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w√OCEAN覆面リレー小説 紅組3

真夜中。私は部屋を抜け出すことにする。といっても自室には私しか居ない。警戒の先は外だ。親に気付かれないようにこの家を抜け出すのだ。
灯りを消し、扉をゆっくりと開け身体を滑り込ませるようにし通路に出る。
扉はどうしようか。閉めたときのラッチの音が気になる。まあいい、放っておこう。
私は綱渡りのように廊下を歩く。おっ、私はいいことを思いつきトイレに向かう。
用も足さずにレバーを操作する。ゴシャー!
その音に紛れそのまま玄関に向かい、爪先にスニーカーを引っかけ外に出る。
なんて静かな世界だろうか。しばらくそのまま歩き、角を曲がったところでスニーカーをまともに履く。
よし、これで何処までも行ける。
今晩?昨晩?とにかく前回の夕食に人参が含まれていた。
私は人参が嫌いで、今度夕食に人参が出されたら家出をしてやると心に決めていたのだ。
この家出が我が家から人参を予防することに繋がるかはかわらないけど、そのくらい嫌いだということは伝わるだろう。どうかな……『お母さんをにんじる!』無理無理!液体でも無理!尚更無理!言葉にしなきゃよかった!思い付いて言っちゃったけど思いとどまればよかった、人汁最悪。おえー。
人生初の家出の足取りが重い。そもそも家出は足取りが重いのかもしれない。なら合ってるのか。まあいいや。
私は商店街に行く。夜中にここを歩くのは初めてだ。今日だけで人生初の経験が2つもある。この先もきっとそうだろう。
殆どの店はシャッターが降りてる。シャッターが降りていない店もいくつかあって、多分扉にロックだけしているのだろう。
硝子張りの洋服店には昼間もそうしていたであろう姿勢で遠くを見ているマネキンがいる。その先に自由があるのかしら。
その視線の先を辿ると明かりがついた店がある。
駄菓子屋。こんな時間に開いてんの?というか商店街にこんな店あったっけ?
私はその駄菓子屋へ向かう。
扉は開いている。店内に入る。誰も居ない。
私は店内を見回す。どれも見覚えのあるお菓子達だ。
私は人参のお菓子を見つける。
ああこれだ。
レジに男の人がやってくる。
「いらっしゃい」特に歓迎してくれる感じではない。私は頭を小さく下げる。
そしてまた人参のお菓子に目をやる。
「それ好きなの?」
「はい、いや前は好きでした」
「そっか」
私は人参のお菓子をまた見る。
「気になる?持っていきなよ、お代はいいからさ」
「えぇ、はあ」
男の人はレジから離れこちらに向かってくる。
「もうすぐ閉店だからね、閉店記念に君にあげるよ」
「もうこのお店辞めちゃうんですか?」
「今日は終わりってだけだよ、いつも最後のお客さんには好きなものをあげてるんだ」
そういって私に人参のお菓子を差し出す。
私はそれを受け取る。
「ありがとうございます」
今度はさっきより大きく頭を下げる。
「じゃあね、気を付けて帰るんだよ。おっとそれとも何処かへ行く途中かもしれないね」
「また来ますね」
嘘だ。帰るとも行くとも答えたくなくてまた来るという言葉でなんとなくごまかした。
私は商店街の端の方まで歩き、さっきの店を振り返る。
明かりはまだついている。
私は手の中の人参を見る。
ポン菓子の入った橙の包装紙。
私はこれが好きだった。
この包装紙を通していろんなものを見るのが好きだった。
わたしは商店街を抜け切り公園に向かう。
公園の入口付近をちょうど街灯が照らしており、ここから入るのよって案内みたいに思えた。
私は公園に入りブランコに腰を下ろす。
足音が聞こえ、前から人がやってくる。
子供かな。こんな時間に?
「ねえ、遊びに来たの?」
「いや、休憩」
「へえ、僕と遊んでよ」
「何をするの?」私は公園を見渡してみる。
「何をして遊ぶか考える遊び」
「じゃあ、滑り台を逆走するとか」
「それなら滑り台を逆走して、上まで登ったら滑り落ちる遊びがいい!」
「残念そうな顔で!」
「あーそれがいい!」

私と少年はその遊びをやる。
久し振りに夢中で遊んだ。
少年を笑わせるために今までの人生の残念をかき集めた。
残念がこんなに楽しく再利用されるなんて思ってなかった。あーなにこれ泣きそう。やだやだ、家出して泣いちゃうなんていかにもって感じでやだ。うわー耐えきれない、誰かが用意した理由なんかでとめらんない。
「それでいいんじゃないの」

私はごめんねとか悲しいんじゃないからとか言いながら泣いた。
少年はずっとそこにいてくれた、と思う。

「ねえお姉さん、さっきこれ落としたでしょ」
少年が人参のお菓子を差し出す。
「君にあげるよ、私はそれ好きじゃないから」
「……嘘だね」
「なんでそんなこと言うのよ」
「好きじゃないって言ったとき僕を見てなかった」
「そんなことないと思うけどなあ」
「じゃあ何を見てたの?」


僕の言葉が君の人生に入り込んだなら評価してくれ