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出張喫茶チャイティーヨ 夏フェスに行こう! その4

僕らがそのトラブルを知ったのは、ブースに到着して営業のための準備に取り掛かった矢先だった。

奈々未「飛鳥!」

随分急いでいたんだろう、奈々未さんが息を切らしてブースへやって来た。

飛鳥「…何?不穏なんだけど」
奈々未「…ちょっと時間もらえる?」
飛鳥「…ちょっとみんな集まって」

召集がかかり、スタッフ全員が集まる。

飛鳥「それで?」
奈々未「…まいまいのいるハイボールバーで、今日シフトインして貰う予定だったバーテンダーさんが、飛行機のトラブルで香港で足止め食らってる」
飛鳥「……」
奈々未「そういう事態に備えて、他のバーテンダーさんにも予め声はかけてあったんだけど…」

ここまで来ると想像はつく。

奈々未「今朝起きた事故で渋滞が起きてて、到着がかなり遅れそうなの」

備えていても、トラブルは起きるものだから。
とは言えこう重なると大変だ。

飛鳥「…それで?」
奈々未「……そのバーテンダーさんが来るまでの間、〇〇を貸してもらえない?」
〇〇「!?」
飛鳥「…そんなこったろうと思った」

飛鳥さんは腕を組んで、ため息。

飛鳥「ハッキリ言って厳しい」
奈々未「…だよね」
飛鳥「…どうしてもって言うなら、うちは規模縮小せざるおえないかな。アルコール提供はなし、食事と珈琲のみで対応することになるけど」
奈々未「…ごめん。それはチャイティーヨに不利益すぎる」
飛鳥「……でもハイボールバーは協賛企業なんでしょ? なんかあったら会社にも良くないんじゃない?」
奈々未「…まぁ、それはこっちの不手際だから。しーちゃんも走り回ってるし、なんとか考えるよ」

不手際って言っても、交通機関のトラブルなんてどうしょうもないことなんじゃ…。
……。
このまましょうがないで済ませていいのかな。
奈々未さんも、麻衣さんも、由依ちゃんも、僕にとって大事な人達で。
あの日からずっと残っていた後悔が、やっと払拭できたのに。今うごかなかったら、今日またこの日から、何かを後悔してしまうんじゃないのか。

〇〇「…アルノ」
アルノ「はい?」
〇〇「お願いがある…」
アルノ「…なんですか?」
〇〇「ワンオペでホールを回しながら、必要だと思ったらさくらさんか飛鳥さんにヘルプを頼んだり出来る?」

少し驚いたようだけど、すぐ嬉しそうにアルノは笑う。

アルノ「…先輩から頼み事なんて珍しいですね笑 やれますよ!」
〇〇「ありがとう笑」

そっか、そう言えばたしかにそうかも知れない。
お願い。なんて素直に言えたことなかったかな。

〇〇「ひかる」
ひかる「はい!」
〇〇「モヒートと楊貴妃に絞れば、アルコールもだせる?」
ひかる「もちろんです!やってやりますよ」

いつだって明るくて、元気で、頼れる子。
もう君達にも、あの子達にも、引け目は感じない。

〇〇「美波さん、さくらさん」

視線を向けると、2人はみなまで言うなとにっこり頷いてくれる。

〇〇「笑」

つい笑ってしまう。
頼もしくて、優しくて、
心から尊敬する、大好きな先輩達。

〇〇「飛鳥さん」
飛鳥「……」

皆揃って視線を送る。
それでも僕らが最後に意見を求めるのは、オーナーである飛鳥さんだ。
飛鳥さんがNOと言えばそこまで。

飛鳥「…わかったわかった」

ため息混じりに飛鳥さんは答える。

飛鳥「…ただし、無理だと思ったら私の判断で縮小するから。異論は認めない」
一同「はい!」

飛鳥さんは改めて僕に向き直る。

飛鳥「行って来い。師匠と後輩、助けてやりな」
〇〇「…はい!」
飛鳥「少しでも余裕持って始められるように、準備急ぐよ!」
一同「はい!」
奈々未「飛鳥」
飛鳥「…お礼は私以外に言って。私は許可出しただけだし」
奈々未「…みんなありがとう」

