After2.55 Monopoly
〇〇「あ、そういえば、モネ展行こうと思う」
とある撮影の控室、パソコンを叩きながら〇〇さんが急にそう言った。
池田「もう終わりましたよね?」
東京、上野の森美術館で行われていたモネ 連作の情景は1月の末で既に会期を終了済み。
〇〇「うん、だから大阪の方。有給消化がてらね」
〇〇さんは毎年、年度末が近づくと未消化の有給について偉い人達に色々言われているらしい。去年も大して消化できないまま、結局なぁなぁになっていた気がする。
池田「いいなぁ〜」
〇〇「…瑛紗は東京の展示行ったでしょ?」
池田「行きましたけど、展示内容が少し違うんですよ。大阪は大阪でしか展示されない絵もあるんです」
〇〇「あぁ、なるほどね。まぁ、感想くらいは話すよ。大して詳しくない人間の、大した事ない感想くらいは」
そう言うとまたパソコンに視線を落とす〇〇さん。私は一つ思いついたことがあって、彼を見つめ続ける。
〇〇「……?」
視線に気づいたのか、顔を上げた〇〇さんの表情は“どうかした?”とでも言いたそうだったけど、次第に何かを察したのか、“まさか…?”とでもいい出しそうなものに変化していった。
池田「お願いします!」
〇〇「え〜…」
付き合いは2年を越えて、このやり取りももう何度しただろう。最近はこの流れになると、詳細を話す前から〇〇さんは私の言わんとすることをなんとなく察してくれる。
〇〇「マジで言ってる…?」
池田「どうかどうか」
拝むように手を合わせ、〇〇さんに頼み込む。
〇〇「いやぁ、それはどうかなぁ…」
池田「学業の助けになると思うんです!あとなんて美でも役に立つかも…!」
〇〇「うーん…」
〇〇さんが私の言わんとすることを察してくれる様に、私もこの後、彼が言うであろう言葉に見当がついている。それでもこのやりとりは、出来るものなら今後も省略したくない。
池田「お願いします…!」
〇〇「ちょっと!皆からの視線が痛いから!」
机に突っ伏すように頭を下げると、周りのメンバーも何だ何だとこちらに注目する。〇〇さんはため息をつくと、私が想像した通りの言葉を発する。
〇〇「…検討します」
その言葉を聞いて、私は顔を上げた。
その時々で表情は違うけど、その顔が見たくて、私はこのやりとりは省略したくないのだ。
顔に出やすい人だから。
時には笑って、時には困って。
時には不安そうに、時には心配そうに。
どんな無理に思えるお願いでも、〇〇さんはすぐに否定したり、突っぱねたりせず、検討してくれる。勿論、検討した結果NO。となることもあるけれど、そうやって頭を悩ませてくれた結果なのだから納得できる。
けど、時々思う。
納得できるのは、このやりとりをした時点で、私の願望はすでにいくばくか叶えられているからではないかって。
〜〜〜〜〜〜
〇〇「いやぁ〜、語ってしまったな〜」
夕暮れが迫る橋の上、〇〇さんは私の他愛ない質問に真剣に答えてくれた。なんとなくなぁなぁにしてしまっても構わないだろうに。
12thバスラをきっかけに、〇〇さんと私達関係は少し変化した。
マネージャーと担当アイドル。
その枠組は変わっていない。
けど確かに、私達の距離は縮まった。
発端はたぶん、和だと思う。
〇〇さんが名前呼びを始めようと思う。ってみんなを集めたとき、和は率先して皆と〇〇さんの橋渡しをしてた。
いや、たぶんそれよりずっと前から、和は私達より〇〇さんの近くにいたのかもしれない。
それは物理的な距離じゃなくて、言葉ではうまく表現できない、特別なもの。
〇〇「よし。じゃあ少し歩いてアートの街、中之島探訪と行きますか」
池田「…はい。てれさんぽしましょう」
〇〇「いいねそれ笑」
再び川沿いの道を歩きながら、私はこの人と初めて会った日のことを思い出す。
藝大を目指すために浪人になって、でもそんな浪人中に乃木坂のオーディションを受けた。
中途半端な私。
それでも覚悟を決めて、受かったなら藝大を諦めて、アイドルとして生きていく決意を固めて挑んだ面接。
そこでこの人は、初めて合う私の、そんな覚悟と決意を勿体無いと言った。
もっと欲張っていいと言った。
努力と挑戦を認めてくれた。
情熱を歓迎してくれた。
