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#9 人は夢を二度見る

五百城:「あれー?誰か私の水知らん?」
小川:「知らないよ〜」
五百城:「キャップしかない」
奥田:「またキャップせずにどっか置いちゃったの!?」
一ノ瀬:「どっかそのへんにこぼしたりしてない?」
川崎:「さっきお菓子コーナーのとこに持って行ってなかった?」
五百城:「あっ、そうかも!行ってくる!」
冨里:「私もいこ〜」
井上:「あ〜、ゴミ捨て場の決戦もっかいみたいな〜」
岡本:「最近ずっと言ってる笑」
中西:「観に行けばいいじゃん?」
井上:「もうすぐ入場者特典が変わるからそれまで我慢してんの!」
菅原「あぁそういうのもやってるんだ」
井上:「5弾までは決まってるから、最低でもあと4回は観る!」
岡本:「めっちゃ観るじゃん笑」
中西:「もっかいどころじゃなかった笑」
井上:「でも凄い好評だから公開日数増えて、更に特典が追加される可能性も…」
菅原:「オタ活充実してるなぁ…」 
池田:♪〜(鼻歌落書き中)

賑々しい。

12th Birthday Liveが近づき、ここ最近は多くのメンバーが一同に集い、レッスンやリハに精を出している。

乃木中や選抜の歌番組出演など、期の境を越えて多くのメンバーが集まる場面では、その分マネージャーや運営スタッフ陣も多く集まるため、俺は少人数のメンバーの仕事に同行することが多いのだけど、流石にバスラのようなメンバー全員が大集合するような場合はそこへ同行する事になる。
そんなわけでこの日は5期生大集合なのだが、まぁ賑やかである。
ライブへの緊張感がないわけではないが、気心知れた同期達との休憩時間は、それなりに彼女達の息抜きや気持ちの切り替え時間として、有意義なものなのだろう。
そんな彼女達の賑やかさとは裏腹に、こちらの頭はズシリと重い。
今回のバスラは遂に1期生、2期生が全員卒業後初のBirthday Live。
3期生にとっては、自分達が一番の先輩としてグループを牽引する存在として。
4期生にとっては、自分達が中核を担い、これからもグループから目を離せないと思わせる存在として。
5期生にとっては自分達が末っ子から先輩になるに相応しい成長をしていると感じさせる存在として。
それぞれに多くの課題を持って取り組まねばならない。
今回、特に井上は越えねばならないハードルが高いように思う。センターポジションの多さもだが、初期の乃木坂を象徴する楽曲である“制服のマネキン”。ハードなダンスと特異な世界観の“命は美しい”。センターにソロダンスパートが任される“Sing Out!”。このあたりは求められる基準が大きいことは想像に難くない。

池田:「難しい顔してますね」

いつの間にか落書きから顔を上げ、池田がこちらを眺めている。

〇〇:「ちょっと考えごとしてた」

池田:「眉間のシワ、とれなくなっちゃいますよ」

自分の眉間をトントンしながら言う池田の姿に、少し心も軽くなる。

〇〇:「そうだなぁ。考えても解決しないことは、考えてもしょうがないよなぁ」

池田:「案ずるより産むが易し。って言いますからね」

言葉には力があると思う。
言霊なんて言葉もあるくらいだし。
言葉で誰かを救えると信じてる。
同時に、
言葉が誰かを傷つけないかと不安にも思う。

〇〇:「だなぁ。…ちょっと気分転換してくる」

池田:「いってらっしゃ〜い」

〜〜〜〜〜〜


トイレの洗面台でじっくりと手を洗う。仕事の合間や、ミーティングの前など気持ちをリセットする儀式として時折行うこと。
今は多分、緊張を紛らわせるために。
心の中では既に気持ちは決まっていて、その瞬間へ準備を進めている。

それと並行して、

今言うべきか?
終わってからの方がいいんじゃないか?
不安を煽らないか?
負担を与えないか?
そんな言葉が浮かんで来る。

そんな言葉をかき消すように、俺は頭を中で鍵盤を叩く。あの日の悔しさ、窮屈さ、息苦しさ、楽しさを思い出すために。あの日の飛鳥ちゃんの笑顔や、言葉を思い出すために。

〜〜〜〜〜〜

控室に戻る前に、休憩中に自由食べれるように備えられたお菓子コーナーに立ち寄る。少し糖分を入れておこう。

中西:「お、珍しいですね」 

先客の中西が1人、お菓子を物色している。

中西:「今日はおしるこじゃないんですね」
〇〇:「今日は手軽さ重視で」

ヒョイと手近なチョコレートを手に取ると、その場で包みを剥がして口に放り込む。

中西:「あー、お行儀悪いんだ」
〇〇:「よいこは真似すんなー」

中西もチョコレートを手に取り、包みを剥がすと口に放り込んだ。

中西:「良い子じゃないんで真似しました」
〇〇:「反抗期かぁ?」

口の中でチョコをコロコロしながら、二人並んで控室へと戻る。

中西:「あ、そういえば聞きたいことがあって」
〇〇:「なに?」

控室のドアに手をかけた俺に、中西が問う。

中西:「But Not For Meって、〇〇さんが歌ってる音源って、どっかにないんですか?」

俺は開きかけたドアを丁寧に閉め直すと、中西へ向き直る。

〇〇:「…あるわけないでしょ! 俺の曲じゃあるまいし…!」
中西:「それは知ってますけど、歌ってみたとか…」
〇〇:「ないよ…!もしあっても教えないよ…!チェット・ベイカーの音源でも聞いてなさいよ…!」

