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出張喫茶チャイティーヨ 表現と君達と。

臨時の設備点検のため、開店以来初めての週末休業を経たチャイティーヨ。週明けとともに営業再開。
お昼の名物、さくらさんのカレーも今日から仕込み再開の為、本日はランチタイムもお休み。
この日は常連さんも、ご新規さんもお店の心配をしてくださる方が多くて、チャイティーヨを愛してくださってるんだなぁと実感して嬉しくなるし、そんな素敵なお店の一員であることを誇らしく思える。

飛鳥「〇〇」

お客さんが一段落した所で、飛鳥さんが声をかけてくる。

飛鳥「それ、大丈夫?」

飛鳥さんは僕の左手、珍しく黒いニトリル手袋を着用している、を見て言う。

〇〇「いやぁ、夢中でやってたら豆できちゃって」

弓道の大会誘ってくれて、そこで活躍する和ちゃんの姿。久しぶりに訪れたライブハウスBuddiesでの、飛鳥さん達との練習。そこで再会した夏鈴ちゃんと天ちゃん達との会話。ダンス部見学のお誘い。
あの日はとにかくたくさんのことがあって。
だからこそ、余計なことを考えずに済んだ。
けど、家で一人ギターを弾いていると、ジワジワと見えない怪物が僕にまとわりついてくる。その影を振り払うように僕は無心でギターを弾き続けた。
その結果は指先に形となって現れていた。

〇〇「懐かしい気分ですね」
飛鳥「…わざわざ言わなくてもわかると思うけど、無理させるために練習の場、作ったわけじゃないからね」
〇〇「わかってますよ。本当に感謝してます」
飛鳥「…あっそ」

飛鳥さんはそう言ってしばらく僕の手を見つめて、

飛鳥「〇〇はスキルアップやキャリアアップについて考えたことある?」
〇〇「急ですね…。まぁ、出来ることは増えたほうが皆さんのお手伝い出来ていいとは思いますけど…」

基本的にチャイティーヨは、スタッフそれぞれに持ち場がある。分業制と言ってもいい。
お昼から夕方はバリスタの飛鳥さん、ホールと雑務の僕、キッチンさくらさん。僕が出勤するまではお二人でホール業務も担ってる。
夕方から夜はバリスタの飛鳥さん、ホールと雑務に時折バーテンダーの僕、キッチン美波さん。
そんな具合でポジションは固定。
それを不満に思ったことはないけれど、どこでもできれば、手が空いてる時にもっと他のポジションのお手伝いもしやすいだろう。よりよい職場へ移るためのキャリアアップは微塵も考えたことはないけど、みんながより働きやすい環境にするためのスキルアップならいくらでもしたい。

飛鳥「ありがたいことにチャイティーヨも安定した営業ができてるし、そろそろ労働環境に手を入れるのもいいかと思ってさ」
〇〇「ほう?」
飛鳥「来年の春くらいに、1人アルバイト増やそうかなって…」
〇〇「おぉ…!」
飛鳥「何その反応は笑」
〇〇「いやいや、お気になさらず」
飛鳥「そのバイトの子に1ポジション任せられるようになれば、もう1日くらい皆に週休あげられるし、今の〇〇みたいに怪我とかあった時も休みやすいしさ…」

ちらり、と僕の顔を見る飛鳥さん。

飛鳥「そのためには、〇〇にもキッチンの業務とか出来るようになってもらわなくちゃいけないんだけど…」
〇〇「任してくださいよ」
飛鳥「…いいの?」
〇〇「いいに決まってるじゃないですか」

水臭いにもほどがある。

〇〇「そんな遠慮はなしですよ」
飛鳥「…そっか。わかった」

飛鳥さんは納得したように何度か頷いた。

〇〇「もしそれなりに引き継ぎの期間いただけるなら、新人さんの教育係もやりますよ。なんてったってチャイティーヨで一番長くホールに立ってる男ですからね」
飛鳥「はいはい、気が早い」
〇〇「笑」
飛鳥「…もし〇〇が興味あるなら、バリスタ業務も教えるよ。営業後とか、定休日とかに」
〇〇「え、いいんです?僕としては飛鳥さんにももう一日くらい休んでほしいんでありですけど、そのために業務時間長引いたり、お休み潰しちゃったりするのは心苦しいですよ」
飛鳥「うーん…、休みはどっちでもいいんだけど…」

飛鳥さんは少し悩んで、

飛鳥「まぁ、気の早い話か。一旦忘れて。またその時考えよ」

それだけ言って、いつものスペースへ。
やや、消化不良であるものの、確かに気の早い話なので、言われた通り一度忘れるとしよう。

さくら「飛鳥さん、楽しそうだね」

いつの間にか、キッチンから顔を覗かせていたさくらさんが、ご自身も楽しそうに言う。

〇〇「そうですね。やっぱお店好きなんですね」
さくら「そうだね…。それに頼りにしてるんだと思うよ、〇〇のこと」
〇〇「それは…嬉しいですね、すごく」

本当に恩人も恩人だから。
そんな人から頼られたり、信頼してもらえるのは本当に嬉しい。
応えていきたい。
喫茶のスタッフとしても。
期間限定かもしれないけど、
バンドメンバーとしても。

〜〜〜〜〜〜

美波「それで、あの後どうだったの?」

営業終了後、カウンターに並んで賄いを食べていると美波さんが言う。

〇〇「あの後って言うと、Buddiesのことですか?」
美波「そうそう。えーと…」

何かを思い出すように視線を彷徨わせる。

〇〇「天ちゃんと夏鈴ちゃんですね」
美波「そうそう!」

そうだったそうだったと、美波さんは頷く。

美波「ちゃんと話できた?」
〇〇「えぇ、駅につくまでの間だけですけど、ちゃんと謝って、改めてよろしくって伝えられました。ありがとうございました。色々やってもらったのに最後までわがままきいてもらって…」

