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欅のアリカタ。

???「お前、自分が笑い取りたいって言うより、周りが笑ってりゃそれでいいって思ってない?」

芸人になって、どうせ売れて東京出てくるなら早いほうがええ。

なんて馬鹿馬鹿しい理由で東京の大学入って、オーディションやらなんやら受けまくって、鳴かず飛ばずで早2年過ぎ。
そろそろ潮時。
そんな考えがちらついていた頃、言われた言葉。
その人は多分、そんな和気藹々とした雰囲気にしてないで、ガツガツ前出て自己主張して笑い取りに行けよって言いたかったんだと思う。
若手なんて無茶やって身体張ってナンボ。
我を出してナンボだ。

別にその言葉にショックを受けたわけじゃない。
どちらかと言えば目から鱗だった。
そうか、俺は俺が笑いを取らなくてもいいのか。
いや、笑いはとりたい。
けど、俺が客の笑いを取るのが全てじゃない。
そう、笑いを取るのは他の誰かでもいい。
いや、俺も取りたいけど。
まぁ、俺の周りに笑いがあるならそれでいいか。

スッパリ、芸人になるのは諦めた。
ただ、エンタメの中には居たい。
テレビ局でも、制作でもいい。
事務所に入って付き人やマネージャーもありか。
そんな中で一つ、俺にも名前くらい分かるアイドルの事務所が人材を募集してた。
そのグループは先輩グループ同様に冠番組を持ち、俺もよく知る芸人さんがその番組のMCをやってた。
アイドルは笑顔のイメージがあった。
ここには笑ってる人達がたくさんいるかも。
始まりはそんな、軽い気持ちだった。


「歌詞をちゃんと覚えて理解して、それを表現しようと思っているだけ」


センターに立つ彼女は、何故笑わないのかと問われた時、そう言った。
もちろん、日がな一日笑っていないわけではないのだけど、ことパフォーマンスにおいて、彼女たちが笑うことは少なく思えた。
アイドルとは?
そう聞かれても、俺はそれに答えることは出来ないのだけど、少なくともイメージしていたアイドルの姿は、ステージの上で歌い踊る彼女たちと重なることはあまりなかった。
けれど、だからこそわかる気もした。
彼女達の躍進の意味が、理由が。
それに憧れ、ここにやってくる子達の気持ちが。
2期生が加入し、俺はその子達のマネージャーを任されることになった。
正直不安だ。
俺が入った頃には1期生はそれぞれ経験や場数を踏んできた子達で、俺にとってもエンタメの最前線を走る尊敬できる先輩のようだったから。
今から担当するのは、右も左も分からない年頃の女の子達。お互いに緊張もあるだろう。
と、思ったけど。

〇〇「いや、関西出身多いな!!」

という最初の一言が結構功を奏したらしい。
思ったよりも地方、というか西日本出身メンバーも多く、上京を経験したという仲間意識が意外にも早く皆と打ち解ける要因になった。
東京出身者には、なんなら俺が色々聞いた。
先輩スタッフからは「友達か!」と怒られたりもしたけれど。

ただ、俺達は見て見ぬふりをしてた。
じわじわと迫る、言い表せないなにかを。

欅坂は、吹き荒ぶ風のようだった。
凄まじい勢いで周りを巻き込み、飲み込み、勢いを増して、加速していった。
恐ろしいくらいの速度だった。
時として、ついていけない子が出てくるぐらい。
そうやって振り落とされそうな誰かを待ってあげる余裕すらないほど、皆が身を削りながら走っているようだった。
燃え盛る炎が勢いをまして、骨身すら燃やし尽くすその熱が、見るものにも伝播していった。

少し、怖いと思った。

この中に、この子達も飛び込んでいくのかと。
俺にこの子達を支えていけるだろうかと。
憧れを胸にここに集い、夢を追い走る子達。
応援の気持ちは当然ある。
だが、心配する気持ちも消えない。

しかし、現実は俺の予想の向こう側だった。

菅井「私たち欅坂46は、この5年間の歴史に幕を閉じます。そして欅坂46とは、前向きなお別れをします。10月に予定している欅坂46のラストライブにて、欅坂46としての活動に区切りをつけさせていただきます。そして新しいグループ名となり、生まれ変わります」

キャプテンである菅井さんから、ファンに向けたお知らせ。
終わるわけじゃないけれど、確かに、終わる。
様々な感情が、関わる全ての人から溢れた。

難しい決断だったと思う。
所詮末端のスタッフに過ぎない俺は、メンバーの皆と知らされるタイミングはほとんど変わらなかったけど、メンバーの皆が受けた衝撃は俺の比ではなかったろう。

