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喫茶チャイティーヨ 音と君と。
???「え…、どうしたんですか。卒業式位は真面目にって感じですか?」
高校の卒業式。
伝えておかねばならないことがあって、1年の後輩を呼び出した。つい数日前、彼女に会った時は長い髪をまとめてマンバンにして、左右合わせて7つのピアスをしていた僕。今は坊主頭で、ピアスは一つもつけていない。
???「似合ってないですよ笑」
〇〇「自分でも思うけど、後輩が先輩にそこまで歯に衣着せず言うもんかね」
???「笑」
〇〇「笑い過ぎだよ」
そんなツッコミをしてしまうけど、出来るんならずっと笑ってて欲しい。でも、たぶん、悲しませることは確定してて。
〇〇「アルノ」
アルノ「はい?」
中西アルノ。
去年入学してきた後輩。
軽音部で1年間、バンドを組んだ仲間。
〇〇「ごめん、約束守れない」
アルノ「え?」
〇〇「大学入ったら、音楽サークルには入らない」
アルノ「いや…。その冗談、面白くないですよ」
さっきまでケラケラ笑っていた表情が固まる。
アルノ「外でバンド組むってことですか?」
〇〇「…いや、そもそも、もうギターは弾かない。と、言うか弾けない」
アルノ「意味が…わからないです」
話すだけでも、じわりと冷や汗が滲む。
それでも、不誠実になぁなぁにしてはおけない。
ごまかしごまかしでは進めない。いい後輩だとおもってるから、半端な真似はしたくない。
〇〇「…最後のライブの後さ、“元”父親に偶々会ったんだよ」
両親は中学の終わり頃離婚した。
その事は別にいい。
もう終わった過去のことだから。
そういう選択をする家庭がある。
そのくらいはまま、あること。
〇〇「楽器屋にリペア頼むって言ったでしょ?そこで偶々会ってさ。離婚の理由、あの人の浮気だったんだってさ」
憧れ。
バンドも、ギターも、ピアスも、長髪も。
全部、影響を受けて始めたこと。
〇〇「それ知ったら、怖くなっちゃったよ。全部」
自分もそうなってくのかな。
このまま、影響受けて。
〇〇「びっくりするよね。自分がそんなふうになるくらい、そういう事に嫌悪感持つなんて思わなかったよ」
そう思うと、ゾッとした。
自分にもそういう血が流れてる。
誰かを裏切って、平然とできる。
そういう人間の血が。
アルノ「…そんなの、先輩とは関係ないじゃないですか。先輩は先輩で、お父さんはお父さんでしょ…」
〇〇「そうだよね…、馬鹿だよね」
手をアルノに向けて見せる。
次第に、震えが来る。
〇〇「漫画だよね。考えるだけでこれだよ」
アルノ「……」
今にも泣き出しそうな顔で、アルノは僕の震える手を見つめ続けてる。心苦しい。
〇〇「だからさ、ごめん…」
アルノ「そんなの…、そんなこと…」
言葉が続かないアルノ。
居たたまれない。
今すぐこの場から離れたい。
けど、出来うる限り、この子にはこれからも笑って過ごして欲しい。それが僕の自分勝手なわがままだとわかっているけれど。そのために、今日は彼女を呼び出したんだから。
〇〇「だから大学では一緒にバンド組めないけど、アルノには音楽続けてほしい。歌上手いし、組みたいやつも、聞きたいやつも一杯いると思うから」
アルノ「私は…先輩と…」
〇〇「…ありがとう。でも、ごめん」
“卒業してもまた大学で組んであげますよ笑”
“ブレザーでも第2ボタンの文化ってあるんですかね?まぁ、誰ももらってくれなかったらしょうがないからもらってあげますよ笑”
つい先日した話が、まるで遠い昔の事みたいに現実感がない。ブレザーの少ないボタンは結局、部の後輩達にあらかた持ってかれてしまったのでネクタイを外す。
〇〇「ホントに感謝してる。楽しい1年だった。心からそう思ってる」
