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出張喫茶チャイティーヨ 正鵠と君と。

〇〇「おはようございます」

華の金曜日。
とはいえ僕はいつものように、大学帰りにそのままチャイティーヨへ出勤。

飛鳥「おはよ」
さくら「おはよう」

いつも通り、本でも読みながら飛鳥さんに挨拶されるかと思いきや、今日はカウンター内に飛鳥さんとさくらさんが立っている。

〇〇「珍しいですね」
飛鳥「ちょうどいいや。お客さんが来る前に話がある」

ちょいちょいと手招きされ、僕はそのままカウンターへ向かう。

〇〇「どうしました?」
飛鳥「朝から冷蔵庫の調子が悪い」
〇〇「ほう…」
飛鳥「冷えが悪いんだよなぁ。中古で買ったもんだし、そろそろ不調があってもおかしくないけど」
〇〇「業者、呼びます?」
飛鳥「いや、もう手配はしてる。ついでだから設備点検もまとめてやってもらおうかなって」
〇〇「結構時間かかるんじゃないですか?」
飛鳥「うん。だから明日と明後日、急だけど臨時休業するから」
〇〇「わぁ、思い立ったが吉日生活」
さくら「笑」
飛鳥「こういうのは連鎖したりするから、まとめてやっちゃう方が良いの」

あと、と前置きして。

飛鳥「チャイティーヨ始めてから、皆にまともに週末休暇あげれてないなーと思って」

僕とさくらさんは顔を見合わせて笑う。

飛鳥「ちょっと〜、感じ悪いんですけど」
さくら「優しいなぁ〜って。ね?」
〇〇「ですです」
飛鳥「はいはいありがとうございます」

照れくさそうにそっぽを向く飛鳥さん。
どうせなら飛鳥さんにも休んでほしいし、1日出ましょうか?なんて提案も思い浮かんだけど、それも野暮かなって気がしてやめておいた。
ありがたく頂戴して、週明けからまた一生懸命頑張るのが一番かな。

飛鳥「とりあえず今日は予定通り営業するつもり」
さくら「生クリームとか本来入ってた食材はキッチンに避難させてるから、オペレーションがちょっと面倒になっちゃうけど…」
〇〇「了解です。とりあえず着替えてきまーす」

バックヤードに引っ込んで、ロッカールームで着替えを済ます。週末の予定を考えるなんて久しぶり過ぎて、ピンとこないなぁ。せっかく頂いたお休みをダラダラ寝て過ごすっていうのもアレだし…。
そんな事を考えながらホールへ。
ちょうどタイミングよくお店のドアが開いた。

〇〇「お、和ちゃんこんにちは」
和「あ、〇〇さん。こんにちは」

ニコリと笑って挨拶を返してくれる和ちゃん。

〇〇「カウンター席どうぞ。1名様です」
飛鳥「いらっしゃい」
和「こんにちは」 

カウンター席に案内してから、お冷とメニューを持って行く。

〇〇「はい、どうぞ」
和「ありがとうございます。今日はなにかオススメありますか?」
〇〇「そうだね〜。飛鳥さん、チーズテリーヌ後いくつですか?」
飛鳥「3つ」
〇〇「今日はチーズテリーヌがあるんだ。湯煎焼きしたチーズケーキって感じなんだけど、濃厚で美味しいよ」
和「じゃあ、それと深煎りをホットで」
〇〇「はーい、チーズテリーヌと深煎りホットね。少々お待ちください。飛鳥さん、深煎りとチーズテリーヌです」
飛鳥「はーい」

飛鳥さんが冷凍庫から珈琲豆のパウチを取り出す。
チーズテリーヌはカットして盛り付けて、生クリームを添えるだけなので、抽出が始まってから取り掛かるくらいでちょうどいいかな。

