![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/158610170/rectangle_large_type_2_a7372e171ad5436df83f103f78817a5b.jpeg?width=1200)
やがて血となり肉となる。-迷宮ビルの作業部屋-
池田「…もう迷いそうです」
〇〇「早いな、まだビルにも入ってねぇよ」
退社後、私達は最寄り駅から地下街に潜りこんだ。
会社の最寄りは主要駅で、様々な路線が集まってる。その分人もお店も多く、複雑な網の目のように道が広がってて、初めて訪れる人にはさながらダンジョンの如し。
池田「1人ではビルにたどり着く自信もないです…」
〇〇「慣れりゃほぼ真っすぐだわ」
そういいながら〇〇さんはスルスルと人混みをすり抜けていく。その後をついていくと、周囲の人々の放つ、所謂“華金”の雰囲気をひしひしと感じる。
〇〇「ここから駅ビル」
先輩の指差す先には確かに“駅前第一ビル”の文字。
池田「駅直結なんですね」
〇〇「雨の日でも、駅からなら地下を通って濡れることなく来れる」
池田「私達は会社から駅までで濡れますけどね」
〇〇「そりゃそうだ。ちなみにこっちに行くと第二ビルな」
反対側には“駅前第二ビル”の文字。
池田「…これが全部で4つ」
〇〇「一体全部で何店舗存在してるのか、俺にはまったく把握できんな」
池田「まさに地下ダンジョンから続く迷宮…」
ビル内に入ると道幅が狭くなり、天井が低くなる。
地下街とはまた違った雰囲気に。
〇〇「あ、そう言えば」
通路を迷うことなく曲がり、〇〇さんがお店の一つを指差す。
〇〇「こないだ、休みにここ来たら齋藤総括とばったり遭遇した」
池田「えっ、意外です。こういう所にもいらっしゃるんですね」
〇〇「俺もビックリした。ビアパブなんだけど、ビールお好きなんだってさ」
池田「今度梅澤さんに齋藤総括のこと聞いてみようかな…」
〇〇「…結構フランクと言うか、くだけた話し方する人ではあった」
池田「…それもちょっと意外かもしれません」
更に奥へと進むと、エスカレーターがある広めのスペースへ。
池田「飲食店以外も色々あるんですね」
〇〇「鞄屋とか、チケット屋とか、整体とか…花屋もあったな」
池田「あと、飲食店は入り口ドアとかほぼないですね…」
居並ぶお店のほとんどが、せいぜい暖簾がかけてあるくらいで、外から中の雰囲気やお客さんの入りなんかも一目でわかる。
池田「凄いオープンなお店ばかりですね〜」
〇〇「推測だけど、店が多すぎて一目でどんな店かわかんないと、他の店に流れちゃうんじゃないか? 入りづらいと思われると、こんだけ選択肢があるし、すぐ候補から外れちゃうのかも」
池田「なるほど」
確かになんのお店だろと思ってる間に、次から次へとお店が出てくる。
〇〇「おい、どこ行く?」
池田「わっ」
キョロキョロしていたら、いつの間にか立ち止まっていた〇〇さんを追い抜いていた。
〇〇「1人でどこ行くのかと思った」
池田「すいません笑」
![](https://assets.st-note.com/img/1729305076-IcaDeplS3MY6vknjOirzgm17.jpg?width=1200)
〇〇「ここ」
池田「…これはわからないです」
どの店も通路からわかりやすくオープンな中、小さな扉が奥まった位置にポツンと。
STAFFONLYと書いてないのが不思議なくらい。
池田「…分かりづらいですよね?」
〇〇「それがいいんだろ」
さっきまでと言ってることが違う…。
〇〇「バーの扉は日常と非日常の境界線だから」
そう言いながら、〇〇さんはドアを開ける。
〇〇「こんばんは〜」
先輩に続いてドアを抜ける。
池田「…こんばんは」
初めてのバー、ということもあり少し緊張。
???「おー、こんばんは」
〇〇「2名です。マスター、お店にいるの久しぶりにみますね笑」
マスター「お店ではご無沙汰してます笑 ここどーぞー」
八角形の特徴的な眼鏡を掛けた男性が、気さくに応対してくれる。勝手に持っていた無口で寡黙なバーのマスターのイメージとは随分と異なっていて、少し緊張が和らいだ気がする。
女性スタッフ「あ、こんばんわ〜」
〇〇「こんばんは〜」
バックヤードから女性のスタッフさんが出てくる。
マスターもだけど、こちらのスタッフさんも若そう。意外と色々自分の中にバーのイメージみたいなものが在ることに、自分自身で少し驚く。
アニメや漫画の影響かな?
