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実践:デスモイド線維腫症 desmoid fibromatosis
「デスモイド(類腱腫)」というなんだか奇妙な名称の疾患は、1800年代からその存在が知られているそれなりに有名な軟部腫瘍ですが、そもそもはバンド状あるいは腱様という意味のギリシャ語desmosにその名前が由来するとのこと。線維が異常に増生した状態を英語ではdesmoplasiaと表現するように、線維成分に富む病変です。今回はこのデスモイドについてのまとめになります。
定義
線維芽細胞・筋線維芽細胞分化を示す紡錘形細胞の増殖からなり、局所侵襲性・深在性でありながら転移することのない病変で、周囲組織に浸潤性に発育し、術後に局所再発をきたしやすい(良悪性中間型腫瘍)。
同義語
デスモイド腫瘍 desmoid tumor、デスモイド型線維腫症 desmoid type fibromatosis、侵襲性線維腫症 aggressive fibromatosis、深在性線維腫症 deep fibromatosis、筋腱膜線維腫症 musculoaponeurotic fibromatosis
分類
腹壁外デスモイド extra-abdominal desmoid(頭頸部や四肢、胸背部に発生、全体の約65%)
腹壁デスモイド abdominal desmoid(腹壁に発生、約20%)
腹腔内デスモイド intraabdominal desmoid(腸間膜や腹腔・骨盤腔内、後腹膜に発生、約15%)
臨床上の特徴
発生頻度は人口100万人に対して約2〜4人
小児を含む幅広い年齢層に見られるが、特に若年成人から中年に好発し、女性に多い(M:F≒1/2)
ほぼ全身各所の深部軟部組織に発生する無痛性の硬い結節あるいは腫瘤
特に体幹部や肩甲肢帯に多い
一部の例では先行する外傷や胸腹部などの手術歴あり
腹壁デスモイドでは、女性での妊娠や出産を契機として発生する例があり、閉経や抗性ホルモン療法で自然消退することがある
ほとんどは孤発性であるが、家族性大腸腺腫症(FAP)の患者に発生する場合がある(全体の約1割)
MRIではT1強調像で筋肉と同程度の信号強度、T2強調画像で低信号域と高信号域が混在し、後者は造影剤にて増強される
病理学的特徴
骨格筋やその周囲組織、腸間膜などを中心に発生した周囲との境界の不明瞭な白色あるいは灰白色調の充実性腫瘍
大きさは径5〜10 cm大が多いが、それを超えるものもある(特に腹腔内の病変)
割面では粗造な渦巻き状あるいは唐草模様を示すが、出血や壊死は見られない
組織学的には、線維芽細胞あるいは筋線維芽細胞様のほぼ均一で単調な紡錘形細胞が、豊富な膠原線維を伴って束状に増殖する
多形性は見られない
薄壁性で拡張した血管が介在し、血管周囲はしばしば浮腫状を示す
ケロイドに類似した厚い膠原線維束を伴うことがある
炎症細胞浸潤は目立たないが、時にリンパ球の集簇を認めることあり
結節性筋膜炎に類似して血管外に漏出した赤血球が見られることも少なくない
腫瘍の辺縁部ではしばしば萎縮した骨格筋や脂肪組織が病変内に取り込まれて見られる
核分裂像が観察されることは稀ではないが、異型分裂像は通常認められない
免疫染色では、α-smooth muscle actinあるいはmuscle specific actin陽性の腫瘍細胞が確認されるが、その程度は症例によって異なる
desminやh-caldesmon、myogenin、CD34、S-100蛋白は通常陰性である
cyclin D1やcalretinin、CD117、LEF1、TFE3も陽性となることが少なくない(70%程度)が、これらの診断学的意義は乏しい
βカテニンの核内発現が約70〜80%に認められるが、時に細胞質内に顆粒状・点状に染色性が認められることあり(特異性・感度は一次抗体の種類により様々 Pathol Int 71: 392-399, 2021)
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均質な紡錘形細胞の増生からなり、右図上では血管周囲性浮腫が見られる
(挿入図はβカテニンの免疫染色)
主な鑑別疾患
表在型線維腫症 superficial fibromatosis
desmoplastic fibroblastoma (collagenous fibroma)
硬化性腸間膜炎 sclerosing mesenteritis
後腹膜線維症 reteroperitoneal fibrosis
結節性筋膜炎 nodular fasciitis
乳幼児型筋線維腫症 infantile myofibromatosis
乳幼児鼻副鼻腔粘液腫 infantile sinonasal myxoma (β-catenin +)
偽筋原性血管内皮腫 pseudomyogenic hemangioendothelioma
乳幼児型線維肉腫 infantile fibrosarcoma
炎症性筋線維芽細胞腫 inflammatory myofibroblastic tumor
成人型線維肉腫 adult fibrosarcoma
肉腫型中皮腫 sarcomatous malignant mesothelioma
分子遺伝学的特徴
約9割の症例で、βカテニン遺伝子エクソン3のコドン41あるいは45に点突然変異が見られる
一部の症例では6番染色体のコピー数減少あり
時にAPC遺伝子の変異を示す例もある(孤発性の1割弱)
染色体8または20のトリソミーを有する例がある
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治療と予後
無症状で日常生活上問題がない例であれば経過観察とされることあり
有症状例では外科的切除が行われることが多いが、完全に切除されたと考えられる例であっても再発を生じることあり(約1/3〜1/2の症例で再発あり)
術後再発に関係する要因として、腹壁外デスモイド、若年患者、大型の病変、βカテニン遺伝子S45F型の変異が知られている
不完全な外科的切除の場合には術後に放射線照射が考慮されることがある
薬物治療としてはCOX-2阻害剤や抗エストロゲン剤、非ステロイド性消炎鎮痛剤、分子標的薬(imatinib/sorafenib)などの使用報告がある
その他詳細は診療ガイドライン及び専門サイトの情報(例:Cancer.Net)などを参照
備考
「線維腫症 fibromatosis」 の用語は、外科病理学の祖とも呼ばれる米国病理医の Arthur Purdy Stout (1885–1967)が最初に用いたとされる。先天性全身性線維腫症 congenital generalized fibromatosis (今日でいうところの乳幼児型筋線維腫症 infantile myofibromatosis)という疾患を記載した際に使用したものだが (1954年)、全身の各所に多発する傾向のある同疾患を孤立性の病変(すなわち線維腫 fibroma)とは区別して表現するという意図があったのではないかと推測される。なお、desmoidは通常孤立性の病変であり、線維腫症という名称が必ずしも適当であるとは言い難いものの、術後に局所再発しやすい疾患であり、稀ながら多発した症例の報告(Br J Plast Surg 57: 362-365, 2004)もあることから、今日でも慣習的に線維腫症の名称が用いられている。