きちんと最後までご一緒するのが礼儀かな、と思いもしたのだけど、あの日のことを思うと、2人に最後まで言葉を尽くしたかった。なぁなぁにしたまま、それっきりになってしまったことが、どうしても気になったから。

美波「別にそんなこと気にしなくていいよ笑 ねえ、飛鳥さん」
飛鳥「ん…」

急にふられた飛鳥さんはしっかり飲み込んでから、

飛鳥「別に感謝させようとやってるわけじゃないから気にしなくてよし」 
美波「だって笑」
〇〇「笑」

気遣いが、優しさが、嬉しい。
そういう人達と一緒にいるに相応しい人間でありたいなと、そう思う。

〇〇「そこで話したんですけど、今度久しぶりに母校に行きますよ」
美波「?」
飛鳥「?」

おっと、話を端折りすぎたな。

〇〇「えっと、2人は高校、僕と同じなんですよ。それで、2人共ダンス部なんですけど、今度見学来ないかって誘ってもらって」
美波「へぇ〜、すっかり仲直りって感じだね」
〇〇「そうですね、ありがたいことに」
飛鳥「それで、母校に凱旋と」
〇〇「別に戦いには勝ってないですけどね笑 その日は体育館使えるらしくて、次のイベントで披露するのを、何曲か見せてもらえるらしいです」
飛鳥「その日は休みとる?」
〇〇「いえいえ、次の定休日なので大丈夫ですよ。ありがとうございます」
飛鳥「…そっか」

〜〜〜〜〜

〇〇「それじゃ、お疲れさまです」
飛鳥「あ、〇〇。1杯だけ付き合って」
〇〇「はい、喜んで」

着替えを済ませて、帰り支度を整えた僕は、飛鳥さんのお誘いに喜んで乗る。ただ、いつもなら着替えなどを済ませる前の事が多いので、少し意外。

飛鳥「お疲れ」
〇〇「お疲れさまです」

軽くグラスを掲げる乾杯。

〇〇「営業、問題なく再開できて良かったですね」
飛鳥「…ん」

グラスの氷を指でくるくると回す飛鳥さん。
たぶん、再開を喜んでってだけじゃない。
何か、言いたいこと、話したいことがあるのかな。

〇〇「何かありました?」
飛鳥「あ〜いや、そういうわけじゃなくて」

少しの間、うーんと悩んでいる様子の飛鳥さんだっけど、意を決したように立ち上がる。

飛鳥「ちょっと待ってて」
僕「?」

戻ってきた飛鳥さんの手には、名刺らしき紙束と一本の鍵。

飛鳥「これ」

その2つを僕の前に置く。
名刺は喫茶チャイティーヨのもの。
よく見る、裏に“店主 齋藤飛鳥”と書かれているアレだろう。印刷されたものが納品される時のビニールで包まれた状態だ。

飛鳥「裏、見てみ」

言われた通り、束ごと裏返してみる。
“スタッフ △△〇〇”

〇〇「うわぁ…」

なんだろう。
この感覚は。
うまく言葉にできない。

飛鳥「そろそろ、あってもいいかなって。いずれは必要になると思うし」
〇〇「ありがとうございます。嬉しいです…」
飛鳥「本当は今日言った新体制になってからかなとも思ったんだけど…」

飛鳥さんは照れくさそうにそっぽをむく。

飛鳥「…ちょっと気が早くなった」

珍しく自分の勇み足を認めながら、飛鳥さんは鍵を指差す。

飛鳥「それはチャイティーヨの合鍵」
〇〇「えっ…」
飛鳥「それも新体制になってからかなと思ってたんだけど、ダンス部の見学の時、差し入れ持ってくんでしょ?」
〇〇「はい…、そのつもりですけど」
飛鳥「何人居るか知らないけど、家のキッチンじゃ厳しいでしょ。戸締まり、火の元、衛生、ちゃんとできるならここの設備使っていいよ」
〇〇「……」

ぐわっと視界が滲む。

飛鳥「ちょっと!?なんで泣いてんの!?」
〇〇「す、すいません。その感極まっちゃって…」

泣きたいわけじゃないのに、何故かボロボロと涙がこぼれてくる。

〇〇「あの、その、嬉しくて…。信用されてるんだなって…」
飛鳥「はぁ?信用できないやつならそもそも雇ってないから…」

当たり前のことなんだけど。
けど、やっぱり嬉しいもんだ。

飛鳥「しょうもないことで泣くなよ…」
〇〇「すいません、僕にとっては結構大事で…」
飛鳥「これから先、身が持たないでしょ」

僕は袖でゴシゴシと目元を拭う。

飛鳥「これからドンドン任せること増えてくからね。いちいち泣いてたらキリないから」
〇〇「はい…頑張ります」
飛鳥「…頼りにしてんだからさ」
〇〇「はい…ありがとうございます」


〜〜〜〜〜


飛鳥「はぁ…」

〇〇を店の外まで見送った飛鳥さんが戻って来る。

飛鳥「焦ったぁ…」

着席するなりカウンターに突っ伏す。
またお悩みモードらしい。

美波「いやぁ、盛大に泣かせましたね」
飛鳥「泣くとは思わないじゃん!」

バッと顔を上げる飛鳥さん。

飛鳥「確かにちょっと重たいかもなとは思ったけど、泣くほどのこと!?」
美波「嬉しかったんですよ、それだけ」
飛鳥「だったら普通に喜んでよ…」

泣かせたいわけじゃない…。
と消え入りそうな声で呟く。

美波「ちゃんと伝わってますよ」
飛鳥「自信なーい…」
美波「大丈夫ですって」
飛鳥「……」
美波「明日にはまた、元気いっぱい張り切って働いてますよ、〇〇は」
飛鳥「だといいけど…」
美波「大丈夫です。私が保証します」
飛鳥「はいはい…」