中西:「あ、やっぱりチェット・ベイカー版だったんですね、音源。けど譜割りが〇〇さんのと違ってて違和感あって」

〇〇:「いいよそんな真面目に考えなくて…!」

中西は現状、5期で唯一俺の過去を知ってる。
音楽で生きていきたいと願ったこと。
夢破れてここにやってきたこと。
その流れで、一度だけ彼女の前で歌ったことがある。But Not For Meはその時歌った曲。

〇〇:「まったく、びっくりするわ」
中西:「もう一回聞きたかったのに〜」
〇〇:「聞かんでよろしい」

改めてドアを開けて控室に入ると、ザッと視線がこちらに集まる。

〇〇:「こわっ」

さっき一度ドアを開けたからか、注目が集まっていたらしい。

岡本:「最近〇〇さんとアルノ、仲いいですよね?」〇〇:「…そう?」
中西:「…さぁ?」

思わぬ問いかけに俺と中西は顔を見合わせる。

中西:「それならパンのがよっぽど仲良くない?」

皆が視線を向けると、池田は自慢げに腕を組む。

池田:「私は皆より〇〇さんとの付き合いが長いからさぁ」

多分唯一、オーディションの面談で顔を合わせたことがあるから、そのことを言ってるんだろうけど、

〇〇:「述べ30分も変わらんやろ」

つい、コテコテの関西弁が出てしまった。

池田:「ひど〜い」

腕を組んだまま体を左右によじる池田。
出た、“最近はやってない”の動きだ。

〇〇:「池田、時々その動きするよな」

池田:「ダメでした?」

ピタリと動きを止め、こちらを見る。

〇〇:「いや、面白可愛いからいいと思う」

池田:「じゃあドンドンします」

と、よじりを再開し始めたので、

〇〇:「ドンドンはせんでいい。何事にも適切な量がある」

そんなやり取りをしていると、控室のドアがノックされる。

△△:「〇〇さん、3期の集合が遅れそうなので、先にスタッフ打ち合わせ済ませましょうかって」
〇〇:「了解です」

荷物手に取り、ドアへ向かいながら菅原へ声を掛ける。

〇〇:「ごめん菅原、先に出るから後よろしく。なにかあったらスマホ鳴らして」
菅原:「はい!わかりました!」
池田:「またさっちゃんに頼んでる〜。最年長私なのに〜」
〇〇:「はいはい。皆もいつでも出れるように準備はしといてね」
一同:「はーい」

ちらりと井上の顔を見ると、浮かない顔というか、なにか言いたげな表情を浮かべていたが、結局ドアを出るまでに彼女が声をかけてくることはなかった。

やはり、キチンと話をするべきだな。
その前に、今日の仕事を完遂しよう。
話はそれからだ。
会議室に向かいながら、俺は気合を入れ直した。

〜〜〜〜〜〜

〇〇:「ごめん、井上。ちょっと予定変更。今日は俺が送迎するから」
井上:「あ…、はい」

本日の予定を消化し、次の仕事へ向かう者、帰宅する者、それぞれの送迎が始まる頃、他のマネージャーと相談し、井上の送迎を変わってもらった。彼女は変更を聞くと、少し驚いて、気まずそうに目を伏せる。
ここ最近、井上はやや感情的になることがある。その事自体は別に問題と思わない。当たり散らしてくれたっていいし、弱さを見せてくれたっていい。重要なのは何故、感情的になるかだ。

〇〇:「…井上、良かったら助手席乗ってくれないか」
井上:「…いいんですか?」
〇〇:「もちろん」

ドアを開けて井上に乗車を促す。

〇〇:「どうぞ、お嬢様」 
井上:「…似合ってないですよ笑」 
〇〇:「知ってる笑」

井上を助手席に乗せて、自身も運転席に。
シートベルトを確認して、アクセルを踏む。

〇〇:「急にごめんな。どうしても話したいことがあって…」

どこから始めたもんかな。

〇〇:「…今回のバスラ、井上には結構頑張ってもらうことになってるでしょ? ちょっと負担大きいよな」
井上:「…私、頼りないですか?」

予想していなかった返答に少し面食らう。

井上:「最初に構成もらって、これだけ任せてもらえること、不安でしたけど、同じくらい嬉しかったです…」

井上は顔を伏せ、長い髪に隠れて表情は伺いしれない。

井上:「先輩達と比べて、経験も実力も全然足りないのはわかってます。でも、センターに選ばれたあの日、〇〇さんが“井上なら大丈夫”って言ってくれたから、今回もきっと大丈夫って…頑張ろうって…」

