出張喫茶チャイティーヨ 夏フェスに行こう! その2
知らない先輩A「え〜、由依ちゃんも理佐ちゃんも彼氏いないの!?」
知らない先輩B「マジ!?2人共かわいいのに!」
知らない先輩A「じゃあさ、今度遊び行こーよ」
知らない先輩B「バイト後とかでもいいし!」
理佐「あー、バイト後はさすがにすぐ帰らないと怒られるんで…」
由依「すいません、店長からもきつく言われてるんで…」
バイトをし始めてすぐの頃、同じ学校の顔も名前も知らない先輩に絡まれたことがある。
軽音部の3年らしい。
あんまり角が立つようなあしらい方はできないし、店長早くライブホールから出て来ないかな、なんて思っていたら、その人が店に入ってきた。
ギターケースを担いだ、目にかかるくらいの長い髪の男の人。制服は私達と同じ東高。
校則的にいいのかその長髪。
〇〇「…おまたせしました」
先輩A「おせーよ」
〇〇「いや、だから遅れるかもしれないんで入っててくださいって言いましたよね?」
先輩B「だから入ってんじゃん」
〇〇「あ〜…いや、いいです。行きましょう。時間勿体ないですし」
先輩A「だからお前が遅れてるから…」
先輩B「おい。あんまつっかかんなって…」
先輩達は先にブースに向かって歩いていく。
長髪のその人はちらりとこちらに視線を向けると、片手でごめんとでも言うように合図して、先輩らの後を追っていった。
理佐「一番チャラそうな人が一番マシだった」
由依「言い方笑」
けどまぁ、理佐の言いたいこともわかる。
先輩達は3時間ほどブースを抑えてたけど、その人は2時間くらいで先に出てきて、私達に声をかけた。
長髪を頭の後ろで結んでいて、露わになった側頭部はツーブロックに刈り上げ。髪で見えていなかった耳にはいくつもピアスが付いている。
〇〇「すいません、先でます」
理佐「まだ時間ありますけど…」
〇〇「もう練習する気無さそうなんで、いいです」
それだけ言うと、とっとと店を出ていった。
由依「…てかなんで敬語」
理佐「ほとんど目も合わなかったし、私達が東高ってことも気づいてないんじゃない?」
由依「マジ…?」
それから約1時間、出てきた先輩達はぐだぐだと愚痴を垂れ流した。
先輩A「なんであんな奴誘った?」
先輩B「あいつが一番うめぇもん。ある程度上手くないとカッコつかねぇっていったのお前じゃん」
先輩A「だからって人とつるむ時間まで、練習とバイトに費やすようなやつ入れてもモテねぇよ!」
先輩B「じゃあお前が言えよ、後輩らしく先輩立てろって」
先輩A「はぁ!?それで恨み買ったらどうすんだよ。あいつ頑なにどんなバイトしてるか言わねぇの、やべぇ仕事手伝ってるって噂じゃねーか」
どうでもいいけど、早く帰ってくんないかな。
店長「お前らさっさと帰れ!補導されんぞ!」
先輩AB「…はーい」
それが〇〇さんと初めて会った日。
正直印象はあんま良くなかった。
そりゃそうでしょ。
長髪にツーブロックにピアスの見るからに不良。
先輩に噛みつく生意気な後輩。
ロクに人と目も合わせないぶっきらぼうな感じ。
バイトとギターばっかりしてる。
そんな高校生、そりゃいい印象ないって。
ただ、店員にちゃんと敬語使ったりはするんだなって。それはちょっと心に残った。
それ以降、〇〇さんはちょくちょくと先輩らに付き合ってBuddiesに来る。いつも決まって19時以降。たぶん例のバイトが終わるのがそのくらいの時間なんだと思う。
ただ、その日はいつもと違って、彼は夕方早い時間にやって来た。
由依「…珍しいですね」
〇〇「…?」
特に理由があったわけでもないけど、接客中の他愛ない雑談として、私はそう話しかける。
由依「…普段は19時過ぎくらいなんで」
〇〇「あぁ…バイトが休みで。水曜ならこのくらいの時間から来れるんですけど、軽音部が水曜日休みだから、先輩ら休みの日まで練習したくないらしくて」
由依「なるほど…」
理佐「…あの」
〇〇「はい?」
理佐「私達、東高の1年なんで敬語じゃなくていいですよ」