その日から俺達は一つの終焉に向かって走り出した。既に定められた終わりと、その先で待つ、始まりに向けて。

「次の曲で本当にラストの曲になります。5年間支えてくださった皆さん、応援してくださったすべての皆さまに感謝の気持ちを込めて、精一杯届けたいと思います。私たち欅坂46はこの曲で幕を閉じます。2016年4月6日、この曲で坂を上り始めました。聞いてください」


カッコ良くて、クールで、新しかった。
俺にとって初めて知るアイドル達。
苦しくても、辛くても、戦い抜いた先輩達。
積み上げて、築き上げて、ここまで来た人達。
支えにもなれず、守りも出来ず、振り向けば後悔ばっかりかもしれない。
けれど、もう少しここに来るのが遅ければ、それを知ることすら出来なかったろう。

寂しくて、苦しい。
けれど、涙は違う気がする。
俺は、泣かないでいよう。
皆がわかってくれる。
悲しい時、辛い時、苦しい時、きっと、仲間とファンがその気持ちを共有してくれるだろう。
分かち合えるだろう。
俺は、皆の元気で居よう。

周りが笑ってりゃそれでいいって思ってない?

思っとるわ。
皆が笑ってりゃそんなもん最高やろ。
皆が笑える状況が、最高に決まっとるやろ。
一人ぼっちで泣くやつはおらん。
ついて行けずに1人取り残されて泣くやつもおらん。
仲良しこよし?
和気藹々?
上等じゃ。
皆で笑いたい。場所は問わない。
そのために、生まれ変わらなきゃならない。
楽ではないだろう。
寂しく、苦しいだろう。
皆が等しく、泣きたくなるかもしれない。
だから、俺は、俺くらいはみんなを笑顔にしよう。
クソつまんねぇ男だけど。
自分の人生かけて、笑わせよう。
不謹慎かもしれないけど。
空気が読めないと怒られるかもしれないけど。
別にいいや。
皆が笑えりゃ、それでもいいや。



〇〇「緊張してる?」
ひかる「そりゃ…しますよ」

2期生…というか全メンバーで見ても小柄な女の子は、硬い表情。
新たな体制。その最初にセンターを務めることになったプレッシャーは計り知れない。

〇〇「まぁ、そりゃそうか」
ひかる「…え、なんですかそれ」
〇〇「え、なんですかって、なに」
ひかる「…普通こういう時、こう緊張を紛らわすと言うか…」
〇〇「え、忘れろビーム!って撃ったら緊張忘れる?」
ひかる「なんですそれ笑 そんなので忘れませんよ笑」
〇〇「せやろ?緊張はしゃーないよ。でもそればっかりやったら勿体ない」
ひかる「…解ってはいるんですけどね…」
〇〇「いつも通りでええよ」
ひかる「…でももし失敗したら私のせいで」
〇〇「おいおい、もう曲のタイトル忘れたんか?」
ひかる「…う」
〇〇「誰のせいでもないんやろ」
ひかる「……」
〇〇「開き直ってこーぜ」
ひかる「チャラい笑」
〇〇「笑…手ぇ貸してみ」
ひかる「はい?」

ひかるの手を、両手で包む。

ひかる「っ!?」
〇〇「やっぱ冷たいな。熱分けたろ。あ、セクハラで訴えんといてくれ!!」
ひかる「まだ何も言うとらんけ笑」
〇〇「そっか笑 …漫画で読んだことあるねん。緊張すると手が冷たなるって」
ひかる「……」
〇〇「から、俺の熱わけたる」
ひかる「…出来ますかね?」
〇〇「出来る!」
ひかる「ほんとに?」
〇〇「出来る!!」
ひかる「声おっきい笑」
〇〇「まぁ、笑ってても怒ってても緊張しとってもひかるは可愛いから大丈夫大丈夫」
ひかる「チャラいなぁ笑」

ひかるは少し目を閉じて、深呼吸して、ゆっくり目を開ける。

ひかる「じゃあ、行きます」
〇〇「ん」

手を離すと、ひかるは待機場所へ移動していく。

暫くはきっと、欅と櫻の境は曖昧だろう。
多くの人が彼女らを見て欅坂と呼ぶかもしれない。
欅って櫻になったんだ。そう言うかもしれない。
間違ってはいないから。

でもいつか、櫻って欅だったんだ。
そういう日が来るかもしれない。
そしていつか、
櫻から欅を知る人が現れるかもしれない。

続いていくのは当たり前じゃない。
いつ終わったっておかしくはない。
けれど、確かに続いた。
終わりはしたけど、終わってない。
この日を刻んでおこう。
忘れないように。
当たり前じゃないと。
彼女達が強く、しなやかで、美しくあったことを。

肝に銘じておこう。
大事に、注意深く、見守っていこう。
今はぎこちなくて、小さな、真似事のような花かもしれないけど。いつかどんな場所でも、強く、美しく、櫻のように咲けるように。
ここで、皆が笑顔でいられるように。

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