〇〇「あ、急なんだけど和ちゃんって休日はどう過ごしてる?」
和「休日ですか?」

突然の問いに、和ちゃんは真面目に悩んでくれる。

和「部活のある日もありますし、友達と遊んだり、予定がない日はアニメみたりしてますね」
〇〇「なるほど、アニメ鑑賞か〜」

長らく映画やドラマ、アニメを一気見とかしてないな〜。そういうのもありかもしれない。

〇〇「急なんだけど、明日明後日チャイティーヨが臨時休業でさ」
和「何かあったんですか?」
〇〇「冷蔵庫の調子が悪いみたいで、ついでに設備点検もやっておこうって」
和「そうなんですね」
〇〇「週末の予定を考えるなんて久しぶりだから、なにしようかなーって」
和「なるほど…」
飛鳥「〇〇〜」
〇〇「は〜い。じゃあテリーヌの準備するね」
和「あっ、はい!」

和ちゃんは何か考えているようだけど、珈琲の抽出が始まったので、僕は一度カウンターに引っ込む。
珈琲とテリーヌを提供すると、パラパラとご新規のお客さんの来店が続き、会話は宙ぶらりんのまま、次に和ちゃんと落ち着いて話せたのは、お会計のレジだった。

〇〇「ごめんね、パタパタしちゃって」
和「あぁ、いえ…。あの、〇〇さん」
〇〇「はい?」
和「その、もしよかったら明日、弓道の試合見に来ませんか?」
〇〇「え、明日試合なの?」
和「はい…。その…楽しめるかは分からないですけど、私が弓道やるって決心したの、〇〇さんのアドバイスのおかげもあるので…。よかったら、見てほしいなって…」

どこか照れくさそうに言う和ちゃん。

〇〇「そっかぁ。でもいいの?部外者だけど」
和「観戦は誰でも出来るんで、大丈夫です!」
〇〇「そうなんだ。じゃあ行ってみようかな」
和「ホントですか! あ、あの、また詳しい事はお仕事の後にでもお話したいから、LINEとか、交換しませんか…?」
〇〇「そうだね、僕もお仕事戻らないとだし」

僕は携帯の画面にLINEのQRコードを表示する。

和「じゃあ、また後で連絡します!」
〇〇「ありがとう、じゃあまた後でね」
和「はい!」

ドアを開いてお見送りすると、和ちゃんはいつもより大きく手を振って去っていく。
嬉しそうでなにより。
僕は店内に戻ると、バッシングするためカウンターへ向かう。

飛鳥「未成年に手、出すなよ…?」
〇〇「うわ、びっくりした!」

気がつくと、すぐ後ろに飛鳥さんが立っていた。

〇〇「なんです、急に…」
飛鳥「連絡先、交換したんでしょ?」
〇〇「え、あ、はい。明日、部活の大会あるらしくて良かったら見に来ませんかって」
飛鳥「ふ〜ん…」

ふ〜ん。だ。

〇〇「え〜っと…?」
飛鳥「別にいいんじゃない」

それだけ言っていつものスペースへスタスタ行ってしまう飛鳥さん。結局その日の営業中、あまり話をすることもなく時間が過ぎていった。


〜〜〜〜〜


〇〇「っていう感じでして…」
美波「なるほどね〜」

終業後、賄いに使った食器類を洗いながら、美波さんに相談してみる。

〇〇「やっぱりお客さんとそういうの良くなかったですかね…?」
美波「う〜ん、どうかなぁ。別にお店のルールとして決まってるわけじゃないし、そのへんは飛鳥さんのさじ加減だから、私にはなんとも言えないかな」
〇〇「ですか…」
美波「けどこのままっていうのは良くないよね。ちゃんと話してきなよ。こっちはもう大丈夫だから」
〇〇「…ありがとうございます」

僕は手を拭って、少し深呼吸してキッチンを出る。
飛鳥さんは僕らが食事をしたカウンターを拭き上げ終わったらしく、ちょうどキッチンから出てきた僕と目が合う。 
たぶん実際にはそんな長い時間じゃないんだけど、
僕は発するべき言葉に悩んでいたからか、しばらく飛鳥さんと互いを見つめ合っていたように感じる。

〇〇「…1杯、付き合ってくれませんか?」
飛鳥「…いいよ」

少しほっとして、僕はロックグラスを2つ用意して、冷凍庫に入った四角いロックアイスを放り込む。時々、僕と飛鳥さんはダラダラとウィスキーのロックを営業終わりに1杯だけ飲むことがある。
忙しかったり、暇すぎたり、嬉しいことがあったり、悲しいことがあったり、理由は色々。
ウィスキーを注いでステア。
一つを飛鳥さんの前に。僕はいつもこの位置で立ったまま飲んでるんだけど、

