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私だけが知ってる。

小坂「お疲れ様」
〇〇「小坂さん、卒業おめでとうございます」

卒業式。
俺は小坂さんの後を継ぎ、生徒会長となるべく立候補した。無事当選したことで、在校生代表として、送辞を述べさせてもらった。

小坂「まぁ、私が頼んじゃったからね笑 最後まで見届けれてよかった」
〇〇「ありがとうございます笑」

高校に入り、入学式で挨拶する生徒会長の傍らに控える小坂さんに一目惚れして、1年間なんやかんやと生徒会に協力した1年生。
見た目の可憐さに惹かれたことは否定しない。でも協力して、その人となりを知って、より好きになったことも本当。
副会長になって、会長となった小坂さんの補佐になって、1年過ごした2年生。
落ち着いた声色、分け隔てない優しさ、恐竜好きという意外な一面。知れば知るだけ魅力的に思えた。

小坂「…改めて聞いてもいいかな?」
〇〇「はい?」
小坂「…この1年間、楽しかった?」
〇〇「笑」

2年生、初めて生徒会役員として生徒会室を訪れた俺と小西に小坂さんが言った言葉。
俺の所信表明は小坂さんからかけられたその言葉を引用している。

〇〇「楽しかったです、めちゃくちゃ」
小坂「そっか笑」
〇〇「けど…」
小坂「けど?」

反芻する。色々なこと。
この1年のこと。
楽しくて、学びがあって。
けど…。

〇〇「…次の1年はもっと楽しくします」

少し驚いたような顔をする小坂さん。
でもすぐいつもの優しい笑顔を浮かべる。

小坂「そうだね。そうこなくっちゃね笑」
〇〇「……」

そう。
そうしなくちゃ。

小坂「…ごめんね、色々頼んじゃって」
〇〇「いえいえ、本当に楽しかったです。もし小坂さんが居なかったら、俺は生徒会に入ろうなんて考えもしなかったろうし…。それに、学校を面白くしようなんて思わなかったから」
小坂「……」
〇〇「だから、本当に感謝してるんです」

可憐で、穏やかで、優しくて。

〇〇「…俺も人に寄り添える人間になりたいです」

この1年、いろんなことを考えた。
特に、優しさってなんだろうと思った。

例えば村山に近づいたきっかけは、言ってしまえば打算的な感情だったと思う。村山のためではなく、俺が俺のために、俺の評価を上げるために。
けど日々過ごす内に思った。
俺は誰の評価を得たいんだろうって。
きっと最初は学校や、教師や、小坂さんからの評価だったと思う。
でも不意に気づく。
俺は村山に評価されたい。
いつの間にかそう思ってる事に。
最初は険悪と言っても良かった。
けど少しずつ、信頼を感じた。
もっと信用に足る人間だと、頼るに足る人間だと思われたいとそう思う自分がいた。
人と信頼を構築すること、信じてもらえること、頼ってもらえること、それは俺が思っているよりずっと良い物だと思った。

それはたぶん、優しさとは違うものだと思う。
けれど、取っ掛かりのようなものだとも思う。
優しさは、見返りを求める事よりも、自分自身も満たしてくれる物だと気づくことが出来たなら、迷うことなく与えていける。

優しくしたから優しくされるわけじゃない。
人に優しくされたから、そういう優しい人間に、自分も優しくしてあげたい。
そういう気持ちを持って、そういう気持ちを持てる奴を増やして、集まって…。

〇〇「けど、俺1人ではたぶんムリなんです…。
だから、頼れる奴らを集めたつもりです」

見た目や言動で誤解されやすいけど、気に入った奴には愛情深くて、意外と愉快なやつ。
俺みたいなウザったい先輩の、ウザったい絡みに色々言いつつも付き合ってくれるやつ。
いい加減で口先ばっかの俺みたいなやつに、口出したり手出したりしながら、ずっと手を貸してくれてるやつ。

〇〇「俺は打算的で、いつも自分のことばっかりで、深く考えずに動き出しちゃうことも多くて…。
でも小坂さんや小西達と出会って、色々考えることも増えて…。そういう人達が過ごす高校生活が、もっともっと面白くなったらええなって思うようになったんです…」
小坂「……」

小坂さんは、いつもと同じように穏やかに微笑んでいる。それこそ初めのうちはこの人に良いところを見せたい一心だった。
この人の優しさに、いつもドキドキしていた。
けれど、この人を見つめていて、本当に優しい人は、平等に優しいんだって知った。
相手が誰であれ、立場がどうであれ、好き嫌いも、男女も、関係なく、等しく優しいんだと。
その優しさが、時々苦しかった。
貴女の優しさが、自分ではない誰かに向けられることが。そんな自分の嫉妬深さとか、狭量さが。
けど、今なら分かる。それがどれだけ難しいことか。どんな人間だって、贔屓や損得が頭をちらつくものだから。
だからこそ、改めて尊敬する。

〇〇「俺も小坂さんみたいに、皆に寄り添える人間になりたいです」
小坂「…なれるよ。その気持ちがあれば」
〇〇「……」

泣いちゃいそうだ。
この人が居ない日々が来るんだなって。
いるのが当たり前の日々が終わるんだなって。
そこで微笑んでる貴女が居ないんだなって。

〇〇「あの…俺…」
小坂「ん?」

…好きでした?

