きらきら、光る
???「バスケ、好きなの?」
〇〇「?」
中庭の木陰で漫画を読んでいると、背の低い女の子から声をかけられる。読んでいたのがバスケ漫画だから、そう聞いたんだろう。
〇〇「うーん…そうだね。好きかな」
???「やっぱり!」
〇〇「え〜と…、君も好きなの?」
ひかる「あ、森田ひかる。名前ね。うん、好きだと思う」
〇〇「僕は〇〇。だと思うって?」
ひかる「まだやったことないから」
〇〇「……」
正直、見るのが好きって意味だと思ってた。
ひかる「私も好きなんだ、その漫画」
にこりと笑って、僕が手に持っている漫画を指差す。
ひかる「だから高校入ったらやろう!って思って笑」
屈託のなさに驚いてしまう。
ひかる「〇〇くんは、バスケやる人?」
〇〇「…やってた人だよ。中学で足怪我しちゃって、辞めちゃった人」
ひかる「…なんかごめん」
〇〇「いいよ笑 森田さんが悪いわけじゃないでしょ」
ひかる「うーん…、そうだけど」
〇〇「是非頑張って。大変なこともあると思うけど。怪我には気をつけてね」
それから僕らは時々、そこで話をする程度の仲になった。バスケの話、彼女の部活での練習、背の低さでの悩みとか色々。
そんな日々から4ヶ月ほど。
直に夏休みという頃合い。
ひかる「やっぱり初心者で背が低いと厳しいかなぁ」
彼女は珍しく弱音を吐いた。
〇〇「珍しいね、弱気」
ひかる「うん…。正直レギュラーどころかベンチ入りも厳しそう」
〇〇「……」
ひかる「…あのさ、人づてに聞いたんだけど、〇〇くんって有名な選手だったんでしょ?」
〇〇「…そこまでじゃないよ。有名になりそうな選手。くらい」
ひかる「…バスケの選手としては小柄だよね?」
〇〇「だね」
ひかる「……背の低い選手が戦う方法…教えてくれないかな」
僕は少し悩む。
〇〇「…森田さんが望む戦い方じゃないかもしれないよ?」
ひかる「…戦えないより、ずっといいよ」
〇〇「…そっか」
その気持ちは、少しわかるな。
〇〇「あのね」
ひかる「うん」
〇〇「コートで一番、きらきら光る人を探すといいよ」
ひかる「きらきら、光る…?」
〇〇「うん。コートで一番、きらきら光る、星みたいな人を見つければいい。思わずパスを出したくなるような、そんな人」
〜〜〜〜〜
高い弾道で放たれたボールは、リングに触れることもなくゴールに吸い込まれる。
春日「また藤吉くんだねぇ。これで何本目だい」
久美「私達との対戦では、追い込まれても第4クォーターに入るまで抑えてましたよね?」
若林「スタミナ不足は露呈してるし、全開でプレイ出来るのは1クォーターだけだからな」
久美「でもまだ第3クォーターですよ。最後まで持たせる気がないんですかね?」
春日「もしそうなら、この試合は乃木の勝ちだね」
久美「なんでです?私達との試合でも彼女が本格的に動いたの1クォーターだけですよね?それでも私達負けましたよ」
若林「俺等の時は藤吉の出番を増やせなかったからだろ。今までの櫻は森田がインに切り込んで、ゴール下の田村山﨑のツインタワーへ回すか、アウトサイドの藤吉大園へ回すかの二択を迫るプレイングが中心だったんだよ」
若林は二本の指を立て、久美へみせる。
若林「っても、やっぱなんだかんだインサイドの得点がメインなのは疑いようがない」
春日「田村くんと山﨑くん。インサイドの2枚看板はどっちも高さと強さがあるからね」
久美「だから私達はインサイドを固めて、森田ちゃんが切り込んでも、その2人にパスが通らないようにしましたよね?」
若林「だから序盤はこっちがリードしてたろ? いつも通りのゲームメイクをさせないようにして」
久美「私達が考えてた展開は、インを閉められた櫻がアウトサイドからの攻撃を増やして、その結果藤吉ちゃんのスタミナ切れを狙う…でしたけど」
若林「そうすりゃ、アウトサイドの攻撃が減って、よりインサイドを固める効果が増すからな」
春日「そこに第三の選択肢!!」
若林の指に間に、春日がもう一本指を立てる。
若林「うるせぇなぁ…!」
久美「…森田ちゃんのジャンプシュートですね」
若林「…これまでの森田はよく言えば俊敏性と視野の広さ、パスセンスでチームを回す潤滑油みたいなポイントガード。…悪く言えば自分では高さもフィジカルも決定力にかけるプレイヤー…だったんだけどな」
久美「高さはそこまででもないですけど、まるで空中に止まってるみたいに見えましたよ」
若林「…体幹、ボディバランスがいいんだろうな。姿勢がいいから空中での余裕につながってんだよ」
春日「森田くんが自分でも決めに行けるとなれば、パス以外の選択肢も増える。インサイドの2枚看板を抑えられても、アウトサイドに回すか森田くんが自分で撃つかの二択を迫れるし、尚且つ森田くんがボールを保持してインサイドまで運んでくれば、彼女だけでも更に三択を迫れる」
久美「パスを回すか、その場でジャンプシュートか、さらに深く切り込むか…」
若林「結局それで藤吉にボールを集めきれなかったし、森田対策にも追われた結果、第4クォーターまでに僅差まで迫られて、藤吉のアウトサイドからのシュートに押し切られた」
久美「今回もその展開はあり得るんじゃないですか?」
若林「さっきも言ったろ?藤吉は1クォーターしか保たないよ。もしやれるなら、俺らの時だって第3クォーターから全開でやってたよ」
春日「今回乃木が櫻対策として敷いた布陣は徹底的な森田くん封じ。我々との対戦でみせた攻撃的ポイントガードとしての動き、従来のチームをサポートするポイントガードとしての動き。どちらも封じることで、櫻の強みを発揮しづらくしているね」
コート内、一際目立つ小柄な選手に、一際目立つ背の高い選手がマッチアップしている。この試合で最も目立つミスマッチ。
若林「キャプテン梅澤が森田につくボックスワン」
春日「オフェンスもディフェンスも出来るエース兼キャプテン。まさに乃木の要だね。彼女の働きで森田くん起点のインサイドからの攻撃の流れを断ち切ってる」
久美「それで、アウトサイドの藤吉ちゃんのシュート機会が多いんですか?」
若林「乃木の副キャプテン、久保がいい仕事してんだよ。森田にボールが渡ると、藤吉に回したくなる絶妙な間合いにいんだよな」
春日「そのうえで藤吉くんにしっかりプレッシャーも与えてるねぇ」
久美「私達が出来なかった藤吉ちゃんのスタミナ切れ狙いを、乃木は森田ちゃん対策をしながら実行してるってことですか?」
春日「流石、王者の風格って所かね」
若林「藤吉が機能しなくなれば、攻撃はインサイド偏重になる。そうなれば対策は格段に楽だな。よりインを固めれば済む」
春日「大園くんも悪い選手じゃないが、シューターとしての箔は藤吉くんが上かな」
若林「外の選択肢が大園に偏れば、どうしてもインサイドに切り込む場面は出てくるだろうな」
久美「だから、藤吉ちゃんが保たなかったら…」
春日「乃木がインサイドを固めて終わりだね」
若林(…とは言え、あまりにも大園と森田が大人しすぎる。毎試合のように新兵器を携えてきた森田がこのままってのは考えにくいんだよな…)
若林は櫻ベンチに座るマネージャーに視線を送る。
若林(森田はここに来て限りなくあいつのスタイルをコピーした。それで完成か?)