たくさん貴女に支えてもらったから、
初めてのことばかりで悩む時は、私が支えますよ。
それぐらいの事なら、今の私にもできるから。
〇〇が貴女にたくさん恩を感じてるみたいに、私もさくも、貴女に恩を感じてますからね。

美波「さぁ、着替えて帰りましょ!」
飛鳥「は〜い…」


〜〜〜〜〜

翌日の喫茶チャイティーヨはランチタイムから営業。僕が出勤してからも客足は安定していて、すっかりいつものチャイティーヨ。ここ最近は嬉しいことばかりで心が軽い。
より一層気合が入るというもの。
昨晩泣いてしまったせいで、飛鳥さんは心配そうだったけど、なんならいつもより元気な僕をみて少し安心したらしい。閉店の頃にはすっかりいつもの飛鳥さんに戻っていた。

〇〇「それじゃ、明日、設備お借りします」
飛鳥「ん。チャイティーヨとして恥ずかしくないものを出すように」
〇〇「はい!頑張ります!」
美波「山と与田には連絡しておいたから。まとめて山の所で受け取れるようにしておくってさ」
〇〇「ありがとうございます!助かります!」
美波「後は〇〇の腕次第だね。健闘を祈る!」
〇〇「はい!ではお疲れさまでした!」

お二人の気遣いに感謝して、僕は店を後にする。

翌日。

講義終了後、実家から回収してきたオンボロの自転車を走らせ、僕は街を駆ける。
カゴには八百屋さんで買ったフルーツ。
通い慣れた道を初めての自転車で進んでいると、その人は僕の姿を見付けて大きく手を振る。

美月「〇〇〜!」
〇〇「美月さん!わざわざありがとうございます!」

自転車を止めて、美月さんから食パンと生クリーム、マスカルポーネチーズを受け取る。

美月「なかなか大変そうなの選んだね」
〇〇「喜んでもらえるといいんですけど」
美月「大丈夫!うちのパンも含めて、美味しいものしか入ってない!」
〇〇「美月さんのそういうトコ大好きです笑」
美月「お、付き合っちゃう?」
〇〇「いやいや、僕なんかじゃとても美月さんに釣り合わないですよ笑」
美月「振られたか〜笑」
〇〇「笑」
美月「じゃあ気をつけてね!」
〇〇「はい!ありがとうございました!」

僕は再び自転車を飛ばして、チャイティーヨへと向かう。邪魔にならないように敷地内に自転車を止めて、飛鳥さんから受け取った鍵でドアを開ける。
不思議な高揚感がある。
なんだろうこの無敵感。

〜〜〜〜〜

再び僕が自転車に跨ったのはそれから数時間後。
約束の時間には間に合う。
ゾーンというのはこういうことかと思うくらいには、いい仕事ぶりだったと自画自賛したい。
キャンプにハマっていた時期があるという美波さんからお借りした、大きいクーラーボックスと大きな水筒数本は、なかなかの大荷物だがやりきった達成感の証明とも言える。
すぐに懐かしい道が見えてきて、僕はなんとも言えないな気分になる。あの頃毎日通った道で、僕はどんなことを考えていたっけ。
そんな道を僕は年下の友人達に会うため、喫茶店の店員としての矜持めいたものを背負って進む。
あの頃には想像もできないことだ。
下校する生徒達がちらほらといる中、門をくぐって来賓用の駐輪場に自転車を停める。
まずは職員室へ行って、澤部先生に挨拶。
そのまま一緒に体育館に向かう手筈になっている。
知ってる先生居そうだなぁ…と、ちょっと緊張しつつ、校内に入り、職員室を目指す。
階段を上り、職員室の入口が見えてきた頃、急に背後から声をかけられる。

???「…〇〇か?」
〇〇「…ご無沙汰してます、設楽先生」

振り返ると、3年時の担任、尚且つ軽音部の顧問である設楽先生が立っている。

設楽「お〜、やっぱそうじゃん!マジでイメチェンしてんじゃん!」
〇〇「あ〜、はい。そうっすね…」
設楽「おう、ちょっとこっちこい」

そう言うと返事も聞かずに僕の首根っこを掴んで引っ張っていく。

〇〇「先生…コンプラコンプラ」
設楽「うるせぇな。学校では教師がルールなんだよ」

この人が言うと冗談に聞こえない。
結局職員室横の応接室に放り込まれる。

設楽「で、今日はどうしたよ。水曜は軽音部休みだろ。もう忘れちゃったかぁ?ん?」

完全に煽りなんだよなぁ…。

〇〇「忘れてませんよ…。今日は別件です」
設楽「なんだ、彼女のお迎えにでも来たのか?」
〇〇「いませんよそんなの」
設楽「あれ…お前中西と付き合ってんじゃないの?」
〇〇「付き合ってませんよ!どっからそうなるんですか!」
設楽「あいつがつけてんの、お前のネクタイだろ?」
〇〇「…はい」
設楽「あいつが部にあんまり、顔出さなくなったの、お前がいないからじゃないの?」
〇〇「…かもしれないです」
設楽「…で、付き合ってないの?」
〇〇「…付き合ってないです」
設楽「なぁんだよ俺てっきりお前ら付き合ってると思ってたよ!」

アルノが、勘違いされてるの先生のせいじゃないだろうか…。

設楽「まぁ、中西からお前のことはちょこちょこ聞いてるよ。いや、聞き出してるって言ったほうがいいか」

尋問でもしてるのかな?

