KID A
長方形の巨大な宇宙船が、緑の大地に轟音を響かせ、幾らかの木々を踏みつぶし着陸した。内部は長い期間、人が活動しなかったために湿度は上がり空気は澱んでいた。
船の中央部にある広大な空間には、生体3Dプリンターがあった。
内径二メートルほどの輪っかが、アーム、台座と繋がっている。徐々に周辺のコンピューター機器が起動しはじめる。一方で、照明は明滅したまま、ちかちかと音を立てている。
ディスプレイの一つに、
『KID_A』の文字が浮かび、選択したのか点滅している。
直後、生体3Dプリンターが作動しはじめる。輪っかが装置の底部に密着、両足の薄い断面が一瞬にして形成される。急速に人体が出現していく。
一層、一層、皮膚、筋線維、骨、臓器が積み上げられる。
そして、最後の一層のつむじと周辺の頭髪が紡がれた。
一糸纏わない、十四歳の少年だった。短く整えられた頭髪、つぶらな瞳、薄めの唇、均整のとれた細身の身体、白い肌。
すぐにへたりこみ、周辺の複数のアームが生成した下着と、麻でできたシャツとパンツを履かせる。意識が朦朧としている少年を床に座らせ、口に管を挿入し、水分、流動食を注入する。
数日間にわたって、少年を介護し、徐々に話せるまでになった。
「ところで、僕の名前は?」
「不明です。データが破損しています」
あるディスプレイ、人工知能が少年の質問に答えた。
「それで、他に人はいないの?」
「ほとんどの生体データが破損し、生体3Dプリンター用の素材も劣化が激しく、残念ですが、新たな生成は難しいかと」
少年は死にかけた巨大宇宙船が息絶えるまで、出来うる限り、人工知能を教師として知識を学んでいった。
少年は、人工知能が機能を停止する前に、なんとしてもやらなくてはいけないことがあった。
「ねぇ、本当にもう、人をつくれないの?」
「素材の修復がうまくいけば、もしかしたら」
「お願い」
「期待しないでください」
人工知能が作業に当たっているあいだ、少年は図書室でひたすら冒険小説を読んでいた。
その主人公は無人島で船が座礁し、生き残った人々とともにサバイバルを繰り広げる。はじめは協力して食糧を確保し、小屋を建て、環境を整える努力をしていた。しかし、些細のいさかいをきっかけとし対立、分裂、裏切りの末、洞窟に暮らす謎の猛獣を前に、人間の本性を明らかにしていく。
主人公は最後まで良心を失うことなく、ヒロインと共に、無人島を脱出するまでが描かれていた。
数日が経過し、十四歳の少女が現れた。
同時に、宇宙船と人工知能の機能が完全に停止した。
二人は、宇宙船をでるしかなかった。
そこは鬱蒼と茂る森林で、リンゴに似た実が大量に生っていた。
「これ、食べれるよ」
少年は少女に果物をわたす。少女はお腹が空いていたのか、あっという間に平らげた。
少女は長く艶のある髪、透き通るような白い肌、女性らしい体のラインができつつあり、素朴な美しさがあり、青いワンピースを着ている。
口のまわりに果物の汁をつけて、にっこりと笑った。
少年は笑い返し、二人は手を繋いだ。
森を抜けるとそこは広大な湖が広がっていた。
湖底が微かにみえるほどの透明感で、青々とした水草が浮き、太陽光が湖面に反射し煌めいていた。
その美しさに二人は思わず顔を見合わせ、湖に駆けていった。夜になると湖のほとりで火を焚き、宇宙船の倉庫にあった釣り竿で魚を釣り、焼いて食べた。
夜空には星が宝石箱をばら撒いたように、どこまでも広がっていた。翌日になり、持てるだけの物資を宇宙船からもちだし、旅にでた。
一週間が経ったところで、様子が変わってきた。
朽ちて、ところどころ崩壊し、全体を植物で覆われたビル群が出現した。
鹿や猪が駆け回り、倒壊した建物や、崩落した橋、原形をとどめないほど緑に覆われ木々の生えた高速道路。
少年と少女は、今日の寝床を確保しようと、かつて人々が集まったであろう教会に入っていった。大きな丸窓が印象的で、また隣りの協会に比べると重厚でモダンな建築物だった。
その夜、夜風にあたろうと二人は外へでた。苔むした石段をくだり、道路を挟んだ先に、
赤と白の配色の、かつての電波塔があった。
「なんだろうね、あれ」
少女は少年の腕を抱いて答えた。
「分からないけど、なんか、綺麗」
「君も綺麗だよ」
「それどういう意味? ねえ、なんのこと?」
「なんでもないよ、なんでも」
二人はしばらく東京タワーを見ていた。
そしてさらに、その上の満月と天の川が、二人の中にしずかに流れ落ちるようだった。