たいていの人は、時には憂うつな思考を経験するものです。憂うつな思考が持続し、繰り返されるとき、これを『反すう』と呼びます。
皆さんは、家ぐらしがこれからもずっと長くなるだろうことが何となく分かってきて、飽きてきているだろうか。それとも特に問題なく過ごせているだろうか。もしくは、何らかの問題が生じているだろうか。僕の周りでは少なからず以前よりも精神を病んでいる人が増えているように感じられる。
皆さんの中では『反すう』「反芻」は起きていませんか?
まずは「自己注目」というキーワードについて考えてもらいたい。自分自身に注目している状態や、自らに注意を向けやすい性格特性・傾向のことを「自己注目」という。また、自己注目を行うと,本人にとっての適切さの基準を顕在化させ、負の感情を生起させる。適切さの基準とは,「かくあるべき」といった自己に内在化されている価値観のことであり,理想自己と現実自己の差異を認識する間,人は自己に注意を向けている状態であると言える。
自己注目は更に、自己への好奇心や知的興味により動機づける自己に注目しやすい傾向の「省察」と、自己への脅威・恐怖・喪失・不正によって動機づけられる自己に注目しやすい傾向の「反芻」との、2つに分類される。反芻は不安・抑うつ・怒りと結びついた自己関連の思考の繰り返しであるとされ、神経症傾向・不安症と関連することが知られている。
反芻が抑うつと正の関連を持つ一方で、省察は負の関連を持つ、あるいは関連をもたないことが報告されている。また、省察は自己理解につながること、主観的幸福感と正の関連を示すこと、劣等感に負の影響を与えることなど、精神的にポジティブな影響をもたらすことが示唆されている。残念ではあるが、自己を深く見つめることができるほど、自己評価が低いことが分かっている。
要するに省察を試みる方が精神的・身体的健康にも望ましいとは言うものの、どのようにすれば良いのだろうか。
出来事の原因、理由、意味について分析する「抽象的処理モード」と、出来事がどのように展開したのかについてより鮮明かつ具体的に想像する「具体的処理モード」のどちらかを誘導された場合でも、「具体的処理モード」のほうがその後の失敗体験におけるネガティブ気分が緩和されたことを示している。従って、より具体的で、自分の知っていること・聞いたこと・見たもの、毎日行うこと・見たもの・聞いたものに感覚を絞って当てて、毎日を過ごすことが望ましいと考えられる。
うつ病の患者は,反芻を病気の対処方略と考えるポジティブな信念と,反芻を統制不可能で有害なものと考えるネガティブな信念の双方を有しているとされる。また,反芻の傾向が強い人の約 80 %は,反芻が自己意識を向上させることや自分の憂うつな気分を理解すること、あるいは問題解決や将来の失敗を未然に防ぐことなどに役立つと考えている。
こうした知見をもとに「反芻は物事に対して対処をするのに役立つ」といったポジティブなメタ認知的信念と「反芻は制御困難である」といったネガティブなメタ認知的信念によって反芻が促され、抑うつ症状の悪化や持続につながるとされている。大うつ病のメタ認知モデルでは、反芻に対するポジティブなメタ認知的信念によって反芻が生じ、反芻が抑うつ症状へ直接作用するプロセスと、反芻に対するネガティブなメタ認知的信念を経て抑うつ症状へ影響を及ぼすプロセスの 2 つのプロセスを辿ることが示唆されている。
先述のように,従来のうつ病患者における研究では反芻が中核的な問題とされており,メタ認知モデルにおいても反芻に焦点が当てられてきた。一方で、抑うつ症状は心配とも明確な関連があることが示唆されている 。
心配とは,反芻と同様に反復的な思考様式をとる認知過程であり,言語的で問題解決を目的とするネガティブな思考の連鎖のことである。反芻と心配は、どちらも感情と脅威的な出来事に対処することを目的とし、ネガティブな思考の維持・増悪要因であるとされている。また、実証的データにより,反芻と心配の重複が示唆されている。
一方で、反芻はより過去志向的なものとして現れ,理解と意味の成立に関連しているのに対し、心配はより未来志向的なものとして現れ,危険の回避と防止に関連しているという相違点もある。以上より、反芻と心配は重複する特徴があるものの、区別可能な思考スタイルであるといえる。先述のように、心配と抑うつ症状には強い関連性があることが示唆されており、心配は抑うつ症状の構成要素とされている。したがって心配はよくうつ症状に関連する重要な思考プロセスであるといえる。
Papageorgiou & Wells (2003) は,反芻をした結果、「反芻をやめることは不可能だ」や「自分がどんなに考え込んでいるかを知ったらみんなは私を嫌いになるだろう」といったコントロール不可能性や対人関係に関する否定的な信念が生じ、そのために抑うつが増強されると考えた。こうした信念は「反芻に対する否定的信念 (negative beliefs about rumination)」と呼ばれ,実際にこの否定的思念が反芻と抑うつとの関連を媒介していることが示されている。
ADHD傾向者における能動的な注意制御の困難さの程度が省察と反芻に及ぼす影響について検討することを目的とした研究も行われている。
抑うつや不安の悪化などの原因となる反芻を多く示すがADHD 傾向が低い者では,分割的注意が反芻を弱め, 転換的注意が省察を高める働きをしていた。
言い換えると, 「注意を動かす・広げる」支援が, 機能的な自己注目を促進するといえる。一方, ADHD 傾向が高い者については, 選択的注意が反芻を弱めたり省察を高めたりする可能性があることが明らかとなった。つまり, ADHD 傾向が低い者と異なり, ADHD 傾向が高い者にとっては「注意を留めて集中する」支援が, 機能的な自己注目につながるといえる。
願わくば、あなたの自己注目が自己にとって最適のものでありますように。
【参考・引用文献】
Papageorgiou, C., & Wells, A. (2003). An empirical test of a clinical metacognitive model of rumination and depression. Cognitive Therapy and Research, 27,
261–273.
中村純子:理想自己と現実自己の差異と自己注目が劣等感に与える影響.人間生活文化研究,168−172,2016.
田淵梨絵・及川恵:適応的な自己注目に関する文献レビュー ー青年期における効果的な介入に向けてー.東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 69(1): 237-244(2018)
坂本真士 (1997).自己注目と抑うつの社会心理学 東京大学出版会
反芻に対する肯定的信念と反芻・省察:高野慶輔・丹野義彦 パーソナリティ研究 第 19 巻 第 1 号 15–24(2010)
機能的・非機能的自己注目と自己受容,自己開示:高野慶輔・坂本真士・丹野義彦 パーソナリティ研究第 21 巻 第 1 号 12–22(2012)
ADHD傾向者における能動的注意制御が反芻と省察に及ぼす影響:小口 真奈, 高橋 史, 髙橋 徹, 熊野 宏昭,日心第82回大会(2018)
肯定的・否定的自己への注目が省察と反芻, 抑うつに及ぼす影響:熊田麻里, 及川恵(2015)
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