〇〇「え…?」
私と理佐は制服がよく見えるようにアピール。
由依「ほんとに気づいてなかったんですね」
〇〇「え…、気づく?」
理佐「普通は気づくと思いますけど笑」
由依「全然目も合わせないですし…」
〇〇「だって、なんか恥ずかしいし」
由依・理佐「……」
〇〇「えっ、なに…」
由依「もしかして前髪目にかかってるのそういう理由ですか?笑」
〇〇「…無いとは言えないよね」
理佐「なんですそれ笑」
〇〇「いや、2人共…えーっと」
由依「小林由依です」
理佐「渡邉理佐です」
〇〇「△△〇〇。…よろしくね」
なんか思ってた人と違うのかも。
なんて、ちょっと失礼なことを思ったりして。
それが確信に変わったのは、〇〇さんが先輩達のサポートでBuddiesのステージに立った時。
ほとんどの時間を大人しく演奏に徹していた〇〇さんは、ギターソロの間だけは生き生きと楽しそうにしていて。まるで別人みたいで。
そんな顔もするんだなぁ。
けどステージを降りた〇〇さんはいつも通りで。
由依「打ち上げ、行かないんですか?」
〇〇「行かないよ…。そういうの苦手だし」
理佐「そうなんですか?」
〇〇「なんでステージで気遣いして、ステージ降りてからも気遣いしなきゃいけないのさ…」
由依「…向いてないですね」
〇〇「よくおわかりで笑」
理佐「人付き合い苦手すぎませんか笑」
〇〇「僕だって苦手にしたくてしてるわけじゃないよ…」
由依・理佐「……」
〇〇「…なに?」
由依・理佐「…僕?」
〇〇「え、なに、なんかダメ?」
由依「いや、全然いいんですけど笑」
理佐「意外かな〜って笑」
〇〇「…なんか皆が一斉に俺に切り替えてくのに違和感感じちゃってさ。なんかこう、逆にダサいというか。今思えばただの逆張りだよね笑」
由依「誰もそんなとこまで考えてないでしょ笑」
理佐「考えすぎ笑」
〇〇「そうかな〜?笑」
そんな他愛ない話で笑って。
そういうのが日常になって。
そうやって1年が経って。
私達は2年生になり、〇〇さんは3年生になり。
少し、変化があった。
初めて、誰かに呼ばれたわけじゃなく。
一人で練習に来たわけじゃなく。
〇〇さんが人を連れてきた。
アルノ「だから〜、奈央と茉央に頼んで組めばいいじゃないですか〜!」
〇〇「君はそうすればいいよって言ってるでしょ?」
アルノ「歌上手いからバンド組んでみたらって言ったの先輩でしょ?なんで言い出しっぺがそんな他人事なんですか!」
〇〇「…そういうの向いてないんだって」
アルノ「向くも向かないもやったことないでしょ」
〇〇「……」
アルノ「ちょっと〜」
めちゃくちゃ詰められてる。
理佐「後輩の子ですか?」
〇〇「そう…。1年の中西アルノ。んで、2年の小林由依ちゃんと渡邉理佐ちゃん。2人共ダンス部」
アルノ「よ、よろしくお願いします」
理佐「よろしくね」
由依「…よろしく」
〇〇「…なんでそんなビクついてんの?」
アルノ「…美人だから?」
〇〇「…まぁ言いたいことはわかるけど」
…わかるんだ。
〇〇「……由依ちゃん」
由依「…はい」
顔に出てたかな。
〇〇「ピアス開けたんだ」
由依「あっ、はい…」
何故か恥ずかしくなって、つい手でピアスをつけた片耳を、押さえるように隠した。
〇〇「いいね。似合ってて」
由依「…ありがとうございます」
ブースに向かう背中を見送って、押さえた手を離す。
理佐「はい、私の勝ち」
由依「…なんでそういうのは気づくかな」
理佐「さすがに気づくでしょ。ジュース奢りで」
由依「最初は制服すら気付かなかった人なんだけど?」
私はレジを操作して、2本分のジュース代金を放り込む。
理佐「そのくらいの関係性は出来たってことじゃない?」
冷蔵庫へ向かいながら言う理佐を目で追いながら、私はため息に近い何かを吐き出す。
由依「…どんな関係性?」
理佐「さぁーね」
その日、ブースを押さえた3時間分きっちり使って、〇〇さんは来た時と同じように、やいやい後輩と言い合いながら帰っていった。