日村「あー!藤吉が止まんないよ!?このままでいいの設楽さん!?」
設楽「…日村さん、ここは我慢勝負なんだよ」
日村「点差ジリジリ詰められてますけど!?」
設楽「ここで藤吉に食いついてインを手薄にしたら、向こうの思うツボなんだって」
日村「とは言えよ!? とは言え点差詰まっちゃってますけど!?」
設楽「そりゃスリーメインで攻撃してくるんだから、向こうは2回入れればいいとこ、こっちは3回入れなきゃいけないんだから詰まるよ」
日村「じゃあこっちもスリー打つとか!」
設楽「そうしたいのは山々だけど、うちでスリーの決定率が高い賀喜に山﨑がべったりなんだよな…」
日村「え〜っと…ヤマサキヤマサキ…」
設楽「…日村さんいい加減そのメモ捨てたら? 櫻で一番背の高いやつだよ」
日村「あぁ…そうだったそうだった」
設楽「とにかく今は我慢なのよ。焦ったら負け。わかる?」
日村「緊張でゲロ吐いちゃうよ俺…」
設楽(…藤吉の出来が良すぎるな。動きには疲れが出てるのに、シュートの集中力は増してる。逆にそれが最後まで保たせる気がないことの証明だろ。…とはいえまだ櫻がいつもみたいに策を切ってこないのが気になんだよな)
日村「ちょっと設楽さん聞いてる!?」
設楽「んぁ? 聞いてる聞いてる」
設楽は残り時間をちらりと確認する。
設楽(藤吉はこのクォーターでガス欠。保っても精々次のクォーターの頭まで。その辺りで必ず櫻は何か手を打ってくる。それをどれだけ万全の体制で受けれるかが勝負か)
土田「…マジで夏鈴ちゃんは、このクォーターいっぱい保つのか?」
〇〇「…もし保たなかったら策を打つ間もなく僕らの負けです」
澤部「しかし今日の夏鈴ちゃんは鬼気迫るもんがあるな」
〇〇「すごい集中ですね…。全体的な動きはさすがに悪くなってきましたけど、シュートモーションは我慢して綺麗にキープしてますよ」
土田「…毎度毎度博打じみてて心臓にわりーな」
澤部「まったくですよ」
〇〇(…思ってた以上に梅ちゃんがひかるを抑え込んでる。やっぱりすごいな)
久美「それにしても梅澤さん、森田ちゃんを完全に抑え込んでますね」
若林「梅澤は森田のスタイルがよく分かってるからな」
久美「…2人は同じチームでプレイしたことないですよね?」
春日「森田くんは高校から始めた子だからね」
若林「だから1年目はまるっきり試合に出た記録はないだろ?その間、あのマネージャーが森田を鍛えてたに違いない」
春日「それにしたって異常な成長速度だけどね」
久美「マネージャーって〇〇くんですよね?中学で活躍してた」
春日「将来を有望視された天才。中学最後の大会で負傷し引退。当時は結構騒がれてたね」
若林「その中学は強豪で、男子も女子も強かったんだよ。で、当時の男子のキャプテンがあいつで、女子は梅澤がキャプテンだった。その頃は名門のキャプテンコンビとか言われて、よく一緒に雑誌の取材とか受けてたよ」
久美「森田ちゃんのスタイルは、その当時の〇〇くんのコピー…」
若林「ああ。だから梅澤にとって森田のスタイルは見慣れたもんなんだろうな」
〇〇「時間です!」
土田「澤部!」
澤部「はい!」
春日「おや、櫻がタイムアウトを取ったねぇ」
久美「藤吉ちゃんを少しでも休ませるためですかね?」
若林(…にしたって半端な時間だな)
〇〇「夏鈴ちゃん座って!」
言われるまま、藤吉はベンチに腰掛ける。
〇〇「ドリンク。あと氷。肘、熱持ってたら冷やして」
藤吉(そう、ちょっと冷やしたかった…)
ドリンクを飲みながら、肘をアイシング。
〇〇「足、触るよ」
藤吉(うん、ちょうどほぐしたいなって思ってた)
ふくらはぎを中心に軽いマッサージを受ける。
藤吉(一言も喋らなくていいの、助かる…)
ほんの僅かなこと。
そのほんの僅かを、目一杯かき集めて。
藤吉(1本でも多く、シュートを打ちたい…。
1秒でも長く、意識させたい…)
澤部「ぞの、天ちゃん、こっから頼むぞ!」
大園「任せてください」
山﨑「ここまで大人しかった分、暴れますよ!」
田村「ごめんひいちゃん、私今日何も仕事できてへん…」
森田「それを言ったら、私の方こそ何にも出来てないよ。梅澤さんに完全に抑えられちゃってる」
田村「そんなん、相手は梅澤さんやねんから…。身長差も大っきいし…」
森田(それはそうだけど。それでしょうがないって納得しちゃったら、私がここにいる意味なんてないよ…)
土田「まだ終わってねぇんだから、暗い顔してる暇ねぇぞ!」
田村・森田「…はい!」
設楽「……」
梅澤「どうかしましたか?」
設楽「…このタイムアウトが狼煙なのか」
設楽同様、梅澤も櫻高のベンチへ視線を送る。
梅澤「藤吉さんのケアのためなのか…」
〇〇が藤吉の足元にしゃがみ込んでいる。
マッサージか何かなのは、梅澤達にも察しがつく。
日村「…設楽さん設楽さん」
設楽「あ、なに、日村さん。そんなコソコソして」
日村「梅澤と向こうのマネージャー、中学時代の知り合いなんでしょ?あんまりああいう姿は見せないほうが…」
設楽「えっ、なに、梅、向こうのマネジの事好きなの!?」
梅澤「はぁ!?なんでそうなるんですか!?」
設楽「なんだよ〜!男取られたからそんなテンション低いのかよ!」
梅澤「だからなんでそうなるんですか!違いますよ!!」
設楽「……そんだけ元気なら、まだまだ森田抑えれるよな?」
梅澤「……抑えますよ、絶対に」
若林「さて、どう出るかな?」
春日「これが策に出るきっかけなのか、あくまでも藤吉くんの休憩のためだったのか」
梅澤(変わらず起点は彼女)
森田「……」
第3クォーターはボールを保持した森田がスリーポイントライン付近まで運び、大園か山﨑を経由して藤吉へボールを回す動きに偏ってきた。
残り時間もわずかなこのクォーター、このまま行くかに見えた櫻陣営。ここで森田が動きを変える。
春日「…森田くんがサイドへ展開」
若林「代わりに大園が真ん中に…」
森田「玲ちゃん!」
大園「はい!」
五百城(…反応遅れた!)