設楽「…悪かったな。しんどい時、力になってやれなくて」
〇〇「…僕が勝手にしんどくなっただけですよ」

頼ろうと思えば頼れたはずだ。
周囲に誰もいないなんてことはなくて。
僕は望んでそうした。
あの時最初に思い至ったのは家でも学校でもなく、チャイティーヨだった。

設楽「まぁ、そういう時助けてくれるやつらがいたってのは聞いてるよ」

アルバイト先に入り浸って、あの日に関しちゃ無断外泊したし、世間体はよくないだろう。

設楽「…よかったな。本気で信用できるやつなんて、欲しいと思ってもそうそう見つかんねぇから」
〇〇「……」

こういう人だったな。

設楽「親だろうが教師だろうが関係ねぇよな。自分だよ。自分が、信じるならコイツだ。って本気で思えるやつのことだけ信じとけ。外野がギャーギャー言おうが気にすんな」

ピアスに長髪の僕を、個性の範疇と言い切る人。
部活もそこそこにバイトばかりの僕を、社会勉強の一環と言い切る人。
それでもキチンと出席することと、それなりの成績を出すことが僕自身のあり方を守る唯一の方法だと教えてくれた人。

〇〇「人に恵まれてきたなって、そう思います」

自分1人ではどうにもならないこと。
そういうことに直面した時、助けられてここまで来たなって。

設楽「なら大事にしろよ?お前がそいつらを裏切るようなことは絶対すんな」
〇〇「はい」

僕自身が僕自身のあり方だと信じてきたものは、実際には幻想で。ある意味で、僕自身が僕を裏切るような形になってしまって。
そうまでして貫いてきたものがなくなった時、それを貫くために力を貸してくれた人達に申し訳ない気持ちになった。
くだらないことに付き合わせてしまったなって。

設楽「まぁ、元気そうで安心したわ」
〇〇「はい…」

でも、それこそ僕の幻想だ。
みんなそんな狭量じゃない。

設楽「で、結局お前今日何しに来たの?」
〇〇「今更…。ダンス部の見学ですよ」
設楽「あー、なんか澤部が言ってた気がすんな」
〇〇「ちゃんと聞いてあげてくださいよ」
設楽「えっ、なに、今はダンス部のやつ狙ってんの?」
〇〇「狙ってないですよ!!」
設楽「冗談だって笑」

冗談に聞こえないんすよ。

設楽「たまには軽音部にも顔出せよ。今年の1年にはお前のこと、校則なんてくそくらえってタイプの一匹狼なギタリストって言ってあるから」
〇〇「マジで来れなくなるからやめてください!」

そんなやつの彼女だと思われるアルノが可哀想すぎる。


〜〜〜〜〜


〇〇「すいません、ぎりぎりになっちゃって」
澤部「おー、もうそんな時間か」

改めて職員室で澤部先生と合流。
連れ立って体育館へと向かう。

〇〇「途中設楽先生に捕まりまして」
澤部「言い方!笑」
〇〇「相変わらずな感じで安心というか、不安というか…」
澤部「まぁ、良くも悪くもブレないからなぁ、あの人」

生徒からの支持は厚いけど、PTAとかからは時折結構な物言いがあるらしいからなぁ。
そんな話をしていると、あっという間に体育館に到着。こんな近かったかな。懐かしい。

澤部「おはようございまーす」
〇〇「失礼しまーす」

ドアを開けると、準備運動をする女子達。

ダンス部一同「おはようございます!」

僕達の姿を見ると、元気に挨拶。

天「来たなぁー!」

天ちゃんがニッコニコで走り寄ってくる。

〇〇「来たよ。約束だからね」

笑顔満開の天ちゃんの後ろから、夏鈴ちゃんが軽く会釈してくる。

〇〇「夏鈴ちゃんもお疲れ」
夏鈴「お疲れさまです。…荷物すごいですね」
〇〇「差し入れ。みんなで食べて」
天「えぇーー!?なんですか!?」
〇〇「後のお楽しみ」
天「みんなー!差し入れあるってー!」

わっと盛り上がる女子高生。
青春だなぁ。
天ちゃんほど大きなリアクションはないけど、差し入れが何なのか気になって、ちょっとソワソワしてる夏鈴ちゃん。普段はちょっと、落ち着きすぎかなってくらいだけど、たまに見える年相応な所に安心する。

澤部「はいはい集合〜。」

澤部先生の号令で集まるダンス部員。
そして、

???「どうもはじめまして」
澤部「外部指導員のTAKAHIRO先生」
TAKAHIRO「上野隆博と言います」
〇〇「はじめまして、〇〇です。なんか納得です」
澤部「なにが?」
〇〇「いや、澤部先生がダンス教えてるとは思えなくって…」
澤部「その通りだけど、なんかイジってない?」
〇〇「いえいえ、とんでもない」
澤部「はいはい。じゃあTAKAHIRO先生、あと頼みます」
TAKAHIRO「はい」
〇〇「あれ、行っちゃうんです?」
澤部「俺にできることないからなぁ…」
天「まぁ…いつものことだから」
澤部「言い方!」