それからしばらくして、ダンス部の後輩、天ちゃんと夏鈴ちゃんがBuddiesでバイトを始めて。
天「最近理佐さんが夏鈴ちゃん夏鈴ちゃん言ってて、気に食わないんだよね」
理佐「夏鈴ちゃーん」
夏鈴「……」
〇〇「満更でもないのか、困惑してるのか…」
アルノ「先輩は今だにバイト先、教えてくれないけどね」
天「えぇ〜!?」
アルノ「なんでそんな隠すかな」
随分と賑やかになった。
それも悪くないなって思う。
〇〇「…由依ちゃん、両耳空けたんだね」
由依「はい…」
学校じゃ髪下ろしてるから気づかれないし。
由依「…軟骨空けるの、痛いです?」
〇〇「うーん、ロブと比べると痛いかも? 空けるの?」
由依「悩み中です」
〇〇「不良だね〜笑」
由依「〇〇さんが言います?それ笑」
〇〇「まぁ、言えた義理じゃないか笑 病院かショップで空けてもらうほうが無難だと思うけどね〜。ピアッサーよりニードルのがやりやすいから、慣れてないと使いづらいだろうし」
由依「…で、〇〇さんは病院行ったんですか?」
〇〇「…行ってない笑」
由依「だと思いました笑」
〇〇「けどまぁ、人には勧めるよ。その方が確実だし。…女の子は特にさ。跡が残ることだし」
由依「……」
〇〇「何?」
由依「見た目と言動が噛み合ってないなって笑」
〇〇「よく言われます笑」
由依「だと思った笑」
夏鈴「……」
ふと夏鈴ちゃんがこっちを見ているのに気づく。
由依「…どうかした?」
夏鈴「いえ、別に…」
別にって感じではないけど、問い詰めても答えは返っては来ないだろうな。
そんな日々が好きだった。
そんな日々が、ダンス部内にじわじわと浮かんでくる不穏な空気を紛らわせてくれた気がする。
逃避だったのかもしれない。
甘えだったのかもしれない。
それでも、確かにありがたかった。
そんな1年はあっという間に過ぎ去っていって。
〇〇さんの高校生活最後のライブが決まった。
けど。
由依「普通に最悪なんだけど」
理佐「しょうがないじゃん」
学校での進路に関する懇談やら、家族との行事が重なり、その日は1日予定が埋まってしまっていた。
理佐も似たりよったりで来れず。
〇〇「まぁ、しょうがないね」
由依「…なにもそんなドンピシャで来れない日になるとは思わないじゃないですか」
〇〇「まぁ、それについては同意だけど」
由依「……」
〇〇「まぁ、これが最後ってわけじゃないでしょ。大学生なっても、ギターは弾くだろうし」
理佐「〇〇さんは北大ですっけ?」
〇〇「そう」
理佐「なんか理由があって?」
〇〇「うーん、まぁ具体的なこれ!が決まってるわけじゃないよ。選択肢広げるっていうか…」
由依「…南美じゃないんですね」
〇〇「僕は音楽では食べていけないよ笑 …アルノは芽があるんじゃないかと思うけど」
由依「……」
〇〇「じゃ、そろそろ帰るよ」
由依「…じゃあ、また」
理佐「お疲れ様です」
〇〇「うん。お疲れ様」
それが最後の会話になるなんて、その時は思いもしなかった。卒業した〇〇さんは、その後私と理佐がBuddiesでのバイトを辞めるまでの間、一度も姿を見せることはなくて。
私達も3年になって、ダンス部に起きた大きな変化に対応するのに必死だった。やろうと思えば、その後の〇〇さんの動向を調べることは出来たと思う。
先生聞いたり、アルノちゃんに聞いたり。
けど出来なかった。
それだけ必死だった。
落ち着いた頃には卒業が近づいていたし。
いや、これは言い訳かな。
今更か。
そう思ったんだっけ。
〜〜〜〜〜〜
アルノ「良かったですね〜」
〇〇「だね。前夜祭でもすごい盛り上がりだった」
夏の長い青空が暗くなり、前夜祭も終わりが近づく頃、僕らは最後のステージ演奏を見届けて、感想を語らった。
〇〇「そろそろ戻ろうか」
携帯で時間を確認して、僕は言う。
アルノ「もう終わりかぁ」
〇〇「いやいや、明日からだから笑 まだ始まってないから笑」
アルノ「そうでした笑」
アルノは笑って、ふいっと遠くへ視線を向ける。
アルノ「なんか懐かしいですね。この感じ」
