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チャイティー

「だーかーらー、ちょっと黙ってろって。」

エプロン姿がしっくり来ていないタカシの、いかにも迷惑そうな声がキッチンいっぱいに響く。

「だってだってぇ、ネットにそう書いてあったんだもん。チャイにはシナモン、ジンジャー、ブラックペッパー、クローブ、ハッカクって。」

負けじと声を張り上げるのは今年ようやく18歳になるアカリだ。Tシャツに短パン、ポニーテールのいでたちで、細身の体つきをしている。

「おまえはまたそうやって知識ばっかりで。いいか、俺はな、世界5カ国のチャイをこの舌で味わって来たんだぞ。」

25歳、身長180cmはあろうかという巨躯たくましいタカシだが、エプロン姿でお玉を振りかざしているのでいまいち威厳というものが欠如して見える。

「それはそうかもしれないけどぉー、ネットの知識だって世界中の知恵と経験則の宝庫なんだよー。それをたった5カ国で知った気になって軽んじるなんて、間違ってると思いますー。」

「あのなあ、この世に正しいマサラチャイティーなんて存在しないんだよ。もともと『チャイ』ってのはどっかの言葉でただ『お茶』って意味なだけだし、マサラチャイってのはスパイスを入れたミルクティー、くらいの意味しかないんだ。だから、どのスパイスをどれだけ入れようが、俺の自由なんだよ。」

「そんなことありませんー。何にだって正統派は存在するんです。それに世界中のシェフたちが腕を競っておいしいチャイの入れ方を日夜研究してきて、それでレシピが出来上がってるんです。分量を計らずに作ったケーキがどんな末路を辿るかタカシくんは知っているんですか!」

びし!とタカシを指差すアカリ。

「べ、別にいいだろ、チャイはケーキみたいにシビアなもんじゃないんだから。」

「甘い!砂糖を入れすぎたチャイのように甘すぎる!!その認識自体がタカシくんのシロウトっぷりを露呈してしまっています!本物の美味しさとは、選び抜かれた良い素材と、磨き上げられた職人の腕、それに絶妙の配合バランスの上に成り立っているのです!」

びし!びし!びし!アカリが矢継ぎ早に畳み込む。

一応、正論ではある。毎回、知識量とうんちく、それに理論戦でアカリに勝てる気がしない。しかしここまで年下から遠慮ない言われ方をすれば、普通は怒るか無視したくなるかするものだ。


「ほらよ。」

コト。

反論の代わりにタカシは、ほんわりと湯気のたつカップをアカリの前に置く。スパイスの刺激的な芳香とミルクティーのあまい誘いがアカリの本能をくすぐる。

「……なにこれいい匂い。」

ちび、とチャイをすすってみる。

「……甘い!うんまい!なにこれ!!!」

目を丸くしてアカリが叫ぶ。……いや、もしかすると丸ではなくハートマークだったかもしれない。

「ふふぅん♪」

タカシが勝ち誇ったような笑顔で腕組みをして、満足げにアカリを見ている。

「おいしい!おいしいよこれ!……熱っつ!」

タカシとティーカップを交互に見て興奮し気味に言っていたら、手に少しこぼしてしまった。

「ほらー。出来立てなんだから、落ち着いて味わって飲めよ。」

しょうがないなあ、という顔をしながらタカシが微笑む。

ふー、ふー、ふー……ずず……ず……
こく、こく……ごく、ごく、ごくっ……

どん!

「ぷはーっ!おいしかった!お代わり!」

ビールじゃあるまいし、な声を上げるアカリ。

「その前に何か言うことあるんじゃないですか、アカリさん?」

キッチンに立ったままのタカシが、少し意地悪そうな顔でアカリを見つめる。

「え?……え、えと……あの、その……。」

しどろもどろ。

「……タカシ先輩、ネットで知った知識で知ったかぶりして、すみませんでした!」

まさかの土下座である。

「うむ、うむ。わかればよろしい。」

やや芝居がかった調子でタカシが満足そうにうなずく。どうもこの2人の間ではこのような多少大げさすぎるやり取りも珍しくはなく、もはや半分ネタ化しているらしい。

「生協で普通に買える有機栽培紅茶に、シナモン、生姜、カルダモン、クローブのパウダー、九州産ふくゆたかの調整豆乳、それに北海道のてんさい糖。俺が美味いと思ったチャイだ。どうだ、美味かろ?」

「美味いです!お代わり頂戴します!」

満面の笑みでカップを差し出すアカリ。この笑顔を可愛いと思えるかどうか。これは人によってきっぱりと分かれる。

しかし、さっきあれだけつっぱっておいて、この娘はプライドとか無いのだろうか……ま、そのままつっぱり続けるよりはこの方が100倍マシか。そう思い直すタカシだった。

「うむ。よかろう。」

白いホーロー加工されたミルクパンからシルバー製のストレーナーを通して2杯目をアカリのカップに注ぐ。なんだかんだで、何やらとても満足げだ。

タカシも自分のカップにチャイを注いぎ、テーブルをはさんでアカリの向かいに座る。

「ねえねえ、タカシくん!これ!」

カップを片手にすっと差し出したのは、カラフルなチラシだった。「世界ティーフェスティバル」と書かれている。

「なんだこれ?」

「こないだネットで見つけたの!タカシくんがまた美味しい紅茶に出会えるんじゃないかって思って、印刷してきた。」

「どれどれ……うっわ、ずいぶんとまたマニアックな地方の紅茶も出品されるみたいだな……。」タカシが食い入るようにチラシの詳細を読み込んでいる。

「特にここ!『英国王室しか飲めなかった幻の紅茶農園の茶葉』とか、すごくない?!」

「ほほー……それは……興味あるな……。」タカシのチャイを飲む手が止まっている。

「一緒に行こうよ!」

「……アカリの検索好きも、たまには役に立つじゃないか。」

「なによ、たまにってー!バカにしてー!」

アカリ の こうげき!ぽかぽかぽか。

「わ、やめろ、こぼれ……熱っっっ!!」



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