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宇治を歩く(その2)

 平等院の参道に入ると、これまた観光客が溢れている。外国の人も多いが、老若男女、日本の観光客も多い。スイーツの食べ歩きを楽しんでいる様子の修学旅行生もいる。
 暑さに閉口してきたこともあり、早めのお昼ごはんにしようと店に入った。参道入り口あたりの、目立つ看板を掲げたお店からするとひっそりのした気配のお店だったが、店員さんの対応が気持ちよく、店内も落ち着く感じがいい。
 この日はサービスで、海老を2本つけてもらえる茶そば天ざるをいただく。ラッキー。
 つるりとした茶そばが喉が通る間に、すうっと汗がひいた。

 店を出て蒸し暑い参道に戻ると、人がまた増えたように感じる。平等院の門が見えてきた。
 宇治平等院は、鳳凰堂の、平成の大改修の前にも後にも訪ねている。10円玉の刻印そのまま、と感じた改修前の枯れたイメージから、極彩色の、創建時の輝きを取り戻した堂内に、いたく驚いた記憶がある。
 今回はその記憶があるのでパス。門前の石畳の広場、鉢植えされた蓮があった。真昼の陽の中で華はすぼみかけていたが、その眩い花弁が目に残った。

 平等院の参道から逸れて、宇治川沿いの道に出た。観光客は減り、川からの風が吹く木陰は蒸し暑さが和らぐ。「あじろぎの道」と名付けられたその遊歩道、ベンチでのびのびくつろぐ外国人は、屋外の楽しみ方をよくわかっているなぁ。
 百人一首にも詠まれる「あじろぎ」、網代木と書く。網代漁に使う、水中に打たれた杭を指すらしい。

 少し歩くと観光センターの横、瀟洒な門があり、「在釜 開席中」の札がかけてある。宇治市営の茶室である「対鳳庵」だ。
 SNSで知って、市営で茶席があるのは面白いと思い、叶うなら行ってみたいと思っていた。予約なしでも受け付けてくださり、薄茶とお菓子をいただける。夫も乗り気になり、お茶席に臨むことになった。
 観光センターで申し込むと、まもなく次のお席が始まるとのこと。急ぎ足で露地庭を抜け、茶室に向かった。

 この日は裏千家のお席。先に外国からの観光客、男性と女性の2人組がいらしていて、すでにお点前が始まっていた。本格的な茶室に、夏の風炉のしつらえ、床の間には滝を描いた軸がかかり、竹籠に夏の草花が生けてある。
 席についてすぐ、水屋からお菓子を銘々に給仕くださった。軽快にお話くださる先生は、
「正式なお席ではありませんから、くつろいで、召し上がっていいんですよ」
と口添えくださる。安心して、お点前を拝見しながらお菓子をいただいた。向日葵をかたどった主菓子、ほのかな甘みが口の中でじんわり溶けていく。
 外国の人たちには、袴姿の男性が英語で説明している。正客の位置の女性は足を崩し、両手で茶碗の景色を眺めて、リラックスした様子でゆったりお茶を味わっている。そして胡座をかいていた男性の番になった時、茶碗を前に、彼はなぜか慌てたように、脇に置いていたパンフレットに目を走らせていた。
「オテマエ、チョウダイ、イタシマス」
 真剣な表情で一語一語言い終えて頭を下げると、とても満足げな様子で茶碗を手に取った。戸惑った私たちの横で、先生が微笑みながら、
「パンフレットの、形通りになさりたいのよね」
と説明してくださって、ああ、と納得した。

 日本に生まれた私たちですら、茶席の正式な作法は身に付けていない。略盆のお点前を教えてもらったことはあるが、覚える前に辞めてしまった。それでも言葉はわかるし、道具やしつらえの意味は、説明を受けるとおぼろげにわかる。単に、畳の縁や敷居は踏まないことが礼儀である、ということも自然に知っている。
 生まれた場所も、言葉も違う人が、小さな茶席に臨み、見よう見まねでも、型の通りに、お茶をいただこうとする。テーマパークのアトラクションを楽しむような、体験型の楽しさなのかもしれない。ただ、その中にも彼らの振る舞いには、文化への敬意が感じられて、清々しい。

 そしてお茶どころであり、茶文化の造詣が深い場所であるとはいえ、市営の茶室ということも稀有だ。
 お話を伺うと、この茶席は、地元の方々の志に支えられて運営されていた。さまざまな流派の先生が、日替わりで茶席の担当を務められるらしい。月替わりにしつらえを変えるが、その道具も全部、市が用意しているそうだ。それを季節ごとに掛け替え、床の間に生けられた花も、
「私が庭で今朝切ってきたものなんです」
と、先生はさりげなくおっしゃる。月に一度のお当番だけだから、とおっしゃるが、なかなかできることではない。
 さらに話の成り行きで、外国人に英語で説明する袴姿の男性は、先生の息子さんだとわかった。この2年ほど外国の人が茶席に来られることがぐっと増え、普段は企業でお勤めだが、週末だけ英語でのガイドを務められているそうだ。袴姿が堂にいっているが、このお役目を始めてまだ日は浅いとのこと。
 そういう経緯をお聞きする間に、ぐっと席が和み、穏やかな空気が流れた。初めてお会いする先生方、給仕の方たち、居合わせた客の私たち。
 こうして同じ席についていることが、稀有で、尊いことのように感じられてくる。一期一会とはこういうことなのだろうな。

(続く)

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