違うと思う。
いや、違わないんだけど。

ふさわしくないなって。
そこにいるのは。
貴女の隣にいるのは、俺ではないなって。
いつの間にかそう思ってた。

〇〇「……俺、この学校に来て、小坂さんに会えてよかったです。もし来てなかったら…たぶん今も俺は人の事…慮ったりしなかったろうから…」

視界が滲む。
情けない。
寂しい。
悲しい。

もっと隣に居たかったなって。
もっと傍で見てたかったなって。

小坂「〇〇」

呼びかけられて顔を上げる。
いつものように、穏やかな笑顔の小坂さんがいる。

はずだった。

小坂「ありがとう」

ポロポロと涙をこぼしながら、彼女は笑う。

小坂「嬉しかった。いろいろ協力してくれて…。尊敬してますって言ってくれて…。引き継いでくれて」
〇〇「……」

違う。
泣いてほしいわけじゃない。
笑顔でいてほしい。
のに、俺は言葉に出来ない。

小坂「……」
〇〇「……っ」

小坂さんは両手で俺の手を取る。

小坂「……ちゃんと仲間に頼るんやで?」
〇〇「…はい」
小坂「……何でもかんでも自分でやろうとするのは良くないで?」
〇〇「…はい」
小坂「…いっぱい皆と話してな?」
〇〇「はい」
小坂「自分も楽しい学校生活にしないとあかんで?」
〇〇「はい!」
小坂「……よし」

静かに手が離れる。
ハンカチの一つでも、持っておくんだった。
そうすりゃ、この人の涙も拭えるのに。

小坂「…じゃあ、そろそろ行くな?」
〇〇「……はい」

いとも容易く、距離は離れる。
最後にもう一度、いつもみたいに微笑んで。
背を向けて、小坂さんは歩き出す。

〇〇「……」

ふと、小坂さんが振り返る。

小坂「〇〇!私も…!」

口を開いて、でも言葉はでてこなくて。
深く、小坂さんは深呼吸する。

小坂「私も…大学生活、楽しむよ!」

眩しい眩しい笑顔だった。

〇〇「はい!ご卒業おめでとうございます!」

俺は深く、深く頭を下げた。



〜〜〜〜〜



もう振り返らない。
伝えなきゃいけないことは、ちゃんと伝えられたと思うから。伝えなくて良いことは、伝えなくていいと思うから。

お調子者で、口がよく回って、
いつも、誰にでも、全力で付き合ってたね。

嬉しかったよ。
まっすぐ敬意と好意を向けてくれて。
楽しかったよ。
一緒に色々なことに取り組んで。

伝えなくて良いこと、もし伝えてたら、もしかしたら、まだまだ一緒にいれたかな?
けどね、私の隣にいる君より、皆といる君の方が、きっと素敵だと思うんだ。

だって、無理しちゃうよね?
君は頑張りすぎちゃうよね?
背伸びして、肩肘張って。

だって私もそうだから。
君の尊敬する先輩で居たかったから。
素敵な優しい、先輩で居たかったから。
最後まで、そんな先輩で居れたかな?

