疾走し失踪しそう
駅のホームで、
背広で、
夢想する。
朝の喧騒、忙しい空気、緊張の密度みちみち。汗汗汗汗。ひたいに汗。
「このまま走って失踪しちゃおうかな」
そりゃ無理な相談。だって仕事、生活かかってるから。
そんでも憂鬱波打つマインド、汗汗汗汗、耐え難きを耐えで息も絶え絶えです。
「バックレたらどーなるかな」
そのまま根無し草でどこまでいけるかチャレンジするか。
どっかでパクった葉っぱでも吸って。安いハイボールで廃になって、タール強い煙草ふかして。また葉っぱ吸って。
ヤバいな。闇バイト応募しちゃいそう。
ライフ・イン・ザ・塀はやだな。虐められそう。
「何やったの?」
「強盗っす。流行りの闇バイトっす」
「大学出て?」
「ハイ! 奨学金も使わずに」
「親不孝だねぇ」
「はい、めっちゃ‥‥‥」
なんとか親が泣かない方法で、失踪できないかな。
探すだろうな。特に母親は過保護の極地だから、きっと一心不乱に捜索願だすね。
あんな子で、こんな子で、あの時あれをプレゼントしてくれて、優しい子で、失踪だなんて! なんて、うんぬんかんぬん。
警官困らす、屹度。
父親は滔々と真顔で正論で説教だろうな。そんで書斎に引っ込むんだ。ノックしても無視を決め込むのだ。
それにしても会社にいきたくない。
ここで行ったら、きっと、いや、確実にそれなりのキャリアを積むだろう。結婚なぞして、車を買い替え、子どもがぽろぽろ産まれ、家を買い、ローンと仕事に追われ、気づいたら子供は家を出て、マンションに住み替えなどして、定年からの嘱託社員ライフからの引退からのテニスで腰痛めぇの、孫に散財しぃの、病気して、終活して、もう少し生きて、歩けなくなって死ぬんだろうな。そんでちっさい壺にはいって暗い墓の下で鎮座するんだ。
読めちゃってるのが、嫌なんだな。うん。
読めないと、羽が伸ばせそうだ。
背中からエンジェルな羽が生えた。比喩的な意味で。
「アレだ。普通に辞めよう。会社始めるんでって! カッコよく辞表をたたきつけよう! 筆ペンで行書体で〈辞表〉ってさ!」
ま、
電車来たんで乗るんですけど。
大事な商談あるし。
気合入れて資料つくったし。
マッハで過ぎる時間。
日が暮れ、
反対側のホームで、
背広で、
夢想する。
「このまま走って失踪しちゃおうかな」
そりゃ無理な相談。だって洗濯して、アイロンかけないと。
爽やかな夜気を吸い込みながら、若い背広は階段を軽やかに下って、改札を抜けて、「吉牛でいいや」と夕餉をすまして、バスにゆられて、
家まで疾走した。
コンビニで買ったストロングゼロ無糖ドライで、視界に流れる家々の光が「綺麗!」と思えるくらいに悪酔いしながら。
到着するころには、酔いに思いは溶解して、どろどろで、日付を超えたらもう、夢のなかだった。