受かると思って、オーディションを受けたわけじゃない。落ちてもまだ藝大を目指す道があるって、思ってたわけでもない。
それでもアイドルという夢は、あくまでも夢。受けずに終わって後悔するより、受けて落ちて、納得して藝大を目指すほうがいいって思ったから。
けど、そんなふうに言われてしまったから。
合格したいなって思った。
何者でもない私を認めてくれたこの人に、アイドルになってもう一度会いたいなって思った。
〇〇「夕焼けが川に反射してる」
池田「…綺麗ですね」
再会した私に、〇〇さんは嬉しそうに“頑張りましょうね”って言ってくれた。“頑張れ”でも“頑張って”でもなく。別に疑ってたわけでもないのだけど、あぁこの人は本気で言ってたんだなぁって。
〇〇「中之島図書館だよ」
池田「完全に海外ですね〜」
〇〇「外観はルネッサンス様式、内観はバロック様式らしいよ」
入ったことはないけどね。と彼は笑う。
〇〇「こっちは中央公会堂。ネオ・ルネッサンス様式だそうな」
池田「ネオってなんか強そう」
〇〇「確かに笑」
〇〇さんはよく“役が人を育てる”という言葉を使う。天才や、生まれながらのホニャララって言葉はあまり使いたくない。その人がどんなふうに育ってきたか、どんな想いを持って生きてきたかわからないうちに使いたくないからって。そんな真面目に考えて、天才なんて言葉使う人はいないと思う。
誰しも初めは何者でもなくて、何者かになって初めて、それにあった成長をしていくじゃないかって。そう言う。
だから私も、役割を与えて欲しいと思ったのに。貴方が求める役割を全うしてみせたいのに。彼は私には役をあんまりつけたくないって言う。池田らしくのびのびやっていてほしいって。そうするうちに、私にしか出来ない役割がついてくるって。
〇〇「そんな感じの中之島探訪でした。こっから南に行くと、リバーサイドにテラス席を備えたカフェが並ぶ北浜。北へ行くと裁判所とか官公庁なんかがあって、個性的なお店の多い西天満に出るね」
池田「おお〜」
〇〇「…よかったら浮世絵、見に行く?ギャラリーがあるんだけど」
池田「いいですね!モネも浮世絵の影響を受けてるそうですよ」
〇〇「おっ、それはちょうどいい」
自分で言っておいて、ちょうどいい?と首を傾げる〇〇さん。
なんでこの人は、こんな必死に私のワガママに付き合ってくれるんだろう。
何がこの人を駆り立てているんだろう。
私のこと好きなのかな?
そんな勘違いをしちゃいそうになるくらい、この人は毎日必死にスケジュールを組んで、バラして、組み直して。必死に送迎のシフトを組んで、他のスタッフさんに頭を下げて。
私にそんな価値あるのかな?
そんな自虐が思い浮かぶくらい、この人はいつも見守ってくれていて。いつも味方でいてくれて。
〇〇「ほら、ここ」
池田「すごい、急に趣ある建物が」
引き戸を開けて中に入ると、奥からスタッフさんが現れる。
△△「こんばんは」
〇〇「こんばんは。2人です」
△△「どうぞ」
履物を脱いでお邪魔する。
すると、
池田「これはびっくりです」
小さいカウンター席に、お酒。
奥には浮世絵。
〇〇「でしょ?」
驚く私に、〇〇さんはいたずらっぽく笑う。
〇〇「ギャラリー兼、サロン、もしくはバー的なね」
池田「大人な気分です…」
〇〇「普段は自分から最年長って言うくせに笑」
なんだか嬉しそうな〇〇さん。
“池田の努力が報われると、人一倍、それこそ自分事みたいに嬉しくなっちゃうんだよな”
ある日の送迎中、〇〇さんがふと言った言葉。
どうしてもその時、どんな顔をしてるのか見たくて、車内だっていうのに助手席に掴まってでも、すぐ横で顔を覗き込んでしまった。
ほんとに凄く嬉しそうだったから。
私もつい“もっと自分のことみたいに喜んでくれていいですよ”なんて言ってしまった。
人の事を、自分の事のように喜べる人。
そんな貴方だから、もっと喜ばせたくて、もっと頑張ろうって思える。
そんな貴方にだから、ワガママを言ってでも、もっと挑戦しようって思う。
でも、時々、良くない考えというか。
衝動に駆られそうになる時がある。
どちらかに専念しようと思う。
もしそう言ったら、
この人はどんな顔をするんだろう。
どうして急にって、驚くかな?
