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35歳のNZ留学【悲しいよる】

その日もハビエラ(ルムメ)はいつものように夜遅く帰ってきた。私は11時頃ベッドに入ってからなかなか寝付けず目を閉じたまま過ごしていて、多分1時間は経ったと思う。真っ暗な部屋の中に、カチャっと静かにドアの開く音が聞こえた。私は「おかえり」とは言わずこのまま寝ている(仮)ことにした。
その後少しの間と、すんッと鼻をすする音がした。
目を閉じていてもわかる。いつもと様子が違う。
… 
そう思っている間に彼女は部屋を出た。
次の瞬間、ぐすんぐすんと泣き始めその声はどんどん大きくなっていった。
マザーと何か話している。彼女は泣きながら話し、嗚咽を交えておんおん泣いた。

どうしたんだろ…

ここで起きていって一緒に話を聞くこともできる。けれど私には勇気がなかった。こんな時でさえ英語が話せないという思いが先立って声をかけることができない。彼女の泣き声が平家の家の隅々まで響き渡る。悲しみが暗闇の中に充満していた。
胸がぎゅうっとなる。
私は知らないふり、寝ているふりを貫いている。なんてヤツ。自分が嫌になる。
泣き声は大きくなって小さくなって、また大きくなって明け方まで続いた。
明け方私も眠りに落ちたけど、すぐに目覚ましが鳴り学校へ行く支度をしなければならなかった。夜に何が起こったのかは分からないままだった。
起きてキッチンに行く。泣き疲れた彼女が泣いたままソファで静かに眠っていて胸が痛んだ。今はせめて起こさないよう、そうっと支度を済ませ家を出る。
その日、彼女は学校に来なかった。

午前の授業を終えバスに揺られながら、帰ったらなんて声をかけようかと悩み、慰めの言葉をネットで検索した。
I'm so sorry(お気の毒に)
Is there anything I can do?(何かできることある?)
How can I say,,(なんて言ったらいいか、、)
いくら画面をスクロールしても、どのフレーズもしっくりこない。
言葉が見つからない。元気がでない。
何だか私まで悲しい。

家に帰る頃、午後2時を回っていた。
帰るとハビエラはトーストをかじっているところだった。昨日のことは気になる。でも彼女の顔を見たところ、それを聞いたらまた思い出させてしまうようで、泣き明かすほどの悲しみをえぐってしまうようで、とても聞けなかった。
「ただいま」
とだけ言った。
「今日学校休んじゃった。今から散歩に行ってくる。」
と彼女はそう言って笑みを浮かべた。そして淡々と準備を済ませ出ていった。
この「淡々と」に私は悲しみしか感じない。いつもなら、祭りかカーニバルかと思うほどの爆音で音楽をかけてシャワーを浴び、ご機嫌な鼻歌と大きな独り言を言いいながら家の中をあちこち歩き回っているのが私のルームメイトなのだ。

(う〜うん……)

結局のところ私には見守ることしかできないのだと思う。
私たちはまだ、友達と呼べる親しさのちょっと手前にいる。英語が話せるとか話せないとかそんなことは関係なくて、何があったか聞き出したりよく知らないのに励ましたりということは私にはできない。どうするのが良いかは分からないけど、私だったら悲しみのどん底にいる時、そっとしておいてほしいと思う。
(大丈夫、大丈夫だよ)
そう心の中で祈りながらただいつも通りルームメイトとして傍にいることにする。

ハビエラは散歩から帰るとまたふらりと出て行き、その日はいつ帰ってきたのか分からなかった。
翌日、いつも通り一緒に通学する。バスの中で同じ席に座る。
隣でハビエラはゆっくり話し始めた。
(いつもはテンションMAXの早いスパニッシュアクセントであれこれ喋る)
長く一緒に暮らした愛犬が数日前から元気がなく、先日亡くなったという。
彼女は写真を見せながら、その犬が家に来た時のことや犬との思い出を話した。
私はペットを飼ったことがない。でも彼女がその犬をどれだけ大好きだったか、それは十分わかっていた。リュックには愛犬のイラストがプリントしてあり、愛犬そっくりのフィギュアを枕元において眺めては会いたい会いたいと言い、毎日ビデオ通話で犬に呼びかけ、愛おしそうに見つめていたから。
うんうんと話を聞いているうちに下車するバス停に着いた。バスを降りてからは無言で学校まで歩いた。時々人にぶつかりそうになったり危ないホームレスに絡まれそうになると、顔を見合わせアイコンタクトをした。
ハビエラはいつも学校の隣のカフェに寄るので、そこで私たちは別れた。
学校のラウンジは徐々に賑やかになっていく。
今日もまたいつも通り授業が始まる。

-Another day-
いつもの元気な彼女にやれやれという思いになる時もある。けれど一方で、そんなルームメイトを「全く仕方ないなぁ」と見守り許している自分もいる。
ある夜のこと。ホストファザーとマザーは家を留守にしていて、ハビエラはこの日も遅くに帰ってきた。いつもはファザーが夜更かししているからドアを開けてくれるし、私たちは合鍵を渡されているから自分でもドアを開けられる。でもこの日ハビエラは家の鍵を忘れたんだって。全く仕方ないなぁ。

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