声の震えから、彼女の気持ちは伝わってくる。

井上:「もし不安になったら、〇〇さんに素直に相談しようって、そうすればまたきっと大丈夫だよって言ってもらえるから。そうしたら、私また頑張れるから…」

ポロポロとこぼれる涙が、井上の膝の上で固く握りしめられた手に落ちていく。

井上:「でも、ふと、思っちゃったんです。もし、“井上には荷が重かった”っておもわれたらどうしようって…」

俺は自然と、車を路肩に停車させていた。

井上:「そう思ったら、相談するのも、弱音吐くのも、怖くなって…。素直に〇〇さんと話すことも出来なくなって…、態度悪くて…ごめんなさい…」

井上が最近俺に対して当たりが強かった理由。
感情的だった理由。

井上:「〇〇さんが期待してくれたから、私センターも頑張れた。そこに立つのに相応しい私に変わるために、懸命にやればいいって。けど、もし、〇〇さんの期待を裏切っちゃったら、私、また私を嫌いになりそうで…」

何もかも嫌になって、彼女は一度殻に閉じこもった。それは次に進むステップとして、必要な期間だったと思う。

井上:「私、いつも自分のことでいっぱいいっぱいで、ごめんなさい…。頼りなくて、ごめんなさい…」 

〇〇:「井上…」

彼女は腹を割って話してくれた。
次は俺が腹を割る番だ。

〇〇:「井上、ごめんな。もっと早く話をすればよかったね」

ひとつひとつ。話していこう。

〇〇:「最初に構成聞いた時、井上の負担の大きさが気になった。でも、俺が心配だったのは、井上に務まるかどうかじゃなくて、頑張りすぎてオーバーワークにならないか、責任を背負いすぎて自分を追い詰めないか。…で、ソレを進言するか少し悩んだ。…けど言えなかった。根拠も何もなく、井上ならやれるって思ったから」

井上:「…っ!」

泣きながら、それでも井上は顔を上げ、驚いたようにこちらを見る。

〇〇:「そんで、俺自身が、なにより、このリストをやり切る井上和が見たいって思ったんだよね。ステージに立って、この高いハードルを越えて、キラキラ光る井上の姿を想像したら、胸が踊った。これが、井上和だぞって。これから必ず、これからの乃木坂を象徴するメンバーになる子だぞ!って言いたかったんだ」

井上:「…っ」

井上は何か言おうとして、でも言葉にはできず、ただ涙を流している。

〇〇:「幼稚かな?でも言いたかったんだ…。あ…」

図らずも、井上の大好きな、そして俺も大好きな漫画のセリフになってしまった。だったら、俺にはこのセリフの方がしっくり来るかも。カバンからハンカチを取り出して、井上に渡す。

〇〇「どや、うちの井上和すごいやろってもっと言いたかってん」

 

受け取ったハンカチに顔を埋めて、井上は少しの間、背を震わせていた。そして、次に顔をあげた時には、それはそれは惚れ惚れするくらい素敵な笑顔で。

井上:「言ってくださいよ。孫の代まで自慢できるアイドルになりますから」

俺はそれを聞いて、思い切り笑って。
少しだけ泣いた。

〜〜〜〜〜〜

〇〇:「はい〜、着きました…」
井上:「ありがとうございます…」

お互い、泣いて笑って疲れてしまった。

〇〇:「なんか懐かしい」
井上:「?」
〇〇:「遠藤…、サクが入ってすぐの頃、よく泣いててさ。一度一緒にこんなふうに泣いて、笑ってしたことあって。それ思い出した」
井上:「…じゃあ、やっと、私達もそれくらいの仲になったってことですね」
〇〇:「確かに…。俺、もう少し俺らしく皆と接しようと思うよ。期待も称賛も心配も口に出していくから、覚悟しておいてくれよ」
井上:「…望むところです」

助手席のドアを開けて外へ出た井上は、外からこちらを覗き込み、

井上:「ライブ、期待に応えられたらなにか奢ってください」
〇〇:「それこそ望むところですよ」

井上はニコリと笑うと、

井上:「お疲れです」

と頭を下げた。

〇〇:「お疲れ」

井上が車から離れたのを確認して、車を発進させる。

新しい夢が出来てしまった。
孫の代…は正直自分に孫ができるビジョンが浮かばないけれど、まずはこれからやってくる6期生に、5期生凄いやろと言ってやろう。
初めて思い描いた夢は叶えられなかったけど、この調子なら二度でも三度でも夢は見れそうだ。


人は夢を二度見る END…


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