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カメムシの添い寝

寝ようと布団に入ったらほのかにカメムシのあの臭いがしてきた。強くはないが気のせいにはできない確かさがある。無視はできない。
カメムシには身を守るために出す強い臭いと、「ここは安全だよ、心地いいよ」とお知らせする臭いがあるとラジオで聞いた。後者の臭いに違いない。仲間を呼ばれたらさらにまずい。
けれど、いくら探してもカメムシの姿は見えない。自分の髪の毛から臭ってくる…一瞬加齢臭を疑う。眠いのに寝れないフラストレーションがたまっていく。
ヤケになって、もういっそカメムシと一緒に寝てやる!と布団に潜る。
寝返りで潰されても出てこないお前が悪いんだぞ、自業自得だぞと心の中でカメムシに脅しをかけておく。
ほのかに主張するカメムシの臭い。姿は見えないのに私を確実に追い詰める。寝返りで潰すかもしれない恐怖は私のものだった。

「薄ぼんやりと怖い小説」あったよな…とカメムシ臭に精神を削られながら考えていた。どうせ寝られないならと昔の読書記録ノートを開いてみる。
ブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』だ。
短編集なのだが一作品が重い。文章は難しくもなんともない。オバケは出ないし、グロも無かったはずだ。
前後が切り取られたある一場面に放り込まれ、関係性も状況も説明することなしに物語が展開していく様を見させられる。
この先に幸福な結末が待っているとは思えない、「得体の知れない不安と恐怖」。
記録ノートには「一日一編以上読んだら副作用が出そう」と書かれている。それくらい面白かった。

本のタイトルがわかったところで布団に横になる。
まだほのかに臭うカメムシ臭に少し苛立つが、作家とタイトルがわかって満足。明日朝イチ洗濯しよう。私からカメムシ臭が多少したって農家のジジババはきにするまい。

朝目覚めると、掛け布団の上にカメムシが一匹、力強く立ち上がっているのが目に入った。
ようやく会えたね。寝返りで潰さなくてよかった。
私はそっとカメムシをガムテープで挟み、ゴミ箱に捨てた。

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