鈴木行方不明

 物理的に、というより、概念的に形を成さずに、成せずに行方をくらましてしまった。いくらドアをノックしても、一切反応を示さず、私は痺れをきらし合鍵を使用、ドアチェーンをボルトクリッパーで切断した。
 彼のアパートに侵入したが、もぬけの殻だった。カーテンが、ゆらゆら揺れている。風にそよぐ布地に触れ、外をみると、どうやら二階から飛んだらしい。
 逃げたな。
 何故だ。
 あれだけ、私は、鈴木について考えていた。
 マッドマックスよろしく、荒廃した関東平野に放り投げようとした。ほかに、コンビニで強盗に遭遇して困るとか。また、ストーカーを逆にストーキングし返すとか。あれこれ思案して、冷や汗を流し、かといって呑気に扇風機の風を浴びていた。
 何がいけなかったのか。
 何にせよ、鈴木は消えてしまった。これでは物語が始まらない。これで何度目だろうか。鈴木が消えるのは。彼には何でもやらせたいし、何処へでも放り込みたい。それがいけなかったのか。ならば希望を出してほしい。しかし、鈴木は何を考えているか皆目見当がつかない。
 私は、窓とカーテンを閉めた。滅多矢鱈に設定を考えていたが、やはり、鈴木がどんな人物なのか、一階立ち止まって考えるべきなのか。鈴木が帰って来るか分からないが、とりあえず、冷蔵庫を漁り、アイスコーヒーをいれた。
 不味い。安い味だ。聞いたことのない会社のコーヒーだ。得体の知れない物質が入っているに違いない。
「まずいぞ、鈴木が行方不明であるうえ、既に行き詰っている」
 耐えられなくなり、その場で回転した。無様なバレリーナが如く回転具合で、バランスを崩し、ご無体なお代官様スタイルで床に転がった。
 夕間暮れであった。
 白のカーテンから漏れる紅い夕陽は、その場を時の狭間にした。俗世から切り取られたように、音が消えた。自分だけが世界から取り残されたような、妙な疎外感が発生した。
「早く、鈴木よ帰って来てくれ」
 私は懸命に鈴木の姿を思い浮かべる。
 中肉中背で常にシャツとデニムという男。顔面は浅野忠信をさらに薄くしたような感じで、決してイケメンとはいえない。口元のほくろが癪に障る。
 その上、鼻毛がよく出ている。ともかく野暮ったい奴だ。
 彼の唯一の長所は、そのタフさである。
 何故なら、私の命令でどんな設定でも耐え、生き残るからだ。しかし、それが仇となることもしばしばあり、それが今回であった。
 何となくの設定はあるが、連続性のあるシリーズではないので、回によって設定がバラバラなのだ。いくらでもバリエーションを出せる一方、固定の人格設定が簡素である為、迷うときは徹底的に、絶望的に迷宮入りしてしまう。
「まずい。鈴木が、帰ってこないぞ」
 私はアパートを飛び出した。窓ガラスを突き破って、受け身を取り着地した。最早、夜風が寒い時間になっていた。
 私は叫んだ。
「鈴木ーっ! 帰ってこい! イイ感じの設定考えるからぁ!」
 虚空に声が残響し、吸い込まれ、消失した。月が笑ったような気がした。そんな文学的な事を言ったとて、鈴木は行方不明のままだ。
 その時。
 鈴木がいた。
 パーカーのフードを被り、スウェットのパンツで、クロックスで、コンビニの袋を手にした鈴木が、下を向きながら歩いてくる。
「おーい、鈴木ーっ、どこへ行っていたんだ」
 鈴木は私を素通りした。私は鈴木の肩をつい、掴んだ。
「離せよ」
 ポツリと鈴木は漏らし、その手を邪険に、荒々しく振り払った。足早にその場を立ち去ろうとした。
「待てよ。待ってくれよ。鈴木は何をしたいんだ、何処へ行きたいのか」
 鈴木は立ち止まり、振り返り様に言った。
「ディズニーランド」
 私は、考えた。
 鈴木がディズニーランドに行ったからといって何が面白いのか。成人男性が例のカチューシャして、チュロスをしゃぶっていたら、不審者でしかない。一人でアトラクションに並んで、少し疲れて京葉線に揺られて帰宅の途につく。アパートの鍵をあけて、玄関に誰の為でもないお土産袋を置き、シャワーを浴びたらもう、夢の国の記憶など霧散している。
「面白くないぞ! ディズニーランド!」
「面白くしろ! 作者! お前の仕事だぞ!」
 確かに。正論だ。
 私は、世の闇に立ち尽くした。そのまま夜が明け、ハートは沈んだ。
 

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