〇〇「…そうだね」
アルノとつるんで行動していたのなんて、たった1年の事だったのに。それでも鮮烈に覚えている。
後輩達とバンド組んだり、学校ではほとんど顔も合わせないのに、ライブハウスでわいわいと話したり。そんな日々が新鮮で。
それを大事にできなかった自分の不甲斐なさとか、弱さであるとか、そういうものを後悔しない日はない。けど、それを引きずっていくことの無意味さも理解してるつもり。
過去は変えられないから、今とこれからを後悔しないように、日々を過ごさなくてはいけない。
携帯をポケットにしまって、歩き出そうかと言うタイミングで携帯が震える。
〇〇「ん〜?」
確認してみると、ひかるからLINEが入っていた。
ひかる『まだ会場にいますか? 由依さんが話したいそうです』
少しだけ、ドキリとする。
アルノ「…どうかしました?」
〇〇「うん。まだやらなきゃいけないことがある」
アルノ「…忙しいですね」
〇〇「サボってきた分、頑張らなきゃいけないこともあるね」
アルノ「…そうですか。じゃあ、行きましょう」
〇〇「うん。…アルノ」
アルノ「はい?」
〇〇「ありがとね」
アルノ「どういたしまして。…ごめんより、そっちのほうが嬉しいですよ」
〇〇「…だね」
〜〜〜〜〜
ひかる「じゃあ、私達は先に戻ってますね」
アルノ「あんまり遅くまではダメですよ。明日が本番ですからね」
〇〇「君が言うかね、それ」
アルノとひかるを見送って、僕は改めて由依ちゃんに向き直る。
〇〇「…立ち話もなんだし、座ろっか」
由依「…そうですね」
僕らは人もまばらになった休憩スペースに並んで腰掛ける。
〇〇「ほんと、驚いたよ。こんな所で会うなんて思わなかったから」
由依「…私もです」
なんとなくお互いに顔を見ることができなくて、明日に備えて撤収していく人々を見送る。
〇〇「…僕から話してもいい?」
由依「……すいません。どうぞ」
話しづらかったのか、それとも僕が気を使ったと思ったのか、由依ちゃんは謝る。
〇〇「……高校最後のライブが終わった後、ギターが壊れてね。打ち上げをパスして楽器屋行ったんだ」
もう今となっては過去の事。
もう越えてきたこと。
だから大丈夫。
きちんと話せる。
〇〇「そこで母と離婚した父親に会った。離婚して以来始めて」
由依「……」
由依ちゃんがこちらを向いたのが分かる。
驚いてるかもしれない、心配してるかもしれない。
けど、その顔を見ちゃうと、心が苦しくなっちゃいそうだから、僕はそのまま道行く人達に視線を向けたままにする。
〇〇「久しぶりに父親と話した…と思う。正直に言うと、あんまりよく覚えてなくて。ハッキリ記憶してるのは、父親の“ホント、俺の子だね”と“悪いとは思ってんだよ、お前らには”と“あいつ、言ってないの? 俺の浮気が原因で離婚したってこと”。この3つ言葉だけ」
由依「……」
由依ちゃんは何も言葉を発しない。
〇〇「それから後は逃げるように帰った。自分を構成してるあらゆる物が、父親の影響だって気づいて怖かった。髪も、ピアスも、ギターも。自分もいつか、あの人みたいに好きな人も、好きになってくれた人も、全部平気で裏切る人間になっちゃうのかなって震えた」
こっちを見ていた由依ちゃんが顔を伏せる。
話さなきゃ伝わらないことはある。
たくさんある。
けど、伝えることで悲しい気持ちにさせてしまうことも多々ある。
どうすることが正しいか。
それは今の僕にはわからない。
ただ、伝えないと、一生僕らは本当の意味で笑って顔を合わせることはできなくなるだろうなって、そう思ったから。
今、ちゃんと伝えておこうと思った。
〇〇「それから1年ちょっとの間、僕は完全に停滞した。バイト先の、今日来てる皆だね。皆に寄り添ってもらった。助けてもらった。そうやってまた立ち上がって、またBuddiesに顔出すようになって、ギターも趣味程度だけど触るようになって…」
僕は少し、呼吸を整えて由依ちゃんの方を向く。
まだ彼女は顔を伏せていて、表情はわからないけれど、向き合う覚悟を決めよう。