諦めちゃうのかって、悲しむかな?
考えた末の答えならって、尊重してくれるかな?
その顔が見たいなって、そんな好奇心からくる衝動。勿論、その衝動に従うつもりは全然ない。今はどちらも追いかけるワガママに付き合ってくれる〇〇さんを見ていたいから。
けどどうしても時々、ふっと浮かんでくる。
〇〇「そろそろ旅も終わりだなぁ」
池田「さみしいです〜」
〇〇「そうだなぁ。楽しかったなぁ」
池田「…ワガママ言ってよかったです」
〇〇「ならよかったです笑」
もし…。もし……。
アイドルでも芸術でもない道を選びたいと言ったら、貴方はどんな顔をしますか?
この衝動は、本当はもっとずっと先にあるものだと思ってました。
もしかしたら、いつか。くらいの。
けど、
3期の皆さんに尊敬の念を抱く貴方を見ていると、
4期の皆さんに優しげな顔で笑う貴方を見ていると、
アルノとじゃれ合う貴方を見ていると、
さっちゃんを讃える貴方を見ていると、
和を信頼する貴方を見ていると、
この衝動が日毎増してきてしまいます。
それこそ、さっきの衝動とは比べ物のにならないくらいに。
貴方は怒るかもしれません。
貴方は悲しむかもしれません。
貴方は照れるかもしれません。
貴方はがっかりするかもしれません。
たとえどんな感情でも、それが私のことを考えて生まれたものなら、なんでも嬉しいと思ってしまうかもしれません。
〇〇「さて、現実に帰還しますか」
池田「…名残惜しいですね」
〇〇「そうだね…」
貴方の尊敬の念も、優しい笑顔も、
じゃれ合いも、称賛も、信頼も。
貴方の喜びも、悩みも、不安も、心配も。
全部全部、私のものになれば良いのに。
そんなこと、許されないってわかってるのに。
そんなこと、ありえないってわかってるのに。
それでも日々、そんな考えがふつふつと湧き上がってくる。口にすれば今までの全部を完膚なきまでに破壊してしまう言葉。だから決して口にしてはいけない言葉。
今はその衝動に飲まれないように。
それでもこの衝動に向き合うために、私はワガママであり続けよう。挑み続ける限り、この人は私のために一生懸命になってくれる。挑み続けて、走り続けて、いつかこの人の喜びも、悲しみも、悩みも、心配も、独占しよう。
もっともっと、私のことで喜んで欲しい。
もっともっと、私のことで笑って欲しい。
もっともっと、私のことで悩んで欲しい。
もっともっと、私のことで困って欲しい。
その熱に浮かされて、
私はこれからも夢を追うんだろう。
Monopoly(乃木坂46) END…
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ライナーノーツ
今回は大阪編後半戦をMonopolyを題材に。 構想を練っている時の題材は僕の衝動だったんですけども、なんか詳細を詰めるにつれて湿度が上がってしまい、Monopolyになってしまいました。
PhilosophyとMonopolyで語呂はいいけども。
てれぱん難しいよ。本人にそういう言動が常にあるわけじゃないんですけど、私が書くとどうしても湿気が出てしまいます。
もっと可愛げある感じに書きたいのに。
結局カットしましたが
・古代メキシコ展
国立国際美術館でやっております、古代メキシコ展のお話も組み込もうかとも思いましたが、あまりに美術トークばかりなのも…とカット。
・瑛紗とハラミ
どこで話していたか失念してしまったのですが、てれぱんがハラミ好きなので、大阪のちょっと有名なハラミが名物の焼肉屋で夕飯を食べてから帰る構想もあったのですが、この湿度で肉食う展開はなぁ…とカット。
次回は与田ちゃん&和と神戸で餃子かな?
ノリによっては山さん&かっきーの旅行か?
なんだか最近急に頭の中で、日向坂でバンドモノ書きたいな欲もあったり…。
そんな感じです。よかったらお付き合いください。
次のお話
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