「「薬局で医療用新型コロナ抗原定性検査キットが購入できる」が意味すること」
TONOZUKAです。
「薬局で医療用新型コロナ抗原定性検査キットが購入できる」が意味すること
以下引用
9月27日に政府が発出した事務連絡で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の医療用抗原定性検査キットを薬局で販売することが可能となった。しかしこの制度にはいくつか重要な問題がある。「10月以降の新規感染者数は信用できない数字」といえるような事態を招いている──。日本医師会総合政策研究機構主任研究員の森井大一氏は、11月11日に日医総研リサーチレポートを発表。この厚労省の事務連絡に対する問題意識を示した。事務連絡、リサーチレポートの概要および問題意識について森井氏に聞いた。以下、森井氏の談話。
まずは9月27日付の厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部/医薬・生活衛生局総務課が発出した事務連絡を振り返ってみます。
9月27日付け事務連絡(クリックすると厚生労働省のサイトが別ウィンドウで開きます)
新型コロナウイルス感染症流行下における薬局での医療用抗原検査キットの取り扱いについて
基本的な考え方(一部抜粋)
○新型コロナウイルスの感染が拡がる中、抗原検査キットをより入手しやすくし、家庭等において、体調が気になる場合等にセルフチェックとして自ら検査を実施できるようにすることで、より確実な医療機関の受診につなげ、感染拡大防止を図るため、特例的に、新型コロナウイルス感染症に係る医療用抗原検査キットを薬局で販売することを差し支えないこととする。
○医療用抗原検査キットは、無症状者に対する確定診断には推奨されず、有症状者であってもウイルス量が少ない場合には、感染していても、結果が陰性となる場合があるため、陰性であったとしても引き続き感染予防策を講じる必要があること。
○販売にあたっては、薬剤師により、必要な情報提供や薬学的知見に基づく指導を行うとともに、適正な使用を確保できないと認められる場合は、販売又は授与してはならない。
○家庭等において、体調が気になる場合等にセルフチェックとして使用するものであり、陽性であった場合は医療機関を受診すること。陰性の場合でも、偽陰性の可能性を考慮し、症状がある場合には医療機関を受診すること。症状がない場合であっても、引き続き、外出時のマスク着用、手指消毒等の基本的な感染対策を続けること。以上を(薬局で)販売にあたって丁寧に説明すること。
これに対し、私が発表したリサーチレポートの概要は以下の通りです。
日医総研リサーチレポートNo.118(クリックすると日医総研のサイトが別ウィンドウで開きます)
新型コロナウイルス感染症の病原体検査について(一部抜粋)
○病原体検査は検査前確率及び感度・特異度を基に検査後確率を推定する行為であり、医療者でなければなしえないレベルの複雑性がある。
○薬機法の承認を受けた抗原定性検査キットが薬局で購入可能となったが、抗原定性検査キットをOTC(あるいはその類似制度)化することで、一般国民が新型コロナウイルスの病原体検査にアクセスしやすくなるメリットがあるようにも思える。
○抗原定性検査キットのOTC(あるいはその類似制度)化に対する懸念事項として、医療機関が介在しないことにより、検査結果についての正しい解釈が行われる機会が失われること、及び陽性例が報告されずに未捕捉のまま放置されること(流行実態の潜伏化)等が考えられる。
○医療者が実施するPCR検査・抗原定量検査で鼻腔検体が認められていない中で、一般人が行う抗原定性検査という劣位の検査で鼻腔検体が認められる根拠がない。
○どのような購入希望者に対して販売するかを薬局薬剤師が決定することは実質的に検査対象者を選ぶことになり医師法第17条違反の疑いがある。
○非医療者である一般の購入者が自分で検査のタイミングを判断し、その結果を判断することは違法適法以前に不適切である。
○検査の利便性とその利用に係る専門性の均衡を政策的に議論し決定すべきであるところ、事務連絡という行政内部の文書で本件のような重要な決定を行うことは、改正感染症法で、新型インフルエンザ等感染症の1つとして、1類感染症よりも重い位置づけを新型コロナウイルス感染症に付与したことと整合しない。
コロナの抗原定性検査キットを薬局で販売するというこの新しい制度には、いくつか問題があります。