〇〇「ごめんね、何も言わず居なくなって。ずっと話すことから逃げてた。今更かなって、そんな言い訳して避けてた」
その言葉を聞いて、由依ちゃんは顔を上げる。
少し驚いたように。
けどすぐ寂しそうな顔をする。
由依「…謝ることないですよ。私も似たような事考えてたから」
〇〇「似たような事?」
今度は由依ちゃんが視線を逸らす。
由依「…〇〇さんが卒業して、顔見せなくなって。でも、その気になればいくらでも方法はあったんです。先生に聞いてもいいし、なんなら北大に行って直接様子見ることだってできたし、アルノちゃんに聞いてもよかった」
すっかり雑踏は消え、ぽつぽつと去りゆく人ではなく、きっと何も無い虚空を見つめてる由依ちゃん。
由依「天ちゃんと夏鈴ちゃんは一度アルノちゃんの教室まで行ったそうです。けど窓の外を眺めてるアルノちゃんの顔を見たら、何も言えなかったって」
アルノは僕の卒業後、軽音部に顔を出すことも少なくなったって聞く。
由依「私はそれすらしませんでした。ダンス部のことでいっぱいいっぱいで」
由依ちゃんは一度目を閉じて、深く息を吐いた。
由依「…1年でダンス部に入った時、同期にすごい子がいました。うまく説明はできないんですけど、華があるとかオーラとか、そんな感じですかね」
由依ちゃんは一つ一つ、確かめるように、丁寧に話し始める。
由依「そのうちその子がセンターで踊るようになって。初めの頃はそんなに深く考えることもなくって、凄いなとか、やるなぁって思ってました。
だんだんイベントやコンテストでも高い評価をもらえるようになって、学校からも期待されるようになって…。順調っていうか、うまくいってる。こんな風な日々が続くと思ってました」
ました。
それが何を意味するのかくらいは想像がつく。
由依「2年になって天ちゃん達が入ってきて、ダンス部の規模も大きくなって。その分求められるものも大きくなって。思えばその頃から少しずつ、不穏な空気は流れてたんだと思うんです。
でも気づかないふりをしてた。
うまくいってるって言い聞かせて。
でも確かに、
期待とか、偏見が、あの子の負担になってた」
由依ちゃんの体に力が入ってるのが分かる。
強張りなのか、怒りなのか、悲しみなのか。
真意はわからない。
由依「どうすればよかったのか、今でも正解はわかりません。けど、出来ることはあったんじゃないかって今でも時々思います。
けど、何も出来なかった。
ただただ、あの頃の身も心も削っていくような速度感についていくのがやっとで。少しでも走る速度を緩めたら、ついていけなくなるような…、置いていかれるような速さに。…実際、ついていけなくなってやめてく子もいましたしね」
呆れのような、自嘲のような笑い。
由依「2年の終わり頃、その子が体調を崩すことが増えて休みがちになりました。センターは代わる代わるみんなで担当して、披露するたび違う振り付けが出来たりしましたね。…そうやって3年になった春。その子は療養も含めて生活の見直しの為に転校していきました」
胸が締め付けられるような。その表現の意味する所を、僕は初めて味わった気がする。
由依「…それからの1年はバタバタで。進路のこともあって辞めていく3年生も少なからずいましたし。新しく作らなきゃいけないイメージとか、フォーメーション。これまでの曲はどうしても前のイメージを引きずっちゃうから、新規に覚える曲を増やしたりとか。そんな風に過ごしてたら、あっという間」
由依ちゃんと目が合う。
由依「だから私も〇〇さんに言えることなんて、なにもないんです。どうこう言えた義理じゃない」
〇〇「…由依ちゃんは立ち向かったんでしょ」
由依「え?」
〇〇「僕は一度逃げたから。全部嫌になって。嫌いなって。考えたくないから、優しくしてくれる人達の中に逃げた。けど由依ちゃんは逃げずに立ち向かったんでしょ?」
由依「……」
どれだけ勇気が必要だったろう。
そんな責任は彼女にはないのに。
逃げたって、誰かに縋ったっていいのに。