僕らはただ誇らしげに笑う。
あ、そうだ。

〇〇「ひかる、ヘアゴム持ってる?」
ひかる「はい、ありますよ」
〇〇「ひとつもらっていい?」
ひかる「どうぞ!」

ひかるがポケットから取り出したヘアゴムを受け取って、僕は手首にはめる。

〇〇「よし、行きましょう!」
奈々未「…うん!」

やや小走りに、僕らはハイボールバーのブースへ移動開始。

奈々未「…いつの間にか頼れる感じになっちゃって」
〇〇「ホントに頼れる先輩、後輩達ですよ」
奈々未「…そういうことにしておこうか」
〇〇「?」

ブースの裏手について、奈々未さんはエプロンを僕に手渡す。

奈々未「特に制服はないけど、エプロンだけは着けておいて」
〇〇「はい!」

受け取ったエプロンを身に着け、ブース内へ。

〇〇「よろしくお願いします!」
深川「〇〇!?」 
由依「〇〇さん?」
奈々未「〇〇が代理のバーテンダーさんが来るまでヘルプに入ってくれることになったから」
深川「チャイティーヨは大丈夫なの?」
〇〇「頼れる皆が頑張ってくれます」
深川「…そっかぁ」
奈々未「ごめん、報告行ってくる。オペレーションの確認とか、よろしくね」
〇〇「はい!」

足早にブースを出ていく奈々未さんを見送る。

由依「……」

由依ちゃんは何も言わない。
でも、だから、僕は言葉にしよう。

〇〇「あの日何も言わずいなくなったこと。ずっと話すことから逃げてきたこと。今更かなって言い訳し続けてきたこと。全部帳消しになるなんて思ってないし、罪滅ぼしってわけじゃないけど」

あの頃とは違う。
怖くなって、目を背けて、逃げ出して。
助けられて、見守られて、ここまで来た。

〇〇「来たよ」

だから、今度は僕の番だ。

〇〇「もう後悔しないために」

過去の後悔を無かったことには出来ないから。

〇〇「助けに来たよ」

今、後悔しない為の選択をしよう。

由依「……カッコつけすぎじゃないですか?」
〇〇「…カッコよく見えたってこと?」

由依ちゃんは驚いたように目をまん丸にして、

由依「ムカつく笑」

って楽しそうに笑った。
あの頃、僕は傍にいなかった。
支えることも、助けることも出来なかった。
でも、今なら、出来るはずだ。
出来なくても、やるんだ。
あの頃の後悔も、引け目も、申し訳無さも、やるせなさも、全部全部、ここに置いていく。

ひかるから受け取ったヘアゴムで髪をまとめる。

由依「…懐かしい見た目ですね」 
〇〇「…たしかにね笑」
深川「…2人で盛り上がっちゃって」
〇〇・由依「すいません!」
〇〇「オペレーションの確認お願いします!」


〜〜〜〜〜

前日と違い、今日はオーダーをまとめて受け、3人で担当を決めて作るオペレーションに。
バイトの子が受けたオーダーを、麻衣さんがシェイカーに投入。僕と由依ちゃんがシェイク。その間に麻衣さんが次のオーダーをシェイカーに。
シェイクが終わったらカップに注いで、僕と麻衣さんでソーダアップ。その間に由依ちゃんがもう一人のバイトの子へシェイカーを渡して洗ってもらい、再び麻衣さんの元へ返す。

由依「ボストン2つなら同時に振れます」
〇〇「すご…」
麻衣「〇〇もボストンは振り慣れてるよね?」
〇〇「イベントに向けて振ってたのが功を奏しました。さすがに2つは無理ですけど」
麻衣「これなら9人分は一度に振れるし、通常のハイボールは私が作るよ」