飛鳥「ん」

隣の席をポンポンと叩く飛鳥さん。
こっち来い、と言うことだろう。
僕はカウンターを回り込んで着席。

飛鳥「…お疲れ」
〇〇「お疲れさまです」

グラスを軽く掲げて乾杯。
クラス同士をぶつける乾杯は、割れたり欠けたりして危ないので基本的にはしない。

飛鳥「……なんか、ごめん」
〇〇「えっ…」
飛鳥「態度悪くて、ごめん」
〇〇「いや、そんな、僕も公私混同も甚だしいというか…」
飛鳥「……ちょっと心配になった」
〇〇「心配…ですか?」

なんだろう。
客にいらんちょっかいかけないかってことかな?

飛鳥「その…、〇〇はあの子に向き合うために頑張り始めたじゃん?」

中西アルノ。
僕の後輩。
打ちのめされて、顔を伏せて、逃げ出した僕に、今でも何かを期待し続けてる子。

飛鳥「あれもこれもって、背負い込み過ぎないかなって…。ほら、〇〇、人間関係下手くそだし」
〇〇「自覚がある分、傷つくんですけど?」
飛鳥「嘘。自覚ありすぎてなんとも思ってない。何を今更って感じ」
〇〇「エスパーですか?」
飛鳥「…期待に応えないと。とか思ってない?」
〇〇「…応えたいなって、思ってます。義務感とかじゃなくて、僕がなりたい僕なら、応えるだろうなって思うから」

飛鳥さんはふてくされたように唇を尖らせた。

飛鳥「カッコつけちゃってさ〜」
〇〇「男の子なんで笑」
飛鳥「無理しなくても、ちゃんと〇〇の居場所はここにあるから」
〇〇「はい。だから頑張ろうって思えるんです」
飛鳥「…あっそ」

飛鳥さんはそう言うと、グラスに残ったウィスキーを豪快に煽った。僕もそれに倣うように、残りを飲み干す。体の中を通るアルコールの熱と、鼻から抜けていく香り。

〇〇「和ちゃんの挑戦する姿を見届けたら、僕自身が挑戦するための原動力になる気がするんです」

美波さんが挑む姿に、感銘を受けたみたいに。

飛鳥「…頑張れ」
〇〇「…はい!」

短いエールに、心から励まされる思い。


〜〜〜〜〜〜


〇〇「お先に失礼しまーす」
飛鳥・美波「お疲れ〜」

一緒に〇〇を見送ると、飛鳥さんがゆっくりとカウンターに突っ伏す。

飛鳥「私ヤな女かも〜…」
美波「なんです、急に…」

弱い所はあんまり見せたがらない飛鳥さんが、あからさまにネガディブになっているのは珍しい。

飛鳥「人の交友関係に口出ししようなんて何様ぁ〜?」
美波「あぁ、そういう…」

〇〇も困惑していたようだけど、確かに人に寄り添うことが上手な飛鳥さんは、あまり深く立ち入ってあーだこーだ言うタイプじゃない。そっと近くで支えてくれる。そういう人。

飛鳥「今日えんちゃんがあがる時言われたよ…。〇〇もすっかり“あすかの子”ですねって」
美波「確かに。心配なんですね笑」
飛鳥「笑い事じゃない〜。もうそこから恥ずかしくて恥ずかしくて。まともに〇〇と話せなくなっちゃったよ…」
美波「不機嫌に見えたのそれが原因ですか」
飛鳥「だからちゃんと謝ったじゃん…」

らしいような、らしくないような。

飛鳥「いつの間にか、私がチャイティーヨをモラトリアムの場所にしちゃってたかなぁ…」

飛鳥さんは優しい人だから、傷ついた〇〇を守ってあげたくて、チャイティーヨという居場所があるって〇〇に伝え続けてた。私達もその優しさに救われてきたから、飛鳥さんと一緒にそれを伝えてきた。