アルノの手を取ってネクタイを握らせる。
〇〇「良かったらもらって。要らなかったら遠慮なく捨ててくれていいから。あと…」
ブレザーの内ポケットから名刺入れを取り出す。
〇〇「これ、バイト先。今まではなんか恥ずかしくて教えなかったけど。いいお店だから、気が向いたら来てよ。珈琲、奢るから」
空いたほうの手に名刺を握らせる。
アルノは目を伏せたまま、何も言わない。
僕もそれ以上何も言えなくて、ぽんぽんとアルノの肩を叩く。
この1年、何度こうやって、彼女の肩を叩いたろう。
初めてのライブで緊張していた時も、
テンパってMCが長引いてる時も、
会心の出来過ぎて言葉が出ない時も、
これが高校最後なんだなって時も。
それだけの事で、この瞬間もステージの上にいるかのように錯覚してしまう。それくらい、鮮烈な1年間だった。
〇〇「じゃあね」
アルノ「……」
返事は返って来ないけど、
それを待つことはせず歩き出す。
出来るなら、サッサとこんな先輩は忘れて、残りの高校生活を楽しく笑って過ごして欲しい。
せめての礼儀と思って、バイト先を教えたけど、きっと来ることはないだろう。
もし許されるなら、新しいバンド仲間と一緒に、笑顔で珈琲でも飲みに来てくれたなら、それ以上のことはないけれど。
〜〜〜〜〜〜
〇〇「ありがとうございました。お気をつけて」
入学式シーズンも終わりを迎え、ゴールデンウィークの余韻もどこへやら。少しずつお客さんの来店タイミングが日常への回帰を感じさせる今日この頃。ちょうどお客さんが途切れたタイミングで、ラストオーダーの時間を迎える。
飛鳥「…閉めるかー」
本から視線を時計に移すと、飛鳥さんが呟く。
飛鳥「梅〜」
美波「は〜い」
キッチンから顔をのぞかせる美波さん。
飛鳥「今日はもう閉めるから、片付け〇〇に任せて仕込み終わらしちゃいな~」
美波「わかりました。〇〇〜」
〇〇「は〜い」
僕は最後のお客さんの食器を持って、キッチンへ向かう。
〇〇「ホール、お願いします」
飛鳥「はいはい」
キッチンへ入ると、美波さんはちょうどオーブンに焼菓子を放り込んだ所。
〇〇「お疲れさまです〜」
美波「お疲れ様〜」
シンクに食器をおいて、キッチンに設置されている調理器具類を回収していく。
〇〇「仕込みはどうですか?」
美波「結構終わってるよ。片付け終わったら上がってもらって大丈夫かな」
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お昼間にキッチンに入ってくれているさくらさんも結構背が高いほうだけど、美波さんはさらに高身長。美人で大人っぽい人だけど、飛鳥さんは美波さんを“結構見掛け倒し”ってイジったりしてる。
たまに抜けてる所があるのはわかるけど、それが可愛さというか、見た目から来る近寄りがたさを軽減してるから、むしろプラスに働いてる。
昼間はデザイン会社に勤めてるそうで、なんか出来過ぎてるなぁって思う。こんな美人でオシャレな人が提案してくるデザインなんか信用しかない。
チャイティーヨの名刺やロゴデザインも美波さんが。制服は美波さんのお知り合いのアパレル会社と共同で、飛鳥さんも交えてデザインされたらしい。
〇〇「あら、美波さんと過ごす時間が短くなっちゃいますね〜」
美波「ま〜た言ってるよこの子は笑」
〇〇「いやいや、ホントに」
シンクに戻って、スポンジを手に取る。
美波「はいはい笑 大学はどう?」
〇〇「う〜ん、まぁまぁですかね。これと言って可もなく不可もなく。もっとバイト入りたいな〜って感じです」
美波「ゴールデンウィークもガッツリ入ったじゃん。好きだねぇ、チャイティーヨ」
〇〇「めっちゃ好きです笑」
器具や食器を洗う僕の隣に美波さんが並ぶ。
