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桃って、なんだか、いけない果物だよなあって、思う。
細かく産毛の生えたような薄ピンクの皮を剥くと
手にシタシタ果汁が垂れてくる。
ねっとりと甘いその汁を、少し慌ててペロンと舐めとると
背徳感は益々つのる。
桃の花ことばは
「私はあなたの虜です」というそうだけれど
「私は」と言いながら、絡め手で
「貴方は、私の虜です」と言わせてしまうような
圧倒的な自信が、桃にはある気がする。
本当に、桃はいけない果物だ。
わたくしの叔母がやっている仕出し屋は
田舎のことゆえ大きな大きな家で
叔母は、折角何部屋もあるのだからと
離島から通ってくる高校生や
独身の警察官を下宿させていた。
仕出し屋だから、他の下宿屋に比べて食事が充実していると
叔母の家は、下宿を探す人達の間で随分人気があった。
夏休みになると
わたくしは、夏休み中、アルバイトと称して
叔母の家で過ごしていた。
「わ!大きな桃!!」
「折角だから、今、食べるかい?」
下宿人の警察官の田中さんが、里帰りして
実家からお土産にって持ってきた桃は
それはもう、綺麗で、大きくて。
見るだけで思わずごくりと喉が鳴った。
「うん、食べる、食べる。
桃、好きなんだ~~。」
一つずつそれぞれに、大事に桃を手にとると
わたくし達は、縁側に並んで腰かけて
桃を食べ始めた。
「・・・うわ~~。甘い!」
じゅるっと甘い果汁で口をいっぱいにしながら
そういうと、田中さんは
「そういやさあ、桃って、丁寧に扱ってやらないと
すぐダメになるじゃろう?」
「うん。そうやねえ~。
・・・スーパーで売っている桃なんか、子供も大人もみんなつつくから
ダメになっちゃってるの、多いもんねえ。」
「・・・でさ、この間、桃で、犯人が捕まったっさ。」
田中さんの話は、こうだった。
四ヶ町の貴金属店が
代替わりして、若社長になった。
先代の社長は、地道な商売を心がけていたけれど
今の時代、地道だけでは駄目なのだと、若社長は、広告・宣伝に力を入れた。
それが当たったのか貴金属店には客が増え
売り上げもグンと伸びた。
若社長は自信を持ち、肩で風切る勢い。
それだけで済ませておけば良かったものを
お決まりのように、愛人を持った。
若い、社長の娘といっていいほどの年齢の娘が相手。
最初のうちは良かったけれど
案の定、妻にばれて、愛人との仲がギクシャクし始める。
妻の座を求める愛人は、社長にとって、「面倒くさい女」に変わった。
そして、社長は、人として超えてはいけない一線を越えた。
「犯人は若社長じゃないかと
随分早くから警察も目をつけていたっちゃけど
社長には、アリバイがある、その日は部屋にも行っとらんって言ってな~。
実際、アリバイが崩れなくてさあ。」
ふうん、とわたくしは、食べている桃に気を取られながら、聞く。
「ところがたい、愛人の家のテーブルに
綺麗な白桃があってな。
最初は硬そうな桃じゃったんやけど
日が過ぎる内に、柔らかくなって、香りも強くなって
こりゃあ、もったいない、腐らしてしまうか?って思ってみたら
誰かが握ったような跡があって。」
「そいで、ひょっとしたらって
そいば調べてみたら、社長の指紋がとれたったい。
社長、桃が好きだったんやな~。
まあ、とにかく、アリバイが崩れて、社長は捕まったって訳よ。」
「そんでな、その桃が、そもそもどういうつもりだったんだか
どうも社長の奥さんが
偽名で愛人のところに送り付けたものっちゅう話で。」
・・・・・・
・・・・・・
桃で指紋がとれる??
本当に?
「・・・まあ、桃を扱う時は、
せいぜい気を付けなくちゃいかんっちゅうこったい!」
田中さんは、にやりと笑って
桃を食べ終わると
向こうに行ってしまった。
「まあ~だ、あんたには、判らんか~~」