放たれたボールは弧を描いてゴールリングへ。
若林「大園のスリー。思ったより安定感あるな」
春日「梅澤くんと森田くんのマッチアップが身長のミスマッチなら、五百城くんと大園くんのマッチアップは経験のミスマッチだろうね」
久美「五百城ちゃんはまだ1年だし、大園ちゃんは櫻で一番バスケ歴長いんですっけ」
若林「奇策ってほどじゃないが、乃木にとっては地味に嫌な展開だろうな」
久美「大園ちゃんは藤吉ちゃんほど、スリーポイントに突出した決定率はないですよね?」
春日「だが、大園くんにボールが回る間、藤吉くんは休める。たとえ本数が減っても、最終クォーターで彼女が生きてるか死んでるかで大きく違ってくるからね。それに大園くんにああも綺麗に入れられちゃ、どんな無神経なやつでも意識するよ」
久美「選択肢の押し付け…」
春日「櫻の十八番だね。ここまでは森田くんを封じて起点を潰してきたが、大園くんが起点役になって、藤吉くんへ回すか、そのまま打つか、インへ自分で運ぶか、選択肢を増やした」
若林「森田のサイドへ展開する動きも、森田と梅澤のタイマンのためのアイソレーションというより、梅澤をディフェンスに参加させないボックスワンだな。森田が機能しないなら、梅澤ごとゲームから引き離してしまえってとこか?」
春日「なかなか非情な選択肢だね」
若林(……すこしがっかりだな。これは高さへ挑む奴の敗北だ。小さくても戦えると、あいつらは証明する。俺はそれをどこかで期待してたか…)
日村「次は大園が打ってくるんですけど!?」
設楽「まだ想定の範囲だよ。大園に藤吉ほどの決定力はないから」
日村「ほんとに!?」
設楽「ほんとほんと」
設楽(面倒なのはスリーよりもパスの起点になられることと、藤吉が休めちゃうトコなんだよな)
だが設楽は特に指示は出さない。
設楽「詰められてた点差、たぶん動かなくなるよ」
久美「点差が動かなくなりましたね、あとちょっとなのに」
春日「最初大園くんが派手にスリーを決めたが、それ以降は安定重視のプレイをしてる」
若林「これだけ餌を撒いても乃木が食いついてこないからな」
久美「餌ですか?」
春日「元々このクォーター、藤吉くんにボールを集めたのはアウトサイドへ意識を持っていくため。そうしてインや森田くんへの警戒が緩めば、櫻はそこをつく展開を考えていたはずだ。そうなれば藤吉くんのスタミナも幾分か余裕が出るからね」
若林「それでも乃木は耐えて耐えて、インを空けたり森田対策の手を緩めなかった。その結果藤吉の負担が増大。最後まで保たせる筋は消えた。そうなりゃ藤吉という餌が切れる前に、新しい餌を追加しなきゃならない」
久美「それが外からも打てる大園ちゃんですか?」
春日「百発百中決まらなくても、一発あると思わせておけば警戒したくなるものだからね」
若林「だが乃木は食いついてこない」
春日「ふてぶてしいねぇ…」
土田「じれってぇなぁ…、食いついてこいよ」
澤部「日村さんは大騒ぎしてますけど、設楽さんは静かですね。見切られてんのか…?」
〇〇「こっちの狙いが見えてても、プレイしてる選手は反応したくなるもんですよ…。怖いくらい意識が統一されてます」
〇〇(タイムアウト開けてから、ひかると夏鈴ちゃんは完全に浮いてる。2人についてる梅ちゃんと久保ちゃんも、これだけ浮いてるなら他に意識が行きそうなもんなのに…)
日村「ホントに点差詰まらなくなった」
設楽「ここまで俺らが2点ずつ取ってるとこ、藤吉のスリーポイントで返されてたからね。けど最初の一発以降、大園はスリーを打ってない。リスクが高すぎるからな」
日村「決まらなかった時ってこと?」
設楽「そう言うこと。外すだけならまだしも、こっちにボールが渡って、カウンターで速攻なんて食らったら目も当てられないからね」
設楽(俺らは耐えれるぞ。これで打ち止めか?それともまだあんのか?)
〇〇「…時間もうないです」
澤部「やるしかねぇな」
土田「いいのか?向こうは食いついてねぇぞ」
〇〇「このまま第4クォーターに入るのは良くないです。天ちゃんに賭けるしか…」
土田「結局博打じゃねぇか…。やるぞ!」
土田はわざとらしく腕を組む。
その合図を見て、櫻の選手一同は気を引き締める。
大園(行くよ…!)