ボストン一つにつき、3杯までならシェイク出来る。
由依ちゃんが6杯、僕が3杯、通常のハイボールのオーダーならその分もまとめられる。

昨日お邪魔した時の列と、回転の速さを思い出す。
純粋なバーテンダーとしての経験は、多分僕が一番浅いだろう。

もし2人の足を引っ張ってしまったら…。

そう思わないわけじゃないんだけど。
こうなんというか…。

由依「…なんだろ。なんかワクワクして来ました」
深川「…ちょっとわかるかも」

そうだな。
それが一番しっくりくる気がする。

〇〇「…楽しみですね」
深川「だね、楽しんでいこう」
由依「賛成です」

そろそろ時間だ。

バイト「そろそろ時間です」
深川「よし。始めようか」
〇〇「はい」

一度深呼吸して。

〇〇「よろしくお願いします!」
一同「よろしくお願いします!」

さぁ、暑い夏の始まりだ。


〜〜〜〜〜


バイト「塩麹5!ローズ3!ハイボール2!」
麻衣「はい!」

流れてきたシェイカー3つにドンドンドン!と蓋をして、2つを由依ちゃんへ流す。

〇〇「塩麹3と2ね!」
由依「はい!」

由依ちゃんは、宣言通り2つのシェイカーを同時に振る。僕はBuddiesでのイベントのためにボストンを振る練習はしたけど、今思えば2つ同時に振る練習もしておくんだったな。

由依「お願いします!」
〇〇「了解!」

注がれたカップを今度はこちらに流してもらい、僕と麻衣さんでソーダを注いで混ぜる。

〇〇「塩麹5!ローズ3!ハイボール2です!」
バイト「はい!」
麻衣「次ローズ6、塩麹3ね!」
〇〇「はい!」

ドンドンドン!と蓋をして、隣へ。

由依「なんかリズム刻んでるみたいで笑っちゃうんですけど笑」
〇〇「奇遇。僕も思った笑」

会場の何処かから流れてくる音楽と、僕らの作業が刻むリズム。どこか気持ちが乗ってくる。

由依「楽しいですね」
〇〇「そうだね!いっそがしいけど!」
深川「次はシェイクせず出せるもの考えよう!笑」
由依「そうですね!笑」

忙しい。
けど、僕らはその忙しさを楽しんでいる。
うまくハマったオペレーションと、流れるような作業感と、刻むリズムとテンポ感が、心地いい。
途切れない列と、くるくる回るお客さん達。
滞りのない流れ、お客さん達の笑顔。
会場を満たす音楽、この空間を楽しんでいる空気。
そういった物が、僕らを盛り上げているような気分。アドレナリンってやつだろうか。ゾーンってやつだろうか。

客「女の子、どっちも可愛くない?」
客「あれ、今日有名な人来るんじゃなかったっけ」
客「飛行機トラブルでこれなくなったって」
客「じゃあ代理の人?どこのお店?」
客「特に情報出てないな」

チラホラそんな声が聞こえる。
そういえば宣伝になるもの、なんの準備もしてなかったな。

麻衣「塩麹3、ローズ5!」
〇〇「はい!」

ドンドンドン!

客「なんかリズミカル笑」
客「わかる笑」

僕らは一つの生き物のように。
もしくは、
そのためにプログラムされたシステムのように。
ハイボールを量産していく。

深川「この勢いだと今日は閉場までに塩麹とローズは売り切れるね!」
〇〇「売り切っちゃいましょう!笑」
由依「ノリノリ笑」

もちろん、売り切れる前に代理のバーテンダーさんが来てくれるだろう。
けど、そんなことは考えない。
来る前に売り切ってやる。
そんな気持ちで僕らは挑む。
後のことなんて知ったことか。
今だ。
マインドフルネス。
今この一時だけは、この瞬間が全てだ。
その瞬間が来るまで、思いっきり飛ばしていけ。