結局体育館を出ていく澤部先生を見送ると、TAKAHIRO先生がみんなに声を掛ける。

TAKAHIRO「じゃあゲストも到着したし、着替えよう」
ダンス部員一同「はい!」
〇〇「着替え?」
天「楽しみにしててくださいよ」

まるでいたずらでも仕掛ける子供みたいな笑顔で、天ちゃんは更衣室へ向かう。
部員達がみな更衣室へ向かってしまったので、僕とTAKAHIRO先生の2人になる。

TAKAHIRO「少し話そうか」
〇〇「はい」

体育館の隅に荷物をおいて、僕とTAKAHIRO先生は壁にもたれかかった。

TAKAHIRO「急に山﨑が人を呼びたいって言い出してね」
〇〇「なんかすいません…」
TAKAHIRO「いやいや、いいことだと思ったんだ。後は細かい所を詰めるくらいで、客観的な視線がある方が彼女達にもいいと思っていたから」

僕みたいなダンス素人が見てわかればいいけど。

TAKAHIRO「久しぶりにあった先輩に見てほしいって言うから、てっきりダンス部のOGかと思ってたんだけど、詳しく聞いたらバイト先のライブハウスによく来てる人だって」
〇〇「はい。軽音部に入ってて、在学中はよくギターを弾いてたんです。卒業してからちょっとしたきっかけで、全然弾かなくなっちゃって…。先週久しぶりに行って…」
TAKAHIRO「まぁ、嬉しそうに話してたよ。すごく楽しそうにギターを弾くから、見ててこっちまで楽しくなる人だって」
〇〇「なんか照れますね笑」
TAKAHIRO「…けど、久しぶりに会ったら苦しそうにしてるから心配。って藤吉が」
〇〇「……そうですね」

夏鈴ちゃんがあの日、凹んだ僕に声をかけてくれたことを思い出す。
夏鈴ちゃんなりに心配してくれていた。
安心させるために、心配をかけてしまってるな。

〇〇「当時はなんのためにギターを弾くとか、音楽をやるとか、考えたことなかったんです」

思い出すように、たどたどしく。

〇〇「それが当り前で。楽しくて。けど、今は第一に、皆に大丈夫だよ。もうちゃんと前を向いて歩いてるよって伝えたくて、ギターを担いでるのかもしれません。…不純ですかね?」

じゃあ、大丈夫って伝え終わったら、僕にとってギターはもう不要になる?
それからすることは、もう何も無い?

TAKAHIRO「…僕はダンスでも音楽でも、芸術的な分野は何かを表現する為のツールだと思う」

僕にとって表現したいことって…。
僕自身の欲求として、あるのかな?

TAKAHIRO「でもそれが全てとも思わない。誰だって、伝えたいことがあっても、それを具体的な形にできない時はあるものだから。実際、僕らは言葉にできない何かをダンスという形で表現しているわけだし」

それは、そうだ。
言葉だって、万能じゃない。
勿論、ダンスも、音楽も。
細かいことは伝わらないかもしれない。
けど、伝わるものもある。
だから、難しく考えなくても、それでいいとおもえたんだろう。あの鮮烈な日々は。

TAKAHIRO「君は何かきっかけがあって、少し体を休める必要があったのかもしれない。
伏竜鳳雛。
今の君は、地に伏せて傷を癒しながら、舞い上がるための風を待ってる。その時が来たら、その風に乗って大きく空へ羽ばたいていけばいい。
どこへ行くか、どうしたいかは、空高く舞い上がって、広い世界を見てからでも遅くはないよ」
〇〇「すごい過大評価な気がしますけど笑」

僕が竜や鳳凰とは、いくらなんでも買いかぶりだ。

TAKAHIRO「うちのフロント達は、少なくとも君をそれくらい評価してるように思えるよ」
〇〇「…ありがたいですね」

あの頃に戻りたいわけじゃない。
でも、あの頃の懸命さや、無我夢中さ。
ただただ楽しいに没頭していた頃の熱があれば、僕は自然と皆に、笑顔で大丈夫って姿を見せれる気もする。どこまでもどこまでも、飛んでいけそうなあの頃の熱。
僕は地に伏しながら、その熱という名の風を待っていたのかな。みんなの挑む姿から滲み出る熱という名の風を。

“俺はおれをとりもどすのをじっと待ってる”

そうか。
そうだったな。

〇〇「…ありがとうございます。何か、光明が見えた気がします」
TAKAHIRO「どういたしまして。…1人の表現者として、再誕の一助に慣れたことを光栄に思うよ」
〇〇「…人間が出来すぎてませんか?」

なんかそのへんの先生より、真っ当に先生なんですけど?


〜〜〜〜〜

天「どーですか!?」

衣装に身を包んだ天ちゃんが、待ちきれないとばかりに感想を問うてくる。衣装がよく見えるようにくるくる回るおまけ付き。

〇〇「カッコいい!!」
天「でしょでしょ!?」

ダンス部らしい衣装なんて僕には分からないけど、イメージと違ってなんだかスタイリッシュでカッコイイ感じだ。

〇〇「自分の語彙力のなさが悔やまれるよ」
天「なんかよくわかんないけど、褒められてるっぽい!」
〇〇「うん、もうちょっと勉強もしよう?」
天「ごいりょくってわかる?」
夏鈴「…わかるよ。語彙力くらい…わかるよ…」

本当か…?