美波「飛鳥さんだけじゃないですよ。私達だって、それが〇〇の支えになると思って、そう伝えてきましたし。実際、それがあったから〇〇はまた挑戦しようって思ったんじゃないですか?」
飛鳥「そうかなぁ…」
美波「手の届く範囲で悲しんでいる人を助けるために行動するのは、素敵な事だと思いますよ」
飛鳥「だからって手の届かないトコに行こうとするのを止める権利なんてないじゃん…」
美波「しそうになって、ダメだって思い留まってるならいいじゃないですか」
飛鳥「そうだけどさぁ…」
美波「考えすぎてますよ」
飛鳥「う…」

突っ伏したまま頭を抱える姿は、頼りになる大先輩ではなく、自分と同じ歳の1人の女性の悩める姿。

美波「話すなり、埋め合わせするなりしてあげたらいいじゃないですか。今日〇〇が勇気出して飛鳥さんと話す時間作ったみたいに」
飛鳥「う〜…」

〇〇から歩み寄ったこともたぶん、飛鳥さんは気にしてる。自分から行くべきだったって。

飛鳥「…でも明日はお互い予定あるし…」
美波「そんな朝早くからでも、夜遅くまででもないでしょ」
飛鳥「めっちゃ詰めてくるじゃん…」

飛鳥さんはノロノロとスマホを手に取ると、しばらく悩んだように指を彷徨わせていたが、

飛鳥「あ〜!もう無理!帰ろう!帰ってお風呂入りながら考える!」

焦れたように立ち上がると、ロッカールームへと歩き出す。

飛鳥「梅も!もう閉めるから帰る準備して!」
美波「はーい笑」

小さな背について行きながら、ふと考える。

美波「巣立ちの時期というか、成長の時なんでしょうね、〇〇にとって」
飛鳥「…そのままチャイティーヨも卒業とか言い出さないよね…?」
美波「それは…私達次第じゃないですか?」
飛鳥「そこはしないですよ。でよくない?」
美波「それは〇〇が決めることですから」
飛鳥「…私イジメて楽しいか?」
美波「…ちょっとだけ笑」
飛鳥「ヒデェ後輩だー!」
美波「ウソウソ笑 冗談ですって笑」

これは希望的観測かもしれないけど、
きっと〇〇は可能な限り、
飛鳥さんの隣にいたがると思いますよ。
返しても返しきれない恩を、誰かに送りながら、
飛鳥さんにも、送りたいって思ってるだろうから。