ヒョイと僕の被るキャスケットを取ると、少し離れて僕の姿を眺める。
美波「髪、結構伸びてきたね」
〇〇「そうですね、もうちょい伸びたら髪型考えないとな〜。美波さんは好きな異性の髪型とかあります?」
美波「ん〜、あんまり考えたことないなぁ。私と飛鳥さんとさくの意見割れたらどうする気?笑」
〇〇「奈々未さんにも聞いてみます笑」
美波「徹底してるなぁ笑」
思考を読まれてるなぁとは思うけれど、それでいいと思う。わかりやすい人間でありたい。その方が余計な物を背負わず済むし。
美波「でも、主体性は持ってたほうがいいよ。分かってるとは思うけど」
〇〇「痛い所を突かれました」
誰かの影響を受けすぎて痛い目を見てるのに。
懲りない自分だなって思うけど。
この人達には、裏切られない。
そんな根拠のない自信だけはある。
美波「〇〇はよくチャイティーヨに集まる人みんなに、幸せになってほしいって言うけどさ」
丁寧にキャスケットを被せ直してくれる美波さん。
美波「私達にとっては〇〇もその一人なんだから、自分も大切にしなよ? 〇〇が悲しいと、私達だって悲しいんだから」
ポンポンと、キャスケット越しに頭にふれる感触。
こんな自分でも、
そんな風に思ってくれる人がいる。
もったいないくらい、人に恵まれてる。
それを素直に受け取って、喜べたらいいのにな。
〇〇「…これ以上僕からの好感度上げてどうするつもりですか?笑」
美波「どうしよう。もし私が独立したらついて来てもらおうかな笑」
〇〇「それは悩ましいですねぇ〜笑」
美波「悩むんかい笑」
飛鳥「…なーにイチャコラしてんだ」
いつの間にか、キッチン入口のカーテンから飛鳥さんが顔を覗かせていた。
美波「オーナーにヘッドハンティングの現場を見られちゃったよ」
〇〇「…すいませんがこの話はなかったことに」
美波「あ、逃げる気だな」
飛鳥「働け。給料天引くぞ」
〇〇・美波「は〜い」
美波さんはお菓子の焼け具合を確認するようにオーブンを覗き込む。僕は洗い終わった器具を食洗機にかける。
飛鳥「ちょうどいいや。〇〇、そこでストップして。お客が来てる」
〇〇「ラスト過ぎましたけど、入ってもらったんですか? お知り合いです?」
飛鳥「じゃなくて。〇〇にお客さん」
〇〇「…?」
飛鳥「梅、しばらく頼んだ」
美波「はーい」
濡れた手を拭って、
店内へ戻る飛鳥さんの後に続く。
カーテンをくぐって、ホールに目を向けると、まぁよく知る子が立っている。
〇〇「…アルノ」
その声に気づいて、店内を見渡していたアルノがこちらに視線を向ける。
アルノ「っ、…どうも」
一瞬、嬉しそうに笑って。
すぐ、気まずい表情を浮かべる。
飛鳥「…知り合い?」
〇〇「後輩です。高校時代の」
飛鳥「…変なちょっかいかけて恨まれてるとかじゃない?」
〇〇「…飛鳥さん?」
飛鳥「冗談だって」
〇〇「まったく…」
カウンターから出て、アルノへ声を掛ける。
〇〇「…せっかく来てくれて申し訳ないけど、ラストオーダー終わってもう閉店なんだよね」
卒業式から約2ヶ月。
お互いに連絡1つしていない。
このままなんとなく疎遠になっていくと思ってた。
それでいいと思ってた。それが最良だって。
うちの母校、乃木東は男女とも制服はブレザー。
男女の違いはボトムスとタイ。
男子はパンツとネクタイ。
女子はスカートとリボンタイ。
今目の前にいる後輩女子はネクタイをしてる。
卒業式で会った時は、彼女はリボンタイをしてたはずだ。どういう想いで、そのネクタイを持ってた?
高校3年間、部活もそこそこにチャイティーヨでのバイトもかなり入った。よく練習を先に抜けて“またバイト!?”ってツッコミを受けた。それでも恥ずかしいからこの店のことは教えなかった。どういう想いで、店の名刺を持ってた?
