それ以上、何も言うな
今年の春から大学生の青年は、倉庫内ピッキングのバイトで出会った同年代の男と呑みに行くことになった。
短髪で浅黒く素朴さを漂わせる男で、かなりの田舎から上京し、今は専門学校に通っているようだ。仕送りは家賃分ぐらいで、アルバイトに精を出しているとか。
二人とも懐具合は寂しいので激安居酒屋。妙に塩のきいたポテトフライを、質の悪い酒の入ったハイボールで流し込んだ。
味はともかく、青年も同じくそれなりの田舎から出てきた身、直ぐに打ち解け楽しい時間が流れる。
「いや、うちの実家なんてイオンまで車で40分だよ。近くのコンビニまで15分はある。田舎者だから、東京は眩暈がするよ」
「うちの実家の周りは山と森だけだし、夜なんか獣とカエルの声でうるさいんだ。イオンなんて一日がかりだよ」
その後も田舎あるあるで盛り上がり、アルコールが回ってきたところで、素朴な男が苦笑いしながら言った。
「うちは田舎というより、秘境だね」
青年はそれを聞いて、つい、にやけながら口を開く。
「じゃあ、お前は、ひ、」
「それ以上、言うな」
青年は『秘境者か』を、呑み込むしかなかった。
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