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w√OCEAN覆面リレー小説 白組3

『フェルマーターじゃなくてフェルマータよ、五十嵐君』
先生は僕がフェルマータの事をフェルマーターと言うと楽器のような声で必ず訂正してくる。
いつもなら素直にわかりました~と言い、本当にわかってるの?と無表情を顔に貼り付けた先生が聞いてくる。本当ですよ、と嘘をつくと先生は安心したように窓の外に視線を結ぶ。何を見て何を感じているのだろうといつも思う。
だが今日はそんなやりとりはない。僕が言い返したからだ。
『フェルマータの意味は伸ばすという意味ですからフェルマーターの方がしっくりくるんです。それにどちらでも間違いではないはずです』
少し冷たく言い放ってしまった。苛立って言い返したと思われただろうか。僕は先生の顔色を窺うがさっきとかわらない。夏の日の午後に差す眩しい太陽の光を遮ってくれる僕の背の丈三つ分はありそうな樹の幹にしっかりとしがみつく深い深い葉の色だ。そう僕等はナメック星人、わけあって地球の日本という国の福井という地域の西暁にある高校の音楽室でピアノを挟んで秘密の会話しているのは嘘で、僕は生まれも育ちも地球で、日本に住む健全な男子高校生である。その高校で音楽を教えているのが目の前にいる健全な先生。放課後に先生からピアノを健全に教えてもらっている。

先生は二つの瞳でジッと僕の右目を見据えている。
『それでも君にはフェルマータって言ってほしいの』
強く押しつける感じではなく、そっと優しく手渡しするように先生は言った。それは僕に向かって放たれた言葉だが思いは別の場所へ向かっているようだった。どこか別の場所にいる知らない人に。
……はい、と言うしかなかった。僕にとってはどちらでもいいことなのだ。フェルマータでもフェルマーターでもエレベータでもエスカレーターでも。こだわりがないのだから誰かが望むように言葉を使うのは苦ではない。
ただやりとりが楽しいのだ。
僕は先生のことが苦手ではないのだが、うまく性格みたいなものを捉えることができない。手応えがないというか、掴みどころがない。心ここにあらずというより、ここと別の場所にも同時に存在しているみたいなそんな感じ。

ピアノの音も会話もない音楽室は静けさで満ちていて何だか不思議な気持ちだ。まぁ音楽室だからって四六時中音が鳴ってなきゃいけないわけでもないし、図書室だって四六時中知識をひけらかす必要もない。知識は眠るのだ。知識が眠るときは僕も眠る、仲良しだからね。
それにしても沈黙と静寂が充満する音楽室は居心地が悪い。沈黙と静寂を混ぜ合わせると有毒なガスが発生するんじゃないだろうか。混ぜるな危険。
僕は楽譜を見る。
『そういえばクレッシェンドとクレソンは似てるようで似てませんよね』と静けさを断ち切りたいがためだけに僕は口を開いた。これほど意味のない事を言える僕なんかは侍に切られても文句を言えないなぁ。ズシャッ切り捨て御免。いえいえ構いませんよ生きていても意味のない事しか言えませんから。
『クレソンはセレソンに似てるわね』と先生はすぐに返してきた。
セレソンってサッカーブラジル代表の愛称だよな。
『先生、サッカー好きなんですか?』
『私の祖父はブラジル人なの。幼い頃は祖父からたくさんセレソンの話を聞いたわ。私、クオーターなのよ。クオーターから連想するものは?』
クオーター、四分の一、バスケットの試合は四つに時間を区切ってやるなぁ。
『バスケット』と単語だけをリターンする。
『フルーツ』とすぐさま返ってくる。
『リンゴ』
『ゴリラ』
『ラッパ』
『パンダ』
『ダチョウ』
『ウシ』
『シカ』
『カラス』
『スイカ』
『カラス』
『スイカ』
『カラス!』
『スイカ!』
『カラス!』
『スイカ!』
『カラス!!』
『スイカ!!!』
『カラス!!!』
仕方がない。僕が折れるしかない。
『……スペイン』と僕が言うと先生は変な表情を浮かべた。それは残念そうで少し怒りを含んだような笑顔。僕の中に閃きの欠片のようなものが生じる。なんだこの感じは?

『先生、今日はこの辺で終わりましょう。明日またお願いします』
そう一方的に言って楽譜を片付け、ピアノを閉じ、僕は音楽室を出る。
校舎を出る前に用を足す為トイレへ向かった。僕は帰宅途中に尿意を催すのが人生の中で13番目に嫌いなんだ。
小便器の前に立ち、ズボンのチャックを下げる。排尿開始。
ふと人の気配を感じ、振り返ると背後に先生が立っていた。
『うわっちょっちょっとここは男子トイレで……ふえぇ~っなんで~先生出ていきなよ!』
僕はまだ出し切っていないから逃げようにも逃げられないし、かといって無理に止めるのには膀胱に負担がかかるし、そもそもそんなことできない、だからってこのまま出し続けるのはなんだか屈辱的で排泄を見られるのがこんなにもドキドキするなんて知らなかったいやいやそんな趣味はないよ!……ないと思うけど恥ずかしいと思う僕はまだ少年でこれをきっかけに何かに目覚めてしまうかもしれないだとしたらこれはチャンスなのかもしれない僕が道を踏み外す最初で最後のチャンスかもしれないいやいや踏み外してしまうのならピンチだ踏み外さないためのチャンスか?ここを乗り越えることができればこの先も踏み外すことはないだろうでもそれって少しさみしいかもただ過ぎていく日常なんてつまらないかもあぁ胸が早鐘を打つこれは警告を知らせるサインだろうかそっち側へは行かないほうがいいのだろうかうるさいうるさい鼓動も思考もおしっこも止まらないいったい何を飲めばこんなにも尿が出るっていうんだコーヒーかそうかコーヒーなのかくそ~っコーヒーが憎いカフェインが憎いカフェインなんて無くなっちまえ!
『慌てなくていいわよ。待ってるからというより見てるから』
何を言っているんだこの人は?この状況で冷静でいられるのは頭のおかしい奴か、赤ん坊くらいだ。犬ですら排泄を見られると切なそうな顔をするじゃないか!
なんて思っているうちに長かった排尿が終わる。
残尿感とまだ強く高鳴る鼓動を体内に押しとどめズボンのチャックを上げ、手を洗い、廊下に出る。先生が後に続く。その間、先生の視線が僕をとらえていたのは言うまでもない。背中にひしひしと伝わっていた。あっ今はお尻を見てる。