女性スタッフ「おしぼりどうぞ」
〇〇・池田「ありがとうございます」
女性スタッフ「メニューも置いておきますね」
〇〇さんがメニューを差し出してくれたので、1枚目を通してみる。
![](https://assets.st-note.com/img/1729320412-fBEY7gxCetaF34MdSAzTm6LK.jpg?width=1200)
池田「…すいませんまったくわかりません笑」
〇〇「まぁ、最初はそうだよな笑」
〇〇さんはメニューを軽く広げる。
〇〇「一応構成は書いてるから、そこから気になるものが入ってるのでもいいし、取っ掛かりがないならお店の人に相談してもいい」
池田「オススメを…ってやつですか?」
〇〇「うん。けど、ただオススメを。だけはオススメしない」
池田「?」
〇〇「初めて来た人の好みなんかわかんないだろ?」
池田「確かに…」
〇〇「だから、オススメ聞くにしても好きなものとか気分とか話すといいと思う」
池田「なるほど…」
前回の歓迎会でワインを飲んで、結構美味しく感じたし、それを話してみようかな…。
〇〇「ジントニックを」
池田「最近白ワインを飲んで美味しかったんですけど、バーは初めてで…」
マスター「でしたら白ワインを炭酸で割るスプリッツァってカクテルがありまして、それをちょっとアレンジしたものがあるんですけど、どうでしょう?」
池田「じゃあ、それをお願いします」
マスター「かしこまりました」
〇〇さんは嬉しそうに笑う。
〇〇「いいじゃん。そんな感じで任せりゃいいよ」
池田「ちょっと緊張しません?」
〇〇「それも楽しみな」
池田「緊張を…ですか?」
〇〇「うん」
少し考えるような間をおいて、〇〇さんは話し始める。
〇〇「大人になるとさ、緊張って取り返しのつかないと言うか、めちゃくちゃ重たい場面が多くないか?」
池田「まぁ…そうかもしれませんね?」
〇〇「けど、初めてのお店に行く緊張感なんてそんな重いものじゃないだろ?」
池田「まぁ、なにか失敗しても、次行きづらくなるくらい?」
〇〇「子供の頃は先生に当てられたり、部活でいい成績に残そうとか、まぁ、細々緊張することはあったと思うんだよな」
池田「確かに…」
〇〇「程よい緊張は意外と心地いいんだよ。ドキドキとかワクワクとか。それを楽しんでくれ」
池田「なるほど…」
緊張を楽しむ…。
あまり考えたことがないかもしれない。
マスター「おまたせしました」
私達の前にカクテルが並ぶ。
![](https://assets.st-note.com/img/1729326510-vq8mRjL2GXFuc3glprVndof6.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1729326574-FynrG35c9ASYduMRDPzXfw8v.jpg?width=1200)
〇〇「ありがとうございます」
マスター「スプリッツァは季節の柑橘に、リースリングの白ワイン。東方美人という烏龍茶。トニックを使ったカクテルになります」
池田「おぉ…?」
〇〇「笑」
池田「ちょっと、笑わないでくださいよ笑」
〇〇「悪い悪い笑」
さっそく一口頂いてみる。
池田「美味しいです…!」
マスター「良かったです」
サッパリとして飲みやすく、アルコールのキツイ感じもない。
![](https://assets.st-note.com/img/1729356631-vICXHmDk9zA8guEbxNR4V5sO.jpg?width=1200)
こぢんまりとした店内はまだお客さんも少なく、かかっている音楽も相まって、先程までの活気あるビル内とは違ってどこか落ち着いた雰囲気。
池田「バーってもっと難しいかと思ってました」
〇〇「うーん…場所によるか」
池田「場所ですか?」
〇〇「オーセンティックっていうか、ホテルとかだとなかなか。ドレスコードとかある場合もあるし」
池田「こう言うとなんですけど、なんでわざわざバーなんですか?」
〇〇「カッコいいから」
池田「…〇〇さんって意外と可愛いとこありますよね?」
〇〇「おい。話が繋がっていますねぇぞ。カッコいいからって言ってんだろ」
池田「笑」
〇〇「笑ってんじゃねぇよ笑」
自身も笑いながらツッコむ先輩。
〇〇「まぁ確かに単価は高いよ。生ビールが500円前後のお店が多い中で、カクテル1杯1000円〜1500円するわけだしな」
単純計算でカクテル1杯のお値段で、生ビールが3杯飲めてしまう。
