2強調画像で高信号を示すが、膠原線維に富む例の場合には、低信号を示すこともある。全体的に造影効果を認める。
病理学的特徴
周囲との境界の不鮮明な結節状病変
やや大型の紡錘形細胞の緩やかな束状あるいは渦巻き状の配列増殖からなり、細胞間に浮腫や離開、粘液腫状変化による空隙がみられ、羽毛様(feathery pattern)を呈するあるいは細胞培養の様相に類似する(tissue culture-likeと表現される)
しばしば慢性炎症細胞浸潤が散在性にみられ、血管外漏出赤血球が高頻度に認められる
時に破骨細胞様多核巨細胞(小型のもの)の出現を伴う
ケロイド用の幅広い膠原線維を伴う例もあり、特に長期経過した病変に多い
核分裂像が通常容易に見出されるが、異型分裂像は認められず、壊死も例外的である
免疫染色では、腫瘍細胞に少なからずα-smooth muscle actinやcalponinが陽性となるが、desminやh-caldesmon、CD34、S-100蛋白は陰性であり、筋線維芽細胞の分化を表しているものと解釈される
抗USP6抗体(Abcam rabbit polyclonal )による免疫染色では、細胞質がびまん性顆粒状に陽性となるが、病変の時期によって陽性細胞の割合が異なる傾向が認められる(慢性例・陳旧例では少数の細胞のみ陽性)(Mod Pathol 34: 2192-2199, 2021)
分子遺伝学的特徴
染色体相互転座t(17;22)(p13;q12)に起因する融合遺伝子MYH9::USP6が認められる(ただし、時間の経過した病変では変異の検出率が低下するという報告あり (Mod Pathol 34: 2192-2199, 2021))
t(11;17)(q13.2;13.2)に起因する融合遺伝子PPP6R3::USP6が稀な悪性(再発+多発転移例、大型の浸潤性病変)例で報告されている(Genes Chromosomes Cancer 55: 640-649, 2016, Pathol Int 69: 706–709, 2019)
他にも多くの遺伝子がUSP6のパートナーとなった融合遺伝子として報告されている(J Clin Pathol 77: 411-416, 2024) パートナー遺伝子の例:TPM4,EIF5A, PPP6R3, CTNNB, SPARC, THBS2, COL6A2, TNC, SEC31A, COL1A1, COL1A2, COL3A1, CALU, NACA, SLFN11, LDHA, SERPINH1, PDLIM7, MYL12A, PAFAH1B1, MIR22HG
類縁疾患
頭蓋骨筋膜炎 cranial fasciitis
増殖性筋炎 proliferative myositis/増殖性筋膜炎 proliferative fasciitis
指趾の線維骨性偽腫瘍 fibro-osseous pseudotumor of digits
骨化性筋炎 myositis ossificans/骨化性筋膜炎 ossifying fasciitis
虚血性筋膜炎 ischemic fasciitis (atypical decubital fibroplasia)
鑑別疾患
良性(深在性)線維性組織球腫 benign (deep) fibrous histiocytoma
腱鞘線維腫 fibroma of tendon sheath
デスモイド型線維腫症 desmoid fibromatosis
炎症性筋線維芽細胞腫 inflammatory myofibroblastic tumor
低悪性筋線維芽細胞肉腫 low-grade myofibroblastic sarcoma
平滑筋肉腫 leiomyosarcoma
備考
多くの医療施設での通常の病理診断の現場で遭遇する可能性のある疾患である
一部の症例では先行する外傷歴があるが、多くは原因が不明である
特徴的な経過から、臨床的に軟部の肉腫を疑われている場合があり、組織像からも旺盛な増殖性病変が示唆されることから、肉腫と過剰診断しないことが重要である(すなわち偽肉腫様の病変 pseudosarcomatous lesion)
基本的な臨床病理像を把握していれば通常診断は困難ではない
本疾患と診断しながら、後に再発した場合は診断を確認または再考すべきである
生検で本疾患と診断されてもその後に病変が消退するという保証はなく(実際経過観察されても放射線画像上1年以上変化のなかった例を経験している)、可能であれば切除が望ましい
富細胞性の腱鞘線維腫(cellular fibroma of tendon sheath)の一部にUSP6遺伝子の再構成(ASPN/COL3A1/COL1A1/MYH9/RCC1/PKM::USP6)が検出されるとの報告があり(Mod Pathol 34: 13-19, 2021)、結節性筋膜炎との類縁性が指摘されている
一方、かつてより結節性筋膜炎の類縁疾患とみなされていた増殖性筋炎・筋膜炎ではUSP6遺伝子再構成は認められず、FOS遺伝子の再構成(FOS::VIM)あるいはc-FOSの過剰発現が認められるとの報告あり(Mod Pathol 34: 942-950, 2021)
急速に増大し、皮膚の表面にビランを伴った大型で腫瘤状の隆起性病変を形成した稀な例が報告されている(Mol Clin Oncol 14: 10, 2021, Case Rep Orthop 2019: 4174985, 2019)