問題点その1は、検査を使う対象者がよく分からない点です。事務連絡には、「無症状者には使うな」「有症状者は病院に行け」と書かれています。薬局で販売される抗原定性検査キットは誰が使うものなのかはっきりしません。「体調が気になる場合のセルフチェック」とも書かれていますが、体調が悪い人と有症状者は同じようにも思えます。
問題点その2は、鼻腔検体を使うことです。厚労省がまとめている新型コロナウイルス感染症診療の手引きでは、PCR検査、抗原定量検査、抗原定性検査のいずれの検査法であっても無症状者においては鼻腔検体は適応がありません。抗原定性検査はそもそも無症状者を対象としていないのですが、そのことを横に置いておいたとしても、PCR検査や抗原定量検査を無症状者に使う際には鼻腔検体は不適切としています。それなのになぜ一般人がしかも抗原定性検査を行うときだけ鼻腔検体が認められるのか合理的には説明できません。
問題点その3は、抗原定性検査キットを販売するかどうかを薬剤師が判断するという点です。場合によっては販売しないという判断をせよ、と事務連絡には書かれています。販売するかどうかを決めるということは、実質的に検査の対象者を選ぶことと同じではないでしょうか。そうであれば、それは医行為になりそうです。
問題点その4は潜伏化の懸念です。検査をして陽性が出た場合、社会にはそれを知られたくないというニーズがあります。私が実際に遭遇したケースを例に挙げると、繁華街で働いている人があるとき外来にやってきました。診察すると、発熱、咽頭痛があるから検査してほしいと言います。そこで検査をしようとしたら、実はもう検査はしたと言うのです。事情を聞くと、勤務先が研究用と称する抗原定性検査キットを購入してきて、勤務者に検査を指示したということでした。その検査の結果、陽性が出たそうです。その勤務先がどう判断されたかは分かりませんが、高齢の家族に感染させたくないのだけれど、医療機関で検査を行って診断を付けてもらわないと公費で宿泊療養を受けられないため受診したとのことでした。このケースでは、自らの判断で受診されましたが、勤務先での検査の結果が陽性であっても意図して隠すケースがあると思われます。事務連絡によると、今回の薬局販売制度の目的は「より確実な医療機関の受診につなげ、感染拡大防止を図る」とされていますが、実際にはかえって流行の実態が潜伏化して逆効果になるのではないでしょうか。
また、もう少し別の視点で考えると、この抗原定性検査キットの実質的OTC化の影響はさらに大きいのではないかと心配しています。
COVID-19の検査キットが薬局で買えるならば、インフルエンザやHIVの検査キットはなぜ買えないのか、という意見も出てきかねないからです。実際、この事務連絡の発出以降に、他の感染症の検査キットも同じように薬局で買えるようにすべきだという意見も聞かれました。しかし、これは医師であれば常識なのですが、検査とは、検査前に「陽性になるだろうな」「陰性になるだろうな」という一定の見通しを立てながら行うものです。事前の見通しを確認するために行うのが検査と言い換えてもいいでしょう。例えばインフルエンザ診療を考えてみましょう。インフルエンザは20歳未満でも年間数十人が亡くなる、子どもにとってはそれなりに怖い感染症です。しかし、だからといって、全員入院させているわけではありません。検査キットで検査をして、薬を処方して、自宅での安静を指示しています。ただし、診察の際、医師は子どもをよく観察し、重症化していないか、重症化リスクはどの程度か、を判断して、必要ならば入院療養を指示しています。インフルエンザ検査キットがOTC化されるとこうした医師によるチェックがなくなってしまいます。安易に目の前の利便性だけを求めてOTC化に飛びついてはてはいけない代表例です。
妊娠検査薬はOTC化しているじゃないかという反論はあり得ます。しかし、妊娠検査薬を購入するのは、妊娠しているかもしれないと思った人であり、つまり検査前確率が高い人です。そして陽性であればほとんどの場合、医療機関を受診すると考えられます。検査の結果を受けて医療につながるべき人がつながる構図があるということです。その点がコロナと違います。COVID-19の場合、陽性が出るとそれを隠したいというケースが少なからずあります。また、偽陰性が出てしまえば感染を拡大させるリスクとなります。偽陽性であれば不必要な外出自粛につながるし、あるいは本来参加できるはずのイベントに参加できないといった個人の自由を侵害することにもなります。感度70%、特異度99.9%というPCR検査でさえ、検査前確率が0.1%、1000人に1人の感染者しかない状況では、陽性的中率(検査で陽性となった人のうち本当に感染している割合)は40%程度しかありません。