五百城(スリーを警戒しすぎない…!)
今日何度かのマッチアップ。
五百城はスリーへの警戒心は持ちつつも、あくまでもインへ切り込ませない事へ重きを置く。
大園(入れれるなら、それに越したことはない!)
五百城(でも、入れさせちゃいけない!)
放たれたスリーポイント。
身長の差がここで出る。
飛びつくように伸ばされた五百城の手。
その指先に、確かにボールが触れる。
五百城・大園「リバウンド!!」
すでに両チームの高身長が、ゴール下へと滑り込んでいる。
若林「単純な高さは山﨑のいる櫻。技術なら松尾、賀喜のいる乃木の方が上」
春日「ただ、櫻の2枚看板は高さと強さがある」
リングに接触し、跳ねるボール。
最初に落下点に入ったのは田村。
山﨑をポジションにつかせるように、松尾を抑え込む形でスクリーンアウト。
松尾(ホント固いな、インサイド!)
田村(ここはゆずられへん!)
実質このリバウンドは山﨑対賀喜の構図。
賀喜・山﨑(ここまで役立たずだった!ここで挽回する!)
ほぼ同時にボールへアプローチ。
弾かれたボールはゴールを離れ、スリーポイントライン近くまで後退。
五百城(取れる!?)
大園(行かせない!)
ボールに近い五百城の進行を大園が阻む。
設楽(大園が確保に行かない…?)
スリーポイントライン近くの攻防。
大園が確保して、再度スリーポイントを狙う展開もあったはず。だが大園はここで五百城のボール確保を阻止することを優先。
これによりボールに最も近いのは。
若林「山﨑の加速力は櫻でも抜きん出てる」
0から100に至るまでのスピード。
敏捷性、アジリティ。
森田の小回りが利く素早さと、
増本のトップスピードの素早さ。
これらとはまた違う素早さ。
賀喜(飛んで、着地して、なんでもうそんなに速いの!?)
設楽(それでもボールを確保して、振り返ってしてりゃ、インに切り込む前に賀喜が追いつく!)
山﨑がボールを掴み、振り返る。
賀喜(ドリブルに入る前に止められる!)
だが、山﨑はドリブルしない。
まっすぐ、その場で跳躍。
設楽(山﨑が外から打つ!?)
賀喜(スリーポイントライン確認できてない!)
2点なら与えても構わない。
次取り返すだけでいい。
賀喜(綺麗なフォーム…、打たれたら入る)
ただもし、これがスリーポイントなら。
狼煙になる。
櫻の反撃を告げる狼煙に。
一瞬の思考。
賀喜(止めなきゃ!)
梅澤「かっきー!!」
鋭く笛の音が響く。
それに続き、ボールがリングに阻まれる音が響く。
櫻ベンチ「あぁぁーーー!」
乃木ベンチ「あっぶねぇぇーーー!」
審判「プッシング!白6番!フリースロー2ショット!」
若林「これは痛恨だな…」
春日「入っていれば3点プレイ。もう半歩後ろなら4点プレイもあり得たね」
久美「でもフリースローの2点止まり…」
大園「天ちゃん大丈夫?」
天「ごめん…、せっかくのチャンスだったのに」
大園「切り替えよう!フリースローだよ!」
天「…うん!」
梅澤「かっきー」
賀喜「すっ、すいません!私っ、危うく3点取られる所で…」
梅澤「かっきー、落ち着いて。2点で抑えたんだよ。もしかしたら3点取られるところだったんだから。ナイスディフェンスだったよ」
賀喜「はっ、はい…」
久保(…良くないなぁ。かっきーは2点止まりでラッキーと思える性格じゃないからなぁ)
若林「フリースロー2本決めて、点差は6点から変わらずか」
春日「あってないようなもんだが、これを縮めきれないまま第3クォーターは終了かな」
若林「山﨑が決めてりゃ5点差。スリー2本で逆転まで詰めれてたな」
春日「まぁ、そう思惑通りとはいかんもんだね」
第3クォーター終了間際、このプレーは不発に終わるも、確かな爪痕が残る。
久保(かっきー、明らかに萎縮してる…)
ギリギリのシーソーゲームの中、自分のミスでチームが危機に陥るということ。
それがどれほど恐ろしいことか。
賀喜は血の気の引く思いをしていた。
次同じような場面になった時、今度こそ3点、4点を取られるようなことになれば、得点差はワンゴールで消えてなくなる。
賀喜(ファウルは絶対に駄目だ…)
久保(…フォローに入るべきかな)
久保の思考に迷いが生じる。
藤吉はまだ活きている。
完全にフリーにするわけには行かない。
だがもし、賀喜が山﨑に強く当たれなくなってしまったら、それこそ次はスリーを決められるかもしれない。さっきの山﨑のフォームは、それを感じさせるのには十分な雰囲気があった。
そんな、隙とは呼べないほどの短い間。
それでも残り少ない時間で、これ以上のタイミングは生まれないと踏んだ大園は勝負に出る。
大園「夏鈴ちゃん!」
若林「ここで藤吉!」
パスは確かに通った。
しかし、やはりその間は隙と言うには短すぎた。
久保(止めれる!)
久保は乃木の中では特別体格に優れてはいない。
爆発的な才能に恵まれてるというわけでもない。
それでも彼女がスタメンとして、副キャプテンとしてコートに立つことに異論を挟むものは、乃木の中には1人としていない。
それだけ上手く、聡かった。
距離は一瞬で縮まる。
全てのシュートを止めることは不可能だと久保は考える。だからこそ、取捨選択が重要だと。
久保(これは入れさせちゃいけないシュート!)
藤吉の跳躍とほぼ同時に、久保もブロックに飛ぶ。
これは止めた。
会場のほぼ全員がそう思った。
藤吉の跳躍が、今までと違うことに気づくまでは。
久保(離れる…?)