〇〇「夏鈴ちゃんも似合ってるね」
夏鈴「…ありがとうございます」

ちょっとほくそ笑んでいるので、多分満更じゃないんだと思う。

〇〇「こうしてみるとやっぱ2人共スタイルいいよね。背も高いし、顔ちっちゃいし、手足長いし」
天ちゃん「ふふふ…」

褒められゲージがカンストしたのか、もはやドヤ顔でニヤニヤするしかない天ちゃん。
褒め甲斐があるなぁ。
一方、夏鈴ちゃんはスッと天ちゃんの後ろに隠れる。

夏鈴「…えっち」

なんでやねん。

〇〇「いやいや、そんな目で見てないからね?」
天ちゃん「そんな目で見てたんですか!?」
〇〇「いや、だから見てないって。聞いて?」
天ちゃん「も〜!〇〇さん意外とむっつりなんですね!」
〇〇「やめて、マジで。知らない子ばっかりだからね?」

変な先入観を与えないで。

天「どーせみんなに言ってるんでしょ?」
〇〇「どんなイメージなの…」
夏鈴「…チャラい」
〇〇「うぅ、夏鈴ちゃんに言われると来るものがあるな…」

まぁ、ノリはわたアメくらい軽くっていうのがモットーなので、ある程度やむをえないのだけど。

天「彼女取っ替え引っ替えしてないでしょうね?」
〇〇「期待に添えないで申し訳ないけど、生まれてこの方彼女なんていた事ないよ」
夏鈴「えっ…」
〇〇「えっ…の一言が重いよ夏鈴ちゃん」
天「…マジで言ってます?」
〇〇「…なんでそんな悲しい嘘つかなきゃいけないのさ」

君達、自分らでそういう空気にしといて引くのはなしだよ。

天「へぇ〜…」
夏鈴「……ふふ」

なに、その感じ。
そんなに人がモテないのが面白いかい?

TAKAHIRO「はい、青春トークもいいけど、そろそろ始めようか。皆が待ってる」
天夏鈴「すいません!」

2人は皆の下へ駆け戻る。

天「まあ、見ててくださいよ!」

夏鈴ちゃんも、その言葉に頷いて位置につく。

TAKAHIRO「じゃあ本番同様に3曲続けて。正しく踊るだけじゃなくて、どう見られるかも意識して」
ダンス部一同「はい!」

皆がこちらに背を向ける中、夏鈴ちゃんだけが僕らの方を向いている。自然と目が合う形。
相変わらず、その表情からは感情を読み取れない。
曲が流れ出す。
ベースのスラップが特徴的なイントロだ。
少しずつ皆が動き出す。
小さなジャンプから、床を叩くストンプの音が響く。

僕の語彙力とダンス知識では到底、巻き起こっていく全てを言葉にすることはできなかった。
そんな、圧巻の展開だった。
その真ん中で踊る夏鈴ちゃんは、僕の知る夏鈴ちゃんと同一人物か疑いたくなるほどの迫力で、僕は開いた口が塞がらない。
こんな顔をするんだな。
こんな風に踊るんだな。

曲が止まると、すぐにポジションがかわり、すごく小柄な子がセンターに立つ。
続けてかかる楽曲はダンスミュージックらしい、重低音が響く。
先ほどとはまた違う雰囲気で展開されるダンスに、僕は徐々に夢中になっていく。
踊りだすとその小柄さを感じさせない存在感を遺憾なく発揮するセンターの子。気づくと夏鈴ちゃんや天ちゃんを探すことを忘れてしまうくらい。

更にポジションが変わり、天ちゃんがセンターに。
明確に、僕へ視線飛ばして不敵に笑う天ちゃんに、らしさと形容しがたい頼もしさを感じる。
ギターの音が響くイントロ。
体中から迸るようなこのオーラと言うか、纏った雰囲気は、普段の天真爛漫な彼女からは想像できないくらいカッコイイ。
才気煥発ってやつだろうか。

アウトロのギターが鳴り止む頃、僕は自然と力強く拍手していた。

〜〜〜〜〜

天「どうでした〜?」
〇〇「いや、めちゃくちゃカッコよかったよ」

あれから、実際に衣装を着て踊ることで生まれるシルエットの差から生まれるニュアンスの誤差を調整したり、細かい部分を詰めながら、何度も踊る彼女達を見逃すまいと、ただただ僕はその光景を目に焼き付けるしかなかった。

〇〇「ほんと、もっと早く見学来ればよかった」
天「ホントですよ」
〇〇「返す言葉もない」

結局最後まで見学し続け、着替えを済ませた皆と体育館の床に座り込んでいる。

〇〇「良いもの見せてもらったよ。そのお礼も兼ねて…」

僕は立ち上がって、みんなに聞こえるように少し声を大きくする。

〇〇「みなさん!お疲れ様です!差し入れ、良かったら召し上がってください!」
ダンス部一同「ありがとうございます!」

僕はでかいクーラーボックスからタッパをドンドン取り出して、何組かに分かれた面々に、タッパと水筒を手渡していく。

〇〇「天ちゃん達の分ね」

タッパと水筒を2人の前にも置く。

天「開けていいですか!?」
〇〇「どーぞ」

ワクワクの天ちゃんと、それを覗き込む夏鈴ちゃん。

天「フルーツサンド!!」
〇〇「でーす」

僕は紙コップに、珈琲を注ぎなから返事をする。

夏鈴「わざわざ買ってきたんですか?」
〇〇「ううん、自作だよ」

驚いた様に目を丸くする2人。

〇〇「いい反応だなぁ笑」

思わず笑ってしまいながら、2人の前に珈琲を置く。

???「あの、ご一緒していいですか?」

小柄な女子が1人、声をかけてくる。

〇〇「もちろんどうぞ、森田さん」
森田「あれ、名前…」

森田さんは天ちゃんと夏鈴ちゃんを見る。
2人はふるふると首を振った。

〇〇「ごめんね。踊ってる時にTAKAHIRO先生に聞いたんだ。2曲目のセンターで踊ってる子はなんて子ですかって」
森田「あぁ、なるほど」
〇〇「小柄なこと忘れちゃうくらい、すごい存在感だった。僕はダンスのこと詳しくないから、難しいことはよくわからないけど、そんな僕でもセンターを任されるのはこういう子なんだなって思ったよ」
森田「ありがとうございます笑」
天「…」
夏鈴「…」

