発達障害者の作り出す、果てしない世界(あるいはシャガール作品のような)。
概要:
「心酔するものを目の当たりにしたときの無限ループ、経験したことありますか?」
という質問に回答
「次のヨーロッパ旅の構想、旅の資金を募るクラウドファンディングについて」
カジヤマです。質問箱に届いた質問にお答えするマガジンの2回目です(唐突)。
質問箱はこちら→https://peing.net/disorderwriter
質問投げてくれてありがとう。
あーわかるわかる、むっちゃわかる。これって発達障害特有の現象なんだろうか。
私の場合はヨーロッパをひとり旅してる時や(特にオランダ)、美術館にいるときにそうなりやすいですね(特にオランダ)。音楽よりも視覚に訴えるもののほうがなりやすいかな。
「発達障害まじツライ」とか「死にたい」とか「お腹すいた」とか「帰りの電車いつだっけ?」とか、そういうのがなくなってしまう。
ひとり旅の不安、日本に帰りたくない、そういう感情があるはずなのに。
端的に言えば、目の前の「美しい」とか「心地よい」に心酔するということ。
誰だって、好きな映像とか音楽とか、景色とか作品を見ればそういうことをするだろうけど…
おそらく、健常者が味わっているそれよりも、とてつもなく果てしないと感じます。
見聞きした瞬間、自分の中には壮大な世界が広がっていく。
周りに人がいたとしても、その世界では私ひとりきり。
それ以外のことが、私の中でも外でも徹底的に消し去られているような感覚でもある。
しかもなかなかもとに返ってこれないの。
まさに高速無限ループって言葉が正しいです。
ちょっとどころじゃなく、いつもとかなり頭の中の状態が違うはずなのに、なぜなのかわからない。
適切な言葉は思い当たらないけれど、その状態を絵画に例えるなら、シャガール作品の世界観が近いかなあと感じます。
マルク・シャガールはロシアで生まれ、ナチスからの迫害を逃れるためにアメリカに亡命。20世紀のシュルレアリスムを強くひっぱっていった画家です。
彼の作品で最も広く知られている、恋人ベラと抱き合った自画像。
ふたりは窓を飛び出し、空をふわふわと舞いあがっていく…
彼ら以外の世界はいつも通りなのに、大きな目の鶏や牛など、あるはずのないモチーフが神出鬼没に描かれている。
愛に満ち溢れ、幸せすぎるあまり、二人が生みだした果てしない世界。
上手くかみくだいてキャプションにするのが難しいのですが、私としてはシャガールがカンバスに映し出した世界が近いなあと感じました。
一応説明してみたけれど、実際に「シャガール 恋人」で検索してもらったほうが分かりやすそう。
私の場合、日本にいる時にこういう状態にならないんですよね。美術館にいるとき以外は。
日本ってつまんねーなと感じている原因のひとつかもしれませんね。
日本におもしろい場所がないわけではないのですが、現にしばらく日本で一人旅してないですし…
日本にも美しい景色はあるのですが、心酔するよりももっと先の、果てしない世界にはたどり着けません。
なぜだろう…
思い返すと、これまでヨーロッパで見てきたものには…
私の中に壮大な世界を広げていった景色・モノが数えきれないくらいある。
ドナウ河岸、ブダ城地区及びアンドラーシ通りを含むブダペスト
今世界遺産検定3級の勉強中なので、ユネスコ世界遺産の登録名をあえてそのまま使ってみました(笑)
直近の旅先ですね。1週間入り浸った都市です。
ハンガリーの首都、ブダペストで見た夜景が、私を壮大に広がるしんとした世界に放り込みました。
冬のはじめのブダペストは、午後4時にはほとんど日が落ちて、ご覧の通り真っ暗。
そこに浮かび上がる光景は、私を問答無用でこの世界から引きはがします。
街を二つに分けるドナウ川は、ハンガリー以外にも複数の国を流れています。
ネットでそれぞれの国に流れるドナウ川の様子と見比べたけど、ブダペストでのドナウ川の表情がいちばん心に来た。
もちろん、直接見てるってのもあると思うけど…オーストリアでは実際に見てるはずなんですが(笑)
ドナウの「真珠」「バラ」「王女」なんて例えられるブダペスト中心部の夜景。
私の感覚では、そういった言葉はあてはまりません。
当てはまる言葉を探るたびに、ライターとしての力不足を痛感させられるほどに。
ライターとして精進し続けることができれば、いつかぴったりな言葉を知ることができるんだろうと思うと、これからが楽しみです。
私がヨーロッパを旅する理由
おそらく、私はこの無限ループを求めて、ヨーロッパをフィールドにひとり旅を繰り返しているんだと思います。
世界には数多の国がありますが、今のところ「実際に見たらあの感覚になるんだろうか」と思わせるのは、ヨーロッパの景色が多いんですよねー。
もちろん他の国も興味があるけど、それ以上に私だけの世界が惹きつけられるのはヨーロッパ。
西の大きな国も、ロシア近くのあまり裕福でない東の国も、私をこの感覚へと誘います。
同じヨーロッパでも西と東で街並みがえらい違いますが、その違いも私にとっては興味関心のひとつ。
どこもかしこも同じ景色じゃないから、この感覚に陥るってのもあると思う。
また旅に出ようと思います。ハンガリーの次はポーランドかな。
オンライン英会話の先生が住んでるモルドバとか、その近くのルーマニアやウクライナにも興味がある。
結局セルビアまだ行けてないなあとか、私が日本にいるとき考えてるのってそんなことばかり…(笑)
だけどお金が足りないので、次の旅に向けてクラウドファンディング始めます。
実は今計画中で、寄付金額に応じたおもろいリターンも考え中。
寄付してくれた人には旅先から絵葉書も送るし、旅先での写真や「キンダーメル」の広告スペースを提供するかも(笑)
固まったら早く公開したいです。
たとえクラウドファンディングがうまくいかなくても、発達障害をオープンにして活動することで広く知ってもらうきっかけにはなる。
私はそういう期待をして、発達障害を隠さずに旅をしています。
「発達障害者のくせに悪あがきしてるの?」って目に留まったら、なんで発達障害が生きづらさの原因になるのかを調べるきっかけになる。
もちろん訪れた国の発達障害者を取り巻く状況や、当事者の話も聞きたいけど、まだカミングアウトして日も浅いから…
カミングアウトして初のヨーロッパ旅では、まずは発達障害を隠さずに旅の様子を積極的に発信して、この障害について広く知らせるところから始めたい。
もちろん、noteの中身も充実させて、ね。
私のことを知る人が増えれば、障害の有無を問わず
「私もよくそういう感覚なるよ!」とか「ちょっと違う気がする」とか、言いやすい雰囲気になるはずだから。
そういう雰囲気のほうが、生きづらさはなくなっていく。
シャガール作品みたいな世界を作り出してしまうのって、発達障害者ゆえのことなんでしょうか?
(たぶん)カクテルパーティー現象とは別のような気がする…
当事者はもちろん、そうでなくても、このような経験を思い起こすきっかけとなれば幸いです。
もしかしたら、発達障害者特有の脳の構造が起因しているかもしれないし、そうでないかもしれない。
この窓口を通じて受け取った支援は、#発達障害の私とヨーロッパ旅 に使います。詳しくはカジヤマの無料noteをご覧下さい。金額は問いません。なお、noteを購読することでも支援ができます。