藤吉の跳躍はやや後方へ。
久保から遠ざかるようなバックジャンプ。
設楽「フェイダウェイ!?」
これまで以上に高い打点で放たれるシュート。
同時に第3クォーター終了のブザーが鳴り響く。
誰もが固唾をのんでボールの行き先を追った。
当の本人、シュートを打った直後から、すでに両の拳を握りしめた藤吉以外は。
今日何度も見た光景。
リングにかすりもせず、ボールが吸い込まれた。
櫻ベンチ「よーーーし!!!」
怒号のような歓声が会場を包み込む。
春日「…痺れるねぇ」
若林「フェイダウェイでスリーポイント、さらにブザービーター…。主人公かよ」
久保はやや呆然と藤吉を見つめる。
肩で息をしながら、藤吉はその視線を受け止める。
藤吉(いるよ…。私はまだ…、ここに)
久保「……」
春日「私を見ろと言わんばかりだ」
若林「これで点差は3。乃木にとっては、考えられる中でも最悪の形で最終クォーター突入だな」
山﨑「夏鈴〜、ナイス!天才か!?」
大園「ごめんね、危ない橋渡らせちゃった」
一足先にベンチに戻っていたメンバーからの声掛けに、軽く手を上げて返す藤吉。
〇〇「夏鈴ちゃん座って!とにかくちょっとでも休もう!」
言われた通り静かにベンチに座る。
〇〇「ドリンクと、あと一応酸素と…」
藤吉「〇〇…」
〇〇「うん?」
藤吉「…ごめん。ホントに…ごめん」
久保「ごめん、みんな。油断したつもりはなかったんだけど…」
賀喜「……」
日村(空気重いなぁー!)
梅澤(声がけしないと…)
梅澤が口を開こうとした瞬間、
設楽「久保、賀喜」
ビクリと名前を呼ばれた2人が反応する。
設楽「お前らのプレイに非があったとは思わねぇよ。ベストではなかったとしてもな」
久保・賀喜「……」
設楽「けどな、それを引きずって調子落とすようならそれはお前らの責任だ。容赦なく変える。
学年も、役職も、ポジションも関係ねぇ。
勝ちに前のめりな奴にしか、コートに立つ資格はないからな。…やれんのか?」
久保「やります」
賀喜「……」
即答する久保と、出来ない賀喜。
設楽「賀喜、甘ったれんじゃねーぞ」
賀喜「……」
設楽「来年にはもうお前慰めたり、助けてくれる先輩はいねぇからな」
賀喜「っ!」
固く、拳を握る。
設楽「来年お前らの代なんだよ。お前らが後輩引っ張って、支えんだよ。メソメソしてていいのか?
お前の先輩達はそんなふうにしてたのか?」
賀喜(…違う。先輩たちとの試合、負けで終わらせたくない…!情けない自分で終わりたくない!)
設楽「…こんだけ言われてもまだメソメソしたいなら下がれ」
賀喜「…やらせてください」
設楽「…やれんのか?」
賀喜「やります!!」
顔つきの変化に、全員が安堵の笑みを浮かべる。
設楽「…ったく世話焼けんだからよぉ〜」
日村「いやぁ、俺がビビっちゃったよ…」
設楽(とは言え、どうするかなぁ…)
森田対策の結果、第3クォーターで藤吉へのボール供給が増加。それに乗って乃木はさらに藤吉へボールが集中するように仕向けた。藤吉をコートから引きずり下ろすために。
順調なはずだった。
しかし最終盤、森田のアイソレーション、大園のポイントガードへのスイッチ、山﨑のアウトサイドからのシュート。矢継ぎ早に切られたカードに紛れて、藤吉の負担が減った。
その結果が、最後のスリーポイント。
限界なのは間違いない。
だが藤吉はまだ死んだと確信が持てない。
たがこの競り合った局面では0か1で大違いになる。
1本でもスリーが決まれば同点
藤吉や森田に集めるという、普段の櫻に起こりがちな偏りがないこの場面、どんな策も出たとこ勝負のじゃんけん。運否天賦になる。
梅澤「設楽さん」
設楽「ん?」
梅澤「…第4クォーター、信じて任せてもらえませんか?」
設楽「……」
梅澤「…マンツーマンで行かせてください」
設楽「……それ、策なしって言ってるようなもんだろ」
梅澤「…お願いします」
日村「…設楽さん、ここまで言われちゃ信じるしかないんじゃない?」
設楽「…んだよ、俺ばっかり悪者にすんなよな〜。…わかったよ。意地見せてこい!」
乃木一同「はい!」
森田「どうかしました?」
〇〇「…完全に夏鈴ちゃんがガス欠」
田村「…最後の、凄かったもんなぁ」
土田「…どうする、変えるか?」
〇〇「…出来れば下げたくないですね」
〇〇の望んだ展開としては、あと1本欲しかった所。
第4クォーター頭に、外れてもいいからまだ藤吉が効くところを見せておきたかった。
〇〇(ただ、さっきのフェイダウェイ。きっと玲ちゃんと夏鈴ちゃんには第4の頭より、あのタイミングの方がいいって直感があったんだろう。
そういう機微はコート内にいるプレイヤーにしか分からないんだと思う)
マネージャーとしてコートの外で見るからこそわかるものはある。それと同じように、コートの中でしか、プレイヤーとしてしか見えないものもきっとあると、〇〇は実感を持って言える。
澤部「けどすぐ動けないことはバレるだろ?」
〇〇「…バレた段階で交代ですかね」
土田「それまではただ立たせとくのか?」
〇〇「あんまり、よくないですけど居残りしてもらいますか…」
澤部「ディフェンスが手薄になるけど…」
〇〇「2点取られたら2点取り返しましょう。いつも通り、殴り合いです」
土田「賀喜のスリーは?」
山﨑「私が止めます!」
〇〇「…隙を見ていけるなら夏鈴ちゃん。難しいなら玲ちゃんか天ちゃんのスリー。もう一本は…」
〇〇は森田へ視線を送る。
森田「…まかせてください。必ず一矢報います」
〇〇「うん、一度は必ず通ると思う。でも一度見せたらきっと、梅ちゃんは対応してくる。使い所に気をつけて」
森田「はい!」
〇〇「…ひかる」
森田「はい?」
〇〇「ありがとね」
森田「なんです急に?」
〇〇「あの日からずっと、僕の理想を追っかけてくれて…」
2年の春。
〇〇は森田と出会った。
背の低い〇〇は、最初森田からすれば同学年に見えたらしく、2人はバスケ漫画をきっかけに度々話す間柄になった。
