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稲作創話「棚田物語」丁類01「妖怪おせっかいお酒を売る」

 わざわざこの「棚田物語」に登場する必要もない妖怪おせっかいなのだが、どうもめっきり数が減ったのか、アラフォーならぬ「アラ米寿!エイティー・エイティ」の周りに、つまり、この棚田に集まってくる八十八歳前後のご老人に関わる御仁達に集中して憑くようになったようで、今回の「棚田物語」は、この妖怪おせっかいの話をしようと思う。
 
 そもそも妖怪とは、こちらが呼んだときに「なにかようかい?」と言って慎ましくご出没遊ばす野郎たちなのだが、この妖怪おせっかいは何の用もないのに現れて、自ら都合のいい御仁にとり憑いて、やりたい放題おせっかいやいちゃうので、他の妖怪仲間からもあまり気に入られてはいないようだし、かかられる人間様もとにかく気苦労が多く、時間とお金を割いて動かないと気が済まなくなるから、大変だ。
 で、先ずは、この妖怪おせっかいにとり憑かれたが御仁がお酒を売る話をしよう。
 なんのことはない、今回おせっかいに取り憑かれた御仁は、この棚田の田主(たぬし)で、本人の名誉のために白々しくRKと呼ぶことにしておこう。といっても、江戸末期、この地方の庄屋で、分家から本家に貰われてきて、お酒を造って大儲けして、多額の寄付や献金を国や県、神社やお寺にされて、多くの人から敬われ親しまれた方も、イニシャルがRKらしいが、こんな立派なお方のことではない。昨年4月、勤めていた所から半分暇を出され、田舎に戻り、前からやっていた稲作や畑作りに多少時間もあるので取り組み直した還暦過ぎた男のことだ。この男、その素質があったのか、見事に妖怪おせっかいにかかられて、動き回ることになってしまった。そんな田主のお話だ。
 ここで一言いっておくが、妖怪「おせっかい」はあくまで妖怪で、「お接待」とは関係が、ない。「お接待」は妖怪ではなく、品がって、相手のことを一番に思いやって考えて動く、そう、お茶の世界、茶道のような「おもてなし」を旨とする。だから、妖怪おせっかいとは、まるで次元が違う。何が違うか。妖怪おせっかいは、まず、品がない。大阪のおばちゃんのようなノリだ。いや、大阪のおばちゃんがみんな品がないと言っているわけでは、ない。例えば、だ。例えばそんな感じ、そう、ニュアンスだってことで。また、相手のことも考えるが、それは一応相手が目的としていることを思うのみで、その手段や方法は、相手なんか構っちゃいない。だから、今回、このお酒売りだってトラブル続きだ。歩調を合わせるとか、関係者を敬うとか、関係ない。売るための手段を考えないというよりか、売る手段そのものを楽しんで動く。手段が純粋化し、「純粋な手段」に酔う。そして、「目的なき手段」となり、かかられた御仁を傍からみれば、何がそんなに楽しんしいのか、奇異に思われる。だからこそ、妖怪のなせる業なのだろうが。
そういえば、実はこのお酒を造ったKK氏もそうであった。KK氏は、実のところ、お酒を売るために作ったのではない。作りたいから作ったのだ。だから、売り先も、売り方も何も考えずに、ただ、自分が作った自然米のコシヒカリで最高の大吟醸自然農法純米酒を作りたかった。それだけ。お米だってそうだ。作りたかった。山からの澄んだ一番水と無肥料無農薬無投入の土と太陽の恵みだけで、最高のコシヒカリを作ってみたかった。それだけで、近時、後継者もなく荒れてゆく田を「買ってくれんかのう」と言われるままに買い取って、買い取って、今では、棚田三十三枚三町。もちろん、農機具その他必要農具複数も買い揃えて、それが入る倉庫も五棟建て増して。そんで、できたお米は、売れ残ったりしていて。そう、もう完全に、この時点で妖怪おせっかいに憑かれていたと思われる。
だもんだからか、今度は大吟醸自然農法純米酒造りにシフトした、と思いきや、実のところは、最初からこっちがやりたかったみたいだ。RKが妖怪おせっかいにかかられる前、KK氏と話ししていて、自分が買った田の石垣について、「僕はこんな石垣が大好きで、たわしで一石、一石、磨きに磨いて、頬ずりしてやりたいと思うんよ。そんな棚田でお米作ってお酒造って、世界をアッと言わせたいんよ。」と。石垣からしてみたら、十分、おせっかいな話だが、どうもうそではないようだ。そして、実際、KK氏は、できた5千本のお酒を一応は中国に売ろうとはしていたようで。
 「わしも売りたいんで。で、電〇に頼んだりして、中国からインフルエンサー呼んだりしたが、一億、二億の話でないと積極的に乗ってくれんのよ。じゃけん、もう、そことは縁切ったんよ。あんたも稲刈りに来た中国人がドローン飛ばしてたの見たやろ。大学の教授も呼んできて、土の調査やいうて、コメントもしてくれたやないか。実際、この谷の土は、窒素分が異様に多いらしく、その調査を今年もやらしてくれいうて、慣行農法の田と比較するんじゃいうて、女学生さんたちがぞろぞろぞろぞろ田靴持って山道を歩きよったじゃないか。あんたは、平日はこの谷に上がって来れんけんしらんかもしれんけどな。」
