叶野セイ

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最近の記事

アセクトリカル・アロマティカ 第4話

※今回は望まないキスをした言及、そしてそれにショックをうけた際の心理描写が入ります。 また、アセクシャルやアロマンティックであることに対しての差別や偏見の描写が、今回は多く含まれます。 読まれる方によっては辛い経験を思い出し、非常に苦しい思いをされる可能性があるかと思われます。 大丈夫な方はこのままお進み下さい。大丈夫ではないけれど、本文に目を通されたい方は心が落ち着ける場所でお読みいただけますと幸いです。 なお、「辛い部分を本当に具体的には読みたくないけど、続きは読みたい」

    • アセクトリカル・アロマティカ 第3話

      トークルームが使用可能になってから二日後。日曜日の午後三時、海月はルームキーを握りながら深呼吸をしていた。目の前には桜色の真珠めいた、滑らかな質感のドアがある。 「……よし」 これからのことを頭の中でイメージし、体の底に力を入れる。海月はドアのトークルームと印字された部分に、ルームキーを翳した。すると文字がほのかに発光し、流体の金属と化して形を崩す。その様に小さく感嘆の声をあげていると、崩れた文字は新しく文章を形成した。 『ID認証クリア!ようこそ、031号室へ!』

      • アセクトリカル・アロマティカ 第2話

        ミーとオリカと出会った翌日、美月は学校を休んだ。宿題は何とかやったけれど、友人から投げつけられた言葉や視線を思い出すと気分が悪くなり、どうしても登校する気になれなかった。幸い金曜日だったので、明日と明後日も休みだ。心配しながら出勤していった母に申し訳ない気持ちになりつつ、月曜まで学校に行かなくて済むと思うと、正直ほっとしている自分もいた。 ベッドに横たわり、白い天井を見つめながらぼんやり思う。初めてインフルエンザとか、冠婚葬祭とか、そういうの以外で学校を休んでしまった。とりあ

        • アセクトリカル・アロマティカ 第1話

          蝉時雨が、ひたすらに背中を打つ。 美月は晴天に立ち聳える入道雲を背にしながら、足早に帰路を辿った。空になったペットボトルをゴミ箱に放り捨て、結露で濡れた手を乱雑に拭く。肩にかけた学生鞄が重い。中身を全部アスファルトの上にぶちまけてしまいたい衝動を抑えながら、美月は帰宅して早々に部屋のドアを閉める。あまりの勢いにガチャンという音が廊下に響き渡ったが、そんなことはもはやどうでも良かった。何も見たくない。ぐしゃぐしゃに掻き乱された心をドアノブに叩きつけてるような感覚もどうだっていい

          アセクトリカル・アロマティカ 第0話

          小さい頃から、世界の一点だけが色付いていないようだった。 例えば、映画のキスシーン。そういう場面では雲間から降りる天使の梯子が二人の姿を照らしたり、朝露に晴天を弾く瑞々しい薔薇の蕾が、鮮やかな真紅に開いたりする。けれど、香にとってはそれまで輝いていた物語に、鈍色の雲が垂れ込めるような気がしていた。二人が幸せになって良かったな、と思う反面、ああやっぱりここでもそうなるんだ、という僅かな落胆が、ため息となって唇から漏れ出るような。誰も知らない香だけの雨が、万雷の喝采の代わりに、セ

          アセクトリカル・アロマティカ 第0話