形態屋染乃介

顕微鏡を通してみる組織や細胞の形に魅了されている者です。そんな形を基に病気を診断することを生業としています。知識の共有のために主に病理学に関連した記事をアップしています(適宜追記や修正も)。

形態屋染乃介

顕微鏡を通してみる組織や細胞の形に魅了されている者です。そんな形を基に病気を診断することを生業としています。知識の共有のために主に病理学に関連した記事をアップしています(適宜追記や修正も)。

最近の記事

実践:横紋筋肉腫 rhabdomyosarcoma

学生講義でも触れられることのある有名な肉腫ではあるものの、実際に遭遇する機会は稀な固形腫瘍であり、通常の軟部肉腫と異なり化学療法や放射線療法が優先されることもあって病理診断の重要性が特に高い腫瘍です。  参照:小児がん診療ガイドライン2016年版 http://www.jsco-cpg.jp/childhood-cancer/guideline/#VII_cq11 疫学 小児の固形腫瘍では最も頻度が高く代表的な肉腫であり、わが国では小児期に年間50例ほどの発症があると推

    • 免疫染色の進歩について(軟部腫瘍での応用)

      はじめに  この頃の腫瘍の病理診断で幅を利かせているのは次世代シークエンスをはじめとする遺伝子検索であり、腫瘍の組織標本で観察される純粋な形態に基づいた診断の精度に対する信頼性が低下してきているという実感があります。その精度を上げるための補助的手法の代表が免疫組織化学、すなわち免疫染色であり、その登場からすでに40年余りが経過しますが、病理診断に実用化されるようになったのは30年前頃であり、今日の腫瘍の病理診断において欠かせないツールとなっています。  ところで、ヒトの腫瘍

      • 新規の軟部腫瘍(概要)

        ここ数年の文献に紹介・発表された新規の軟部腫瘍・間葉系腫瘍(WHO分類第5版未収載)の概要について備忘録的に記載します(順不同)。なお、それらの詳細については各参考文献を参照してください。情報は今後も適宜追加していく予定です。 Sarcoma with RAD51B fusions 臨床的特徴:中高年の女性、子宮>軟部組織(四肢等)、予後不良(再発・転移・死亡あり) 病理学的特徴:径3.5~28 cm、組織学的多様性あり、浸潤性増殖、紡錘形・上皮様異型細胞、多形細胞、粘液

        • 実践:GLI1変異型間葉系腫瘍 GLI1-altered mesenchymal neoplasms

          GLI1は、脳の悪性腫瘍である膠芽腫 glioblastoma から当初見出されたがん遺伝子で、ヘッジホッグシグナル伝達経路に作用するzinc finger型蛋白をコードしており、胎生期における種々の細胞および多くの器官での細胞運命の決定や増殖、パターン形成に関与していることが知られています。この遺伝子の変異(増幅や再構成)を特徴とする稀な非上皮性(間葉系)腫瘍の存在が近年相次いで指摘される様になりました。今回はそのようなGLI1変異型間葉系腫瘍について要点をまとめてみます。

          基礎:血管筋線維芽細胞腫 angiomyofibroblastoma

          1992年に米国病理医Fletcherらによって初めて文献上記載された(Am J Surg Pathol 16: 373-382, 1992)、女性の外陰部に好発する比較的稀な良性腫瘍のまとめになります。なお、腫瘍の発生部位や病理組織学的な特徴から診断はさほど難しいものではありません。 定義 通常骨盤会陰部に発生し、この領域における特殊な間質細胞により構成される周囲との境界の明瞭な筋線維芽細胞性の良性腫瘍。 臨床上の特徴 生殖可能な世代(成人)の女性の外陰部皮下や膣壁

          基礎:血管筋線維芽細胞腫 angiomyofibroblastoma

          実践:デスモイド線維腫症 desmoid fibromatosis

           「デスモイド(類腱腫)」というなんだか奇妙な名称の疾患は、1800年代からその存在が知られているそれなりに有名な軟部腫瘍ですが、そもそもはバンド状あるいは腱様という意味のギリシャ語desmosにその名前が由来するとのこと。線維が異常に増生した状態を英語ではdesmoplasiaと表現するように、線維成分に富む病変です。今回はこのデスモイドについてのまとめになります。 定義  線維芽細胞・筋線維芽細胞分化を示す紡錘形細胞の増殖からなり、局所侵襲性・深在性でありながら転移す

          実践:デスモイド線維腫症 desmoid fibromatosis

          基礎:血管腫 hemangioma とその周辺

           今回は臨床現場で比較的遭遇頻度の高い血管腫についての概説になりますが、研究者によって使用する病変の名称に多少の違いがあり、その影響が今日用いられている(提唱されている)分類の違いに反映されている状況です。病変の概念と分類が今後統一されることが望まれます。 疾患概念・定義  本来なら血管の構成細胞の主役である内皮細胞の増殖からなる病変が血管性腫瘍と表現すべきものであると考えられるものの、実際には内皮のみでなくそれを支持する細胞(例えば血管周皮細胞や平滑筋細胞)や基質も付随

