モノには限度があるのだよ
わたくしの両親は、厳しかった。
それゆえに遊んでいても
「門限6時だから、私、帰るね。」って言うと
「えーーーうっそ～～～！！」って,
事情を知らない人からは、思いきり突っ込まれるのが、常だった。
まあ、確かにね～～。
嘘だと思っただろうさ。
だって、わたくしは、所謂「箱入りお嬢さんタイプ」には、
全く見えないもの。
そんなタイプじゃないもの。
それでも、
「学生の本分は勉強。オール5をとったら
お前のやりたい友達との旅行や外泊も、バイトも全部、好きにやるがいい。
だけど、オール５がとれないなら、本分を全うして勉強して
親の下にいる以上、親の言うことを聞け。」
そう言われれば、オール５なんて飛んでも8分、歩いて5分。
返す言葉もなく、
オール５とれないわたくしは
從うしかないのだった。
ううむう。
そういう訳で、わたくしが生まれて初めて
念願のバイトってのをやったのは、
やっとわたくしが大学生になってから。
生れて初めてのバイト先は、スーパーに入っている、街のパン屋さん。
アンパンや、鴬パン、メロンパンや、食パン。
ツイストジンジャーにミルキーデニッシュ。
値段を覚えるまでが、結構大変だったけれど
なんせバイトすることが嬉しくて嬉しくて
いつも喜び勇んでスキップ混じりで行くものだから
その勢いに押されてか
オーナーや他のパートさんやバイトの人達からも
ありがたいことに、随分可愛がってもらった。
オーナーは、いつも裏で一人黙々とパンを焼いている、気の良い人で
わたくしが、うっかりパンをトングで取り落として、しょげていても
「あー、いいよ、いいよ。
頑張っての失敗は、いいんだよ。気にしないでいいよ。」
って、優しく声をかけてくれるのだった。
そんなオーナーが焼くパンは、
本当にお客さんに人気があって、3時前には売り切れるものもあるほどで。
「いやあ、困ったな。
一番の売れ時に、品切れか～～。
次、焼かないと、な～～。」
って、困った困ったと言いながらも、なんだか嬉しそうだったりしたの。
でも、次が焼きあがるまでには
時間がかかるからさ、
そこは、時間との勝負で計算で。
その調整はなんかみるからに大変そうでね～。
売れれば売れたで大変だなあ～って、わたくしは思ってた。
一番、お客さんに人気があったのが、フランスパン。
フランスパンが焼きあがると、そりゃあいい香りがする。
そーっと耳を澄ますと
ピチピチピチピチって小さな小さな音がして、
あう～～～
なんだか、口の中によだれが・・・。
「tonchiki君、食べていいよ。」
え？今、なんて仰いました？？
「売ってもらうからには、売る側が味を知っているってことも大事だよ。
フランスパンの焼きあがりって、食べたことある？？」
「な、ないです。」
「うん。じゃあ、気が済むまで食べてみて、味を覚えて？」
「えー、い、いいんですか？？」
「うん。いいよ、いいよ。」
そうして、オーナーは、裏に行ってしまった。
わーい！って、わたくしは、早速フランスパンを手にとる。
あら、まだ、熱い。
店にはわたくし一人で
他のバイトさんも、パートのおばちゃんも、お客さんも、いない。
えへへ、今のうちうち～～♪
で、早速口にいれたフランスパン。
ふわっと立ち上るバターと、イースト菌の香り。
ふひゃあ、もぐもぐと噛みしめると
あ、あ、あ、あ、美味しい～～～！！！！！
これ、美味しい～～～！！！！
えー！焼きたてのフランスパンって
こんなに？？
こんなに、美味しいの？？
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ
ハッと気づいたら、1本ペロリで
あら、この手の中のものは・・・2本目だわ。
いや～～ん
あら、この手の中のものは・・・3本目だわ。
ぺろりぺろりんお腹の中。
あー美味しかった！！
そりゃあ、売れるはずだわ。
オーナー天才だわ！！
うっとりしていると
オーナーがまたやって来た。
「あれ？フランスパン、これだけになっちゃった？」
ってオーナーが言うのと
「オーナー、すごかったです！
すっごく美味しかったです！！！！」って
わたくしが言うのと、同時。
「そ、そう？じゃ、じゃあ、次を焼くか！！」って言ったオーナーの顔を見て、一気に学習能力をUPさせるわたくし。
「気が済むまで＝フランスパン3本は、基本想定外。」
「好意で言ってくれたことを、そのまま実行してはいけない時もある。」
「だけど、人は褒められると
想定外の状況であっても、目をつぶってくれる。」
・・・・・
・・・・・
「ちょっと、知ってる～？？tonchikiちゃん。
うちのフランスパン、好きな人がいるのは知っているけど
一気に3本って人がいるんだって～～！！！
信じられないわ～～。3本よ！3本！！！」
って、パートのおばちゃんが言う。
「・・・ええ～～っ！！？？
マジですか～～？？？
3本って・・・・その人の胃袋、どうなってるんでしょうねえ～～。
ブラックホールかって！」
「あはははは、ほんとよね～～～。」
・・・・・
・・・・・
そう、こうして
ひとつ
確実に大人の階段を上ったわたくしが、そこにはいたのだった。
・・・・・だった。
焼きたてのフランスパンは、美味いよ。