由依「…別にたいしたことはしてないですよ。なんにも、ただ居たってだけで」
〇〇「そんなことないよ」
由依「…なんでそんなこと分かるんです?」
言ってすぐ、バツの悪い顔をする。
キツい言い方しちゃったなって、そう思ってるんだろうな。優しい子だから。
〇〇「君のことが大好きで、尊敬してる子に色々聞いたから」
由依「…それって」
〇〇「美青ちゃん言ってたよ。カッコよくてスタイル良くてダンスもうまくてかわいくてって」
由依「…なんか恥ずかしいんですけど」
〇〇「由依さんが大好きで、大切にしてるダンス部に貢献できたらいいなって」
由依「……」
〇〇「大好きで大切だから守りたかったんだよね」
今ならわかる。
僕も大好きで大切な場所があるから。
〇〇「君は凄いよ。君が大好きな大切な場所は、君の事が大好きな子達が守るし。君の想いを受け継いだ子達が、次に続く子達に引き継いで、ずっとずっと大切にしていくよ…」
僕達はしばらく、ただ静かに滲む空を眺めてた。
〜〜〜〜〜
由依「卒業してしばらくはフラフラしてました」
卒業後、ダンス部に顔を出していた頃の由依ちゃんは特にやりたいことがハッキリとせず、フラフラしていたらしい。
由依「理佐と何人かの同期の子達は一緒に東京行って、モデルの仕事しながら会社興す準備をしてて、それに誘われてたんですけど、なんとなく踏ん切りがつかなくて…」
〇〇「理佐ちゃん、行動力が凄い…」
由依「ほんとに笑 そうやってなんとなく毎日を過ごしてたら、とあるニュースを見たんです」
〇〇「ニュース?」
由依「はい…。あの子が海外の芸能事務所に入ったってニュースでした」
〇〇「ええっ、それ凄くない?」
由依「凄いですよね笑 笑っちゃいました」
その笑顔が、あの頃と変わらなくて。
由依「皆が一生懸命動いてて、そんな時にボーッとしてていいのかなって。たぶん、後輩達の頼もしさとかも相まって、動き出すなら今なのかなって」
〇〇「そっか…。僕もそうだったなぁ…。まわりがあまりにカッコいいもんだから、情けないままではいられないって…」
由依「見た目は随分かわりましたけど、相変わらず後輩に甘いし、変な気遣いするし、一人称も僕だし。話してみたらあんまり変わってないですね笑」
〇〇「それは悪いことではないはず…。と思いたい」
由依「さぁ〜、どうですかね。随分懐かれてるみたいですけど?」
〇〇「懐かれてると言うより、なめられてるだけのような気もするよ笑」
由依「どーだか笑」
そう言って由依ちゃんは立ち上がる。
由依「随分話し込んじゃいました。そろそろ戻らないと、明日に響きますよ」
〇〇「…そうだね。ホテルは近いの?」
由依「すぐそこなんでお気遣いなく」
〇〇「…わかった。明日、頑張って…じゃないな。頑張ろう」
由依「はい。頑張りましょう」
由依ちゃんは軽く頭を下げる。
由依「お疲れ様です。失礼します」
〇〇「お疲れ様」
その背が遠くなるまで見送って、僕も歩き出した。
〜〜〜〜〜〜
もしあの頃〇〇さんが傍にいたらどうしていただろう。話せばたぶん、私を甘やかしてくれたと思う。
私はそうやって、甘えて逃げ場所にしてしまったかもしれない。そんな逃げ場所があったら、私はダンス部に残っていたかな? そこに逃げ込んで、それで満足してしまったかもしれない。
もしそうだったら…。
…つまんないこと考えてるな。
それこそ全部、今更でしょ。
夏フェスに行こう!その2 END…
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ライナーノーツ
色んなことが巻き起こりすぎてる今日この頃。
アラカルトの構成を考えていた本編のEpilogueを投稿した頃には、てちの契約終了や移籍、由依ちゃんの活動再開なんか想像もしてなかったな。
そわそわ。
そりゃこの回の文量も多くなるて。
もしかしたら4分割になる気配もしている夏フェス回。次もよろしくお願いします。
次のお話。
前のお話。
シリーズ。
シリーズ本編。