この1年間。
沢山学んだことがあったよ。
嬉しいことも。
切ないことも。
楽しいことも。
寂しいことも。

ありがとう。
さようなら。


この甘苦い感情は、きっと私だけが知ってる。



〜〜〜〜〜


頭を下げたまま、滲む床を眺めてた。
そこスッと、ハンカチが差し出された。

小西「もう小坂さん、おらんで」
〇〇「……」

受け取るか悩んでいると、はよせぇと言わんばかりにもう一度ハンカチを突き出してくる。

〇〇「…どーも」
小西「……」

受け取って、軽く涙を拭う。

〇〇「…洗って返す」

何を言ったらいいのかわからなくて、俺はそんな事を口にする。

小西「いらんわ」

パッと俺の手からハンカチを奪う小西。

〇〇「…どっから?」
小西「どっこも。あんたが頭下げてるのと、小坂さんが去ってくのを見ただけや」
〇〇「…そう」
小西「そう」
〇〇「……」
小西「……」


しばし無言で、俺達は並んで立つ。
いつの間にか、それが当たり前になってた。
いつものことになってた。

小西「変わってへん?」
〇〇「…なにが?」
小西「おもろい学校生活にしたいって気持ち」
〇〇「変わるかい」
小西「ならええ」
〇〇「…頑張るわ」
小西「……」

不意に小西に抱き寄せられる。

小西「…頑張ろな。やろ」
〇〇「……」

驚いて声も出ない俺。

小西「あんただけが頑張ってどうすんねん。何のために私ら集めてん。一緒に頑張るためやろ」
〇〇「……そやな」

少しだけ、何故か勇気が必要だった。
たぶん、あの人に釣り合う男になりたかったから。
そのために、背伸びする必要があった。
でも、それももう必要ないんだと思う。
だから、今ならちゃんと言える。

〇〇「……頼むな?」
小西「まかしとき。なんかあったら容赦なくシバいたるわ」
〇〇「…こっわ」

身体か離れて、ふと思う。

〇〇「お前、俺なんかに優しくして得でもあんの?」

ない。
そう返ってくると思ってた。

小西「…ある」
〇〇「…そうなん?どんな得?」
小西「教えん」

それだけ言って、小西はスタスタ歩きます。

〇〇「え〜、気になるやん」
小西「何と言われても教える気ないから!」


あんたがそれを知る必要はないねん。
そんなん気にせず、好き勝手やればええ。
フォローも、サポートもしたる。
あんたが皆に優しくしたら、私があんたに優しくしたる。皆があんたを甘やかしたら、私があんたに厳しくしたる。
だからそのままでおって。
変わらずアホなことばっか言う、しょうもないやつでおって。
あの人に好かれるあんたじゃなくて、私が好きなあんたでおってほしい。

この独り善がりな感情は、私だけが知ってればいい。


〜〜〜〜〜


何もかける言葉が見つからなくて、私は立ち尽くすしか無かった。
心の何処かで、思い込んでいたのかもしれない。
あの人が卒業しても、何も変わらないって。
私が、私達が居るからって。
けど、お互いに涙を流す〇〇と小坂さんを見て、私は少なからずショックを受けた。
もっとサラリと、粛々と過ぎていくと思ってた。
でも2人の雰囲気からは、もっと重く大きな感情が見て取れてしまって怖かった。
もし今、頭を下げ続ける〇〇に声をかけて、
「好きだった」
そんな言葉が出て来てしまったら、私は苦しくなっちゃうかもしれない。
それを自覚するくらい、私は〇〇が好きなんだって、気づいてしまったから。

腫れ物みたいな私に、不良の一言で片付けられてた私に、根気よく付き合ってくれた〇〇。
馬鹿な私に嫌気もさしたろうに、何度も何度も付き合い続けてくれた〇〇。
勉強することも、人と馴れ合うことも、髪色を変えることも、一緒なら悪くないなって思えた。

なのに、躊躇ってしまった。
今こそ寄り添うべき時なのに。
私は臆病だった。
傷つきたくなかった。

だから、迷わず〇〇に寄り添った小西が眩しく思えた。羨ましく思えた。
…少しだけ妬ましく思えた。
小西と〇〇の距離は私が思ってるよりずっと近いんだって分かってしまった。

白けた。
…白けたかった。
出来るものなら。

けれど、もう私は、それが出来ないところまで来てしまってた。今更もう引けやしない。
自分にこんな執着があるなんて知らなかった。

こんな重苦しい感情を、私だけが知っている。



〜〜〜〜〜

3年の卒業式。1年はお休み。
時計を確認すると、もう式も終わった頃だろうか。

あの人はどうなっただろう。
次会う時、あの人はどうなってるだろう。

もしかしたら、素敵な彼女さんが出来て、浮かれているかもしれない。
もしかしたら、恋に敗れて、傷心中かもしれない。

どっちにしても、
どんな顔をしたらいいんだろう。
浮かれていたら、怒ればいいの?悲しめばいいの?
悲しんでいたら、慰めればいいの?喜べばいいの?

会いたいのに、会うのが怖い。
顔が見たいのに、見るのが怖い。

今度会った時、貴方は私の頭に触れるのかな。
私はその時、受け入れればいいの?断るべきなの?

わかんないよ。

貴方は今、どんな気持ちで、誰といるの?
そんな答えのない考えがぐるぐると頭を巡る。

会えなかった1年間。
寂しくて、虚しかった1年間。

再び会えた1年間。
嬉しくて、切なかった1年間。

これから生徒会で過ごす1年間。
それが、どんな1年になるかが今日決まる。

悲しむ貴方なんてみたくないのに。
次会う時、貴方に悲しんでいて欲しいなんて。
酷い自分がいる。

こんな醜い感情を、私だけが知ってる。


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