夏前、森田からの願いを聞き入れ、〇〇はバスケ部のマネージャーになる。そこで初めて森田は〇〇が先輩と知り、恐縮した。
それから1年弱、〇〇は自分に教えられることは全て森田に教えた。自分がどんな選手だったか。
どんな選手になりたかったか。その姿形を。
森田「やめてくださいよ、まだ終わってないです」
〇〇「まぁ、そうなんだけど、一応ね」
森田「勝って帰ってきてからにしてください」
〇〇「わかった。…梅ちゃんは強いよ。僕が見てきた中でも特別おっきい星だからね」
森田「…わかってます。身にしみて」
春日「さぁ、ラスト1クォーター。藤吉くんは交代せずか…」
若林「乃木はマンツーマンにシフトしたな。地力で勝る乃木らしい選択だな」
久美「藤吉ちゃんがディフェンスに戻らない。速攻狙いですかね?」
若林「ないな。それを許すような乃木じゃない。少しでも休ませて一本決めるタイミングを見計らってるのか…」
春日「もう動けないが、スリーは意識させておきたいか…」
若林「どちらにせよ答えはすぐ出るだろ。いつまでも4枚でやれるほどヤワな相手じゃない」
若林の読み通り、乃木のオフェンス時間は非常にコンパクトに。櫻は攻めあぐねる時間が伸びる。
点差は広がらないまでも、3点差の時間よりも5点差の時間が増えていく。
時間は刻一刻と過ぎる。
土田「限界だな…」
〇〇「ですね…」
澤部「3点差、縮められずか…」
藤吉がスリーを打つ機会は得られないまま交代。
時間は稼いだというべきか。
時間を稼がれたというべきか。
藤吉「ごめん…任せた」
増本「任されました!」
元気よく増本が飛び出していく。
〇〇「お疲れ、夏鈴ちゃん」
夏鈴「ごめん…。私がもう少し保ってたら」
〇〇「まだ、終わってないよ」
設楽「10番の情報は?」
遠藤「日向戦には出てないですけど、以前マンツーマンで当たってくるチーム相手に、大園さんと交代で出場してますね。足の速さでマークを外して、森田さんと他のプレイヤーの中継点をしていました。
今大会で得点したことはないです」
設楽(今回は大園と他プレイヤーとの中継か?)
春日「ここで藤吉くんが交代と…」
若林「外の選択肢が減ったが、山﨑がどれくらい出張ってくるか…」
春日「賀喜くんが第4クォーターに入ってから随分気迫に満ちてるからねぇ。意地でも山﨑くんに食らいついてやるって顔だ」
久美「ファウルトラップに掛かった時はかなり萎縮してるように見えましたけど…」
若林「クォーター間に上手くガス抜きできたんだろうよ」
拮抗はかなり危ういバランスで、今にも崩れ落ちそうな脆さに見える。それでも食らいつく櫻。
しかしそれでも得点差は3点差を下回らない。
時間はもう僅か。
設楽(…とどめを刺して来い)
1つの合図が乃木へ出される。
梅澤が運んだボールは、スリーポイントライン付近で賀喜へ渡る。
今日幾度も行われた賀喜と山﨑のマッチアップ。
勝率はほぼ互角ながら、山﨑は徹底してスリーポイントだけは決めさせずにここまで来ている。
賀喜(引かない!任せてもらった期待に応える!)
山﨑(行かせない!この役割だけは完遂する!)
サイドへ上がっていく賀喜を追走する山﨑。
問題なくついていける。
はずだった。
山﨑「!?」
突然見えない壁にぶつかったように、身体が押し留められる。ちらりと視線を向けると、そこには重心を低く構えた久保が立ちふさがっている。
土田「スクリーン!?」
澤部「賀喜がフリー!」
山﨑との体格差による死角。
そしてその気迫によって存在感を増した、賀喜への集中を利用した久保のスクリーン。
山﨑を振り切り、賀喜はシュートモーションに。
賀喜(いける!)
自身の集中が手に取るようにわかる。
普段は遠く見えるゴールリングが、すぐそこにあるように錯覚するような高い集中。
それ故に気づかなかった。
すぐそこまで来ているその存在に。
賀喜「っ!?」
視界の端から伸びてくる手。
それがブロックに入った増本の手だと気づく頃にはすでにボールは手を離れ、打ち出されている。
端から見れば、ギリギリ間に合わなかったようにも見えた。しかしすぐに上がる声に、コート内の人間は反応して動き出す。
増本「触ったぁーー!」
賀喜「リバウンドー!」
ゴール下はすでに熾烈なポジション取りの最中。
乃木は五百城と松尾がすでに位置取り。
対して櫻は久保にスクリーンされた山﨑が出遅れ。
しかし田村1人をスクリーンアウトしきれない。
松尾(ここに来てこの存在感!)
五百城(実際の背丈より大きく見える!)
田村(…今日私は何をした?)
ボールの軌道を目で追いながら、
強い集中の中にありながら、
何故か並列して田村の脳裏に浮かぶものがある。
森田『〇〇さんに教えてもらって、戦えるようになって嬉しいんだけど、悔しさもあるんだ』
田村『悔しいって?』
森田『私は一人じゃ何にもできない。皆を活かせても、自分を活かせないんだなぁって』
田村(そんなことないよって、言いたかった!
けど、何を言うても口先だけのような気がして、なんも言えんかった!)
一段階、強く五百城を押し出す。
田村「天ちゃん!」
山﨑「っ!」
空いたスペースへ山﨑が体を滑り込ませた。
強く押された分、五百城は強く押し返しにかかる。
その力をいなすように、山﨑が荷重移動。
五百城「っ!?」
バランスを崩した五百城のスペースに田村が移動。
松尾と田村の間に山﨑が入り、松尾のスクリーンをスイッチ。
久美「うまい!」
春日「やはりインサイドは櫻が強い!」
若林「ほぼフリーで田村がリバウンド!」
田村(小さくても戦えるって、初心者でも努力すれば報われるって、ひいちゃんは証明し続けた!
そんな姿に勇気をもらった!元気をもらった!)
高い天井。
眩いライトと、ボールだけがある視界。
リバウンドを制する者だけが見れる世界。
田村(だから次は私の番!
私がひいちゃんに勇気と元気を渡す番!)
森田『私も皆みたいにきらきら光る星になりたい』
田村(私が、私達が、ひいちゃんもきらきら光る星なんやって、証明するんや!!)
