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踊る La Vie en Rose.4回裏
小池「よかったん?普段は走ってるんやろこの時間」
✕✕「そっすね。けど別に散歩でもいいんすよ」
いつもなら軽く走っている時間帯。
今日は小池さんと一緒に3匹のわんこを散歩させている。
小池「助かるわ〜。3匹いっぺんに散歩させるの大変やねん…」
✕✕「でしょうねぇ…」
例の一件があって、小池さんはしばらくまともに睡眠も取れなくて、憔悴してた。
飼い犬達の散歩も難しかったことだろう。
✕✕「しかし元気っすね」
3匹のわんこのうち、ポムという名前のチワワは一番の古株でどことなく落ち着きがある。
あとの2匹、ぽてととプリュムはまだ子供らしく元気いっぱいである。
小池「けっこうやんちゃなんよなぁ笑」
そう言って小池さんは笑う。
例の一件は、端から見れば別に完全な意味で解決されたわけでないと思う。実行犯は逮捕されたわけでもないし。
けど、俺と小池さんの中で認識は一致してる。
アイツはもう、現れることはないだろう。
最後の、あの表情を見て、俺達はそう考える。
これは俺の個人的な予想というか、そうであってほしい願望かもしれないけれど。
アイツはギリギリ踏みとどまったのかもしれない。
すべて失くして、人間ではない何かになってしまう直前で引き返した。
最後の最後、自分の好きな人の気持ちとか、想いとかに気づいて、申し訳なく思ったんじゃないか。
好きな人をこれ以上、傷つけたり苦しめたりしてはいけないって。
だから、俺はもう大丈夫だと思う。
アイツはもう、小池さんを傷つけたり苦しめたりはしないと思う。希望的観測かもしれないけれど。
小池「…考え事?」
✕✕「……そうっすね。俺は、ずっと考えるのが苦手で…。いや、考えるのが嫌だったからなんでもシンプルにしようとしてました。強くなりさえすれば、あとはただ勝つことだけ考えてればいいやって…」
考えても答えの出ないことが多すぎて。
間違ってもなけりゃ正しくもないことが多すぎて。
億劫になった。意味を感じなくなった。
✕✕「でもラビアンに来てから、強くなっても考えなきゃいけないことがたくさんあるって分かって。
強さや戦い方にも色々あるって知って。
…考えなきゃいけないって思うようになりました」
難しいけれど、挑まなくては。
今までと同じではダメなんだ。
それでは何も変わらない。
何かを変えていかないと、俺はただ、俺の終わりを待つしかない。
小池「そうやね。考えなあかんね。人やから。他人の気持ちなんて、本当の意味では理解できへんのかもしれんけど、理解しようって気持ちは持たないとあかんと思うねん…。私が偉そうに言えることじゃないけど笑」
公園に立ち寄って、わんこ達の給水タイム。
小池「✕✕も犬こうてみたら?」
✕✕「ん?なんすか、急に」
小池「嫌いじゃないやろ?」
✕✕「まぁ、そうっすね」
かわいいけど、俺みたいなやつに飼われるのも大変じゃなかろうか。
小池「…人間関係って難しいやんか。気を使ったり使われたり、期待したり、期待されすぎたり…」
お水に満足したのか、自分を見上げてくるポムを撫でる小池さん。
小池「けど、この子らはもっと単純っていうか、まっすぐやねん。ご飯をくれる人とか、世話してくれる人とか、かわいがってくれる人をまっすぐ信頼してる。計算とか駆け引きとか関係ないんよね…笑」
優しい顔で笑う。
小池「人として、人と付き合っていくために考えなあかんことはいっぱいある。けど、そういうのに疲れちゃう時は誰だってあると思うねん。そういう時に、こうやってまっすぐ向けられる信頼に救われることがあると思う」
✕✕「……」
まっすぐな信頼。
✕✕「…わかる気もします。俺も、下の連中。子供らと遊んでた時はそんな感じだったかもしれません」
小池「…そっか笑」
✕✕「…なんか恥ずかしいっすね笑」
小池「ええやんか、子供好きなんていいことやろ」
✕✕「…いや、好きっていうか」
小池「照れんでええやん笑」
うーん、何言っても照れ隠しになりそう。
ふっと視線を落とすと、ぽてととプリュムがこっちを見つめている。
✕✕「もう水いいのか?」
2匹をわしゃわしゃと撫でてみる。
温かさが、息遣いが伝わる。
ちぎれそうな勢いで振れる尻尾で、なんとなく気持ちが伝わる気がする。
小池「優しい顔出来るやん」
✕✕「…自分じゃわかんねーっす」
小池「まぁ、それもそうやな笑」
✕✕「……俺も落ち着いたら、犬飼うこと、考えてみます」
小池「…そっか。そん時は何でも聞いてな」
✕✕「…はい。そん時は頼りにします」
もう一つ、先を望む理由が出来た。
小池「あ、そうそう。お礼したいと思ってんねん」
✕✕「いいっすよ、そんな」
小池「まぁまぁ、私がしたいと思ってんねんから」
✕✕「はぁ…」
小池さんはカバンからメジャーを取り出す。
小池「そういうわけやから、ちょっとサイズ測らせて」
こうニコニコ言われると、断りづらい。
俺はおとなしく要求に従うのだった。