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私は英語を喋れない          (シリーズ私のアメリカ横断旅行記)

もうこれは、随分昔のお話し。

わたくしは、当時働いていた雑貨を扱う会社で、
ちょっとしたトラブルに見舞われていた。
そのトラブルは「男の嫉妬」なるものから出たもので、直属の上司に関する事でもあったから、いい加減うんざりしたわたくしは、辞表を出したんだった。
勤務して5年目の事だったと思う。

「辞めさせて戴きます。」

「辞表願い」ではなくて、「辞表届」。

だけれど、引き止められて、それは後から考えれば、ありがたい事でもあった・・・と思うけれど、でもねえ~~。
むしゃくしゃした気持ちを切り替えるには、どうにもこうにも、ブルドック。

・・・じゃあそれならって、私は、15日間の休暇を願い出た。
15日間の休暇で、気分転換をしよう!
そうだ!アメリカ横断旅行をしよう!!

社長は、辞表の撤回を条件に、15日間の休暇を認めてくれた。
勤めていた会社で、そんなに長期の休みをとった人間は、それまで一人もいなかったけれど、まあ、いいや。
帰ってきて居場所がなけりゃそれはそれで。

そういう事で、九州の親戚の仕出し屋の前に住んでいた、米軍のアメリカ人のつてを辿って、オレゴンからニューヨークまで
わたくしは、出かけることにしたんだ。

最終日の一日だけは、ヒルトンに泊まったけれど、
後はみんな現地の一般家庭泊のアメリカ横断旅行

で、そんな風に言うと、決まって「いいわねえ~。英語喋れるんだ~~」って羨ましがられたりするんだけれど

『喋れません。』

わたくし、日本語も危ういっつうのに、
英語なんて、喋れるはずもないのだった。

なのに、なぜあんな無謀な旅を・・・と思うけれど
若さ=バカさを地でいってたんだろう。多分。いや、きっと。

辿り着いたオレゴンはやたら広くて、どえらい田舎だった。
わたくしを泊めてくれたピーターは、聞いていた通り
昔、中学校だったという建物を買い取って、自宅に改装して住んでいた。

もう結構な年齢だっていうのに、トントンかんかん、
いろんなところをDIYすることが楽しくてたまらないらしく
お家ツアーには、えらく時間をとられた。

地下室なんてマットとか跳び箱入れていた場所だから、アホ程広くて
そこに、工具がい~~っぱい並んでいてさ。

家の周りは、見渡す限りの麦畑で、一体どこまで?って。
マジで映画「フィールド・オブ・ドリームス」の世界。

ぼーっとその麦畑に夕日が沈むのを見ていたら
「さらわれるから、家の中に入りなさい」って。

いや、冗談ではない口調だったよ。

真顔、真顔。

慌てて家の中に入るわたくし。

おかげで、これ以降アメリカの「さらわれる」系の映画が
妙に怖くなったわたくしさ。

そんなこんなでカルチャーギャップに
いっちいち驚いていたわたくしなんだけれども

一番驚いた出来事は、次の日、やって来た。

朝、目を覚ましたら「小学校から、来いって連絡が来たから
朝食を食べ終わったら小学校へ行こう」
って、ご陽気にピーターが言う。

は?

なんでわたくしが小学校に??

聞いてみると、町に「日本人」が来たのが初めてだったんだって。

日本人は、初めて。

「ピーターの家に、日本人が来ているぞ」って、あっという間にニュースが流れて召集がかかったって訳。
(これで、それまでアメリカって、私の中じゃ、キラキラした「大都会」ってイメージが強かったのだけれども、アメリカにも色々あって田舎は日本の田舎と同じだぞーという、ね。そういう印象と事実が、きちんと植え付けられたのだった。)

「子供たちに、日本人を紹介したい。
そして、日本の事をスピーチして欲しい。」

ふ~~ん。まあ、初めて象を観るようなもんか???
わたくしが最初の日本人サンプルになる訳か。
ふっふっふっふっふ
子供たちのトラウマにならねば良いが。

・・・
・・・

ってか、ちょっと待てーーー!!!!!!

小学校で、スピーチ~~???

喋れない!!!

喋れないってばさ!!!

ピーター!!!わたくし、英語喋れないってばー!!!

「OK、OK」
って、人の話、聞けよ!!!

言うてる間に、なんだここは。

え?学校着いたから、降りろ???

ピーター、あの人誰よ。

何?キャサリン先生??

じゃ、わたくしが英語喋れないってことを話してね。

「OK、OK。
先生、言われた通り、tonchikiを連れて来たぜ。
子供たちに日本を紹介するために、な。
彼女もだいぶんエキサイトしているから、先生、よろしく頼むぜ。
はっはっはっはっは!!!」

ピーター!人の話、聞け—!!!!

そして、キャサリン先生、ニコニコしながらウェルカムって、
やめてー!!!!

訳が判らぬうちに、手を引かれて教室のドアの前に立つと、それまで聞こえていた嬌声が静まって

「誰?」

「誰なの??」

子供たちの視線がドアを突き破りそう。

「はーい!!みんな、静かに!!
皆さん、今日は遠く日本から素晴らしいお友達が、
みんなを訪ねて来てくれました。
tonchikiさんっていいます。
さあ、皆さん、御挨拶!」

「・・・tonchikiさん、ようこそ!」

・・・・

・・・・

ってなことを、言っているような、気が、する。

早速、「曖昧な日本人」そのままに、曖昧な微笑を顔に張り付けるわたくし。

「ハ、ハロー。まいねーむいずtonchiki。ふろむジャパン。」

「お~~~~」と小さく子供がどよめく。

判ってるよ。だから、英語は喋れないんだよ!