          基礎:血管腫 hemangioma とその周辺

          noteを活用する理由について

          私の記事を閲覧いただきどうもありがとうございます。 ご覧いただいてお感じの様に、記事にしている内容が極めて専門的であり一般向けではありません。それにも関わらずなぜこの「note」を利用するのかについて簡単に説明させていただきます。どのような意図があるのかを多少ともご理解いただければ何よりです。 1.きっかけと目的 すでにお分かりのように、私は医療界の中でもマイナーな分野である「病理学」を専門とする医師・教員の一人です。病理学・病理診断とは何かをここで説明は致しません(興味

          noteを活用する理由について

          基礎:神経鞘腫 schwannoma

          日常診療で遭遇する機会の少なくない良性軟部腫瘍であり、その腫瘍名は組織学的特徴と共によく知られています。医療系の教育機関で病理学の講義に登場することも多い腫瘍ですが、症例によって組織学的多様性や著明な二次的変化を伴うことがあり、時には病理診断に難渋する場面もあったりします。 定義・疾患概念 末梢神経や脳神経における神経鞘の細胞、すなわちシュワン細胞への分化を示す腫瘍細胞によって構成される腫瘍 かつてはneurilemmomaやneurinomaという名称もしばしば用いられ

          基礎:神経鞘腫 schwannoma

          実践:軟部血管線維腫 angiofibroma of soft tissue

          線維芽細胞様細胞の増生と豊富な小型血管成分により特徴づけられる稀な良性軟部腫瘍で、2012年に米国ハーバード大学のMarino-EnriquezとFletcherによって初めて記載されたものです(Am J Surg Pathol 36: 500-508, 2012)。なお、「血管線維腫 angiofibroma」の名称で知られている皮膚や鼻咽頭などでの腫瘍とは似て非なる病変であり、注意が必要です。 臨床上の特徴 幅広い年齢層に認められるが、患者の多くは中高年であり、小児は

          実践:軟部血管線維腫 angiofibroma of soft tissue

          実践:NTRK再構成紡錘形細胞腫瘍 NTRK-rearranged spindle cell neoplasm及び関連腫瘍

          文字どおりNTRK (neurotropic receptor tyrosine kinase 神経栄養因子チロシンキナーゼ受容体)遺伝子の変異(再構成)を有する紡錘形細胞の増殖からなる腫瘍の一群で、部分的に異なる臨床病理学的特徴によりいくつかの病型がこれまで個々に報告・診断されていたものが、比較的最近整理されてこの名称で包括的に取り扱われる様になり、臨床の現場でも注目されています。その背景には、特徴的なNTRK遺伝子の再構成によって腫瘍細胞に発現している融合蛋白に対する薬物

          実践:NTRK再構成紡錘形細胞腫瘍 NTRK-rearranged spindle cell neoplasm及び関連腫瘍

          基礎:結節性筋膜炎 nodular fasciitis

          軟部腫瘍病理診断での登竜門、結節性筋膜炎について解説します。 「炎」という名称ではありますが、以前より有名かつ代表的な良性軟部腫瘍の一つとして認識されている上に、近年特徴的な遺伝子異常の存在が明らかとなり、今日では生物学的にも腫瘍(transient neoplasm一過性あるいは一時的腫瘍と表現する研究者もいる)の範疇に位置付けられる病変と解釈されています。 肉腫(悪性間葉系腫瘍)と誤認され易い病変、いわゆる「偽肉腫様病変pseudosarcomatous lesion」の

          基礎:結節性筋膜炎 nodular fasciitis

          基礎:脂肪腫 lipoma(まとめ)

          脂肪腫lipomaは皮膚を含む軟部組織において最も高頻度(人口の約1%)に認められる間葉系腫瘍です 日常診断を行っている病理医の中で経験のない先生はおそらくいないでしょう 良性のありふれた腫瘍ということで、ぞんざいに扱われている傾向がある様に感じますが、診断において時に悩ましい症例に遭遇することもあり、少し詳しく関連事項をまとめてみたいと思います 脂肪組織と脂肪腫 脂肪腫はその名のとおり成熟型の脂肪細胞(白色脂肪とも称される)の増殖からなる病変であり、皮下脂肪などの既存の

          基礎:脂肪腫 lipoma(まとめ)

          米国国防総省とGoogleが共同開発を進める拡張現実顕微鏡(augmented reality microscope)で癌をモニター上の組織画像上に検出!一人病理医にとっての朗報か?(9/18 CNBCによる報道)https://www.cnbc.com/2023/09/18/google-dod-built-an-ai-powered-microscope-to-help-doctors-spot-cancer.html

          米国国防総省とGoogleが共同開発を進める拡張現実顕微鏡(augmented reality microscope)で癌をモニター上の組織画像上に検出!一人病理医にとっての朗報か?(9/18 CNBCによる報道)https://www.cnbc.com/2023/09/18/google-dod-built-an-ai-powered-microscope-to-help-doctors-spot-cancer.html

          基礎:粘液腫状変化 myxoid change

          軟部に発生する腫瘍には顕微鏡下で青白く淡明な基質が目立つものがあり、そのような所見をしばしば粘液(腫)状と表現しています。今回はこれについて少し解説してみます。 粘液腫状変化とは 細胞外において、ムコ多糖として知られる糖鎖glycosaminoglycanがコア蛋白質に多数結合したプロテオグリカンからなる複合体(図1)が過剰に蓄積した状態が粘液腫状変化(あるいは粘液変性)として認識される なお、ムコ多糖には非硫酸化物であるヒアルロン酸や硫酸化物であるコンドロイチン硫酸や

          基礎:粘液腫状変化 myxoid change

          基礎:脱分化現象

          腫瘍において時に見られる独特の現象の一つである「脱分化 dedifferentiation」について少し詳しく説明してみたいと思います。 分化と脱分化  細胞が成長にするにつれて特殊な機能と形質を示すようになること、例えば、筋肉や脂肪、骨などの特殊化した組織を構成する細胞は、それら各々に特有な性質をもった細胞であり、‘分化した’細胞と表現される。発生における初期の段階ないし胎児期の細胞はもっぱら分化していない未成熟なものであるが、成体における細胞の多くは分化した細胞である

          基礎:脱分化現象