アルノ「バイト、何時までですか」
〇〇「…そんなにかかんないと思う」
アルノ「じゃあ、外で待ってます」
スッと踵を返して入口に向かう。
〇〇「アルノ!」
アルノはピタリと、
僕の呼びかけに反応して足を止める。
〇〇「あの…」
反射的に呼び止めてしまって、
あとの言葉が続かない。
飛鳥「〇〇、テーブルつかいな」
カウンターから、飛鳥さんが声をかけてくれる。
振り向くと飛鳥さんは軽く頷いて、キッチンへと入っていった。本当に、ありがたい人。
〇〇「アルノ、そこ、座って」
アルノ「…すいません」
〇〇「オーナーがいいって言ってるから、大丈夫」
2名がけのテーブル席に向かい合って座る。
〇〇「…それで?」
アルノ「…色々考える時間を取りました。それで、新入生も見て、改めて組む人も考えようって決めました」
〇〇「うん…」
アルノ「…ピンときませんでした」
〇〇「……」
アルノ「それになんか避けられてる気もするし…」
〇〇「……?」
1年ぽっちの付き合いだけど、特に部内でそういう気配はなかったと思う。ライブをやるときにはそれこそベースとドラムのサポートメンバーを部員に頼んでたし。
アルノ「勝手に組んで、彼氏に怒られないか怖いんだよなって」
〇〇「…彼氏出来たの?」
アルノ「出来てないですよ!」
勢いよく立ち上がるアルノ。
揺れるネクタイ。
〇〇「君、まさかネクタイ着けて登校してる?」
アルノ「え、はい」
僕は天井を仰いだ。
アルノ「え、なんです?」
やってしまった。
これは僕にも責任がないとは言えない。
やっぱりアレは迂闊な行動だった。
余計な真似をして、この子の邪魔をしている。
〇〇「君さ。今までリボンタイしてた子が、新年度から急にネクタイしだすなんてなんかあったって思うに決まってるでしょ。いつから着けてるかわかんないけど、卒業式直後からだったりしたら、卒業生の男子からもらって身につけてるって思うよ。それなりの関係なんだろうって思われもするって」
アルノ「あ…」
この後輩、時々本当にどんくさい。
〇〇「しかも部内だと僕って思われてる可能性全然あるよ…」
マンバンヘアのピアスボコボコ開けてる、バイトばっかりしてる先輩。十分怖いよ。
アルノはネクタイに触りながら、照れくさそうにそっぽを向いてる。
〇〇「ちゃんと誤解、解いておきなよ。あとネクタイ、あんまいい顔されないでしょ」
世は多様性の時代。
表立って男子は男子。女子は女子。なんて言われはしないだろうけど。
アルノ「…いいんです。これで変な男子が寄ってこないならそれはそれで。魔除けです魔除け。それに長髪にピアスボコボコ開けてた先輩に言われても説得力ないです」
〇〇「…ごもっとも」
アルノ「……」
〇〇「……」
しばしの沈黙。
〇〇「2ヶ月そこらじゃ何も変わんないよ」
アルノ「……」
期待に応えられるものなら応えてやりたい。
けど、無理なことは無理だ。
どれだけ懇願されても空は飛べないし、海も割れないし、ギターも弾けない。
〇〇「…落とし所、決めようか」
アルノ「っ…」
お互い頑固者だから、1年間それなりに衝突はあった。互いの提案に乗っかることなんて殆ど無くて、そのうち相手を説得することはやめて、適度な落とし所を模索するのが決まりになった。
〇〇「…聴くよ。君が歌うなら、ソロでもバンドでも。ライブでも音源でも動画でも。感想も話す。ちゃんと向き合う。君とも音楽とも」
アルノ「……」
〇〇「君が嫌になったわけでも、音楽が嫌いになったわけでもない。僕が僕を嫌いになっただけだから。君が思い悩む必要は無いんだよ」
アルノ「…私は、私が素敵だと思った物を嫌いって言われて、いい気しないです」
〇〇「…ありがとね」
僕は立ち上がって、店内を見渡す。
〇〇「あとさ、一応言っておくけど、僕は音楽から逃げて此処に来たわけじゃないよ」
アルノもつられて店内を見渡す。
〇〇「元々大好きな場所だったから。ステージに立つより、今はここに立つほうが好きなんだってそう思ってる」
少し寂しそうに、アルノは僕を見る。
〇〇「いいお店なんだ。本当に」
ここのおかげで、今は笑えてる。
〇〇「あ、そうだ。飛鳥さ〜ん、美波さ〜ん」
