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#6 好きというのはロックだぜ!


〇〇:「池田、おまたせー」


楽屋のドアをノックしつつ、声を掛ける。

なんて美だ!の収録後、池田に移動準備をしてもらっている間、スタッフの方々と話をしていたのだが、少し待たせてしまったかもしれない。


〇〇:「…池田?」


再びノック。

しかし返事なし。


〇〇:「池田さーん?」


そろりとドアを開けると、気配に気づいたのか、それとも声に反応して既に半覚醒だったのが、机に突っ伏した姿勢から、のそりと池田は体を起こした。


池田:「…すいませーん、寝ちゃってました…」

〇〇:「あー、こっちこそ起こして申し訳ない。もうちょっと時間あるから、ゆっくりしてて問題なかったのに」

池田:「大丈夫で〜す…」


普段から割とフニャフニャ感がある喋りの池田だが、寝起きも相まりフニャ度が高い。


池田瑛紗は5期生最年長。

不思議ちゃんと称されることも多いが、個人的には特異な感性を持つ子、というイメージ。変わり者であることに異論はないけれど。


〇〇:「結構追い込みな時期だったりする?」

池田:「うーん…、そうでもないんですけど、余裕があるうちに取り組んでおきたいことがあったりもして…」


つい夜更かししちゃったり…と笑う。


〇〇:「本当に無理だけは絶対にしてくれるな…」

池田:「わかってますよ〜。だからちょこちょこお願いするじゃないですか」

〇〇:「こういうことは何度でも言うようにしてんの。何度言っても無理する子は出てくんだから…」

池田:「肝に銘じまーす」

〇〇:「ならいいんですけど」


彼女がアイドル生活と美大生の両立を始めて、じき1年が経過しようとしている。

試験前後などを筆頭に、超変則過密スケジュールが定期的に訪れる慌ただしい日々なので、兎にも角にも体調管理は重要だと思う。

体が資本とよく言うが、アイドルは心も資本だ。どれだけ沢山仕事があって、ファンの人達の目に触れられても、健康な姿でなくてはファンも心配して、心から楽しく応援はできないだろう。


池田:「色々わがまま聞いて頂いて、ありがとうございます」

〇〇:「いえいえ、身の丈にあったわがままは言ってくれて全然かまいません。あと俺は言い出しっぺの法則というものがありますので…。それに周りの協力あってこそだし」

池田:「感謝の念に堪えません〜」


5期生のフォローに回るマネージャー陣は、もちろん自分一人ではない。

変則過密スケジュールの際は、複数人のマネージャー陣も綿密に打ち合わせて、送迎や現場での立会、ミーティングなどを分担している。

なかなか厳しいタイムラインをやりくりできるのは、付き合ってくれるスタッフ陣がいてこそだ。


〇〇:「池田の熱が皆に伝播してるから、俺達もそれに応えないとって奮起してるよ」

池田:「それはもう、情熱を歓迎されちゃったので〜」

〇〇:「一生こすられそう」

池田:「本当に感謝してるんですよ〜。アレのおかげで吹っ切れたと言うか決心がついたというか」


勉強のため、そして上の判断としては、自分がこれからフォローしていく子達がどういう思いを持ってやってきているのかを見せるために、俺は5期生の面談審査を少しだけ見学している。とはいえ短い時間のため、見学させてもらった子達の中で、合格したのは唯一池田だけだった。


〇〇:「あれは緊張感あった」 

池田:「みんな〇〇さんのことみてましたね」

〇〇:「あれは怖かった…」

池田:「笑」



〜〜〜〜〜



池田:「もし合格したら、大学は諦めようと思っています」


池田瑛紗。

人形のような整ったビジュアル。

華奢で線の細いスタイル。

どこか舌っ足らずな話し方。

優れた学歴。

取り上げる部分はいくらでもある。

けど、1番気になったことはそこだった。


〇〇:「勿体無くないですか?」


つい口に出してしまった言葉に、彼女は勿論、横に並ぶ審査スタッフ陣も一斉にこちらに視線を向ける。


〇〇:「あ…すいません」


誰も何も言わず、視線はこちらを向き続けている。続きをどうぞ。と言うことだろう。


〇〇:「ええと…藝大は池田さんにとって非常に大きな目標で、そのために浪人生活を送ったり、予備校に通ったりしているんですよね。

その経験自体も、アイドルとして活動する上でプラスになると思いますが、せっかくここまで頑張ってきた事ですし、もう少し欲張っても良いんじゃないでしょうか」

池田:「欲張る…」

〇〇:「はい。アイドルと言う道を進むからこそ得られる経験、体験はたくさんあります。ですが、芸術の世界にも同じ様にそこでしか得られないものが沢山あると思います。

2倍、3倍、人より困難な道かもしれません。ですが、誰しもができることではないです。貴方が努力と挑戦を続けてきたからこそ、拓けた道です」


アイドルは常に挑戦者だ。

歌も歌えば、踊りも踊る。

バラエティでトークをすれば、体を張って笑いを取りにいく事もある。

シンガーでも、ダンサーでも、コメディアンでもない。

どれか一つを究めるエキスパートには敵わないかもしれない。それでも果敢に挑む者にエールを送りたい。それは多くの人のがごく自然に思うことではないだろうか。


〇〇:「だからもし、貴方にその意志があるならどちらの夢も叶えたいと欲張ってもいいと思います。険しい道のりですが、貴方が本気で頑張りたいと願うなら、我々も可能な限り力を貸します。