だけど、日本人がみんながみんな、こうだと思うなよ。
くっそー!!!優秀な奴は一杯いるんだからな!!!
(って、自分がそうじゃないのが、あれだけど)
なんて事を高速で頭の中で考えていたら

「さあ、皆さん、ここが日本ですよ」って、
キャサリン先生が、地球儀で日本を指している。

「お~~!!!スモール!!!」

お?なんだそばかす!
喧嘩売ってるのか???

「そう、小さい。小さいですね。
けれど日本人はみんな勤勉で働き者なのですよ。
それでは、遠い日本から来てくれたtonchikiさんに、
日本のことを教えてもらいましょう。」

・・・・ってなことを、言ったと思う。

キャサリン先生が、にっこりほほ笑んで、子供たちが見つめる。

さっき、スモールとかほざいてた、そばかすも、じーっと見ている。

・・・・

・・・・

だ・か・ら・・・喋れないんだってばッ!!!!

じとーっと嫌な汗が出てくるけれど、赦してはもらえない訳よ。

え~~~~~~~~~~い!!!

こうなったら、仕方ない。

わたくしは、黒板に

1・2・3・4・5・6・7・8・9・10と書いた。

その下に日本語で

一・二・三・四・五・六・七・八・九・十

そして1を指して

「セイッ!」

一瞬、子供たち、息を呑んだものの

「ワン!」

ちくしょうさすがに、発音いいな。(当たり前だ)

そして次に漢字の一を指し

「じすわん、みーんず=1!!」

「お~~~!!!!」子供たちどよめく。

その調子で

2、二

3、三

4、四

5、五

6、六・・・・

10.十

さあ、終わった!
もう、ええやろ。
もう、帰してくれ。

キャサリン先生の方を見たら、にっこり笑って
「もっと」って、手をひらひらジェスチャー。

え?何の罰ゲームなん???
もう、余力は残ってないぞ!!!

キャサリン先生がわたくしの横に寄ってきて
「質疑応答にする?」・・・ってなことを言っていたと、思う。

だから、キャサリン先生も、
状況見ていたら、おおよそ判るだろうがよッ!!!

わたくしは喋れないんだってば!!!

なのに、質疑応答って!!!!

アメリカ人、「推し量る」、勉強しろッ!!!!!

「忖度」、勉強しろっ!!!!

ちょっとざわつき始める教室。

ち!

え~~~~~~いこうなったら仕方ない!!!!!

わたくしは、さっきのそばかすを指して言った。

「ふぁっちゅあねーむ!?」

そう、名前を聞いた訳さ。

「・・・マイコ—」

は?発音良すぎて一瞬判らんかったけどマイケル???
そうなのか??君の名前は、マイケルなのか??

「かもん!」

マイケルを手招きするわたくし。

チョークを渡して書け!と言うわたくし。

「Michael」そばかす、書く。

その横に

「舞毛流」と書く、わたくし。

「ゆあねーむ、ちぇんじ!じゃぱんねーむ」

ひ、酷い。酷い、英語力だ。

しかし、世の中何がうけるか、判らない。

そばかす、目をまん丸にして黒板を見て、固まっている。

「ハイ!!私の名前も、ジャパンネームにして!!!!」・・・・ってな事を、言っているんだと思う。

次々と子供たちの手があがる。

わかった、わかった書くから、一度に言うな。

発音良すぎて、何言っているか判らんから!!

それからわたくしは書きまくった。

礼血絵流(レイチェル)だの

間理胃(マリー)だの

たださ、わたくし、英語も喋れない上に漢字力も不足していて
本当なら同じように漢字化するのだって怜知恵瑠(レイチェル)とか
選ぶ漢字によって随分印象が変わるし、格好良くなると思うのだけれど

ああ、でもいいの。この場さえ、この場さえ、切り抜けられたら!

やがて、子供たちは漢字化した自分の名前をノートに書こうとしたものの

「先生!難しくて書けない!!
tonchikiさんにノートに書いてもらっていいですか??」

「まあ、ポール、それはいいわね。
そうね、じゃあ希望する人達は、ここに並んで。
tonchikiさん、お願いしますね。」

「ハーイ!!」って、良いお返事のわたくし。

何?ポール??えっと・・・じゃあ、

棒留

あ。これじゃボールか。

なんだよ、棒に留まるって。ま、いっか。

「Next!」

入国検査の係官みたいな事になっているわたくし。

・・・・

・・・・

旅は、面白い。

何があるか判らないってそのことが、面白い。

この出来事からずーっと時間が経って、ピーターから

「あの時tonchikiが書いた漢字を、Tシャツにプリントして着るってのが街で流行ったことがあってな。

今はトップファッションブランドで、「漢字を使ったファッション」が発表されて、随分評判だって言うじゃないか。

俺たちは、tonchikiのおかげで、しっかり「先取り」していたって訳だぜ。
はっはっはっはっは。」

って、言われた時は、またもや冷た~~い汗が流れた。

棒留

君だけはその流行にのっていない事を祈っている。

切に。

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