PK
2年前に、自宅でも芸人仲間とリモートで大喜利ができるように100均でホワイトボードを買った。
大喜利が強くなるために買ったホワイトボード。
現在そのホワイトボードは"貯金する!!"とだけ書かれて部屋の壁に吊るされている。
俺は生きている。
サッカーワールドカップの決勝戦の組み合わせがアルゼンチン対フランスに決まったが、日本はベスト8進出をかけたトーナメント一回戦でクロアチアに惜しくもPKで負けてしまった。
それに対して「日本はPKが下手だ」「PKの練習をしろ」などの厳しい意見がSNS上で見受けられたが、そいつらは何も分かっていない。
5mの平均台を渡りなさいと言われても楽勝で渡れるが、地上300mの落ちたら即死の状況で同じ平均台を渡りなさいと言われると話は変わってくる。
それくらいのプレッシャーで選手たちは戦っているのだ。
僕は人生で一度だけPKを蹴ったことがある。
中学時代サッカー部だった僕は、とある試合のPK戦で顧問の先生に3番目のキッカーとして指名された。
顧問の先生から「迷いがあると失敗するから、右が左どっちに蹴るか今もう決めとけ」と言われたので
"右に蹴るぞ"
と強く意思を固めて臨んだPK戦。
僕は"右に蹴るぞ"と思いながらボールをセットし、"右に蹴るぞ"と思いながら数歩下がり、"右に蹴るぞ"と思いながら走り出し、"右に蹴るぞ"と思いながら軸足を踏み込み、直前に"やっぱり左!!"と思いながら蹴ったボールはど真ん中に行き、キーパーに1歩も動かずキャッチされた。
頭が真っ白になった僕は無意識に、もしその瞬間を園子温監督が見ていたら僕は役者として売れていたというほどの演技力で、足が痛いフリや、グラウンドの状態を確認する素振りなんかをしながら仲間の列に戻った。
そしてこうなると
「このままでは僕のせいで負けてしまう!相手チームPK外せ!味方キーパー頑張れ!俺のミスを帳消しにしてくれ!」
と考えるのが健康的な思考なのだが、その時の僕は
「このままでは僕のせいで負けてしまう!味方チームPK外せ!相手キーパー頑張れ!俺だけのミスじゃなくしてくれ!」
と考えていた。
僕は味方のミスを願う機械(マシーン)に成り果てた。
ただそんな僕の願いが通じたのか、なんとその後お互いのキッカーが4人連続で枠外に外した。
チームとして負けはしたものの試合に負けて勝負に勝った僕はチームメイトからの「なんで真ん中に蹴ったん?」という言葉の暴力に耐え抜き、無事家路につくことに成功した。
あの日以来、僕は人生でまだPKを蹴っていない。
もし蹴ることがあれば次はどっちに蹴るだろうか。
右か、左か。
よし決めた。
"右に蹴るぞ"