見出し画像

#7 夜明けまで強がらなくてもいい

〇〇:「カッキ〜」

この日は井上が2月度のMCを務める“乃木坂のの”に賀喜がゲスト出演する日。
井上は別現場から他のマネージャーが送り届けてくれるとのことなので、こちらは賀喜をお迎えに来た次第。

賀喜:「〇〇さん!……っ」
〇〇:「いや、いきなり泣くんかい」

待ち合わせ場所で賀喜に声を掛けると、彼女は一瞬嬉しそうに笑い、すぐにくしゃりと顔を歪めた。

賀喜:「だって…」
〇〇:「とりあえず乗りな。俺が泣かしてるみたいだわ」
賀喜:「…はい」

一瞬迷ったようだったが、彼女はぐるりと回り込んで助手席に乗り込んで来た。
普段は助手席にメンバーは乗せない。日焼けや事故、盗撮対策など、理由は色々。
それは彼女も知っているので、その上でわざわざそこに座るのは、彼女なりのわがままや甘えなのだと思う。
身の丈にあったわがままは可能な限り叶えてやりたい。
シートベルトを締めたのを確認して、ゆっくりと車を発進させる。

〇〇:「ちょっとご無沙汰な感じするな」
賀喜:「…ちょっとじゃない」

普段、彼女はあまりネガティブな感情を表に出さない。
彼女達4期生と同じくして乃木坂運営に加わった俺は、彼女と同期の遠藤さくらが言葉に詰まり何度も泣いている姿をよく見ている。
その度、この子は本当にやって行けるのだろうかと心配になった。それと同時に、賀喜遥香という子はしっかりしているな。なんて呑気な考え方をしていた。
なんてことはない。
ただ遠藤は苦しかったり悩んだりして負荷がかかると、泣くことで発散する事ができる子で、賀喜はなまじ感情のコントロールが出来ることで、自主的な発散をする機会をなくしている子だったのだ。
知らず知らず、泣くことは弱さの証明だと思っていた。だがそれはそこまで追い込まれたこともない浅い人生経験からくる誤解と、強さの多様性を知らない無知蒙昧さから生まれる傲慢だった。
だから彼女が泣いたり、わがままを言ったり、忌憚なく言い返してくることが出来ていることに少しばかり安心もする。
今、彼女は彼女なりに、今の気持ちに向き合って、もやもやする想いを我慢ではなく、解消しようとしている。

賀喜:「…ごめん」
〇〇:「…なにが?」

言い方が悪いと思ったのか、わがままが過ぎたと思ったのか、急に謝る彼女に、俺は問う。

賀喜:「…わざわざ迎えに来てくれたのに、こんな対応して…ごめん」
〇〇:「迎えに行くって言い出したのも、身の丈にあったわがままはドンドン言えって言ったのも俺だと思うんですけど」
賀喜:「…でも迷惑かけちゃって」
〇〇:「ほう、カッキには俺が自分から言いだしたくせに、いざ頼られると迷惑だって思うやつに見えていると」
賀喜:「〜〜〜っ」

声にならない声で唸る賀喜。
ああ言えばこういうのは得意だぞ。

賀喜:「…ありがとう。迎えに行くって言ってもらえて嬉しかった。助手席座っても、何も言わなかったのも嬉しかった」

ごめんと言われて溜飲が下がることはあったとしても、嬉しくなったり喜んだりすることはそうないと思う。
でもありがとうと言われて嬉しくなったり喜んだりすることは結構あると思う。

〇〇:「はい、どういたしまして。また自覚が薄れてるんじゃないかと説教することになるかと思った」
賀喜:「…それはちゃんとわかってる…」
〇〇:「ならいいです」

普段の彼女はこんな風に荒れることは滅多にない。一度だけ、彼女の頑張りすぎがたたって、体調の優れない日が続いた時、周りの人間でなだめすかして何とか一月程の休業をさせた時くらいか。
理由は勿論明確だ。

〇〇:「ついに来ちゃったな。カッキにも」

山下美月の卒業。
アイドル賀喜遥香にとって、アイドル山下美月はオリジンとも言うべき存在。
彼女がいたから、賀喜遥香というアイドルが生まれたと言っても過言ではない。
推しであり、先輩であり、憧れであり、目標であり、仲間である人。
憧憬の念。というものは、抱くのにも、抱かれるのにも大きな意味がある。
それは、齋藤飛鳥という先輩と、井上和という後輩を持った遠藤の成長が物語っている。