そんな話をしていると、何故か天ちゃんと夏鈴ちゃんは顔を見合わせて頷き合う。
次の瞬間には何故か僕は2人に両肩を殴られる。

〇〇「いやなに!?」
天「チャラい!」

うんうんと頷く夏鈴ちゃん。

〇〇「ヒデェ話だよ…。あぁ、森田さん座って座って」
森田「じゃあお言葉に甘えて…」

そんな様子を可笑しそうに笑う森田さん。

〇〇「天ちゃんも夏鈴ちゃんも少し会わないうちに暴力的になってない?」
天「少し…?」
〇〇「あ〜…」
夏鈴「少しかぁ…」

へんな地雷踏んだ。

森田「仲いいですね笑」
天夏「よくない!」夏鈴「よくない」
森田「めっちゃハモってる笑」

森田さんはよく笑う子らしい。
つられてこっちも笑ってしまう。

天「なーに、笑ってるんですか」
〇〇「まぁまぁ、差し入れ召し上がってくださいよ」
夏鈴「誤魔化してる…」
森田「2人が食べないなら、先にいただこうかな〜」
天「食べないとは言ってない!」

パッとフルーツサンドを手に取ると、そのまま口に運ぶ天ちゃん。

天「ふまい!」
〇〇「はいはい、食べてから喋ろうね」
夏鈴「…美味しい」
〇〇「よかった。森田さんもどうぞ」
森田「ありがとうございます。あの、良かったら私もひかるって呼んでもらえますか?私だけ苗字呼びだと疎外感感じちゃって笑」
〇〇「あぁ、ごめん。じゃあひかるちゃんね。〇〇っていいます。改めてよろしくね」
ひかる「はい。よろしくお願いします」
天「ほうやってふーぐだあとでもなあよくすふ」
〇〇「うん、なんて?」

古語か?

〇〇「そういえばみんなはなんでダンス?」
天「なんで、ですか?」
〇〇「こう、どういう思いというか、何を思ってと言うか…」
天「私は私が楽しいからですね。でも、最近は私の楽しいがみんなに伝わって、みんなも楽しくなってくれれば最高です」

それだけ言って、次のフルーツサンドをもぐもぐする天ちゃん。健啖家だなぁ。
そう言えば、さっきTAKAHIRO先生が言ってたな。
天ちゃんが僕のこと、すごく楽しそうにギターを弾くから、見ててこっちまで楽しくなる人だって。
そういう意味で、共感してくれたのかもしれない。

ひかる「…私はなんというか、変化が欲しかったんですよ。いつもどおりの毎日が嫌で、何かを始めようって。それがたまたまダンスだったんですけど、いざ始めてみたら、ついてくのに必死で、退屈を感じてる暇もなくなりました笑」

背の高い子が多いから、悪目立ちしないように工夫するのも、いつの間にか楽しくなりましたね。
ひかるちゃんは笑って言う。
挑み続ける苦労は、彼女にとっては刺激的な日々なのかもしれない。

夏鈴「…私は、こうやって私も一生懸命頑張るから、それを見た人にも、自分も一生懸命頑張ろうって思ってもらえたらいいなって思います」

珍しく、夏鈴ちゃんの感性というか、哲学を聞けた気がする。あまり多くを語らないと言うか、自分の事をハキハキ話すタイプではないと思ってたから。

天「〇〇さんはどうしてギター、もう一度始めようと思ったんですか?」
〇〇「僕?」

無意識に夏鈴ちゃんに視線を送る。
あの日、Buddiesで僕は夏鈴ちゃんに話した通り、まずは皆にもう大丈夫だよって伝えたいって。
そのために、再びギターを担いだんだって。
そう話した。
ちらりと夏鈴ちゃんをみると、彼女はびっくりするくらい優しく笑ってる。僕はすごく驚いて、それから、なんか嬉しくて笑った。

天「なんか通じ合ってる感出てる気がするんですけど。絶対なんかあったでしょ!」
夏鈴「別になにもないから」
天「絶対嘘だ!」
夏鈴「嘘じゃない」
ひかる「笑」

2人の小競り合いに笑うひかるちゃん。

〇〇「ほんと、見てて楽しいよね、2人のやりとり」
ひかる「そうですね。ダンス部名物です笑」
〇〇「なるほど笑」
ひかる「そろそろ、ダンス部では見れなくなっちゃいますけど」
〇〇「…直に引退だもんね」
ひかる「はい…」

灼熱の季節が過ぎて、肌寒い秋。
もうすぐそこまで冬が来ていて、彼女達は直に受験や就職のシーズンを迎える。

ひかる「まぁ、私達は南美志望なんで、場所が変わるだけではあるんですけれども」
〇〇「そっか…」

春からもこのトリオが一緒なのは、なんだかホッとするというか。
しかしもう大学生なのか…。

〇〇「なんか不思議な気分。天ちゃんや夏鈴ちゃんも大学生って…」
天「私達だっていつまでも子供じゃないんですよ」

いつの間にか小競り合いを終え、天ちゃんが言う。

天「南美は舞台芸術がありますからね」
〇〇「舞台芸術?」
ひかる「舞台に立つ人も、その舞台をつくる人も、一緒に学べるんです。一つの舞台を一緒に創ったり」
〇〇「へぇ…。じゃあ3人は立つ側の勉強を?」
天「私達はそうですけど」

天ちゃんは夏鈴ちゃんを見る。

夏鈴「…私はどっちも勉強したいと思ってます」

夏鈴ちゃんは手に持った紙コップに注がれた珈琲を見つめながら、呟くように話す。

夏鈴「表現することもすごく大好きです。けど、そのために用意される舞台は、たくさんの人の頑張りの結果で…。そういうのも素敵だなって思うから、学んでみたいなって…」
〇〇「そうかぁ…」