呼ばれた2人がキッチンから顔を出す。
〇〇「うちの後輩、紹介させてください。あと、お二人のことも、後輩に紹介させてください」
自分でもちょっと驚くくらい。
自然と笑ってそう言えた。
〇〇「ごめん、アルノ。君が言ったことは僕も同意するよ。自分が好きな物を、好きだと言ってくれる人がいたら嬉しいよね。それが自分が大好きな人達なら、尚更に」
〜〜〜〜〜〜
〇〇「すいません、結局片付けも半端で」
美波「いいよ、気にしない気にしない」
〇〇「ありがとうございます」
結局送っていってやれと飛鳥さんに言われて、そのまま着替えて店の前。
飛鳥「おまたせ」
店から出てきた飛鳥さんは、小さなマグボトルを僕に手渡す。
飛鳥「時間なかったから、アメリカーノだけど」
〇〇「ありがとうございます!…飛鳥さんがいれたんですか?」
美波「私がいれた笑」
〇〇「やっぱり笑」
チャイティーヨのエスプレッソマシンはレバー式。
見た目もいいし、本場では凄いシェア率らしいので導入されてるんだけど、いかんせん力のいる作業が多めで飛鳥さんには辛い。タンピングという珈琲粉を押し固める作業や、抽出時のレバー操作などはそれなりに力がいる。
なので大体飛鳥さんが豆を挽いて、ポルタフィルターに入れるドーシングから、粉を均すレベリングまでやって、僕か美波さんが粉を押し固めるタンピングから抽出を行うという分業制になることが多い。
昼間僕も美波さんもいない時はなんとかかんとかやってるらしいが、時々さくらさんも手伝うらしい。
2人がかりでレバー引いてたら面白いけど。
〇〇「じゃあ、お疲れ様でした」
軽く頭を下げて、歩き出すとパーカーのフードを掴まれる。
〇〇「飛鳥さん、普通に声かけてくれたら普通に止まりますから」
飛鳥「なんで私ってわかるわけ?」
〇〇「美波さんなら普通に呼び止めます」
飛鳥「あっそ」
美波「笑」
飛鳥さんに向き直ると、今度は胸ぐらを掴まれる。
そのままぐいと、引っ張ってくるので抵抗せずそのまま近づく。
飛鳥「一回しか言わないからよく聞けよ?」
真剣な目でこちらを見るので、茶化すことも出来ずそのまま話を聞く。
飛鳥「〇〇があの子と向き合って、現状を変えたいなら、私達は協力は惜しまない。逆に、あの子と向き合うことで、〇〇が傷ついたり苦しんだりするんなら私は容赦なくあの子を出禁にするし、〇〇にも会わせない。それだけは覚えといて」
パッと手を離す飛鳥さん。
なんでそこまでしてくれるんだろう。
もう十分、沢山のものをもらってる。
大して返すこともできない自分に。
どうしてここまでしてくれるんだろう。
〇〇「ありがとうございます。…でも大丈夫ですよ、飛鳥さん。ちゃんと自分で言いますから。どっちに転がっても。…だから飛鳥さんが悪者になろうとしないでください」
飛鳥「…あっそ」
飛鳥さんはいつもの素っ気ない返事をすると、一度も振り返らず店内に戻って行った。
美波さんに視線を送ると、微笑んで肩を竦める。飛鳥さんの優しさと不器用さを、僕達は知ってるから。それをありがたく、愛おしく思ってる。
〇〇「お先に失礼します」
美波「はい、お疲れさま」
美波さんは軽く手を振って店内に戻って行った。
僕は改めてお店に深く頭を下げた。
〜〜〜〜〜〜
〇〇「はい、おまたせ」
アルノ「…遅いです」
〇〇「ごめんごめん」
並んで道を歩く。
〇〇「あ、一人暮らし始めたから、送るのは駅までね」
アルノ「…聞いてない」
〇〇「言ってないからね」
以前までは家の最寄り駅が同じ方面だったので、電車の中で別れるのが常だった。けど、僕は一人暮らしするなら乃木駅周辺と決めていたので、電車に乗る必要はない。
アルノ「送るってほどの距離ないじゃないですか」
〇〇「あのね〜、バイト切り上げて送ってあげてるんだからね?」
アルノ「……」
拗ねたようにそっぽをむくアルノ。
可愛い後輩だと思う。
慕ってくれて、嬉しいと思う気持ちもある。
けど、そのせいで本来送れるはずの楽しい高校生活が阻害されている気がしてならない。
〇〇「…落とし所、決めはしたけど、いつでも反故にしていいからね」