久保(取られる…。着地のタイミングでスティール狙う?)
梅澤「久保!走って!!」
その声に迷わず久保は踵を返して走り出す。
視界に映るのは既に全力で先頭を走る森田。
それに続く梅澤、大園。
久保(くそ!)
恐らく森田は信じていた。
田村がリバウンドを取ると。
増本のブロックで、スリーは入らないと。
だから既に走っていた。
田村「ひいちゃん!!」
リバウンド制した田村が、森田へロングパス。
久保達の頭上をボールが通過。
受けた森田は一直線にゴールを目指す。
梅澤(ギリギリ追いつける!)
単純な直線の速さは梅澤が上。
ドリブルに入ったことで森田は減速。
梅澤が森田に追いつくとほぼ同じタイミングで、久保が大園へのパスコースを塞ぐ。
森田と梅澤が、同時に跳躍。
梅澤(止める!)
差し出すように、ボールを持った森田の腕が伸びる。そこへ向かって梅澤も手を伸ばす。
梅澤(手から離れたタイミングで叩き落とす。ファールは取らせない!)
だが伸ばした手は空を切る。
森田が腕を引っ込めたために。
梅澤(フェイント!?)
単純な高さでは梅澤に分がある。
しかし森田を追って走り、ギリギリのタイミングで追いついてからの跳躍。
対して森田はしっかりとした助走、きちんと溜めを活かした踏切からの跳躍。
その差がそのまま、空中で戦う猶予になる。
久美「…まるで空中で止まってるみたい」
梅澤のブロックを避け、改めて森田はボールを柔らかく放り込む。
若林「ダブルクラッチ…」
パスン…と、ボールがゴールに沈んだ。
櫻ベンチ「1点差ーー!!!」
梅澤(負けた…。追いついたのに…。決められた)
久保「梅!」
振り返った梅澤に、久保からボールがパスされる。
久保「まだ1点ある!ボサッとしないで!」
動揺は消しきれない。
それでも、自分はキャプテンだから。
私情を挟んでる場合じゃない。
設楽「来るぞ!死守しろ!!」
土田「時間ねぇぞ!当たれ!!」
櫻はもうディフェンスを考えない。攻め上がった森田大園がそのままボールを持った梅澤に迫る。
梅澤久保と森田大園の2対2。
迷わず梅澤は自身から見て左の大園へ仕掛ける。
主導権は渡さない。自分から仕掛けて抜きにいく。
久保は森田の右から突破を狙う動き。
ボールキープを狙うと読んだ2人は虚を突かれる。
梅澤(コートにいる資格があるのは、勝ちに前のめりなやつだけ!)
反射的に大園は梅澤へ。
森田は久保へのパスコースを塞ぎにかかる。
春日「悪手だね」
若林「半歩遅れても森田が梅澤につくべきだった」
いともあっさり、梅澤が大園を抜く。
それが、あまりにもあっさりすぎると、普段の梅澤なら気づいたかもしれない。
ただ森田に決められ、1点差の試合最終盤。
その僅かな動揺を、大園が突く。
梅澤「…え?」
先程まで手の中でドリブルされていたボール。
それが目の前に弾き出される。
視界の端で大園がコートに倒れ込む。
大園「ルーズボール!!」
倒れ込みながら上がる声に気づく。
梅澤(わざと抜かせて、バックチップ!?)
設楽(必死になりやがって…!)
春日「驚いたが、残念だったね」
弾き出されたボールは森田と久保とは逆。
このままサイドラインを越えるかという位置。
梅澤と久保が安堵したのは一瞬のこと。
増本(今日は親分が見てるから、絶対活躍したいって思ってた!)
当然上がってくるメンバーの中、
誰よりも先に上がって来ていたのは増本。
もともと櫻で一番の俊足は終盤、
皆一様に身体が重い中、一際輝く。
菅井(行け!)
観客席で祈るように手を合わせる菅井。
大学でもプレイすることが前提で、最後まで3年が残った乃木と違い、櫻は夏で3年は引退済み。
特別尊敬し、親分と慕う菅井がみている。
それだけで増本の四肢には気合がみなぎる。
増本(今日私は、完璧になる!スピスタを超えて、スパスピスタになる!)
迷わずダイブ。
ラインを割りかけたルーズボールを、コート内に叩きこむ。
増本「頼んます!」
ボールは森田が確保。
櫻ベンチ「ナイスパスピスター!!」
そこからはほぼ思考の入る余地はなかった。
梅澤は思うより早く、森田の進路を阻む。
森田は焦らずリズムを作る。
その間に続々とメンバーが、2人を通り過ぎてゴール付近へ駆け込んでいく。
乃木は変わらずマンツーマン。
起き上がった増本が最後に2人の横を駆け抜け、完全な森田梅澤のタイマン勝負。
その瞬間、櫻は最後の手に打って出る。
〇〇「今です!!」
櫻ベンチ「領域展開!!!」
おおよそバスケットボールの場にそぐわない言葉が響く。櫻のメンバー以外、会場の全ての人間が戸惑う。それはもちろん。
梅澤(なんの指示!?)
梅澤も例外ではない。
余計な思考に集中を濁されたくない。
そんな迷いが、動揺が、この展開を生んでいる。
その自覚があるから。
梅澤(確認したい!)
フォーメーションチェンジ?
フォローアップ?
誰かが今この瞬間にもこっちに迫ってきてない?
目で見れば一発でわかること。
それでも出来ない。
梅澤(一瞬でも目を離したら、抜かれる)
知っている。
森田は、誰よりも見ている。
人の光を。
その瞬間、光る星を。
誰よりも知ってる。
あいつと同じだから。
〇〇『梅ちゃんはまっすぐ強くなればいいよ。僕みたいな小賢しい戦い方じゃなくてさ』
そんな風に思ったことは一度だってない。
周りを活かして、チームとして強くなるあいつの戦い方がかっこいいと思った。
〇〇『梅ちゃんは星になりなよ。きらきら光って、僕らみたいなやつがパスを出したくなるような…。この人にパスを出せば、なんとかしてくれる。そんなおっきい星になりなよ』
なってやろうって、決めたんだ。
梅澤(私は誰よりも、強く大きい、星になる!)