〜〜〜〜〜

白石「ごめん、みんなおまたせ!」

ブースの裏から白石さんが声をかけてきた。

白石「代理の人、到着したよ!」

一体どれくらいの間ハイボールを作り続けていたのか、時間を見ることも忘れて僕らは没頭していた。

深川「じゃあコレがラスト!」
〇〇「はい!」

流れてきた3つのシェイカーにドンドンドン!と蓋をする。

〇〇「由依ちゃん!」
由依「はい!」

僕らは向き合って、最後のシェイクに入る。

客「ナイスシェイク!」

お客さんから声が上がる。

深川「ナイスシェイク!!」
客「ナイスシェイク!」

続くように上がる声に、僕と由依ちゃんは思わず笑ってしまう。嬉しさや恥ずかしさや誇らしさ。

由依「お願いします!」
〇〇「はい!」

注がれたカップにソーダを注ぎ、バイトさんへ。
これにて、僕のお手伝いは終了。

〇〇「お疲れ様です!ありがとうございました!」

パチパチと並ぶお客さんから拍手を頂く。
よかった。
無我夢中だったけど、なんとかやり切れた。

深川「〇〇!」
由依「〇〇さん!」

2人は僕に向かって右の掌を向ける。
僕は左右同時に手を伸ばしてハイタッチ。

深川「お疲れ様!」
由依「お疲れ様です!」
〇〇「ありがとうございます!」

僕らはブースの裏手へ。

〇〇「後お願いします!」
臨時バーテンダー「お疲れ!ありがとう!」

ブースから出ると、白石さんが声をかけてくれる。

白石「〇〇、本当にありがとう」
〇〇「お役に立ててよかったです」 

借りていたエプロンを白石さんに返す。

〇〇「チャイティーヨに戻ります!」
白石「うん。また改めてお礼に行くね」
〇〇「ありがとうございます!奈々未さんにもよろしくお伝え下さい!」

返事も待たず、僕は駆け出す。
この熱を持っていこう。
何処までも行ける。そんな熱を。

チャイティーヨのブースは、ハイボールバーほどではないけど、テイクアウトの列が伸びている。
急いで裏手から中に入ると、飛鳥さんとひかるが並んでドリンクを作る後ろ姿。

なんでだろう。
なんだかホッとするのは。
なんでだろう。
なぜか泣いちゃいそうになるのは。 
なんでだろう。
ここはチャイティーヨの実店舗じゃないのに。

帰ってきたな。
そんな風に思うのは。

〇〇「飛鳥さん!ホールお願い出来ますか!」

パッと振り返る2人。
ひかるのホッとしたような顔。
飛鳥さんのイヒヒと笑う顔。

飛鳥「頼んだ!」

バシッと僕の背中を叩いて、ブースを出ていく飛鳥さん。

〇〇「ひかる、そのままフォローお願い!」
ひかる「はい!」
〇〇「アルノ!!」
アルノ「はいっ!?」

イートインスペースのテーブルを拭き上げていたアルノが、驚いたように顔をあげて僕に気づく。

〇〇「アルコールメニュー全解禁!! どんどん取ってね!」

アルノはそれはそれは楽しそうに笑って、

アルノ「…はいっ!」

元気よく返事をする。 

美波「よーし、こっちも頑張ろ」
さくら「ですね」

キッチンスペースから美波さんとさくらさんの声が聞こえる。テンション高くて声大きくなっちゃったから、そっちまで聞こえてるんだろう。

飛鳥「準備出来てる?」

ブースの表に回った飛鳥さんが声をかけてくれる。

〇〇「はい!」

では改めて。

〇〇「よろしくお願いします!」  


〜〜〜〜〜〜

由依「すいません、それじゃお言葉に甘えてお先に失礼します」

閉場までもう少し時間を残して、ハイボールバーはノーマルのハイボール以外全完売。
一番年下の私を気遣って、残り時間をお2人で回してくれるということで、お言葉に甘えさせてもらうことにした。