〜〜〜〜〜


翌日、僕は初めて降りるバス停から、携帯の地図を頼りに歩き出す。恐らくここだろうという場所にたどり着き、入口を探していると、

和「〇〇さーん!」
〇〇「おはよ〜。もう弓道着なんだ?」

出迎えに来てくれた和ちゃんは、いつもの制服姿ではなく、初めて見る弓道着姿。

和「開会式があったので…」
〇〇「へぇ〜、カッコいいね」
和「ありがとうございます笑」

少し恥ずかしそうにしながら、それでも晴れの舞台だからか、親に新しい制服を披露する子どものように、くるりと回ってくれる和ちゃん。

和「じゃあ、行きましょう!」
〇〇「はーい」

和ちゃんの先導で会場内へ。
確かに観覧席には学校や部活関係者ではなさそうな人達の姿がある。出場者のご家族やお友達も来ているのかもしれない。

和「それじゃ、私も準備してきます!」
〇〇「うん、頑張って。案内してくれてありがとう」
和「どういたしまして!」

ニコリと笑って、観覧席を離れる和ちゃん。
いつもより元気に見えるのは大会へ向けての気持ちの高ぶりなのか、緊張からくるものなのか、僕には伺いしれないけれど、いつもと違う彼女の姿を見れたのはラッキーだなと思う。
始まるまでに改めて、昨日教えてもらったルールを再確認しておく。
今回の試合では和ちゃんは三人一組で出場して、1人につき4本の矢を射るらしい。計12本の矢の内、的に当てた数の多いチームの勝ち。ざっと要約するとそんな感じ。得点も当たるか外れるかなので、分かりやすい。的までの距離は28m。25mプールより長い距離。そんな遠くにある、たった直径36cmの的を狙い撃つ競技。正直話だけ聞くとそんなこと出来るもんなのか?という感じ。
そんなことを考えていると、選手の入場が始まる。和ちゃんは前から2人目。
武道らしく、礼や型、所作に色々と決まりがあるんだろう。みな等しく丁寧に動作を行い、弓を構え、矢をつがえる。
弦楽器なんて物があるくらいだから、弓から矢が放たれる瞬間の弦からはどこか知った音が響き、的に刺さる矢が放つ鋭い音が会場内へ反響すると、よし!と歓声が湧く。
どこからともなく湧いてくる高揚感がある。
ここには真剣に挑む人達と、それを心から応援する人達が集まってる。その熱気に背を押されるように、僕も気持ちが高ぶってくる。

相手、強豪なんですよ。

昨晩、和ちゃんが言っていた言葉を思い出す。
確かに現在、相手が優勢。
試合は進み、後は和ちゃんが1本、その後の部長さんの1本の計2本を残して得点差は2点。
2本とも当てれればサドンデスのような延長戦に望みを託せる。1本でも外すとその時点で敗退が決まる。
嫌でも緊張感の高まる場面。それに合わせるように会場内がシン…と静まり返る。和ちゃんはここまで3本的中。次を当てれば4本中4本を当てる皆中。
矢をつがえる寸前、たぶん、気のせいだけど、和ちゃんと目があったような気がした。呼吸整えるように一拍おいて、彼女は弓を引き、矢を放つ。
的中。
それも的の中心にある黒点、正鵠を捉えている。
会場内に一際大きな、よし!の声。
僕も、無意識に小さく、よし。と呟いていた。


〜〜〜〜〜

部長「ごめん和〜、私が当ててればまだチャンスはあったのに〜」
和「そんな、謝らないでくださいよ」

会場から出てきた和ちゃんは、いつもの制服姿で、部員の皆と今日の試合を振り返るように話をしている。

部員「今日の和は会心の出来だったもんね。皆中に正鵠だもん」
和「たまたまだって笑」

悔しさはきっとあるだろうけれど、今日の和ちゃんの出来に、皆思うところがあったようで、どこか清々しい。

和「あ、〇〇さん!」

こちらに気づいた和ちゃんが駆け寄ってくる。

和「お待たせしてすいません」
〇〇「いえいえ」

ちらりと部員の皆さんに視線を送ると、こちらを見てヒソヒソと何か密談中。軽く会釈をすると、彼女達はワッと盛り上がる。

部長「それじゃ私たちは帰るから、彼氏さんと仲良くね!」
和「だから違いますって!!」

和ちゃんの否定に、部員の皆さんはまたワッと盛り上がって、こちらに会釈を返して去っていく。

〇〇「仲いいね笑」
和「もう、恥ずかしいです」

年相応のじゃれ合いに暖かい気持ちになる。

〇〇「じゃあ、行こうか」
和「はい」

僕達は会場からほど近い公園に移動。
ベンチに並んで腰掛けると、僕は持ってきた差し入れを取り出す。

〇〇「ほい、簡単なのだけど、サンドイッチ」
和「やったー!ありがとうございます」

試合の開始時間がちょうどお昼時で、終わったらお腹が空きそうだなぁと思った僕は、朝一番にベーカリーやましたと、24時間スーパーをハシゴして、サンドイッチを拵えた。
そして、もう一つ。

〇〇「こっちは飛鳥さんから」

マグボトルと紙コップを取りだす。

和「わっ、もう実質チャイティーヨじゃないですか!」
〇〇「そうだね、初の出張営業だ笑」

昨晩、和ちゃんと今日の詳細をLINEでやり取りしていると、飛鳥さんから会場に向かう前にチャイティーヨに寄って欲しいと連絡が来た。
言われた通りお店に向かうと、飛鳥さんから差し入れとしてこのセットを受け取った次第。
しかも今回の珈琲は一味違う。

