夫婦ケンカの種は子ども時代に蒔かれている
少し前まで、ワタシは夫さんと毎回同じことでケンカしていた。
進歩のないことであると思いながら、怒りがわくのを押さえられないのだ。
一番よく腹を立てていたのが
自分に甘く人に厳しい件、または言っていることとやっていることが違うというもの。
例えば子どもにごはん前のおやつを禁じておきながら、自分は食べているとか、食べた食器は片付けなさいとえらそうに子どもに言っておきながら、自分は時々忘れ、ワタシにうながされてもなかなかやらないところとか。
まったくもって腹が立ち、ずるい、おかしい、間違ってると正義の刃を振りかざし責め立てていた自分がいる。
自分のしていることに一ミリも疑問を持たないのだろうか?と怒り心頭だったのだ。
ところが最近、同じことを夫さんがしていても冷静にそれを受け止めることができるようになった。
ああー、この人またやってるなあーしょーもないなあ、というふうに。
なにがあったのかというと、まあこの不毛な争いというかワタシの勝手な怒りの繰り返しにほとほと嫌気がさした自分が
どうしてワタシはこんなに腹が立つのだろう?
と問うた結果、怒りの種は子ども時代にあることがわかったからだ。
そうまさにワタシの母がこの言っていることとやっていることが違うをしていて
残さず食べなさいとワタシを2時間も味噌汁の前に座らせておきながら、自分はコーヒーで栄養を摂っているというその矛盾が繰り返されていたからだ。
それに対しておかしいと思いながらも逆ギレの怖さからもの申せなかった、幼きワタシの怒りが今の夫婦ゲンカにつながっている。
そう考えてみるとワタシの夫さんに対する怒りのほとんどは
子ども時代に原因があるものだ。そのことが判明したおかげでワタシは
冷静に怒りを観察できるようになったと思う。
例えばワタシの夫への怒りランキング2位は
自分のことを優先して子どもにゆずってあげないところなのだが
長時間のドライブに子どもがうんざりしているのに、自分の好きな魚屋によりたくて寄り道するとか
妻と子らが長時間のドライブにうんざりしているのに、旅行は車で行きたがるとかね(あら本当に同じようなことで腹を立てているワタシよ笑)
なんで自分の意見ばかり通すかね!
大人なんだから子どもにゆずるべきでしょう?
なんで?
という怒りはかつて新興宗教にのめりこんで子どもを振り回していた両親に対する怒りだ。
大人なら当然○○すべきなのに!
ずるい!
おかしい!
間違ってる!
ワタシは絶対そんなことしない!!
という気持ち
これが長年ワタシをガチガチにしばってきた。
それが、大人だって完璧じゃなくても仕方ないよねと思えるようになって
少し肩の力が抜けたのだ。
まあ、言っていることとやっていることが違うこともあるよね
大人でもゆずれないことってあるよね、と。
でもね、
もしあのとき母が
ワタシも食べれないときもあるし、残しちゃうときもあるけれど、なるべく食べるようがんばるから、一緒にちょっとづつでも食べてみよう、とそんな風だったら、ワタシのなかにあんなに激しい怒りはわいてこなかっただろう。
そう考えると、親というだけでえらそうな命令とかしつけとか、ほんとうに害でしかない。
ワタシも完璧にできないけど、少しでもよくなれるよう、一緒にがんばろう、でいいんじゃないだろうか。
見栄とかプライドとか威厳とかいらない
しょーもないよねーで、お互い救われる、そんな関係を築いていこうと
意識しているからか、ワタシの子育てはいつもところどころ抜けているのである。(いいわけ😅)