夢を追いかける人のお手伝いが、我々の仕事なので」


彼女はただじっと、こちらを見つめている。


〇〇:「我々は貴方の夢にかける情熱を、心から歓迎しますよ」




〜〜〜〜〜〜



まぁ、これ三次審査とか四次審査とかなんで、まだ合格してないんですけどね。

気が早くないかってなりましたよね。


池田:「ああ言ってもらえて、なんか視界がぐぁぁ〜って広がった感じがしました。ホントに感謝です」



けれどこの子は見事にオーディションに合格して、乃木坂46になり、その後も努力と挑戦を続け、大学にも合格してみせた。


〇〇:「お手伝いできて何よりです」


ちらりと時計を確認。


〇〇:「まだ時間は余裕あるけど、先に移動しちゃうか?」

池田:「あ、お腹すきました〜」

〇〇:「それじゃ、途中どっか寄ってこうか」

池田:「賛成でーす」

〇〇:「車出してくるから、荷物まとめちゃいな。準備出来たらそのまま降りてきて」

池田「はーい」



〜〜〜〜




池田:「はぁ〜、満足です」


楽屋到着まで我慢できず、テイクアウトした自分の顔くらいあるんじゃないかというハンバーガーを車内でペロリと平らげ、次の仕事の資料をパラパラとめくり始める。

彼女の集中力には目を見張るものがある。熱中と言ったほうが正確かもしれない。

好きに熱中する。

それは彼女の大きな才能だと思う。


好きだから挑戦する。

好きだから努力する。

好きだから没頭する。

好きだから表現する。


アイドルが、

芸術が、

アニメが、

食べることが、


あらゆる好きに熱中するから、この子の感性は磨かれ、思いも寄らない発想を生み出して、独特のセンスを形成しているんだろう。


池田:「…? どうかしました?」


バックミラー越しの視線に気づいたのか、池田がふと顔を上げる。


〇〇:「いや、そうしてると最年長っぽいなって」

池田:「それだと普段が最年長っぽくないってことじゃないですかぁ?」

〇〇:「…否めないかも」

池田:「否んでくださいよ〜。最近はまとめ役はほとんどさっちゃんに頼んでるし〜」

〇〇:「池田が向いてないってわけじゃないんだけど、最近はちょっと菅原が凄くてなぁ」


言い訳というわけではないが、少し弁明しておくか。


〇〇:「こないだの猫舌SHOWROOM、菅原、井上、川崎の組み合わせの回でさ。配信内のワンコーナーって感じでさくたんクイズやったんだよ。まぁさくたんクイズだから川崎が進行するんだけど、菅原がすぐガヤ始めてさ。んでボケにまわって。井上がマイペースになってても、自然ととりあえず回答ボタン押すよう促したりとか、2問目には池田のモノマネで回答したり。いやぁちょっと驚いちゃうよな」


根が楽しいこと、面白い事好きの菅原だから、こういった立ち回りもサラリとやれてしまうんだろうな。ついつい進行役やまとめ役を任せてしまいがちだが、その辺も生かしてやりたいな。


池田:「そうやって、さっちゃんばっかり褒めて…!私というものがありながら…!」

〇〇:「対応が難しい芸風しよる…。

うーん…、池田にはあんまりこれっていう役回りはつけたくないんだよな。なるだけ自由と言うか、のびのびやってほしい」

池田:「のびのびですか」

〇〇:「そう、のびのび。なんかいいよな、こう持っているポテンシャルが無理なく発揮されている感じで」


のびのび。

束縛がなく、あるがままで、ゆったりとしているさま。


〇〇:「俺は基本的に、役が人を育てると思ってるからさ。あんまり抽象的な目標とか、漠然とした努力ってオススメしないんだけど、池田は自分らしくのびのびとやっていけば、自然と池田にしか出来ない役割がくっついてくるんじゃないかと思うんだよね」


なにか具体的な目標や、ポジション、役目がある方がモチベーションがあがったり、成長につながることは多い。

しかし逆もまた然り。


〇〇:「だから池田が自分らしく夢を追っかけていく中で、どんなふうに成長していくのか、これからどんなことに挑戦して行くのか、純粋に楽しみなんだよな」

池田:「じゃあしっかり見守ってもらわないと〜」

〇〇:「はいはい。…もうすぐ着きますよ〜」

池田:「はーい」


テキパキと荷物をまとめて降車の準備をする池田。


〇〇:「…池田の藝大合格に皆が驚いたり、称賛したりしてるのを見たときとかさ。アイドルとしてファンを獲得して、応援されたり、喝采浴びたりしてるのをみると、間違ってなかった。あの時、ちゃんと言葉にしてよかったって思うんだよね。だから池田の努力が報われると、人一倍、それこそ自分事みたいに嬉しくなっちゃうんだよな。勝手ながら」


先に池田を下ろそうと入口前に停車し、バックミラーを覗くと、いつの間にか彼女は助手席のヘッドレストに掴まり、すぐ横からこちらを見つめていた。


〇〇:「びっくりした」


彼女は楽しそうに笑う。


池田:「もっと自分のことみたいに喜んでくれていいですよ」


それだけ言うと、池田は降車。


池田:「先に楽屋入ってまーす」


と、スタスタ歩いていく。


〇〇:「…びっくりする」


個人での配信などでも時々感じてはいたけれど、池田も“そういう素質”があるような気がする。握手会の女王とか、釣り師とか、プロ、とかの素質。

そりゃあ藝大の道を諦めてでもなりたいと思うくらいアイドルが好きなんだから、きっと彼女も彼女なりの“理想のアイドル”は持っていても不思議じゃないか。


車を駐車場に収めながら思う。

好きというのがロックなら、彼女ほどのスーパーロックンローラーもそうはいないだろうと。



好きというのはロックだぜ! END…

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