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迷星の追い風~星集め
先生、星の目的とはわたしたちのためにあり得るのでしょうか。
それは隣に座る女が、人体構造学の最中に投じたひとことだった。
ふりつづく雨に沈むわたしひとり分が女の影と重なる。一週間以上を絶え間無く降る雨に星など存在すら忘れかけていたところへ、女が無為自然を作為へとした。
人体に無数の宇宙を知ることは間々ある。女のいう星が天地ならば、そこに目的は存在しうると言えるのかもしれない。ただ、ここでは
降る雨に消された煩雑なこたえが、わたしたちに再び作為という傘を余儀せずささせるでしかなかった。
あくる日、講堂近くのベンチに座る女をみた。それは傘をさし、ノートに何かを書き込んでいるようにみえた。
声をかけようか躊躇うも、やはりわたしは女を通りすぎるでしかなく、恒星間航行に至るにはわたしたちの星は遠すぎた。
降る雨が二周ほどする頃には、再び講義室で女をみかけた。その日も女はノートに何かを書き込んでいる様子で、わたしが女の斜め後ろに席をとると、それは少しの興味を満たすに十分な距離まで近づいた。
そうして女の手もとを覗きみるに、そこに描かれたものが無数の星であると知ったのだ。それらは紛れもなく星だった。見紛うことがむつかしいほどに星でしかないそれを、女は手を止めることなく描き続けているのだ。しかし、なにか異質にも感じるそれらが、ただ星を描きつづける異様さを越えたのは、その描かれた星のどれもが手指なのだと気づいてしまったからだった。
そして、つぎに瞬く目蓋のあとには女が振り返るようにわたしをみた。正確には、わたしの手だけを見た。
星は近づかない。なにかの文言を思い出す。近づいたと思われたのは星屎同様で、わたしたちは別々の星なのだと女もわたしも知っていた。
三周になるまえ、雨は漸くとやんだ。
女はつぎの宇宙へいったのかもしれない、女のさしていた傘だけがベンチに残されていた。
いま、わたしの目の前のノートには星が描かれている。それは無数の手だ。星の目的とは、それがノートのタイトル。
恒星間空間へ踏み出す三行ほどまえ、わたしは傘をおろした。