今日は夏鈴ちゃんのことがたくさん知れる日だ。
知ろうとしなければ、どんなことも知らないまま。
まだまだ皆、魅力的な部分があるんだろう。
少しずつでも、皆のことを知りたいと思う。

〜〜〜〜〜

〇〇「それじゃ、今日はありがとう」
天「どういたしまして笑」 
ひかる「差し入れありがとうございました」
夏鈴「ごちそうさまでした」

総括を終えて、部員の皆からお礼を受けて、そろそろお暇。体育館の外まで、3人が見送りに出て来てくれる。

〇〇「すごく刺激を受けたよ。僕も頑張るね」
夏鈴「…はい」

夏鈴ちゃんの頑張りに、僕も頑張るって気持ちになったから、きちんと宣言しておく。

〇〇「じゃあ、お疲れ様」

手を振って歩き出す。

天「〇〇さん!」
〇〇「はい?」

少し歩いた所で、天ちゃんに呼び止められる。

天「またね!!」

また。
再び。
もう一度。
改めると、いい言葉だな。

〇〇「うん!またね!」

まぁ、天ちゃんの嬉しそうなこと。
僕も嬉しいよ。
ふたりとまた会えたこと。
ひかるちゃん達と会えたこと。
手を振って、改めて歩き出す。


〜〜〜〜〜


校舎の入口辺りまで来て、あることを思いつく。
うーん、どうしようかな。
立ち止まって少し悩んでいると、

夏鈴「〇〇さん!」
〇〇「夏鈴ちゃん…」

急いで来たのか、少し息を切らした夏鈴ちゃん。

〇〇「どうしたの?」
夏鈴「…バイト先、教えてくれませんか?」
〇〇「あぁ…勿論」

わざわざ走って追いかけてくれたみたい。

〇〇「後でLINEでもしてくれればいいのに」
夏鈴「…なんか、今じゃないといけない気がして」
〇〇「そうなんだ笑 あぁ、でも確かに今なら…」

僕は鞄を開けて、名刺束を取り出す。

〇〇「名刺、渡せるね」

ビニールを破いて、そのうちの一枚を手渡す。

〇〇「初名刺は夏鈴ちゃんだね」
夏鈴「初?」

名刺を受け取りながら、夏鈴ちゃんは首を傾げる。

〇〇「裏、みてみ」 
夏鈴「あっ…」
〇〇「なんか誇らしいんだよね。一員として認められた証みたいで」

夏鈴ちゃんはしばらくじっくりと名刺を眺めた後、微笑んで言う。

夏鈴「…結構、〇〇さんって子供っぽい所ありますよね」
〇〇「結構、子供っぽいほうだと思うよ笑」 

僕達はそうやって笑い合う。

天「…私にもくださいよ」
ひかる「私も欲しいでーす」

いつの間にか、やってきていた2人が夏鈴ちゃんの後ろから顔を出す。

天「いつの間にかいなくなってると思ったら…!」
夏鈴「別にわざわざ報告するものでもないし…」

また始まる小競り合い。

〇〇「はい、じゃあ先にひかるちゃんに」
ひかる「ありがとうございます笑」
天「もー!なんで私が最後!?」
〇〇「はいはい、ちゃんとあげるから」
天「なんか雑!」
〇〇「そんなことないって笑 これからはBuddiesだけじゃなくて、お店でも会えるね」

そう言うと、天ちゃんは不貞腐れモードからジワ〜っと笑顔になる。
かわいいなぁと、素直に思う。

〇〇「ほら、3人とも帰る準備しないと!皆もどこ行ったってなってるよ、きっと」
ひかる「だね。行こう」
夏鈴「お疲れ様でした」
天「…そのうち絶対行きますからね!」

バタバタと体育館へと戻る3人を見送って、僕は名刺を一枚、手に取る。
3年の靴箱を確認して、目当ての名前を見つける。
“中西”
名刺に
“名刺できました。
たまたま来る用事があったから、置いとくね”
と書き込んで、靴箱の中に忍ばせる。
何気なくやったこの行為で翌朝、

『なにしにきたんですか』
『なんで事前に言ってくれないんですか』
『軽音部は水曜休みですよね』
『設楽先生がなんか凄いイジってくるんですけど』

などとLINEの通知がしばらく鳴り止まなかったのは、また別のお話。


〜〜〜〜〜

自転車を走らせて、僕はチャイティーヨへ向かう。
最後にしっかり片付けを再確認してから帰ろう。
そんな、軽い気持ちで店前につくと、店内にうっすらと明かりが灯っている。
静かにドアに手をかけると、鍵が開いている。

飛鳥「…おかえり」

カウンターの中から、飛鳥さんが出迎えてくれる。
どうして、とか。
何してるんですか、とか。
色々思いつく言葉はあるけれど、
なにより、そのおかえりが嬉しくて。

〇〇「…ただいまです」

飛鳥さんはいひひと、わらった。


乃木駅から徒歩6分ほど。
カウンター5席、2名がけテーブル席2つ、
4名がけテーブル席1つ。

毎週水曜定休日。

喫茶チャイティーヨ

ご心配をおかけしました。
設備点検、無事に終わりました。
これからも変わらぬご愛顧ほど、よろしくお願いいたします。


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ライナーノーツ。

長くなってしまいました。
学校はいずれ書かねばと思っていて。
坂道シリーズは語るうえで外せない大人達がいて、そういう人達の言葉はファンにとっても大きなものですよね。
乃木中の選抜発表、スタジオでまたやってほしいなぁ〜という気持ちの人は多いハズ。

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