臨時バーテンダー「いやいや、こっちこそごめんね」
由依「深川さんも、ありがとうございました」
深川「お疲れ様。東京行くことがあったら、必ずお店に顔出すね」
由依「ありがとうございます。私も地元帰る時は必ずお伺いします」

改めて頭を下げ、私はブースを後にする。
目的地はすぐ近く。

由依「お疲れ様です」
〇〇「お疲れ様。早いね。売り切れちゃった?」
由依「はい、おかげさまで。後は普通のハイボールだけになったので、深川さんと臨時のバーテンダーさんが上がらせてくれました」
〇〇「そっかぁ」
飛鳥「…おつかれ」
由依「今日は本当にありがとうございました。深川さんも、ありがとうと伝えてって、仰ってました」
飛鳥「コイツが行くって聞かないからね」
〇〇「そんな言い方してないでしょ笑」
ひかる「由依さーん!」
由依「ひかるもお疲れ」

イートインスペースの片付けをしていたんだろう。
ひかるがこちらに歩いてくる。

ひかる「がんばりましたよ〜」
由依「ひかるもありがとね。〇〇さん貸してくれて」
〇〇「なんかものみたいな扱い笑」
飛鳥「なんか飲む?」
由依「いえ、お気遣いなく。早めのシャトルバスで帰れそうなので。ありがとうございます」

丁重にお断りして、私は〇〇さんに一つ頼み事をする。

由依「〇〇さん、何でもいいのでボトル貸してもらえませんか?」
〇〇「…別に構わないけど」

私は受け取ったボトルをくるくると回したり、放り投げて手のひらに載せたりして見せる。

由依「まだまだ練習中ですけど、これが私が今やっていることです」
〇〇「…由依ちゃんはフレアバーテンダーなんだね」
由依「はい」
ひかる「フレア?」
〇〇「うん。パフォーマンスをしながらカクテルを作るバーテンダーだよ」
飛鳥「それで選ばれた理由がわからない。か」
由依「はい。今回の営業スタイルでは、フレアバーテンティングをすることはないですから」

何故そんな私がここに呼ばれたのか。
今もわからない。
でも。

由依「来てよかったです。本当に」

心から思う。

由依「じゃあ、これで」

ボトルを返して、私は一礼する。

ひかる「あの、飛鳥さん!」
飛鳥「ん?」
ひかる「今の落ち着き具合なら私一人でも大丈夫なので、〇〇さんの休憩回してもいいですか!」
〇〇「ひかる?」
飛鳥「だってさ。ちょっと行ってきな」
由依「……」
〇〇「…じゃあ、シャトルバス乗り場までちょっと行ってきます」

〇〇さんがブースの裏手から出てくる。

由依「…わざわざいいのに」
〇〇「休憩だからね笑」
由依「本当に、今日はありがとうございました。ひかるも、またね」
ひかる「はい!お疲れ様でした!会えて嬉しかったです!」
由依「…私も」

隣に立つ〇〇さんに声を掛ける。

由依「じゃあ行きましょうか」
〇〇「うん」

並んで私達は歩き出す。
懐かしいような。
新鮮なような。

由依「いざこうなると、何話していいかわかんないですね」
〇〇「たしかに笑」

変な感じだな。 
別に悪い気はしないんだけど。

由依「…天ちゃんや夏鈴ちゃんは元気にしてますか?」
〇〇「うん。元気だね。特に天ちゃんが笑」
由依「そうですか笑 美青や瞳月もお世話になってるらしいですね」
〇〇「お世話ってほどのことはしてないよ。美青ちゃんはなんか妹みたいな扱い勝手にしちゃって、申し訳なく思ってる所」
由依「…そうですか」

