基礎:脂肪腫 lipoma(まとめ)
脂肪腫lipomaは皮膚を含む軟部組織において最も高頻度(人口の約1%)に認められる間葉系腫瘍です
日常診断を行っている病理医の中で経験のない先生はおそらくいないでしょう
良性のありふれた腫瘍ということで、ぞんざいに扱われている傾向がある様に感じますが、診断において時に悩ましい症例に遭遇することもあり、少し詳しく関連事項をまとめてみたいと思います
脂肪組織と脂肪腫
脂肪腫はその名のとおり成熟型の脂肪細胞(白色脂肪とも称される)の増殖からなる病変であり、皮下脂肪などの既存の脂肪組織との区別は一見難しい
かつては脂肪細胞の反応性増殖・過形成性変化とみなすという意見もあったが、不完全な切除により稀ながら再発する例が経験されることや、遺伝子HMGA1/2の変異などの遺伝子異常が確認されることから真の腫瘍として位置付けられている
脂肪腫の発生要因は目下不明であるが、肥満者や高脂血症、糖尿病患者に頻度が発生頻度が高いという報告や、外傷を契機とした発症の報告もある(Skinmed 6: 266-270, 2007)
なお、脂肪腫が悪性転化(脂肪肉腫化)したとの報告はない
臨床上の特徴
中年以降に発生し、若年者にはまれ
女性よりもやや男性に多い
多くは四肢の近位部(肩甲肢帯)をはじめ、体幹部や頭頸部に発生する
5〜10%の症例では腫瘍の多発が見られ(特にRB1遺伝子変異を伴う例)、稀に家族内発生例もある
皮下に多いが、深部(筋肉内)や内軟部組織にも見られる
緩徐に発育する弾性軟の腫瘍であるが、硬い腫瘍のこともある
多くは径5cmまでの病変であるが、径10cmを超える大型のものも時に経験される
MRIではT1おおびT2強調画像でいずれも高信号を示し、脂肪抑制法により低信号となる
形態学的所見
通常薄い線維性被膜により覆われており、鮮やかな黄色調の腫瘍
組織学的には、繊細な線維性隔壁により区画され分葉状に増殖する成熟型脂肪細胞の増殖からなる
毛細血管・小血管に富む傾向があるものの、周囲の既存の脂肪組織との組織学的区別は困難である
既存の成熟型脂肪細胞と比較し、細胞質はより中間型フィラメント(ビメンチン)に富む傾向があるため、細胞の輪郭が既存の脂肪細胞よりも明瞭である(下図参照)
異型性や多形性は見られず(例外あり)、核分裂像も認めない
約8割の例にHMGA2の核内発現を認める(Mod Pathol 23: 1657-1666, 2010)
亜型
病変の存在部位や混在する細胞・組織成分の種類などにより以下の亜型が存在する
筋肉内脂肪腫intramuscular lipoma(別名:浸潤性脂肪腫infiltrating lipoma)・筋間脂肪腫intermuscular lipoma
傍骨性脂肪腫parosteal lipoma
線維脂肪腫fibrolipoma/硬化性脂肪腫sclerotic lipoma/腱鞘脂肪腫endovaginal lipoma
粘液脂肪腫myxolipoma
血管脂肪腫angiolipoma
筋脂肪腫myolipoma
褐色脂肪腫hibernoma
紡錘形細胞脂肪腫spindle cell lipoma/多形脂肪腫pleomorphic lipoma
類軟骨脂肪腫chondroid lipoma
異形成性脂肪腫dysplastic lipoma(別名:不同細胞性脂肪腫anisometric cell lipoma)
異型紡錘形細胞脂肪腫様腫瘍atypical spindle cell lipomatous tumor/多形脂肪腫様腫瘍pleomorphic lipomatous tumor
類縁・鑑別疾患
①「脂肪腫」の名称を伴うものの、狭義(軟部組織)の脂肪腫とは区別されている脂肪細胞の増殖性病変
樹枝状脂肪腫lipoma arborescens(別名:滑膜性脂肪腫症synovial lipomatosis)
神経脂肪腫症neural fibrolipoma(別名:神経脂肪腫症lipomatosis of nerve)
唾液腺脂肪腫sialolipoma
胸腺脂肪腫thymolipoma
回盲部粘膜下脂肪腫ileocecal submucosal lipoma
血管筋脂肪腫angiomyolipoma
骨髄脂肪腫myelolipoma
傍脳梁脂肪腫pericallosal lipoma
多発性対称性脂肪腫症multiple symmetric lipomatosis(別名:Madelung病)
異型脂肪腫様腫瘍atypical lipomatous tumor (同義語:高分化型脂肪肉腫well differentiated liposarcoma)
② 脂肪腫に類似した反応性脂肪増生(過形成)ないし類似病変
筋肉内血管腫における脂肪増生
骨格筋萎縮における脂肪置換(仮性肥大)
皮膚の軟性線維腫
消化管粘膜の偽脂肪腫症 mucosal pseudolipomatosis
③他の脂肪性腫瘍での特殊な状況
脂肪芽腫における加齢による成熟maturation(Mod Pathol 34: 584-591, 2021)
粘液型脂肪肉腫に対する放射線治療効果による脂肪腫様変化(Acta Oncol 46: 838-845, 2007)
分子遺伝学的所見
以下の異常が認められる
染色体12q13-15の構造異常(約65%)(HMGA2遺伝子再構成を含む)
染色体13qの欠失(約10%)(RB1遺伝子欠失を含む)
染色体6p21-22の再構成(約5%)(HMGA1遺伝子再構成を含む)
その他:患者あたり平均42個(範囲11~79個)の体細胞遺伝子変異(例:細胞増殖関連-ACVRIC、PTPRT、ERBB2、MAPK7; 転写因子- ATMIN、ZNF317、FOSL1; 腫瘍形成- APC、NFATC3、PDE1A、ATMIN等)が見られるとの報告あり(Sci Rep 9: 14370, 2019)