〇〇「飛鳥さんが和ちゃん用に考えたブレンドだよ」
和「えっ…」

飛鳥さんは常連さんが来る度、注文傾向や好みを聞き取りして、ある程度データが溜まるとその人用のブレンドを考えてる。
その人のど真ん中。
正鵠に刺さる1杯を提供するために。
ボトルからコップに珈琲を注ぐと、香りがふわっと辺りに漂う。

和「いい香り…」
〇〇「はい、どうぞ」
和「ありがとうございます」

軽くふーふーと息を吹きかけ、珈琲に口をつける和ちゃん。

和「うん。美味しい…。それと懐かしいです」
〇〇「お、すごい。流石だね」
和「忘れませんよ。ヌガーの甘い余韻…」

ある雨の日。
和ちゃんが初めてチャイティーヨを訪れた日。
その日のホンジュラスをベースに、飛鳥さんがブレンドした、和ちゃんのためのブレンド。

和「サンドイッチも美味しい…。なんか、嬉しいですね、こういうの」

珈琲とサンドイッチ。
簡単な軽食かもしれない。
けれど、何処かで誰かが自分のことを思ってくれている。自分のために時間を使って、頭を悩ませて、その人の心に刺さるものを用意しているんだって。

それが分かるから、嬉しくなる。

和「あの日、本当にチャイティーヨを見つけれて良かったです。あの日、あそこで雨宿りしてなかったら、私は弓道をやってなかったかもしれないし、今日みたいな日を迎えなかったかもしれない」
〇〇「すごかったもんね」
和「そんなに長くない弓道人生ですけど、間違いなく一番の出来でした」

嬉しそうに話す和ちゃん。僕も自然と笑顔になる。

和「今日は本当にありがとうございます」
〇〇「いえいえ、こちらこそ。誘ってもらえてよかった。すごく、勇気をもらえた」
和「勇気、ですか?」
〇〇「うん」

僕はなんとなく視線を外して空を眺める。

〇〇「あの日、偉そうにアドバイスなんかしたけど、僕はずっと挑戦することから逃げてた」

怖くなって、遠ざけて、見ないふりした。

〇〇「わりと小さい時からギターを触っててね。けど高校卒業くらいにちょっとしたことで弾くのが嫌になっちゃって…。しばらく遠ざけてた」

和ちゃんはただ、黙って僕の話を聞いている。

〇〇「最近、周りの人達を見て、逃げてばっかもいられないなって思うようになってさ。みんなそれぞれ何かに挑んで、戦ってる。そういう姿を見ると、やっぱりカッコいいんだよね。僕もそうありたいなって」

改めて、和ちゃんと目をあわせる。

〇〇「今日の和ちゃんを見て、勇気をもらった気がする。僕も負けてられないなって」

和ちゃんはニコリと笑う。

和「よかったです。ずっとお世話になってるのに、何も返せてないなって思ってたから。少しでも力になれたなら、嬉しいです」

ふと思い出す。

知らず知らず誰かに助けられて、
知らず知らず誰かを助けてるから。

あの日、飛鳥さんが言ったこと。
今、実感した。
こういうことなんだろう。

〇〇「ずっと待たせてる後輩もいるしね…。ちゃんと向き合わないといけないなって」
和「…あ、あの」
〇〇「はい?」
和「その…後輩さんとは当時お付き合いしてたんですか?」
〇〇「…ん?」

お付き合い?

〇〇「…いや!してないよ!?なんで!?」
和「あ、いや!なんとなくそうなのかな?っておもっただけで!深い意味はなくて!」

うーん、そう見えてしまうのかな。
申し訳ないな。
また迷惑かけてしまってるかも。

和「じゃ、じゃあやっぱりお店のどなたかと…?」
〇〇「いや、なんでそうなるの!?してないよ!」
和「〇〇さん、女性のお知り合いが多いから…」
〇〇「ごめんね、友達いなくて…」

知り合いなんてほとんど仕事絡みの人ばっかりだし…、大学なんて知り合いほぼいないし…。
毎日講義終わったら即バイトに行くやつなんて、そりゃ友達らしい友達なんて出来ませんよ。