アルノ「…そっちこそ、いつでも反故にしていいですよ。どうしてもって頼むなら、バンドも組んであげます」
〇〇「頑固〜笑」
アルノ「お互いさまでしょ笑」
あっという間に駅つく。徒歩6分程だもの。
〇〇「そいじゃあね」
アルノ「…」
アルノはスマホの時計を見て、
アルノ「…まだちょっと時間あります」
〇〇「あぁ、そう。…じゃあこれ、飲みなよ」
鞄からマグボトルを取り出して彼女に手渡す。
アルノ「なんです…?」
〇〇「珈琲。今日奢れなかったから」
アルノ「あぁ…」
〇〇「アメリカーノ。ホットで深煎りだから」
アルノ「…そんなのはちゃんと覚えてるんですね」
〇〇「2ヶ月そこらでは何も変わらないって」
アルノは元々珈琲嫌いだったけど、僕が毎度毎度打ち合わせや話し合いや待ち合わせに喫茶店を指定して、珈琲を飲むもんだから、それに付き合う内に飲めるようになっていた。それでも好みは結構はっきりしていて、ホットは深煎り、アイスは浅煎りと決めてる。
アルノ「変わってるじゃないですか。見た目も、住んでる所も、立ってる場所も」
〇〇「…確かにね」
アルノ「…苦いです」
〇〇「砂糖、入ってないからね」
突っ返されたマグボトルを受け取ると、アルノは駅に向かって歩き出す。
アルノ「…帰ります」
〇〇「うん…。今度は営業中に来なよ。部活あると難しいか」
アルノ「…」
〇〇「そろそろ月に1、2回夜営業しようかって話出てるから、その時でもいいけどね」
アルノ「…決まったら教えてください」
〇〇「はいはい笑 さっさと帰りな、不良娘」
アルノ「まだ21時にもなってないですよ」
〇〇「リボンタイもせずネクタイしてるような子は十分不良です」
アルノ「先輩が言っても説得力ないですよ」
そう言って改札を抜けて、ホームへと去っていく。
その姿を見届けてから、僕も歩き出す。
昼間は随分と暖かくなってきたけど、夜は時折肌寒さを感じさせる。温かいアメリカーノを飲むと、体の芯に熱が入る。
もしまたギターを弾けるようになったなら、僕は僕を好きになれるだろうか。それとも結局あの人と同じだなって、嫌いになるだろうか。
アルノは喜んでくれると思う。けど飛鳥さんや美波さん、さくらさんはどう思うだろう。心配するだろうか、喜んでくれるだろうか。
わからない。そもそも弾けるようになってから考えることか。とも思う。
喫茶は。
チャイティーヨは。
ギターという手段を無くした僕が、
唯一誰かを笑顔にできる場所だから。
大事に思う。そこに集まる人達も。
出来るならいつか、
後輩にもお店で、笑顔で、過ごして欲しい。
そのために出来る事に、少しずつ挑まなくてはいけないのだと思う。
例え奇跡的な復活劇なんてないと、思い知らされることになったとしても。現実なんてそんなもんだと、諦観することになったとしても。
マグボトルを傾けて家路をゆくと、早く明日にならないかなってそんな事を思う。
早くお店に戻りたい。
もう、みんなに会いたいな。そう思う。
乃木駅から徒歩6分ほど。
カウンター5席、2名がけテーブル席2つ、
4名がけテーブル席1つ。
毎週水曜定休日。
喫茶チャイティーヨ
今日も一日お疲れ様でした。
お帰り、お気をつけて。
音と君と。 END…
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ライナーノーツ
引き続き、チャイティーヨ。
ネクタイ女子、好きですよね?
喫茶店がすごく好きです。
ゆく街ゆく街、
推し喫茶を作っては、また行きたいな。
なんて思う日々。
書くもの書くもの喫茶が登場しますね。
そんな大好きな喫茶なので、舞台になるのは当然といえば当然なのですが、そもそもアイドルのドラマが好きで始めた妄ツイなので、中々アイドルではないメンバー達を書くまでに時間がかかりましたね。
本編とAfterで書きたいことは一通り書けて、次に書きたい題材が出来るまではチャイティーヨが続くかな?トラペジウム見に行けたら書きたいなとは思ってるのですが。
そのうち読み切りでもいいから、オリジナルのアイドルの話とかも書いてみたいな。なんて。
そんな感じでよろしくお願いします。
次の話
前のお話
シリーズ