〇〇「当然いい値段払ってる分、いいお酒が飲める。でもそれだけじゃなくて、店内の雰囲気、音楽、調度品、サービス。そこにある全部を満喫しないと勿体ない。チャージも払ってるしな」
池田「あ、チャージ。お席代ってやつですよね」
〇〇「だな。その分、居酒屋で言うつき出し、チャームが出てくることもある」
女性スタッフ「はーい、そのチャームです笑」
〇〇「ありがとうございます」
おかきやナッツなどが入った小皿が出てくる。
〇〇「チャージ代はお店によって違うから、その辺がそのお店の客層に影響してくるな。高いとこだと座るだけで1500円とかしたりするし」
池田「3倍!」
〇〇「その分、チャームもこだわったものが出てくることもあるけど、やっぱり一番は客層のコントロールだと思うよ。雰囲気維持代とも言えるかもな」
池田「なるほど…」
〇〇「…あー、その…なんだ」
突然、先輩が口ごもる。
〇〇「…池田も社会人になって半年くらいだけど、どうだ?こう悩みというか、そういうのあるか?人間関係とか…」
池田「人間関係はまったく、悩みないです」
〇〇「あっ…そう?」
嬉しそうだなぁ笑
入社してすぐの頃は、どことなくぶっきらぼうというか、あんまり愛想のない人が教育係でちょっと心配かも…なんて思ったけど。
それもすぐに杞憂だってわかった。
〇〇「その…池田は俺にとって初めて教育係やったり、初めて同じ班で出来た後輩だし、色々…こう、先輩として世話焼いてやりたいと思うんだけどさ。なにぶん初めてなもんだから、こううまくは出来んくて申し訳ないんだが…」
ちょっと照れくさそうな先輩。
〇〇「後悔させたくないなと思ってる。うちに入ったこととか…。うちに入ってよかったなって思って欲しいわけよ」
池田「もう既に思ってますけど?」
〇〇「…お前すごいね後輩力が」
嬉しい、が顔に出るのが我慢できない人だから、喜ばせ甲斐があるなぁ笑
〇〇「…まだ時間あるしもう一杯飲むか?」
池田「飲みます!なんにしよう…」
せっかくだから…。
池田「このお店ならではと言うか、ここでしか飲めない。みたいなのはありますか?」
マスター「でしたらシグネチャーってメニューがありまして」
メニューに改めて目を通す。
確かにシグネチャーと書かれたメニューが。
マスター「シグネチャーカクテルっていうのはそのお店や、バーテンダーが力を入れていたり、オリジナルのカクテルだったりで、名刺代わりの一杯。なんて言い方もしますね」
所謂看板メニューって感じだろうか。
〇〇「そこの一番下にあるのがマスターがカクテルのワールドコンペで準優勝したやつ」
池田「…え、ワールドで準優勝って凄くないですか?」
〇〇「まぁ、世界2位だな」
マスター「もう随分前ですけどね」
池田「じゃあ、それをお願いします」
〇〇「オールドファッションドとパイください」
マスター「はーい。パイひとつ」
女性スタッフ「今月はパンプキンパイです」
女性スタッフさんが冷蔵庫の上に貼られた黒板を指差す。可愛らしい人だなぁ。
池田「パイ…そういうのも置いてあるんですね」
〇〇「スタッフさんが製菓学校卒だから、パティシエさんなんよな」
池田「えっ!?」
女性スタッフ「実は…笑」
パティシエさんで、バーテンダーさん。
なんか、ドラマみたい。
〇〇「人の人生を聞くって、なかなか楽しいんだよな。それぞれドラマがあって」
池田「笑」
〇〇「どした?」
池田「いや、同じこと思ったなって笑」
〇〇「あっ、そう笑」
マスター「はーい、お待たせしました」
![](https://assets.st-note.com/img/1729371672-hYmZSoJItEGzcfQ2uLVibj7e.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1729371731-r6muxkji1wo8heRvUyVNpqFB.jpg?width=1200)
〇〇「ほれ、半分食べな」
池田「ありがとうございます!」
ひとまずカクテルを一口。
池田「これも美味しいです。凄い高級なパイナップルジュースみたいな」
〇〇「パイナップルジュースレベル100みたいな笑」
池田「パイも美味しいです!」
女性スタッフ「ありがとうございます笑」
なんだろう。
この感じ。
池田「…〇〇さんって結構人甘やかすタイプですか?」
〇〇「なんだ。藪から棒に」
池田「なんか甘やかされてるかも、と思って」
〇〇さんは腕組み。
〇〇「別に意識しちゃいないが、甘やかされてるとなんか問題か?」
