ロッテのチョコパイ

 ほっと幸せなくちどけ、味わい軽やかホイップクリーム、六個いりのアレ。それを買うわけだよ、夕食と一緒に。しかし、アレはそれなりのボリュームだからデザートには重すぎる。だから冷蔵庫で冷やしておくのだ。
 忘れた頃に、小腹が空いた頃に、青年はふと思い切って冷蔵庫を開ける。
 さっとチョコパイをだし、パソコンを目の前にしてパッケージ、個包装を次々と開けて貪っていく。途中、味に飽きても、満腹になっても義務感から一箱を完食するまでやめない。
 悪癖であると、一箱で総カロリー九百を超えると知りながら。
 健康に悪く、食後はいくらかもたれるというのに、稀に、食べてしまう。
 だからこその魅力であると得心したところで、糖の過剰摂取である事実から逃れる事はできない。
 孤独のチョコパイ。
 青年は心の声で言った。
 こういった悪癖の類は一事が万事で、気づかぬうちの問題行動があるのではとの疑念が浮かぶ。それで人様を不快にさせてはいないだろうか。それで私知れず損をしているかも、しれない。
「だからどうした」という浅薄な慟哭が、ほんの一瞬通り過ぎた。
 部屋で一人、チョコレートの匂いをさせながら何をしているのか。歯を磨いたとしても、その風味が残る。
 この不快なチョコの残存物たる香りが、
「お前は夜中にロッテのチョコパイを一箱、完食したんだぞ」
 と指摘しているようで、辛い。
 青年は思う。
 一晩経てば忘れてしまうと。
 喉元過ぎれば熱さを忘れるの理論で、
「一晩経てば過ち忘れる」現象がこれから発生するとここに断言する。習慣を変えられるほどに賢くも、ストイックでもない性根にできているわたしが、稀にチョコパイを一箱いく習慣を変えるわけがない。
「甘いものを断たないと、死ぬよ」
 そう医者に宣言されれば考えるが、その時はまだ来ていない。と言っているうちに地獄が眼前に忽然と発生するかもしれず、恐怖におののいている。ロッテのチョコパイは体に悪いからこそ、毒を以て毒を制す的なことで、健康について意識することが出来る。
 つまり、夜中にチョコパイ一箱を完食することは、回り回って健康に寄与するのだ。
 そう得心することで不健康に一歩進んでしまった事実を、いくらか和らげていると自分を騙す。騙し過ぎて真実が曇っていき、そして、ある日突然、現実を突きつけられる。何が原因か、何が悪かったのか、心当たりが多すぎて自己嫌悪にまみれた焦燥感に呑み込まれそうだ。
 なんて恐ろしい。
 均整のとれた肉体。理想的な食生活。規則正しい生活。そんなオーガニックな人生に憧れをもちながら、奈落へ通じる、堕落と怠惰にまみれた隘路を行くが我が人生である。
 そう開き直り、人生を持ち崩すにはまだ早い。
 そう思弁を締めくくり、テレビの中の高校球児の爽快で精悍な汗に感銘を受けつつ、自身の前途に希望を持つことにした。
 持つだけならタダであるから。
 
 

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