〇〇:「色んなものもらったね」

彼女から学んだことは枚挙にいとまがない。
賀喜も、俺も、4期生の皆も、5期生の皆も。

賀喜:「まだ、なにも返せてない…」

俺ですら彼女の卒業に感じる喪失感は大きい。賀喜の感じる喪失感はその比ではないだろう。

〇〇:「本当に?」

それでも、なにも返せてないというのはどうだろう。

〇〇:「任せて大丈夫だ。そう思われたんじゃないか?」

この場所を。グループを。
この子達なら大丈夫だと。

〇〇:「ここではいくら泣いても、いくら弱音も吐いていい。けど、アイドル山下美月を見れる時間は限られてる。それを滲んだ視界でみるのはいくらなんでも勿体なすぎる」

後輩としても、同業としても、ファンとしても。

〇〇:「焼き付けなきゃ。最後まで」

隣で深く深呼吸して、賀喜はゆっくりと顔をあげた。

賀喜:「…うん。見届けたい。最後まで」

強くなったなぁ。と、本当に思う。
三日合わざれば刮目してみよと言うけど、男子も女子も関係ないな。

〇〇:「山さんも言ってたよ。今を見てって。未来のこと気にしてくれるのは嬉しいけど、今を見てって。後悔はさせないからって」
賀喜「美月さんっぽい笑」

ニコリと笑って、と思うとふと真顔に戻り。

賀喜「え…、いつ美月さんと話したの?」
〇〇「ん?…えーと前回か前々回の乃木中の収録終了後?」
賀喜「…だったらたぶん私もいたよね?なんで声かけてくれなかったの…?」
〇〇:「いやいや、収録終わってから結構経ってたから皆解散済みよ?」
賀喜:「言ってくれてたら残ったのに…」
〇〇:「いやいや、次の仕事あるでしょ」

そこに引っかからないでほしい。

賀喜:「最近乃木中の収録全然来ないし…」
〇〇:「それ、五百城に聞いたよ。カッキが俺の事説明してくれたって」
賀喜:「説明ってほどじゃ…」
〇〇:「ありがとう。持つべきものは同期だね」

あまり言わないようにしていた言葉。
おこがましいかなって。
けど、やっぱり時々思う。
この子達と、俺は走り出しだんだなと。

賀喜:「ねぇ…」
〇〇:「ん?」
賀喜「…なんでもない」
〇〇:「…そう?」
賀喜「…うん」

なんでもないとは思えなかったが、彼女が望まないのならば、踏み込む権利は俺にはない。
彼女の中で整理がつくまで待とう。

〇〇:「山さんをしっかりお見送りして、それでもまだ泣きたい時があったら遠慮なく言いな。その時は気の済むまでとことん付き合うから」
賀喜「…約束だからね」

ずっと強がる必要も、我慢する必要もない。
けれど、どうか新たな道を行く人に、不安だけは感じさせないように。
彼女を尊敬する後輩の前では、頼れる先輩であれるように。
いつもなら入口で止めて、先に下ろす所だけど、あえて丁寧に駐車場に止めるまで、彼女を乗せたままにしておく。

〇〇:「行けそう?」
賀喜:「大丈夫!行こ!」

シートベルトを外し、ドアを開けようとする賀喜へ左手の小指を差し出す。
あんまりこういうのは良くないかなとおもうけど、今日くらいはいいか。

賀喜「…笑」
賀喜は俺の小指を無視して、俺の手を両手で包み込む。
少しびっくりするけど、平静を装う。

賀喜:「応援してほしい」

なるだけ、メンバーには手を触れないようにしたいけど、俺は右手を賀喜の手に添えた。

〇〇:「…頑張れ賀喜遥香。いつもいつも、応援してる」
時間にすれば5秒もなかったと思う。
するりと賀喜は手を離すと、助手席から出ていく。

賀喜:「よし…。行こう!」
〇〇:「…うん、行こう」

運転席から出て、賀喜と並んで歩く。
いつの間にか、頼もしい先輩になっていく同期に尊敬と感謝を込めて。

〇〇:「ありがとう、カッキ」
賀喜:「…出た、急なやつ」
〇〇:「笑 4期と話してると、原点回帰っていうか、初心に帰る感じがするんだよ」

この子達が、俺に誰かを応援することの素晴らしさを教えてくれたオリジンだから。
この子達が居なければ、俺はただ夢破れて、惰性と妥協で仕事をこなすだけの人間だったかもしれないから。

〇〇:「だから、ありがとう」
賀喜:「…どういたしまして!」

ニッコリと笑う賀喜。
強がりも時には必要で、そう出来ることも強さの一つで。ファンの前ではそうありたいと願うことも、ファンを大事に思う気持ちの現れだから。
それでも、そうじゃない瞬間があったっていい。ずっとずっと、強がらなくてもいい。


夜明けまで強がらなくてもいい END…


次の話

シリーズ


いいなと思ったら応援しよう!