錠剤
曇天に突き刺さる摩天楼。
ビルとビルの隙間をすり抜ける風は寒く、
橋の欄干に腰掛ける少女のロングヘアは揺れていた。
オーバーサイズ、水色のTシャツの裾から、僅かにショートパンツが覗き、白い足は眼下の川に向かって伸びる。
自動車の走行音に紛れた着信音に、少女は反応した。気だるく画面をタップすると、画面に、
『客の家に行かなかったね。どうした? 連絡して』
そっと閉じた。
目の前には川のうねり、それに沿うように街並み。
背中に次々と人が通る気配がして、ひそひそ声のひとつの「あれ、何してんの」があったが、少女は我関せず、川の流れを見ていた。
金髪坊主。
黒のパーカーのフードを被り、
人差し指と親指にレモンイエローが挟まれている。
錠剤だ。
少年は、真っすぐ、少女に向かって歩いてきた。
「ねー、そんなとこで、何してんの」
少女は無表情で、少年に一瞥し、川の流れに視点を戻した。
少年はあくびをして、ひょいと隣りに座った。
「危ないよ。落ちたら痛いじゃ済まなそう」
「分かってるよ」
少年はレモンイエローの錠剤を掌にのせ、少女に見せる。
「これさ、気合入ってる先輩に貰ったんだけど、効果はイマイチ分からないんだよなー。先輩のことだから、きっと飛べるヤツなんだよ。あ。今、それ言っちゃ駄目か。でさ、飲んでみる?」
顔を横に振ると、少女は欄干から滑り落ちた。
その手を寸前のところで掴むと、少年の口もとは笑う。
「お前ふざけんなよ。ダルいよ、そういうの」
渾身の力を込めて少女を引き上げ、後ろから抱きかかえる格好で、歩道に倒れ込んだ。
突然の驟雨。
雨粒が二人に容赦なく打ちつける。
人々、車、カラスも通り過ぎ、しばらくして雨はやんだ。
「いつまで抱いてるつもり」
「ごめんごめん」
二人はすっと立ち上がり、雨上がり、曇天が嘘のように晴天。
「ところで、この錠剤なんだと思う?」
「分かんないよ」
「俺はハイにキメられるヤツだと思う。そこんとこも含めて、とりあえず飯でも食おうぜ」
夕刻。
黄色の空と、雲の陰影のコントラスト。
少年は少女の手を引いて歩きだした。
一瞬だけ、少女の顔はほころぶ。
「ハンバーグ食べたい」
「俺、金ないよ。牛丼でいいよ牛丼並盛、錠剤つき」
夕陽に突き刺さる摩天楼に二人は紛れていく。
不穏な夜に呑み込まれる前に。