戦闘員
青年は見知らぬ棒を握りしめ、震えていた。採石場か何かは知らないが、灰色の石と赤土の広がる、荒涼とした場所。
他、十名の「戦闘員」に混じり、震えが止まらずにいた。
眼前には奇妙なマスクを被った全身タイツの男が、右腕を反対方向にクロスしている。
きっかけは、ネット上のある求人募集だった。
『日当10万円、制服貸与、最寄り駅前より送迎バス、軽作業、昼食あり』
金欠から高額な報酬につられ、迷わず応募。
駅前に到着し、指定の停留所で待っていると、同じバイトに応募した人間が次々と集まってきた。
年齢層は大学生風から、中年まで、全員男性だった。しばらくすると送迎バスがやってきて、一同、無言で乗り込んだ。
この時点で仕事内容はまったく告げられていなかった。
思えば、この時点で帰っていればよかったのだ。
(軽作業、なんだろう。田舎の工場かな)
呑気に、都合のよい想像をしていたが、いよいよ市街が離れ、人家も疎らになり採石場のような場所でバスが止まった。
そこにはプレハブの倉庫があり、スーツ姿の髪を撫でつけた壮年男性が待っていた。
倉庫にはいるよう促され、ぞろぞろと入っていった。ガランとした空間で、長いラックに人数分の全身黒で、人骨をモチーフにしたデザインが施されたスーツがかけてある。
「皆さん、これを着て、外へ出てください。仕事について説明します」
みな首を捻りながら目と、口の部分に穴が空いたソレに着替えていく。
外で待っていると、さきほどの男性がやってきた。
「作業は簡単です、まずは此の棒を持ってもらって」
台車に乗せられた長さ1メートルほどの棒を、みなに配っていく。
「ここから少しいった先に開けた場所があるので、そこで待機していてください。そこにマスクを被った人間がやってくるので、戦ってください。終わりましたら、報酬を現金でお支払いして、バスで駅前まで送ります」
ざっくりとした説明のなかの、
『戦ってください』はどういうことだろう。
その意味を知る頃には、自分を含めて11人いた「戦闘員」は自分だけになっていた。
仲間たちはすこしも動かず、地面に横たわっていた。
仮面のアイツは返り血を浴び、赤く丸い目が禍々しく見え、それは最早悪魔同然だった。
青年は腰がひけて、尻餅をつき、とりあえず棒を上方へ向けた。
同時に仮面のアイツは飛び上がり、直線的な、ミサイルのような蹴りが飛んできた。
死んだ。
そう思った次の瞬間、何か、柔らかい感覚が棒に伝わってきた。
恐る恐る目をあけると、
棒が、
穴に、
ズッポリと入っていた。
青年が冷静さを取り戻すと、重さで棒を離した。仮面のアイツは地面に叩きつけられ、アイツは、穴に入った棒をなんとか抜こうと七転八倒。青色吐息、それは滑稽だったが、すこし可哀そうでもあった。
青年が対応に困っていると、蟹をモチーフとしたスーツを着た男がやってきた。
「これ、お前がやったのか?」
「え、あ。まぁ」
「そうか。よくやった」
蟹の男は言葉を短くきると、棒を蹴り上げた。
棒が、仮面のアイツを貫いた。
血が、いっぱいでた。みそもいっぱいでてきた。気持ち悪い。
「あ、あの、帰ってイイですか?」
「いいよ。バスが倉庫の前で待ってるぞ」
青年は蟹の男の高笑いを背に、気持ち足早で、その場を離れた。
帰りの車内で出来事を整理した。
人里離れた場所で、人が死んだ。それも十人。何が起きているのか分からず、帰ることができた。
一万円札十枚を手に、しんと静まり返った自宅アパートに辿り着いた。
一週間後。
封書がとどく。
差出人は、あのバイトの組織だった。青年は自室のベッドに腰かけ、深呼吸をして、中身を確認する。
「幹部候補試験合格通知?」
青年は静かに手紙を封筒に戻した。
ふと窓の外を見ると、見覚えのある姿があった。
スーツ姿の、髪を撫でつけた壮年男性が電柱のよこに立っていた。
男は、張り付けたような無機質な笑顔になった。カーテンを閉めて、深呼吸をしていると、アパートの階段を昇る音が響く。
それは、後戻りできない、日常が終わりを告げる音だった。
呼び鈴の音が、青年の耳に響き渡る。脂汗が額から鼻すじをたどり、顎から落ち、フローリングの床で弾けた。
ドアノブのガチャガチャする音が響き、青年はゆらりと立ち上がり、玄関扉ののぞき窓をのぞく。やはり、スーツ姿の男だ。
「どうも、ショ〇カー株式会社の須藤ですが―――」
のぞき窓の広角レンズで、スーツ姿の男の顔は歪み、これから訪れる世界の不穏さを暗示しているようだった。
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