振り返る。
『も~っ先生、めんたまが飛び出るかと思いましたよ』と冷静を取り戻したように見せる為に少しおどけたふりをしてみるが、も~っのところは明らかに声が裏返っていた。また別の恥ずかしさが滲んでくる。
『あら残念ながらきんたまは出ちゃってたわよ。めんたまだけにしときなさい。でないと驚く度に恥かくわよ』
ダジャレか?ふざける余裕があるのだ。ふざけるために来たのだ。きっと先程の音楽室での僕の態度が気に入らなかったんだ。嫌がらせだ。これが大人の復讐ってやつなのだ。
『何故先生はここに?』と最初に聞くべき質問を今更ながらぶつけてみた。きっと嫌がらせだ。
『職員室に戻ろうと廊下を歩いていたらあなたがトイレに入っていくのが見えたのよ。そしてなんとなくついてきたわけよ』とあっさりした回答。へぇ~そうなんだ。待て待て、あっさりし過ぎていて納得しそうになった。
『いやいや、モラルやマナーをなんとなくで破るのは如何なものかと思いますよ。聖職者たるものが』
聖職者がどうあるべきかは知らないけど、僕は何故か優位に立とうとしている。
『そう?』
聖職者?なにそれ?とでも言いたそうな表情だ。
『それにしても先生がトイレに入って来ても気付かなかったのは何故でしょう?足音も聞こえませんでした』
『私の母は忍者なのよ。』
『へぇ~珍しいですね!』
祖父はブラジル人で母が忍者、他の登場人物もなにか強めのキャラがありそうだな。
はっ!ダメだ!完全に先生のペースだ。何故か合わせてしまう。
わかった!この人は子供なんだ。基本的な根っこの部分が子供だから変な感じがしたんだ。その時の思いに結構従っちゃうのだろう。大人と接するようにしてはいけない。いけないいけない今日はこれ以上先生と一緒に居てはいけない。
『先生、これから用事があるので今日は帰ります。忍者の話はまた明日聞かせてください。さようなら』
僕は逃げるようにして先生から離れた。
僕は下駄箱で上履きからスニーカーへ履き替え校舎を出る。
校門を抜け自宅とは違う方向へ歩き出す。彼女の家がある方向だ。
先程の高鳴りが羞恥によるものか新しい性への目覚めかなんてのは関係なくてとにかく昇華してしまおうというわけだ。
僕は携帯電話をポケットから取り出し登録された電話番号の中から目当ての名前を探しコールする。
『プルル、はい!』
いつも通り電話対応が早い。四六時中、携帯電話を見張っているんじゃないかと思えてくる。
『みどり、僕だけど今から会えるかな?』
『君が急に会いたいなんて珍しいね!何かあった?』ドキッ!ズボシッ!勘がいいのかそれっぽい台詞を言いたいだけなのかわからないが僕の鼓動は早くなる。
『僕は君のことばかりを考えているから十五分に一度は会いたくなるんだよ。それが今限界を越えたんだ』と1つだけ嘘を混ぜる。
『へぇ~学校で一緒にご飯を食べてたくさん話したのに会いたいんだぁ?じゃあうちにおいでよ!あとどのくらいで来る?』と彼女の弾んだ声が電波に乗って僕の耳に届く。
『もちろん十五分以内に』これは本当。


部屋へ入ると彼女は僕の顔を見てニヤついた。恥ずかしそうにそして明らかに嬉しそうだった。
『毎日会ってるのに会いたいって言われるのってなんか嬉しい!』
そしてしばらくの間、僕等はテーブルを挟み取り留めもない話をしていた。
観たい映画の話だとか、体育のマラソンが憂鬱だとか、進学するか就職かetcetc。
『ちょっと横になっていいかい』と言って僕は彼女のベッドに寝転ぶ。
彼女も立ち上がりベッドに腰掛ける。
『ふふ、ねえしてあげよっか』と言って彼女は僕のズボンを下ろしパンツ越しに性器を触る。健全な男子高校生の反応は素早く、すぐに臨戦態勢だ。
ゆっくりパンツを下ろし、細い指と小さな掌で迷うことなく僕を包む。
ゆっくり上下にさすり口づけする。
彼女の唾液が僕を濡らし、はちきれんばかりに膨張する僕の海面体。
そのままくわえ込んで目線を僕の顔に向ける。
いやらしい感じはなく、とても可愛らしい。
彼女の頭が上下する。
僕は目を閉じて快感を一つ残らずこぼさぬように集中する。
そして考えることをやめ快感の波に身を任せる。
大きな波が来て僕は果てる。
彼女は口の中の物をティッシュペーパーに吐き出しふふっと笑う。


『もう一回口でしてくれない?』
『ん〜いいけど』
ちょっと不満そうな彼女。だがそれはポーズだけで嫌じゃないのかもしれないし、やっぱり少しウンザリしてるのかもしれない。全然わからない。
『ふぇるま~た~』
『はひほへ?』


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キングAジョーカー
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