こんなこと言うつもりはなかったんだけど、気がつけば冗談めかして、口を開いてた。

由依「誰かと付き合ったりしてないんですか?」

言って後悔する気持ちと、ハッキリしたいからちょうどいいだろうって気持ちがないまぜになる。

〇〇「いないよ」

ドキリとする。

〇〇「……でも好きだなって。そう思う人はいるよ」

…ホッとした。のかもしれない。

〇〇「不思議な感じ。どんなに時間が経っても変わらないものがあるって知って嬉しかった。けど、同時に変わっていくことも喜べたらいいなって思った。それで…、今は変えたいなって思う関係性が確かにあるんだ。このままは嫌だなって。決して悪くない関係なはずなのに」
由依「…なら、変えるために動かなきゃいけないと思いますよ」
〇〇「…だよね」

あっという間にシャトルバス乗り場に着く。
目的のバスは既に停車中。

由依「本当にありがとうございました」
〇〇「こちらこそ」
由依「あ…これ。ひかるにも渡してもらえますか」

私は鞄から名刺入れを取り出して、〇〇さんに名刺を渡す。

由依「東京の神保町。櫻ビルディング一階のBAR La vie en roseってお店です」
〇〇「ありがとう。いつかかならず行くね」
由依「なんならゲストシフトで来てくれてもいいですよ笑」
〇〇「それも楽しそう笑」
由依「…じゃあ、ありがとうございました」
〇〇「うん…」

私は〇〇さんに背を向けて歩き出す。

〇〇「…由依ちゃん!」

呼びかけられて、私は振り向く。

〇〇「……またね!」
由依「……はい、また!」

バスに乗り込んで、ブースへ戻っていく〇〇さんの背を目で追いかける。

来てよかった。
本当に。

『好きだなって。そう思う人はいるよ』

これでちゃんと前を向いて行ける。
後腐れなく、振り返ることなく。
ありがとう。
本当に、ありがとう。


〜〜〜〜〜

奈々未「お、帰ってきた」
白石「おつかれ〜!」
〇〇「お疲れ様でーす!」
ひかる「おかえりなさい」
〇〇「ただいま。ひかる、ありがとね」
ひかる「どういたしまして笑」
奈々未「で、聞いた?」
〇〇「何をです?」
白石「〇〇が頑張ってる間、飛鳥が手が空くたびにハイボールバーの方見つめてたって笑」
〇〇「え、なんですそれ」
奈々未「見えるわけないのに、〇〇がいる方見てたってこと」
白石「それでひかるちゃんが心配ですか?って聞いたらなんて言ったと思う?」
〇〇「え、なんて言ったの?」
ひかる「心配はしてない。ただ気になるだけ」
白石「キャー!」
奈々未「飛鳥らしいよね笑」
飛鳥「オイ」
一同「わっ!?」
飛鳥「なに人の事をぺちゃくちゃと」
白石「逃げろ逃げろ笑」
奈々未「ホントに今日はありがとね!」

ぴゅ〜と逃げていくお2人。

飛鳥「まったく。ひかるも…って居ないし」

キッチンスペースにでも逃げたのか、ひかるの姿も
煙のように消えていた。

飛鳥「……心配はしてないのはホント」
〇〇「…はい」
飛鳥「……気になったのもホント」
〇〇「…ありがとうございます」
飛鳥「……夏もそろそろ終わりかな」
〇〇「ですね。残暑は厳しそうですが」
飛鳥「…楽しめた?」
〇〇「はい、とっても」
飛鳥「…そっか笑」

夏の夜空の下で、僕らは笑った。


出張喫茶チャイティーヨ 夏フェスに行こう! END…。



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ライナーノーツ。

長い長い夏フェス編も終了。
書きたいことは一通り書けたかな。
次回はいよいよエンディング。
2種類書いて、ひとまずチャイティーヨシリーズも完結です。
その前に読み切りを一本書く予定。
よろしくお願いします。


次のお話
キャンプの夜に飛鳥さんと過ごしていたら。

キャンプの夜に夏鈴ちゃんと過ごしていたら。


前のお話


シリーズ

シリーズ本編


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