検査前確率がもっと低ければ、陽性的中率はもっと下がります。このことが社会に与える影響は無視できません。検査キットが薬局で購入できるようになった10月以降、毎日発表される新規感染者数の数字は従来とは違うものになったとさえいえるでしょう。検査は、適切なタイミングで、適切な対象者に、適切な方法で実施し、適切に判断しなければデメリットを生む可能性があり、だからこそ医師という専門家が扱うべきものなのです。これを前提に、妊娠検査薬はその検査そのものに必要な専門性と利便性をてんびんにかけた議論を重ね、OTC化がよいと判断された結果として薬局で購入できるようになっています。今回のCOVID-19の抗原定性検査キットの実質的OTC化は、そういう議論をきちんと経ているといえるでしょうか。
そもそも今年(2021年)の2月に感染症法が改正され、新型コロナウイルス感染症は「新型インフルエンザ等感染症」に分類されました。新型インフルエンザ等感染症で実施できる措置は、エボラ出血熱やペスト、ラッサ熱など、非常に重大な感染症を対象とする1類感染症と同じ措置に加えて、感染したおそれのあるものに対する健康状態報告要請、外出自粛要請もあります。その点でエボラ出血熱よりも実施できる措置の範囲が広いのです。
そんな重大な感染症の検査キットを、あっさりOTC化してしまっていいのでしょうか。国民の代表である国会が感染症法で「新型コロナは最大限の厳しい措置が必要な感染症」と決めたばかりなのに、いつのまにか「新型コロナはセルフメディケーションの対象だ」と言っているようなものです。確かに第5波の死亡率は第1波の死亡率の20分の1に低下しました。幸いなことに、新型コロナは、今はある程度マネジメントできる感染症になってきたと言えるかもしれません。しかし、「だからセルフメディケーションの対象である」とするのであれば、まずは感染症法による分類を変えるところから始めるべきではないでしょうか。国民の代表者の多数が議決して改正したばかりの感染症法と逆の方向性の扱いを、なし崩し的にすべきではないと思います。それでも「(新型コロナまん延という)緊急事態だから」「他の感染症の検査キットとは別扱い」という反論があるかもしれません。しかし、緊急事態であるならば、対応策はむしろ逆です。医療という専門職が、きちんとした検査とその解釈、そして家族や本人と協力しながらフォローアップする、そういう当たり前の形こそが重要です。
一方で、こうした抗原定性検査キットのOTC化の背景には、検査へのアクセスが悪かった、という国民の苦い記憶がベースにあります。つまり発熱などの症状があるのに身近な病院・クリニックで診てもらえなかったという国民の不満です。しかし、それに対しては、行政は打てる限りの手を打っています。昨年、検査能力が足りないと言われてPCR検査の導入を補助しましたし、検体採取時に感染リスクに対応するためHEPAフィルターの導入も推進しました。様々な要請に応じて新型コロナ(疑い含む)診療の体制を拡充するために多額の予算を投じています。医療機関の多くもこの一年で新しいリスクに対応するためのモデルチェンジを遂げ、求められる役割を日々担っています。なのに、社会には、あのとき検査(診察)をしてもらえなかったという印象だけが残ってしまっているのかもしれません。その意味で、このOTC化は医療者にも突きつけられた課題です。我々医療者の専門性は、ドラッグストアの商品棚に置き換えられるべきものではありません。この検査キットのOTC化は、守るべき医療の価値とは何なのかを国民だけなく医療者もともに考える、そういう機会でもあります。
インタビューを終えて
本インタビューは11月中旬に行われた。その後、欧米をはじめ北半球各国は再び大規模な流行の最中にある。そんな中、新たな変異株「オミクロン株」が見いだされ、その動向に注意が集まっている。日本の流行状況は今のところ落ち着いてはいるが、やはりこのまま収束するというわけにはいかなさそうだ。政府は、いち早く水際対策を強化し、海外からの渡航を制限した。一方で国内対策としては、第6波を想定した実効性のある備えが必要である。どのような形で、検査体制を敷き、医療を整備するのか、難しい局面が続くことになるだろうが、有限の医療資源を適切に活用していくためにも、過剰・無用な対策はやめ、必要で十分な対策を充実させていくことこそがWithコロナ時代の医療が目指す姿だろう。
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