池田「いえ、気を使わせて申し訳ないかなと」
〇〇「俺が使いたいと思ってるなら問題ないだろ」
池田「使いたいんですか?」
〇〇「細かいこと言うなら、気を使いたいって言うより労ってやりたい…かな。お前はよくやってるよってこと」
池田「ほう…」
〇〇「ニチャニチャすんじゃないよ笑」
そりゃ、褒めてもらえたらニチャニチャもしますよ。
池田「先輩のご指導のおかげです」
〇〇「白々しいなぁ笑」
池田「いやいや、本当ですって笑 育てて頂いてるなぁって」
〇〇「別に育ててやってるなんて思っちゃないよ」
う〜んと、〇〇さんは唸る。
〇〇「…池田はRPGやったことある?」
池田「人並みにはありますけど…」
〇〇「ゲーム進めて、新しい仲間が加わって、そいつをパーティーに加えてレベル上げしてる時、育ててやってる。って感覚ある?」
池田「…ないですね」
それは…、なんというか。
自分が楽しむためというか、自分がそうしたいからするというか…。
〇〇「俺らはさ、言うなら勇者ウメザワのパーティーの一員なわけ。戦士〇〇と魔法使いイケダとでもいうか」
池田「ふむふむ」
〇〇「けどな、戦士〇〇だけじゃやれることは限られんのよ。ぶつりが強くてもとくしゅにゃ弱いしな。そうなると勇者ウメザワは自動的にとくしゅを担当しなきゃいけなくなる。動きが限定されちゃうわけだ」
池田「お互いのフォロー出来て言い気もしますが」
〇〇「まぁそうなんだが、それだけだと出来ることに偏りが出来るだろ?そこに魔法使いイケダが加入すれば、とくしゅを担当してくれるわけ。そうすりゃ勇者ウメザワはぶつりでもとくしゅでも、どちらを担当しても良くなる。とれる動きに幅ができる」
結局何が言いたかったんだっけ…と〇〇さん。
〇〇「とにかく、池田が成長すれば俺の仕事を持ってたり出来るし、それで俺の手が空きゃ梅澤さんの仕事を引っ張ってこれる。んで梅澤さんの手が空けば、梅澤さんは新しい仕事に手を出せる。
俺は仲間づくりをしてると思ってる。俺達がもっと難しいクエストに挑めるように。勇者ウメザワがもっと色んな冒険できるようにな」
池田「…〇〇さん、すごい梅澤さん好きですよね?」
はぁ?と〇〇さん。
〇〇「美人で仕事出来て面倒見いい先輩とか敬わん理由ないだろ」
そういう意味ではないんだけどなぁ〜。
まぁ、いいか。
〇〇「初めて梅澤さんと飲んだのもココなんだよ」
池田「言ってましたね」
〇〇「俺は普段通り、飯食いに行くまでの時間をここで飲んで過ごそうと思っててな。こうやってカウンターで飲んでたらさ、ドアが開いて梅澤さんが様子伺おうとしてて笑」
なるほど。
このお店の大きさじゃ、ドアが開いたらすぐ誰が入ってきたかなんて嫌でもわかる笑
〇〇「で、なにしてんすかって問い詰めたら、駅で俺見かけて追ってきたってさ笑」
池田「すごい行動力ですよね」
〇〇「後輩が孤立してんじゃないかって心配するにしても、あと追うかね普通笑」
面倒見いいよ、本当。
そう言う〇〇さんはやっぱ嬉しそう。
〇〇「ま、そんなおかげでそのまま並んで酒のんで、ちょっと話して。今はこんな感じ」
池田「勇者ウメザワパーティー結成というわけですね」
〇〇「そういうこと笑 だから受けた恩には報いたいし、先輩の面倒見の良さのおかげで、日々なかなか楽しく過ごさせてもらってるから、池田にもそういうのを還元できたらなと思うよ」
池田「…なんか燃えてきました。一緒にウメザワパーティーもりあげましょうね!」
〇〇「…なんかテンション高いな?」
池田「なんか楽しいです!もう一杯飲みましょう!」
〇〇「…大丈夫か?飯前だぞ?」
池田「大丈夫です!マスター、次は何がいいですかね?」
〜〜〜〜〜
梅澤「お疲れ〜」
〇〇・池田「お疲れ様です!」
その後、残業を終えた梅澤さんと本日のお店で合流。
梅澤「どうだった?初めてのバーは」
池田「楽しかったです!」
〇〇「飯前なのに3杯も飲んでましたよ」
梅澤「えっ!?大丈夫?」
池田「いいお酒は悪酔いしないってのは本当ですね!すっごく楽しいです!」
〇〇「さっきからずっと言ってますよこれ」
梅澤「よっぽど、楽しかったんだね」
〇〇「久しぶりにマスター立ってましたよ」
梅澤「そうなんだ〜、行きたかったなぁ」
〇〇「まぁ、また機会はありますよ」
梅澤「だね。とりあえずはいろ」
〜〜〜〜〜
池田「…座った瞬間急に眠たくなってきました」
〇〇「いわんこっちゃねぇ!」
梅澤「アペリティフあるあるかもね笑」
やがて血となり肉となる。
-迷宮ビルの作業部屋- END…