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基礎:神経鞘腫 schwannoma
日常診療で遭遇する機会の少なくない良性軟部腫瘍であり、その腫瘍名は組織学的特徴と共によく知られています。医療系の教育機関で病理学の講義に登場することも多い腫瘍ですが、症例によって組織学的多様性や著明な二次的変化を伴うことがあり、時には病理診断に難渋する場面もあったりします。
定義・疾患概念
末梢神経や脳神経における神経鞘の細胞、すなわちシュワン細胞への分化を示す腫瘍細胞によって構成される腫瘍
かつてはneurilemmomaやneurinomaという名称もしばしば用いられていた
脳神経外科領域では「シュワン細胞腫」と呼称されることが多い
臨床上の特徴
幅広い年齢層に発生するが、そのピークは中年(30〜50代)
性差や人種差はない
頭頸部や四肢(特に伸側)の真皮や皮下に発生することが多い
後縦隔や後腹膜の他、脊柱管内(神経根)、後頭蓋窩(小脳橋角部)、頭蓋底にも少なくなく、稀には消化管の壁内や肝、膵などの臓器にも発生することがある
症状に乏しく緩徐に発育するが、四肢や脊柱管内に発生するものでは腫瘍と関係する神経に沿った痛みや異常感覚が生じたり(Tinel兆候)、第8脳神経に発生した場合では聴覚障害や目眩を伴うことがある
大きさは数センチ大のものが多く、時に径10cmを越えることもある
腫瘍の多く(約9割)は孤発性であるが、多発する例(schwannomatosis*)や遺伝性(神経線維腫症2型**)のこともある
放射線画像(MRI・CT)では、神経を巻き込むあるいはそれに隣接して存在する周囲との境界明瞭な結節で、内部には出血や石灰化、脂肪変性、嚢胞化などの2次的変化がしばしば認められる
良性腫瘍であり転移を生じないが、不完全な切除の場合には再発することがある
ごく稀に悪性腫瘍(悪性末梢神経鞘腫瘍 malignant peripheral nerve sheath tumor, MPNST)に形質転化した例の報告がある(Pathol Int 50:156-161, 2000など)
*schwannomatosis: 多発する神経鞘腫±中枢神経系腫瘍(髄膜腫)であるが、小脳橋角部に神経鞘腫が発生した例は除外され、発生頻度は170万人に一人程度と稀であり、SMARCB1/INI1遺伝子の胚細胞性の変異、およびFN2・LZTR1遺伝子等の体細胞性変異を伴う
** 神経線維症2型:両側の聴神経鞘腫±中枢神経系腫瘍(髄膜腫、脳室上衣腫など)で、皮膚(色素斑)・眼病変(白内障、網膜過誤腫など)を伴うことがあり、発生頻度は4〜10万人に一人程度の発症が見られ、常染色体優性遺伝(NF2遺伝子の胚細胞性変異を伴う)を示す
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病理組織学的所見
多くは線維性被膜により囲まれ、それに付着あるいは巻き込まれるように神経束が見られるが、それらが不明瞭なこともある
濃染性の核と好酸性の細胞質を有する紡錘形細胞が交錯する束状あるいは渦巻き状に配列し、核が列状に横に並んだ「柵状配列・観兵式状配列 palisading」が本腫瘍の組織学的特徴の一つであり、同部はAntoni A型の領域と呼ばれる
2列の柵状配列によって挟まれた領域はしばしばより好酸性の際立った構造を示すため、その存在に最初に着目したウルグアイの内科医Jose Verocayの名を取ってVerocay小体とも呼称されることがある
腫瘍内に紡錘形細胞が浮腫状あるいは粘液腫状の豊富な基質を背景に散在性に見られる領域(Antoni B型)が多少とも見られ、Antoni A型の領域と種々の程度に混合する
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本腫瘍に通常見られる2次的変化として、リンパ球を主とする慢性炎症細胞浸潤や腫瘍内血管壁の硝子化あるいは類線磯変性、出血や血栓形成、ヘモジデリン沈着があり、時に嚢胞状変化や石灰化、リポフスチンの蓄積、泡沫細胞の集簇、小規模な虚血性の壊死を伴う
変性の見られる例では、より濃染性で大型ないし多形性を示す核を有する腫瘍細胞が散見されることが少なくなく、一見すると悪性腫瘍での異型性を思わせるが、腫瘍の生物学的態度を反映するものではなく、「変性異型 degenerative atypia」と表現・解釈される
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核分裂像は通常見られないが、もっぱらAntoni A型領域のみから構成される富細胞亜型(cellular schwannoma)では核分裂像が散見される場合がある
変性の特に顕著な腫瘍の場合は、ancient schwannoma(陳旧性神経鞘腫)とも呼称されるが、そのような例では典型的なAntoni A型の領域が乏しいか、見られないことも少なくない
消化管発生の病変では辺縁部にしばしばリンパ球の集簇巣(lymphoid cuff)を伴い、核の柵状配列は目立たないことが多い
亜型として、腫瘍結節が数珠状に連なって認められるplexiform schwannoma(叢状神経鞘腫)や、腫瘍細胞が上皮様を示すepithelioid schwannoma(上皮様神経鞘腫)、浮腫状変化により小嚢胞構造が目立ち腫瘍細胞が網目状に配列するmicrocystic/reticular schwannoma(微小嚢胞・網状神経鞘腫)、小型細胞の密な増生からなりロゼット様構造を形成するneuroblastoma-like schwannnoma(神経芽腫類似神経鞘腫)などがある
シュワン細胞への分化を示す細胞に加え、神経周皮細胞や線維芽細胞等の他の細胞への分化を有する細胞成分を混在した病変も稀にあり、それらは混成型末梢神経鞘腫瘍 hybrid peripheral nerve sheath tumor と呼称されている
免疫組織化学では、S-100蛋白およびsox10がびまん性に陽性となり、GFAPも部分的に陽性となる場合がある上、被膜にはEMA陽性の繊細な神経周皮細胞が少量ながら確認され、CD34が被膜下に陽性となることがある
病理診断は上記の組織学的特徴によって可能であり、通常免疫染色は不要であるが、特徴的なAntoni A型の領域を欠く陳旧性の病変の場合にはS-100蛋白の免疫染色(陽性所見)が診断に有用である
悪性末梢神経鞘腫瘍(MPNST)との鑑別が問題となりうる富細胞性の病変では、びまん性のS-100蛋白の陽性所見が診断に役立つ上に(MPNSTの場合は通常部分的でかつ弱陽性にとどまる)、H3K27me3の核内発現が維持されていることもそれを支持できる所見である
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遺伝子変異について
孤発例の約60%にNF2遺伝子の機能喪失型変異ないし同遺伝子が局在する22qの欠損が認められ、3割弱にARID1A/B遺伝子の欠損、1割弱にはDDR1遺伝子及びLZTR1遺伝子変異が見られる
約10%程度の例では10q24.3-26.3の逆位によって融合遺伝子SH3PXD2A:: HTRA1が認められ、MEK-ERKシグナル伝達系の活性化を介して腫瘍の発生や細胞増殖などに関与している可能性がある(Nat Genet 48: 1339-1348, 2016)
融合遺伝子が検出される腫瘍は軟部組織発生例に比較的頻度が高く、より小型であって若年発生例に多い上、組織像では特に蛇行した核の柵状配列(下図参照)が見られるのが特徴である(Mod Pathol 37: 100427, 2024)
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皮膚の微小嚢胞・網状神経鞘腫の一部に融合遺伝子MONO::TFE3が最近検出されている(Virchows Arch 483: 237-243, 2023)(ALKの発現も見られる)