 そう、ここで言われている「あんた」が、この「棚田物語」の田主、RK。確かに、彼もその取材の現場に居て、その後編集された動画をYouTubeでも見て、縁切った後、KK氏は動くことがなくなったものだから、妖怪おせっかいを迎えることになるのだから、今考えれば、どうも妖怪おせっかいは、この時点から彼らを狙っていたと思われる。
 つまり、RKは、KK氏と仲良し。KK氏は、お米もお酒も作るのが目的で、できてしまったお米にもお酒にも、そんなに興味がない。まあ、KK氏が言う「これじゃあ、年寄りの道楽じゃねぇ」とのお言葉通りの状態のところに、妖怪おせっかいは憑け込んで、まんまと自分の野望を果たそうとRKに取り憑いた。しかも、KK氏は、昭和10年生まれの「アラ米寿!エイティー・エイティ」。もう生い先長くはない。せめて、霊界に生まれ往く前に、氏の望みを何とかかなえてあげたいと、仲間のRKが思うのも無理はい。そこが狙われた。嵌張(かんちゃん)ずっぽし、どんぴしゃり!ってとこか。 
それから、本業でもないのにRKは動いた。まず、酒造元を訪ねて、聞き取りをして、いかにこの酒が素晴らしいかを、SNSで発信しようとした。実際、この日本酒、フランスで2021年開催された「グラマスター21 純米吟醸部門」で、プラチナ賞を受賞していた。これも、妖怪おせっかいの仕業か、KK氏と近いある人が勝手にこのコンクールに応募してしまっていたのだ。また、県内のお酒屋さんも回った。RKの幼馴染がやっているお店では、「いろんな賞があるし、この賞もそうたいしたことない。パイは限られてるんだから、お酒の種類が多くなればそれだけ売れなくなるんも出てくるんで。うちは、そういう商売はしとうないで。」などと、言われたりもした。
しかし、めげる訳にはいかない、というか、妖怪おせっかいに憑かれているのだから、めげる暇もなく動くしかない。
そこで、年が明けてからは、顔の広い知人を通じて、大阪や東京のレストランやこだわりのある自然農専門店にも、働きかけてみた。大阪の百貨店で販売促進の催し物をしている大分の方には、実際に会いに行った。すごく感じがよかったが、お酒よりも「おからパウダー」や「米糠パウダー」、オクラの種を焙煎した「おくらコーヒー」の方に興味を示された。ご本人やご主人がお酒が飲めない方々なので、他の人にはどう勧めていいか分からないとのことだった。
ただ、九月九日の重陽の節句に都内のレストランのシェフを集めた試食会を計画している民俗学者の方からは、ぜひ、そこで試飲したいので、更に3本送ってほしいとの返事が来た。うれしい反応だった。
また、ドイツでレストランをやっている方が他の用で帰国していて、彼にも試飲してもらって交渉した。ただ、お酒を国外で売るのは、また違う免許がいるようで、しかもその枠は決まっていて、なかなか許可が下りないらしい。実はSNSで独自に売ることもできず、どこかの酒屋さんに頼んで、その酒屋さんを通してネットで売ってもらうしかない、ということも分かってきて、実際そのお酒屋さんの息子さんは、卸値の数倍でネットのお店に出してくれていた。
本当に、一つの商品を作り続けるのもの大変だし、特に酒類に関してはややこしい決まりがたくさんある。
そして、7月末には、このお酒に関係している人を集めて、作戦会議を持った。KK氏はもちろん、彼の息子さんにも来てもらわないと、KK氏がいつ亡くなるか分からない(失礼!)。実際、氏はもの忘れが多くなり始めている。また、協力してくれることを申し出た酒屋さんも、南予から駆け付けてくれた。そして、KK氏がお酒販売を任せていたUさんとお米作りを任せていたSさんも来れた。全員で、2時間ほど話し合った。ただ、KK氏のもの忘れは進んでいて、同じ内容を何回も何回も、確認しなければならなかった。お酒の卸の値段、小売り希望価格。お米を作るのにかかる経費とお酒を造るのにかかる経費、などなど、何回も何回も。話すこと自体を楽しむように、何回も何回も同じことが話題となっては、消えていった。
 
妖怪おせっかいがRKに取り憑いてほぼ1年。おそらくこの先も妖怪おせっかいは取り憑いたままだろう。RKは「時間がない。時間がない」と言いながらでも、取り扱ってくれそうな伝手の方を紹介されると、都合をつけて出かけて行って、一緒に食事をしたりしている。その多くは、空振っているが。
また、最近では、お米を作っている棚田と同じ谷で、蜜蜂を20箱近く飼っている、これも「アラ米寿!エイティー・エイティ」の九十歳の蜂蜜翁にもおせっかいを掛けようとしている。やれやれ、どこまでおせっかいなのかって、当たり前か! 取り憑かれているのだから。そして、これらの話は、なかなか終わらないだろう。次々と、おせっかい対象者は現れるだろう。元気な「アラ米寿!エイティー・エイティ」が居る限り。
妖怪おせっかいは、目的に堕さない「今ここの楽しみ」を、こうした御仁達と全うしたいだけのだから。
では、この続きはまたにしよう。

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