ほなな。
正源司「卒業おめでとうございます」
〇〇「おう!げん…髪バッサリ切ってるやんけ!」
正源司「いちいち声大きいですよ」
中学2年。
先輩の卒業式。
私はそれまでロングだった髪をバッサリと切った。
〇〇「なに…失恋でもしたん?」
正源司「違います!!……とある女優さんに憧れてです」
〇〇「へぇ……」
先輩は手をこちらに伸ばした姿勢のまま、こちらを見ている。
正源司「…なんですか」
〇〇「あ〜、いや〜、抵抗せぇへんのかなって…」
正源司「…別にいいですよ、最後だし…」
先輩は卒業後、上京して東京の高校に通う。
だからこうやって話すのも最後かもしれない。
〇〇「……」
先輩はいつもと違って、ただ私の頭に手を乗せる。
〇〇「ごめんなぁ、いっつもウザ絡みして」
正源司「…自覚、あったんですね」
〇〇「…まぁなぁ」
どうせくしゃくしゃしてくると思って、セットし直しやすいように短くしたのに、意味ないやん…。
正源司「…向こうで後輩にこんな対応したらダメですからね。嫌われますよ」
〇〇「せんわ」
じゃあ、なんで私にはするんよ。
正源司「…あの、先輩」
〇〇「ん?」
正源司「……いえ、何もないです」
今更。
何を言ったって何も変わらない。
答えがどうだって辛くなるだけやし…。
〇〇「……あ、そうそう」
先輩はネクタイを外すと、私に突き出す。
〇〇「源司、これ貰っといてくれ」
正源司「…はぁ?」
なんで。
そんなことすんの。
〇〇「帰る時ネクタイつけっぱやと、カッコつかんからなぁ笑」
正源司「……先輩モテないですもんね笑」
〇〇「やかましいわい」
さみしくなっちゃうやん。
正源司「じゃあ、もらっといてあげます」
〇〇「ん」
いつも通り、また明日会うかのように笑って。
〇〇「ほなな!来年もがんばれよ!」
手を振って離れていく。
正源司「…はい、先輩もお元気で」
マスクの下で唇を噛んで、私はピースサインする。
どうせ離れるなら、何言ったって後悔するだけ。
なら、これでよかった。
何も言わなくていい。
その夜、私はネクタイを握りしめながらベッドでめそめそと泣くしか出来なかった。
これじゃ、失恋して髪を切ったのと何にも変わらないかもしれない。
また、この髪が伸びる頃には、全部忘れられたらいいのに。
〜〜〜〜〜
誤算だった、というか、思っても見なかった。
まさか自分も、中学卒業と同時に家庭の都合で上京することになるなんて。それもまさか…。
〇〇「やっぱ源司やん!!!」
正源司「うっ…」
出来ればもっと心の準備が出来てから会いたかったのに…。何故か先輩は入学式に出席していた。
〇〇「髪伸びたなぁ!」
正源司「そこまでは伸びてないです…」
〇〇「そう?」
正源司「1年だけですよ、会わなかったの」
〇〇「前は毎日のように会ってたからなぁ」
正源司「なんで入学式に居るんですか…」
〇〇「俺、今年生徒会副会長やねん」
正源司「えっ…」
正直意外…。
???「〇〇くん?」
〇〇「あっ、小坂さん!お疲れ様でした」
先輩に声をかけたのは式で在校生代表として挨拶した生徒会長さん。
小坂「お疲れ様。お知り合い?」
優しく笑いながら、私と先輩に視線を送る様子がなんだかすごく可愛らしい。
年上の人に言う言葉ではないかもしれないけど。
〇〇「中学時代の後輩なんです。今年上京してきて…」
小坂「あっ、そうなんや。じゃあ関西?」
正源司「あ、はい、そうです」
小坂「そうなんや〜。あ、改めまして生徒会長の小坂菜緒です。よろしくね」
正源司「よ、よろしくお願いします。正源司陽子です…」
小坂「また、関西仲間増えるな?笑」
〇〇「ですね笑」
正源司「……」
小坂「じゃあ、先戻るな?お疲れ様」
〇〇「はい!お疲れ様でした!」
小坂さんの背を見送る先輩は、なんか嬉しそうで。
〇〇「…よし、源司!俺も改めてよろしくな!」
と、手を伸ばしてきたので、ガードした。
正源司「髪、乱れるからやめてください…!」
〇〇「えー!?」
正源司「なにがえー!?ですか…!」
〇〇「前は抵抗せんかったやん!」
正源司「前は前だし、今は今!」
ふと、先輩の後ろ、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の奥。校舎側からこっちを見ている人がいる。
派手な髪色。怒られないのか気になるくらい。
やや鋭い眼光の、整った顔立ちの美人な人。
〇〇「ん?」
私の視線が気になったのか、先輩も私の見る先へ振り返る。
〇〇「おー!村山ー!補習かー!?」
村山「っ!」
村山と呼ばれた人は先輩と目が合うと、少し驚いて、すぐ視線をそらすと踵を返して校舎へと消えていった。
〇〇「無視しよったなぁ…」
正源司「えーっと…」
〇〇「あ、あいつ同級生」
先輩はすっと私から離れる。
〇〇「じゃあ俺行くわ!」
正源司「えっ!?」
先輩は小走りに校舎へ向かい、途中で振り返る。
〇〇「ほなな!」
それだけ言うと、振り返りもせず去っていく。
正源司「…」
私も思わずその背を追って、村山さんと合流した先輩を見て、足を止めた。
〇〇「村山ぁ!無視すんなや!」
村山「…なんか喋ってたじゃん」
〇〇「挨拶されたら挨拶返さんかい」
村山「…ちゃんと勉強はしてるんだから、プライベートまで関わってこないでよ」
〇〇「素行不良が治るまではお小言が止まる日はないと思え…!」
村山「……ウザ」
〇〇「なんとでも言え!」
私の知らない1年で、先輩にはどれだけの出会いがあったんだろう。
私が居ない1年で、先輩にはどれだけの“特別”が出来たんだろう。
私に触れるんなら、
私以外に触れないでよ。
私だけじゃないんなら、
私だって、簡単に触れさせないからね。
私を特別扱いするんなら、
私以外を特別扱いしないでよ。