梅澤「マークチェック!!」
久保「4番OK!」
松尾「5番OK!」
五百城「10番OKです!」
賀喜「8番OK!」
ほぼ同時に飛んでくる声。
それらが左後ろから聞こえ、梅澤は迷いを断つ。
梅澤(アイソレーション!私がこの子をとめればそれでいい!!)
森田の挙動に合わせて梅澤はやや左を〆にかかる。
パスコースを塞いで、選択肢を減らす。
だがそれを見越していてか、森田は逆サイドへ迷わず切り込む。
久美「抜いた!」
若林「いや、誘い込んだ」
身体を素早く反転させ、梅澤は森田に食らいつく。
予想通り、メンバーは皆サイドへ偏っている。
純粋な1on1。
森田が先に跳躍。
梅澤は正面に陣取り、一瞬後に跳躍。
先に飛んだほうが先に落ちる。
それはごく自然なこと。
そしてリーチの差はその一瞬を容易く埋める。
若林「ダブルクラッチ対策」
春日「梅澤くんの勝ちだ!」
森田(勝ちたい!この人にだけは!)
梅澤(負けたくない!この子にだけは!)
森田(証明したい!私のこれからを!)
梅澤(証明したい!私のこれまでを!)
森田(あの人に!)
梅澤(あいつに!)
森田・梅澤(強く光る星だと、証明したい!!)
デジャヴのように、ボールを持った森田の腕が伸びる。そこへ向かって梅澤も手を伸ばす。
そして、森田が腕を引っ込める所まで同じ。
梅澤(打てないよね!?)
高さは以前梅澤が上、森田の身体が落下を始める。
引っ込めた腕がまた伸びると、梅澤はそう考えていた。ただ、そうはならない。
気づくと森田はやや半身、ゴールに対して垂直に構えている。
梅澤『なんの練習?』
〇〇『フックシュート。まだ練習中だから、お披露目は高校生になってからかな。背の高い相手と戦うなら、このくらいの手札は欲しいよね』
弧を描くように打ち出されたボールは梅澤の頭上を抜けていく。
梅澤「そんな付け焼き刃!」
入るわけない!
そう言いたかった。
それはあいつがまだやれない、
もうやれることのないプレイだから。
森田「…ちがうよ」
〇〇『ひかる、必殺技教えてあげる』
森田『必殺技!?』
〇〇『僕に教えてあげられることは、多分これが最後だけどね』
丁寧に、丹念に、研ぎ澄ました。
森田「必ず殺すと書いて、必殺技だよ」
高い弾道で進むボール。
それを見て、ベンチで藤吉は思わず呟いていた。
藤吉「眩しいくらい、綺麗」
試合終了をつげるブサーとほぼ同時。
ボールがリングを通過する。
会場「おぉおおおお!!!!」
会場全体が震えるような歓声が響く。
設楽「…日村さん、ごめんね。俺の采配ミスだ」
安定を取って、2点取ることに終始していれば勝てたかもしれない。
日村「…設楽さん、それはないんじゃないの?」
設楽「ん?」
日村「来年見据えて、賀喜に自信つけさせたかったんでしょ?そんくらい皆分かってるって」
設楽「…なんか俺が見透かされてるみたいでカッコ悪いじゃん」
日村「そこは信頼されてると思ってよ笑」
梅澤(負けた…。完全に…)
自分が止めていたら。
そんな事ばかり頭に浮かぶ。
すっと視界に手が伸びてくる。
顔を上げると、森田が握手を求めていた。
森田「…完敗でした」
梅澤「…え?」
森田「試合には勝ちました。でも勝負に負けました」
梅澤「…いや、貴女の勝ちでしょ」
森田「2回だけです。しかもどっちも1回きりの初見殺しで。ディフェンスに至っては一度も1人で梅澤さん止めれてません…」
梅澤「……」
森田「…梅澤さん、また勝負しましょう。大学でもプロでもストリートでもなんでもいいです。何度でも勝負しましょう、私負けません」
森田は櫻のベンチに、〇〇に視線を送る。
森田「プレイヤーとしても、あの人の星としても」
梅澤も同じように視線を送る。
視線に気づいたのか、〇〇は拍手している。
梅澤「…わかった。私、二度と負けない。誰にも、貴方にも。…もちろんあいつの星としてもね」
若林「たぶん先に打ったダブルクラッチの方が、森田にとっては付け焼き刃だったのかもな」
久美「…どういうことです?」
若林「後のフックシュートを決めるための迷彩というか…。結果どっちも入ったから櫻が勝ったけどな」
春日「本来の予定ではスリーポイントを一つ決めて、そこに森田くんのフックシュートだったと?」
若林「…そう。だけどスリーの目が見えないと踏んで、森田は仕掛けた」
久美「…綱渡りですね」
春日「その綱、見事渡って見せたわけだ。小賢しいねぇ…」
若林「…あれがスターゲイザーの完成形ってことか」
久美「スターゲイザー?」
若林「…さっきも、言ったけどあいつ結構雑誌の取材とか受けてたんだけど、表現が独特なんだよな。
自分のプレイスタイルについて聞かれた時に変わった言い回ししてたんだよ」
久美「どんな言い回しですか?」
春日「コートの中で光る星を探すんです。その時一番きらきら光る星を。活躍してくれそうな人、いい位置取りをしてる人、決めるぞ!って、気持ちが強い人。そういう人をパスの線で繋いで、コートの中に星座を描くイメージです。だそうだよ笑」
若林「クセが凄すぎる笑」
久美「それでスターゲイザー〈星を見る人〉ですか」
春日「一部の記者が、彼のキャラをイジってそう呼び出したんだったかな笑」
若林「…来年、自分も星になった森田が〇〇なしでどんな星座を描くのか。なかなか楽しみだな」
春日「…ま、勝つのは我々だがね」
久美「…いーなー。私もあと1年やりたかった」
若林「お前は大学でプレイすんだよ!梅澤に負けたら許さねぇからな!」
久美「…荷が重いなぁ。若林さん、ちゃんと応援来てくださいよ?」
若林「…気ィむいたらな!」
久美「なんでツンデレ…」
春日「私はお邪魔するつもりだがね!」
久美「…春日さんは別にいいかなぁ」
春日「なんちゅう事言うんだ貴様ァ!」
きらきら、光る。 END.