鎧袖一触ACT2.月の場合。
夏鈴「……」
天の撮影中、夏鈴ちゃんは静かにその風景を見つめている。
〇〇「……」
俺も天の撮影を確認しつつ、メールチェックや現在の状況を日本の運営陣に報告する。
〇〇「……?」
ふと視線を感じて顔を上げる。
夏鈴「……」
いつの間にか、夏鈴ちゃんがこっちを眺めてる。
〇〇「…どうかした?」
夏鈴「……」
ふりふりと首を振って、夏鈴ちゃんはまた天の撮影風景に視線を向ける。俺も同じように視線を移す。
夏鈴「……かっこいいよね」
〇〇「……そうやね」
2期生の担当になって、天や夏鈴ちゃんと出会ってそれなりの年月は経っている。加入当初、文字通り子供だった天も来年には20歳。
立派な大人の仲間入り。
〇〇「夏鈴ちゃんもカッコいいよ」
お世辞のつもりはない。
心からそう思う。
オーデション時と比べて、デビュー当初はどこか控えめな印象を彼女に抱いたことがある。けれど、それは勘違いというか、彼女のほんの一欠片のようなもので。
実際には自分の中に在る“なにか”を言語化するのが苦手なだけで、今現在のステージ、演技、表情、髪色、ファッション、あらゆる場と武器を手にした彼女は、メンバー内でも特出した表現力を遺憾なく発揮していると思う。
夏鈴「…ほんとに?」
〇〇「ほんとに」
夏鈴「……足りないものがいっぱいだなって思う」
〇〇「……足りないって言うより、欲しいなって思うものが増えたんやない?」
夏鈴「……欲しいもの?」
〇〇「色々経験できることが増えたやん?」
アイドルとして国内外、テレビや単独のライブにとどまらず、フェスや海外のイベントにも参加するようになった。役者として、ドラマや映画に出演するようにもなった。モデルとして雑誌に出ることもある。インスタグラムを更新すれば、ファンがSNSで大騒ぎする。
〇〇「いろんなとこで、いろんなことをするようになって。そこにはそこで必要なものが見つかって、足りないなって思うようになってる。そういうことなんやない?」
夏鈴「……」
〇〇「世界が広がってる証拠やと思うよ。喜んでええんやない?」
夏鈴「……欲張りかなって」
〇〇「欲張ってこうや。もっともっと世界広げてったらええやん」
少し意外そうに、夏鈴ちゃんは俺を見る。
夏鈴「いいの?欲張って」
〇〇「あかんの?」
夏鈴「う〜ん…、迷惑かけるかなって」
〇〇「ん?内容にもよるけど、かけてええよ。フォローすんのが俺らの役目やし」
夏鈴「…仕事じゃなくて」
〇〇「…じゃなくて?」
眼鏡越しの夏鈴ちゃんの目が、少し不安そうに揺れる。
夏鈴「…卒業したら、私にも会わなくなる?」
〇〇「……」
意外な質問にドキリとする。
〇〇「……なんで?」
夏鈴「…理佐さんとか由依さん、ファッション系の仕事で一緒になる時、〇〇さん来ないじゃん…」
〇〇「……」
図星ではある。
夏鈴「…なんかあんのかなって思うじゃん」
〇〇「なんもないよ。何もないままにしたいから、行かないだけ」
夏鈴「……その時点であるじゃん」
〇〇「……」
夏鈴「…夏鈴ちゃん呼びもそうだし」
〇〇「ん…?」
夏鈴「夏鈴ちゃーん。の時、理佐さんと言い方一緒」
〇〇「ブッ!?」
え、マジ?
まったく無意識なんだけど…?
怖…。てか恥ず…。
〇〇「エー、エー、アレヨ。ツチダサントサワベサンノエイキョウヨ」
夏鈴「……別に責めてないし。…特別扱いされてるみたいだし」
夏鈴ちゃんは少し目を伏せる。
夏鈴「……でも会えなくなるのはやだ」
1期の皆は、俺と年もそう変わらない子が多くて。
彼女達は、俺にはまったく手も足も出なかったエンタメの世界で骨身を削って戦う、尊敬する先輩のような、憧れのような、けれども決して特殊な人間ではない等身大の女の子達で。
当然、魅力的な子達だから。
いらない想いを持ちたくないなと、思う。
会ってしまうと、心配してしまうかもしれない。気にかけてしまうかもしれない。あの頃と違う気持ちで接してしまうかもしれない。
それが嫌で、避けてるところはある。
じゃあ、2期のみんなは?
もし卒業して、それから、会わないって考えたら?
〇〇「……俺もちょっと嫌かも」
それが素直な気持ち。
一緒に戦って来たって、そんな自負があるから。
そんな勝手な思い入れがあるから。
夏鈴「……笑」
〇〇「笑わんで笑」
夏鈴ちゃんが聞いたんやろ笑
夏鈴「絶対嫌…にしないとだめ」
〇〇「それは…、今後次第?」
夏鈴「じゃあ…、がんばろ」
うーん。本人のモチベーションになるなら、それもええんかな…?
それともこれは、ズルい大人の対応か?
とりあえず、本気で来られたらひとたまりもないかもしれない。気をつけないと…。