和「なんか、すいません…」
〇〇「いえいえ…」
和「とにかく、お付き合いしてる人はいないんですね!?」
〇〇「あっ、はい。お付き合いどころか親交すらあんまないです…」
和「な、なんかすいません…」
〇〇「ウソウソ。ホントに今で十分。元々人間関係下手くそだし。今は挑戦に忙しいしね」
和「…いつか私も聞けますか?〇〇さんのギター」
〇〇「その時が来て、その時に和ちゃんが望むなら」
和「是非、聞きたいです」
〇〇「じゃあ、のんびり待ってて」
和「…はい」

僕らはその後も他愛ない話をしながら、珈琲とサンドイッチヲ楽しんだ。


〜〜〜〜〜


和「今日は本当にありがとうございました」
〇〇「どういたしまして。こちらこそ、誘ってくれてありがとう」

2人でバスに乗り、乃木駅まで。
夕暮れと夜の中間。
家まで送るのもいいけど、知らない男に娘さんが送られてくるのも親御さんが心配するかなと思い、駅とお家の中間くらいでお別れしておく。

〇〇「それじゃ、またお店でね」
和「はい!…あの〇〇さん」
〇〇「ん?」
和「また、LINEしてもいいですか?特に用がなくても…」
〇〇「もちろん。お店来る前とか聞いてくれたら混雑具合とか教えられると思うよ。返事がない時は忙しいと思ってくれたら笑」
和「…笑」

和ちゃんは少しキョトンして、けどすぐ笑った。

和「ありがとうございます、常連特権ですね笑」
〇〇「そうそう笑」
和「それじゃ、お疲れさまです」
〇〇「うん、お疲れ。気をつけてね」
和「はい、ありがとうございます!」

手を振って歩き出す和ちゃんを見送って、僕も歩き出す。
さぁ、頑張ろう。
程なくして、ポケットの携帯が震える。
取り出して画面を開くと、LINEが入っている。

和『今日は本当にありがとうございました!』

律儀な子だなぁと、僕は笑顔になる。

〇〇『どういたしまして!ゆっくり休んでね』

そう返信したところで、別のアカウントからLINEが飛んでくる。

飛鳥『試合、終わった?』
〇〇『はい。今、和ちゃんと別れたところです』

歩みを再開しようと、ポケットに携帯を仕舞おうとするとすぐ返事が飛んでくる。

飛鳥『今日はもう予定ない?』
〇〇『はい、特には』

既読がすぐについたので、返事も速いかと思ったが、しばらく待っても来ないので、携帯を手に持ったまま、僕は帰り道を再び歩き出す。
自宅が見えてきた頃、返事が飛んできた。

飛鳥『じゃあ1時間後、ギター持ってここ来て』

添付されましたマップの位置情報は、僕もよく知る場所で。けど、あの日以来訪れていない場所。
どういう意図なんだろう。
それを組みかねて、飛鳥さんに何度か質問を飛ばしたんだけど、結局ギターを手に、そこへ向かうまでの間に、既読がつくことはなかった。



乃木駅から徒歩6分ほど。
カウンター5席、2名がけテーブル席2つ、
4名がけテーブル席1つ。
毎週水曜定休日。

喫茶チャイティーヨ

急な事で申し訳ないのですが、
本日、明日と設備点検のため、
臨時休業とさせて頂きます。
悪しからず、ご了承くださいませ。



正鵠と君と。    END…




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ライナーノーツ。
今回は和ちゃんメイン回。
弓道未経験者なので色々粗ありそうですが、ご容赦ください。
本当はこのあとの展開のも書いて、3ブロックの構成予定だったんですが、このまま行くと長くなりそうだったので、3ブロック目は次回とくっつけることにしました。なので珍しくはっきり次の展開への導入を書いた状態で終わるという形。

やっぱりアイドルという挑戦者が好きです。
果敢に挑む姿に心打たれます。
頑張る誰かを見て、自分も頑張ろうという気持ちになるって素敵ですよね。
次回は〇〇が挑むお話になる予定。
その前にXで不定期営業中の喫茶チャイティーヨの賄いを更新の予定です。

次のお話


前のお話

シリーズ

番外編“喫茶チャイティーヨの賄い”を不定期営業したり、なんか小ネタ呟いたり、執筆状況呟いたり、色々してるX。


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